上 下
6 / 12

シロクマとクマノミ ~アイン~

しおりを挟む
今日も商店街の片隅の古ぼけた喫茶店GRAVITYは混雑しているわけでもなく、そうかと言って誰もいない時間があるわけでもなく、ぼちぼち営業しております。
仕事嫌いというわけではありませんが、のんびりしたこの店であまりお客様をお待たせするのは気が引けます。

「アメリカンコーヒー、お待たせいたしました」
今日も今日とてカウンターの端の席にはミドル。その隣にはアインさんがお見えです。

「ねえ、ミドル!あの本、もう読んだ?」
「本?俺はあまり読まないけど」
高橋晴之介たかはしせいのすけの【地球くん46歳】」
今日のアインさんは少しテンションが高いようです。
「ああ、やっと書きあがったんだ? 先月、ここで締め切りを気にしながら書いてたぜ。世の中のことがよくわからないから、俺やマスターにいろいろ聞きながら」
「え、高橋晴之介ってここに来るの?ミドルの知り合いだとは聞いていたけど」
「まあ、腐れ縁さ。俺とあいつは切っても切れない仲良しだ」

ミドルはアインさんと話しをしながらスマホを開いています。やがて店の入口の扉にぶら下がっているカウベルがガランゴロンととぼけた音を立てました。

「先生、いらっしゃいませ」
入って来たのはミドルの友人の高橋さんです。ミドルと同じ謎が多い方ですがどうやら地球人のようです。
「早かったな」
「ちょうど一服しようと思っていたところだ。マスター、冷たい素紅茶ストレートアイスティーお願いします」
「アインさん、こいつが高橋晴之介」
「は、はじめまして。いつも拝読しています。最近読んだ【地球くん46歳】なんだかとても大きくて……」
「あれはね、大きな話を分かりやすく46歳のサラリーマンに置き換えてみたんだけどわかりにくかったかな?」

私も読みましたが、誕生して46億年の地球を46歳のサラリーマンに置き換えた話でした。
「わかりにくいと言うより、スケールが大きすぎて……」
「それは済まなかった。あの話はね……。何でも人間の目線で考えるからすぐに行き詰まったり辻褄が合わなくなるってことを言いたいんですよ。産業革命が起こってたくさんの二酸化炭素を出すようになったから地球が温暖化で異常気象が発生してるって言ってるだろ?」
「年々、台風やゲリラ豪雨が増えていますね」
「ああ、そうだね。だから二酸化炭素の排出を減らそう。その果てに人間が食べるために飼っている牛のゲップはメタンガスだから二酸化炭素よりも温暖化を加速させるとか言うねえ。だから代替肉」
「いいアイデアですよね」
「そうかな? 大豆を食べたいなら大豆として食べたらいいと思うな。代替なんて失礼だ。それに地球が温暖化することが一概に悪いとも思えない。北極や南極の氷が解けたらシロクマさんは住むとこがなくなってしまうけど、南の海のクマノミは住むところが増えて人間に感謝してるかもしれないよ。それが営みというものです。生き物の呼吸や生命維持だけで温室効果ガスが増えてるだけじゃないんだ。何億年もかけて出来上がった化石燃料を人類がガンガン燃やしてるから突然温暖化したんだろうな。でも誰も人類が死滅すれば排出量は適正になるとも言わないし、人類が滅亡するという仮説すら口にする者はいない。まあ、この後5億年は持たないな、今いるすべての地球上の生命体は太陽の熱で焼け死ぬだろうよ」

太古からこの星の上の生き物は繁栄と滅亡を繰り返しながら、環境の変化に適応して進化してきました。人間が明日も生存していることを前提に物事を考える、人間の目線で世間を眺めると大きな間違いを起こすと高橋さんは言っているのでしょう。
人間は恐竜と同じように、ほんの小さなきっかけできっと滅びることでしょう。
私も明日の朝いつものように目覚めて店を開けられるかはわかりません。

「なあアインさん。スーパーに並んでる野菜や果物、肉や魚もきれいに大きさが揃ってるだろ?」
ミドルがアインさんに問います。
「農家さんが出荷するときに選別してるのよね?」
「その通りだ。見た目も、甘さも、大きさも全部揃えて出荷してる。その理由は簡単だ。商品としての価値を上げるためだ」
「その方がお店でも見た目がいいものね」
「果物だって1番上のランクなら、桐の箱に入って何万もするな、次はギフト用の紙の箱、その下が高級スーパーで、だんだん下がって最後は安売りスーパーの特売品だ。それで選別から漏れてしまったやつはどうなる?」
「……地元の人が食べるの?」
「毎日食べたらすぐ飽きる。だから廃棄だ」
「選別は果物のためにしているんじゃないのね?」
「当たり前だ、果物の選別を果物がするわけないだろ。農家さんがその果物の価値を上げ、そして守っていくために選別してるんだ。もちろん最高の商品にするために最大限手間をかけて一番美味しくなりそうな実だけを残して育ててるんだけどな」
「よかった、私は人間で」

高橋さんは重い口を開けました。
「アインさん、人間界の選別はもっと厳しくて理不尽なんじゃないかい? 男女別に分け、肌の色で分け、学歴で分け、所得で分け、住むところで分け、仕事で分ける。果物はその価値を高めるための選別だけど、人間が人間を選別するときにはまったく意味がない価値観で分けているのだよ。平穏な場所なんかどこにもない。日々選別されて暮らしているのさ。君が思っている通り、揃っている方が見た目がいいだろ?」

今日の高橋さんとミドルはいつになく闇の部分まで話しをしています。
「高橋先生もミドルもなんだか深いのね。まるで私とは時間の概念が違うわ」

「モノを書く仕事をしている限り、自分を置き換えなければならないんだ。自分のことを書いたら日記にしかならないし、毎日書いたら3日でネタはなくなってしまうからね。だから私はいつも他の人にも、モノにも、果ては空気や星にもならなければならないんです。過去にも未来にも移動しながら今を生きている人たちに何かを私なりに表現しなければ何も伝えられないのです」

「余計に意味が分からなくなりそうだけど、高橋さんはタイムマシンと変化の術を持ってる不思議な人なのね」

「それよりマスター、私の冷たい素紅茶ストレートアイスティー、まだ来てないけど……」

「大変失礼いたしました。私も少々時空を旅しておりました」
「ボケるにはまだ早いですよ、マスター」

そのまま3人の話しは遅くまで続きました。
時を忘れたように……

本日もご来店ありがとうございました。
それではまた……、ごきげんよう











    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ショートドラマ劇場

小木田十(おぎたみつる)
現代文学
さまざまな人生の局面を描いた、ヒューマンドラマのショートショート集です。 / 小木田十(おぎたみつる)フリーライター。映画ノベライズ『ALWAIS 続・三丁目の夕日 完全ノベライズ版』『小説 土竜の唄』『小説 土竜の唄 チャイニーズマフィア編』『闇金ウシジマくん』などを担当。2023年、掌編『限界集落の引きこもり』で第4回引きこもり文学大賞 三席入選。2024年、掌編『鳥もつ煮』で山梨日日新聞新春文芸 一席入選(元旦紙面に掲載)。

【完結】変わり身

九時せんり
現代文学
天才画家、沖田宗純に大学で出会い、彼を認められない俺とそれを取り巻く学生時代の話。

【完結】「『王太子を呼べ!』と国王陛下が言っています。国王陛下は激オコです」

まほりろ
恋愛
王命で決められた公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢との婚約を発表した王太子に、国王陛下が激オコです。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 小説家になろうで日間総合ランキング3位まで上がった作品です。

──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。

ふまさ
恋愛
 伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。 「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」  正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。 「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」 「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」  オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。  けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。  ──そう。  何もわかっていないのは、パットだけだった。

処理中です...