短編集 ~レトロ喫茶 GRAVITY~

高橋晴之介(たかはしせいのすけ)

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迷子とソフトクリーム ~みぃ🌟~

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桜が咲き、そして散り、空は晴れ渡ったり、優しい雨が降ったり……夏と冬が行ったり来たりして春という季節を作り出しています。
今日は晴れて暑くなるようです。

商店街の片隅の古びた喫茶店GRAVITYのカウンターのいつもの席でミドルがアイスコーヒーを飲んでいます。

扉についたカウベルがガランごろんと呑気な音を立てて開き、みぃさんが入って来ました。

「いらっしゃいませ」
「マスター、ミドル、こんにちは」
「よう、みぃさん。お疲れ様。休憩かい?」
「今日はもうお仕事終わりました」

GRAVITYの近くの美容室で働いているみぃさんの腰にはシザーケースが巻かれたままでした。
ミドルは指をハサミのように動かしてから、シザーケースを指差します。

「ハサミをぶら下げたまま電車に乗ったら捕まっちゃうよ。鋭利な刃物所持で銃刀法違反」
「ほんまや~。片付けたつもりやってん」
「おまけにそのヌメ革のケース、あまりお手入れしてないな。ほら、これ使って」

ミドルは自分のカバンの中からクリームのようなものを取り出してみぃさんに手渡しました。
「しっかり絞ったタオルで拭いてから、こいつを薄―く塗って磨いてあげればきれいに育つよ」
「はーい。ありがとうミドル。マスター、ホットコーヒーお願いします」

この店のコーヒーはご注文をいただいてから豆を炒ってお出ししているのでとても時間が掛かります。オリジナルブレンドなどはなく、その日の天気に合わせて炒り方も豆の産地も変えています。
サイフォンも紙のドリップもネルフィルターも、パーコレーターもエスプレッソマシンもご用意しておりますので好みの淹れ方がありましたらご要望に沿えるように致します。
今までそんなご注文をいただいたことはほぼありませんが……
こだわりとはお客様が持つもので、お店はそれを叶えるのが仕事です。決してこちらのこだわりをお客様に押し付けるものではありません。
「みぃさんは子育ても少し落ち着いて美容師の仕事に復帰したんだよね? 家庭と仕事の両立って大変だろ?」
「大変やな~。ブランクがあったから技術的なものも思い出さなきゃならないし、学校の行事とかもあるし、接客のトークだって大事にしなきゃならないし……も~覚えることだらけや」
「それは大変だけど、楽しいな。いくつになっても新しいことにチャレンジして、身に着けて変わっていくのはとても楽しいことだ。なあ、マスターもそう思うだろ?」
「ええもちろんそうです。こんな古い店でも新しいメニューを考えたり、新しいお客様が来たときにお客様の好みのコーヒーの味を想像して、それがぴったりハマった時はとても嬉しい気分です」
「だってさ。マスターは技術はお客様の笑顔を見るための手段の1つだって言いたいみたいだぜ。店の雰囲気も、カップも、マスターの笑顔も全部含めてコーヒーの味が出来上がってる」
「聞けば聞くほど迷子になるなぁ」

急に強い西日が差し込んでお店の中が少し暑くなりました。

「マスター、ソフトクリーム作ってよ。みぃさんにも」

「お待たせいたしました」
銀色のホルダースタンドに真っ白いソフトクリームが渦を描いて立っています。
「マスター、これってうまく作るの難しいの?」
「それはもう、職人技ですよ。もちろんきれいに巻いていくのも難しんですが、その前の仕込みの段階でもいろいろ工夫をしております」

「なあ、みぃさん。こんなぐるぐる巻きのソフトクリームを見て迷子になってると思うかい?」
「ソフトクリームは迷子やないな」
「だな、迷子じゃなくてこれは先っぽのをきれいに作るために必要な遠回りだ。しっかり目標が見えてれば迷子も含めて自分を支えるための大切な道のりになってる」
「せやな」
「それにな、ソフトクリームに大切なのはこいつだ」

ミドルはソフトクリームのコーンを一口齧りました。
「コーン?」
「そうさ、こいつがなければどんなにマスターが上手くクルクルやってもソフトクリームは立っていることさえできない。人間界で言えばコーンはみぃさんの周りにいる家族だったり仲間だったり支えてくれる人たちってことになるな」

「私、迷ってなんかないやん。遠回りでもないやん。きれいなクルっんを作るための土台を今は作ってる途中なんや」

「環状線みたいにずっと同じところを回り続けないようにな」

レトロな喫茶店GRAVITYの冷たいソフトクリームと淹れたてのホットコーヒーの組み合わせは夏でも冬でも格別ですよ。

本日もご来店ありがとうございました。
それではまた……、ごきげんよう
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