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第2章 忍び寄る暗雲

防衛戦

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「でね、寝る時はここの部屋使ってね。あ、でもベッドは無いんだ……。ごめんね」

「いいえ、雨風をしのげるだけで十二分にありがたいですわ」

「えへへ……。そ、それじゃあ、やることはやったし、お姉ちゃんたちの名前を聞いても――」

 ハトウィの言葉を遮って、ドンドン、と扉を叩く音がした。
 どうやら来客のようだ。

「誰だろ? おれ出てくるから静かにしててね。バレちゃダメだからね」

「ええ」

 彼は「はーい」と言いながら玄関に向かう。

 一応、不審者じゃないか心配なので、俺はこっそり聞き耳を立てることにした。
 どちらかというと不審者は俺たちの方なのだけれど。

「あれ、騎士様? どうしたの?」

 ハトウィの言葉に心臓が跳ねる。
 騎士だって? まさか俺たちが町に入ったことがバレたんじゃ……。

 反射的に、身を隠すか逃げるか、と対処法を考え出した俺だったが、聞こえて来たのは全く予想外の台詞だった。

「落ち着いて聞いてくれ。いま南の方から魔物が迫ってきているんだ。みんな屋敷に避難してるから、君も来なさい」

「え、で、でも……。い、家に大事なものがあって……」

「わかった、持てるものなら取ってくるといい。でも持てないものはひとまず諦めなさい。なに、魔物は金品なんか漁らないさ」

 騎士に言われ、ハトウィが戻ってくる。
 おろおろしながら声を落とし、彼は「ごめんね」と謝った。

「あのね、騎士様が来て、魔物が襲ってくるって……。ほんとはみんなお屋敷に逃げるんだけど、お姉ちゃんたちは……そうだ、ここで隠れてて! 人がいるってわからなかったら、魔物も家の中までは入ってこないよ!」

「うーん……。あ! あたし良いこと思い付いちゃった」

 バサークが目を輝かせた。
 何を思い付いたかはだいたい想像がつく。が、だからこそ口を挟まないでおこう。

「え? 良いことって何?」

「んふふ! 秘密! 気にしないで!」

「? う、うん。お姉ちゃんたち、絶対出ちゃダメだからね。じゃ……」

「いってらっしゃーい!」

 困惑気味のハトウィを送り出し、バサークは満面の笑みで振り返った。

「よし、魔物と戦いに行こう!」

「言うと思った!」

 町中の人が避難する、つまり騎士以外は誰もいなくなる。
 つまり外に出たところで誰に見つかる心配も無いというわけだ。
 騎士はあくまで仕事で町にいるんだし、俺たちが外から来た冒険者だろうと咎められはしないだろう。

「みんなも行くでしょ? でしょ?」

「うん、もちろんだよ。戦えるのに隠れてるんじゃ意味ないからね」

 それに『魔王の器』の影響で、魔物たちはじわじわと強さを増してきている。
 戦力が多いに越したことは無い。

「避難は済んだみたいですわ。さ、参りましょう」

 窓の外を確認しながらデレーが言う。
 俺たちは各々得物を手にして外へ出た。

「僕とバサークさん、デレーさんとヒトギラさん、フウツさんとフワリさんの3組に分かれて行きましょう」

「…………………………わかりましたわ」

「…………………………いいだろう」

 デレーとヒトギラは激しく嫌そうな顔をしたものの、パワーバランス的に仕方がないとは理解しているようで、渋々頷いてくれた。

 遠距離支援と機動力の高い主砲、近距離戦闘と遠距離戦闘・支援、連携の取りやすい近距離戦闘同士、という感じだろうか。

「では後ほど」

「ええ。フウツさん、お気をつけて」

 魔物が来ているという南方面に向かって、それぞれ散開する。
 俺たちはこのまま林に沿って東側から回り込むことにした。

「フウツくん、あそこ」

 フワリが指差す先には、蛇型の魔物と戦う騎士の姿があった。
 しかし手が足りていないのか、騎士は魔物2匹を相手取っている。
 上手く立ち回ってはいるが苦戦しているようだ。

「加勢しに行こう!」

「おー」

 俺たちは一直線に駆け寄る。
 そして騎士の背後をついて飛びかからんとする魔物を間一髪、切り裂いた。

「よっと」

 もう1匹の魔物もフワリの踵落としで頭を潰され、動かなくなる。
 ぐるりと辺りを見回して視認範囲に魔物がいないことを確かめ、ふう、と一息ついた。

「大丈夫でしたか?」

「誰だお前は! 町に部外者は入ってこられないはずだが……よもや盗賊ではあるまいな?!」

 騎士は眉を吊り上げて俺に疑心の声を浴びせる。
 まあ普通に事情を話せば疑いは晴れるだろう。

「というわけでフワリ、説明よろしく」

「……? わかった」

 俺は一歩後ろに下がりフワリと入れ替わった。

「ボクはフワリ、こっちはフウツくん。冒険者。こっそり町に入って来たけど、魔物が襲ってきてるんなら一緒に戦うよ」

「あ、ああ、そういうことでしたか。いや疑ってしまって申し訳ない。魔物退治に協力していただけるのですね?」

 うん、とフワリは頷く。

「有り難い限りです。実は魔物の数がかなり多く、手を焼いていたのですよ。冒険者なら戦いにも慣れておいででしょう? いやあ、助かります」

「魔物、多いの? そうは見えないけど」

「町の入り口でせき止めているのです。が、すり抜けて侵入してくる魔物もいて……私がその処理に当たっていたわけです」

 つまり、魔物の大群を町に入れないように向こうで他の騎士も戦ってはいるが、さばききれていない、と。

「そ。あと4人、仲間がいるから。あっちとあっち。知らない人がいても驚かないでね」

「はい、ご協力感謝します! では!」

 礼儀正しく敬礼をして、騎士は離れていった。
 これで心置きなく戦えそうだ。

「じゃあ俺たちも……って、フワリ? どうしたの?」

 見ると、フワリが眉間にしわを寄せてむくれていた。
 まだそう長い付き合いでもないが、珍しい、いや初めて見る顔だ。
 何か気に障ったのだろうか。

「ボク、ああいうの好きじゃないな。この状況じゃなきゃ殴ってる」

「?」

「あんな嫌な奴の言うことなんか気にしなくていいよ、フウツくん。キミに助けられたのにいきなり怒鳴るし、ボクが話しだした途端に態度変えるし」

 あ、そっか。
 フワリにはまだ体質のことを話していないんだった。

 そういえば彼がパーティーに加入してから今までは、ほとんどデレーが代表して喋ってくれてた。
 手続きのために行ったギルドでは運よく、受付の人が仕事は仕事で割り切ってくれるタイプだったし、気付かなかったんだな。

「フワリこそ、気にしないで。俺は元々人から嫌われる体質なんだ。あの騎士の人は悪くないんだよ」

「嫌われる体質……? でもボクはキミのこと好きだよ。みんなもキミを好いてるように見えたけど」

「あー、それはまあ……例外みたいな。今のところ、俺を嫌わないのは君含むパーティーのみんなとエラくらいかな」

「…………」

「だからあんなの日常茶飯事だし、みんながいるから何にも問題ないよ。そんなことより、早く魔物を片付けよう!」

「……わかった」

 俺は再びフワリと共に歩き出す。
 さっきの魔物はそこまで強くなかったけど、おそらくたまたまだ。
 あの蛇型1種類だけとも限らない。

「大型の魔物がいるかもだ。気を抜かず、に……」

 台詞が尻すぼみになり消えていく。
 だって。

 二階建ての家の屋根と同じくらいの、あまりにも大きな熊型の魔物がそこにいたから。

「わ、大きい」

「そうだね俺の背丈の3倍以上はあるね!?」

 いや、いくらなんでもデカすぎるだろ。
 大移動や凶暴化は聞いてるし見てきたけど、巨大化は初めてだ。

 というかこの図体で騎士たちをすり抜ける?
 そんなことできるわけがない。
 特段悲鳴も聞こえてこなかったし、きっと俺たちみたいに林を抜けて入ってきたんだ。

 幸い魔物はこちらに気付いていない。
 しかしこんなのを放置していたら確実に死人が出るだろう。

「どうする?」

「……俺たちだけじゃ手に負えない。ひとまずみんなと合流しよう」

 なんとしてでも、早急に仕留めなければ。
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