短編集 ~レトロ喫茶 GRAVITY~

高橋晴之介(たかはしせいのすけ)

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聞き上手 ~若菜~

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今日も穏やかに陽が傾いて、空がオレンジ色に染まっています。商店街の片隅のレトロな喫茶店GRAVITYの店内にも西日が入り込む時間になりました。
遠くでカラスが啼く声が聞こえます。春先に生まれたカラスの雛も巣立つ季節なのでしょうか?

カウンターではいつものようにミドルがアイスコーヒーを飲んでいます。
「ねえマスター、ブラインド下ろしていい?この時間の夕焼け空って嫌いじゃないんだけど、俺がミカン星人だってバレそうな気がして……」
そんな心配はいらないと思いつつも私は西側のブラインドを下ろして、外の看板の電気をつけました。

「マスター、ミドル、こんにちは。今日の夕陽は素敵な色ね。もうすぐ茜色に変わる時間」
「若菜さん、いらっしゃいませ。本日は何に致しましょう」
「う~ん、夕陽を見たらオレンジジュースを飲みたくなっちゃったな」

オレンジ色のチャッカブーツを履いたミドルがオレンジという言葉に過敏に反応しているように見えます。もちろん気づいているのは私だけですが……
冷蔵庫でしっかり冷やしたオレンジの皮を剥き、昔ながらの鋳物のジュースプレッサーで押しつぶすように搾っていきます。効率が悪い方法ですが苦みを出さずに果汁を集めるには適した方法です。氷を入れずにお出しするのが当店のスタイルです。
だって、氷を入れたら100%搾りたてフレッシュジュースと言えませんから。

カラスの啼き声が遠ざかっていきました。

「ねえ、ミドル。最近カラスを街中であまり見かけなくなった気がしない?」
「それはこの街がいい街だってことだな。カラスのイメージって街でゴミ袋を散らかしている汚い悪者だろ? でもそのゴミを出しているのは人間だと思わないかい?」
「カラスは賢いから愚かな人間たちを眺めて、食べ物を捨てていることを知ってしまったのね」
「その通りだ、ゴミがなければ賢いカラスは街になんか来ないで森で虫や木の実を食べる元の暮らしに戻って行くんだよ」
「そうだね、鉄製のゴミ箱に変えてからゴミ捨て場が荒らされなくなった」
「まあ、この辺りにいるのはハシブトガラスとハシボソガラスの2種類だ。ハシってのはくちばしのことだから、カラスの特徴の1つだな。よく木にくちばしをこすりつけてきれいに歯磨きしているよ」
「なんだか汚い鳥ってイメージだけど違うのね」
「それも人間のせいだな。人間が出した汚いゴミ捨て場にいるからそんなイメージだけど水浴びだって大好きなきれい好きの生き物なんだよ」
「ミドルの話し方ってまるで自分がカラスみたい」
「俺、子どもの頃から小鳥が好きでずっと飼ってるんだよ」

「ねえ、ねえ、カラスのこともっと教えて!」
「日本では神様の遣いみたいなイメージもあるよね。代表格は八咫烏ヤタガラス」「サッカー日本代表のユニフォームにもついてる3本足のカラスね。神様の道案内する子だよね」
「じゃあ、カラスという漢字が2つあるのは知ってる?」
「鳥マイナス1=カラスのイメージが強いかな。八咫烏にも使ってる字」
「もう1つ鴉という字があるんだよ。さっき話したようにくちばしが特徴的だから『牙』の字はなんとなく合ってるよね」
「うん」
「牙がある鳥がカラスなんだけど、『とり』を『とり』に書き換えたら何て漢字になる?」
「『みやび』だね」
「正解だ。じゃあ雅という言葉のイメージを教えて」
「上品で、しっとりして、重厚で正しい感じ」
「そう、じゃあ、どんな色で上から染めても変わることがない深い色は?」
「黒、真っ黒……漆黒」
「じゃあ、若菜さん、これが最後の質問。真っ黒い鳥は?」
「カラス!」

2人の話しはしっかり元の場所に戻って来ました。それはミドルが無理やり付けた屁理屈なのかもしれませんが、文字や言葉はそうやって繋がりを持っているのだと思います。
ミドルがこんな言葉遊びをするのを耳にすることはめったにないのですが、若菜さんが相槌を打つタイミングと、キラっキラの目線がミドルの中の何かを引き出したのかもしれません。
聞き上手は才能と辛抱で培われるのだと……
誰かが言っていたような、言ってなかったような。
でも私はやっぱり言葉のキャッチボールをする時間が大好きです。

本日もご来店ありがとうございました。 
それではまた……、ごきげんよう 

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