短編集 ~レトロ喫茶 GRAVITY~

高橋晴之介(たかはしせいのすけ)

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タンポポの詩 ~シエル~

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宇宙の片隅の小さい星のどこかにある喫茶店GRAVITY。その店の場所は公開されていません。探しても探してもたどり着けないのに、ある日突然目の前に想像通りの白い扉が現れるかもしれません。 

 

5月になりました。世の中はゴールデンウィークで浮足立っているように感じますが、ミドルは相変わらずカウンターの片隅でアイスコーヒーを飲んでいます。 
隣にはシエルさんがお見えになりました。 


「マスター、チョコレートパフェをお願いします」 
「かしこまりました」 
「やあ、シエルさん。GRAVITYここにはすぐにたどり着けたかい?」 
「あなたが書いてくれた地図の通りに来たわ。この商店街も何度か通ったはずだけどずっと見つけられなかったの」 

私とミドルは顔を合わせ 

「それはすまなかった、俺の地図はちょっとばかりわかりにくかったかな」 
「でも迷ったおかげで知らない景色に出会えたわ」 
「そいつはよかった。この店は探すと見つけられないって噂がある」 

シエルさんがミドルにスマホの画面を見せています。彼女は美しく力強い言の葉を詠み、花や空、景色の写真を添えていつも私たちを楽しませてくれています。 

「タンポポだね」 
「もういつ飛んでもおかしくないぐらいのフワフワの綿毛、きれいでしょ?」 
「ああ、きれいだな。吹き飛ばしたの?」 
「がまんしたわ、ため息が掛かっただけで飛んでしまいそうだったから」 
「ため息? ため息ってヤツは伝えたい気持ちを声に出さずに飲み込んだ時に出て来るんだぜ」 
「そうじゃないのよ、私のため息は誰かの耳元でそっと吐き出したいの」 
「ずいぶん艶がある返しだな」 
「言葉にすると恥ずかしいな。実はね、飛び立っていく子供たちを見守る母の気持ちってこんな感じかなって思って眺めていたの」 

「旅立ちを見守る母か。旅立つ子も、送る母も不安なんだろうな」 

 
チョコレートパフェが出来上がりました。 

今の時期の当店のパフェはチョコレートフレーバーのアイスクリームとバニラのソフトクリームを使い、たっぷりのホイップクリームとともに、甘夏の皮を砂糖で煮てからチョコレートでコーティングしたオランジェットを乗せた大人の雰囲気になっております。 

 「オランジェットの苦みが奥の方で爽やかさを醸し出すのね」 

「柑橘の香りというか、ほんの少しだけ夏の薫りがするようにしております」 

「ねえミドル、旅立つ子も、見送る母も風が吹くのを待っているの?」 
「そうだな。タンポポは君が背中を押してくれるのを待っていたのかもしれないな。優しく強く吹いてくれる人が必要な時もある。自分の力だけじゃ飛び出す勇気が出ないときだってあるだろう?」 
「そうね、優しい風に吹かれて、フッと出かけたくなる時もあるわね」 
「風はいつだってシエルさんのそばを流れているよ。姿を見せないまま。そしてシエルさんが纏った風はやがて誰かを包んでまた流れていく」 
「ミドルが真顔でそんなこと言うと、とてもインチキ臭いわね」 
「ありがとう、そんなに褒めてくれるなんて思ってなかったよ」 
「あら、ミドルにとってはインチキ臭いも胡散臭いも褒め言葉だったのね」 
 
「人間だって同じさ、気持ちは決まっているのに飛び出せないこともある。そんなときは俺が崖の上に立たせて後ろからドロップキックだ!」 

 お2人が揃って席を立ちました。 
扉が開くと強い日差しと力強い風が店の中に吹き込みました。 

 
まさに風薫る5月。 
あのお2人は全く違う風を纏いながらも、似ているのかもしれないと私は感じました。 

今日もまたタンポポの綿毛のように風が吹くまま気の向くままに流れていくことでしょう。 

 
本日もご来店ありがとうございました。 

それではまた……、ごきげんよう 

 
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