2 / 12
迷子とソフトクリーム ~みぃ🌟~
しおりを挟む
桜が咲き、そして散り、空は晴れ渡ったり、優しい雨が降ったり……夏と冬が行ったり来たりして春という季節を作り出しています。
今日は晴れて暑くなるようです。
商店街の片隅の古びた喫茶店GRAVITYのカウンターのいつもの席でミドルがアイスコーヒーを飲んでいます。
扉についたカウベルがガランごろんと呑気な音を立てて開き、みぃさんが入って来ました。
「いらっしゃいませ」
「マスター、ミドル、こんにちは」
「よう、みぃさん。お疲れ様。休憩かい?」
「今日はもうお仕事終わりました」
GRAVITYの近くの美容室で働いているみぃさんの腰にはシザーケースが巻かれたままでした。
ミドルは指をハサミのように動かしてから、シザーケースを指差します。
「ハサミをぶら下げたまま電車に乗ったら捕まっちゃうよ。鋭利な刃物所持で銃刀法違反」
「ほんまや~。片付けたつもりやってん」
「おまけにそのヌメ革のケース、あまりお手入れしてないな。ほら、これ使って」
ミドルは自分のカバンの中からクリームのようなものを取り出してみぃさんに手渡しました。
「しっかり絞ったタオルで拭いてから、こいつを薄―く塗って磨いてあげればきれいに育つよ」
「はーい。ありがとうミドル。マスター、ホットコーヒーお願いします」
この店のコーヒーはご注文をいただいてから豆を炒ってお出ししているのでとても時間が掛かります。オリジナルブレンドなどはなく、その日の天気に合わせて炒り方も豆の産地も変えています。
サイフォンも紙のドリップもネルフィルターも、パーコレーターもエスプレッソマシンもご用意しておりますので好みの淹れ方がありましたらご要望に沿えるように致します。
今までそんなご注文をいただいたことはほぼありませんが……
こだわりとはお客様が持つもので、お店はそれを叶えるのが仕事です。決してこちらのこだわりをお客様に押し付けるものではありません。
「みぃさんは子育ても少し落ち着いて美容師の仕事に復帰したんだよね? 家庭と仕事の両立って大変だろ?」
「大変やな~。ブランクがあったから技術的なものも思い出さなきゃならないし、学校の行事とかもあるし、接客のトークだって大事にしなきゃならないし……も~覚えることだらけや」
「それは大変だけど、楽しいな。いくつになっても新しいことにチャレンジして、身に着けて変わっていくのはとても楽しいことだ。なあ、マスターもそう思うだろ?」
「ええもちろんそうです。こんな古い店でも新しいメニューを考えたり、新しいお客様が来たときにお客様の好みのコーヒーの味を想像して、それがぴったりハマった時はとても嬉しい気分です」
「だってさ。マスターは技術はお客様の笑顔を見るための手段の1つだって言いたいみたいだぜ。店の雰囲気も、カップも、マスターの笑顔も全部含めてコーヒーの味が出来上がってる」
「聞けば聞くほど迷子になるなぁ」
急に強い西日が差し込んでお店の中が少し暑くなりました。
「マスター、ソフトクリーム作ってよ。みぃさんにも」
「お待たせいたしました」
銀色のホルダースタンドに真っ白いソフトクリームが渦を描いて立っています。
「マスター、これってうまく作るの難しいの?」
「それはもう、職人技ですよ。もちろんきれいに巻いていくのも難しんですが、その前の仕込みの段階でもいろいろ工夫をしております」
「なあ、みぃさん。こんなぐるぐる巻きのソフトクリームを見て迷子になってると思うかい?」
「ソフトクリームは迷子やないな」
「だな、迷子じゃなくてこれは先っぽのクルっんをきれいに作るために必要な遠回りだ。しっかり目標が見えてれば迷子も含めて自分を支えるための大切な道のりになってる」
「せやな」
「それにな、ソフトクリームに大切なのはこいつだ」
ミドルはソフトクリームのコーンを一口齧りました。
「コーン?」
「そうさ、こいつがなければどんなにマスターが上手くクルクルやってもソフトクリームは立っていることさえできない。人間界で言えばコーンはみぃさんの周りにいる家族だったり仲間だったり支えてくれる人たちってことになるな」
「私、迷ってなんかないやん。遠回りでもないやん。きれいなクルっんを作るための土台を今は作ってる途中なんや」
「環状線みたいにずっと同じところを回り続けないようにな」
レトロな喫茶店GRAVITYの冷たいソフトクリームと淹れたてのホットコーヒーの組み合わせは夏でも冬でも格別ですよ。
本日もご来店ありがとうございました。
それではまた……、ごきげんよう
今日は晴れて暑くなるようです。
商店街の片隅の古びた喫茶店GRAVITYのカウンターのいつもの席でミドルがアイスコーヒーを飲んでいます。
扉についたカウベルがガランごろんと呑気な音を立てて開き、みぃさんが入って来ました。
「いらっしゃいませ」
「マスター、ミドル、こんにちは」
「よう、みぃさん。お疲れ様。休憩かい?」
「今日はもうお仕事終わりました」
GRAVITYの近くの美容室で働いているみぃさんの腰にはシザーケースが巻かれたままでした。
ミドルは指をハサミのように動かしてから、シザーケースを指差します。
「ハサミをぶら下げたまま電車に乗ったら捕まっちゃうよ。鋭利な刃物所持で銃刀法違反」
「ほんまや~。片付けたつもりやってん」
「おまけにそのヌメ革のケース、あまりお手入れしてないな。ほら、これ使って」
ミドルは自分のカバンの中からクリームのようなものを取り出してみぃさんに手渡しました。
「しっかり絞ったタオルで拭いてから、こいつを薄―く塗って磨いてあげればきれいに育つよ」
「はーい。ありがとうミドル。マスター、ホットコーヒーお願いします」
この店のコーヒーはご注文をいただいてから豆を炒ってお出ししているのでとても時間が掛かります。オリジナルブレンドなどはなく、その日の天気に合わせて炒り方も豆の産地も変えています。
サイフォンも紙のドリップもネルフィルターも、パーコレーターもエスプレッソマシンもご用意しておりますので好みの淹れ方がありましたらご要望に沿えるように致します。
今までそんなご注文をいただいたことはほぼありませんが……
こだわりとはお客様が持つもので、お店はそれを叶えるのが仕事です。決してこちらのこだわりをお客様に押し付けるものではありません。
「みぃさんは子育ても少し落ち着いて美容師の仕事に復帰したんだよね? 家庭と仕事の両立って大変だろ?」
「大変やな~。ブランクがあったから技術的なものも思い出さなきゃならないし、学校の行事とかもあるし、接客のトークだって大事にしなきゃならないし……も~覚えることだらけや」
「それは大変だけど、楽しいな。いくつになっても新しいことにチャレンジして、身に着けて変わっていくのはとても楽しいことだ。なあ、マスターもそう思うだろ?」
「ええもちろんそうです。こんな古い店でも新しいメニューを考えたり、新しいお客様が来たときにお客様の好みのコーヒーの味を想像して、それがぴったりハマった時はとても嬉しい気分です」
「だってさ。マスターは技術はお客様の笑顔を見るための手段の1つだって言いたいみたいだぜ。店の雰囲気も、カップも、マスターの笑顔も全部含めてコーヒーの味が出来上がってる」
「聞けば聞くほど迷子になるなぁ」
急に強い西日が差し込んでお店の中が少し暑くなりました。
「マスター、ソフトクリーム作ってよ。みぃさんにも」
「お待たせいたしました」
銀色のホルダースタンドに真っ白いソフトクリームが渦を描いて立っています。
「マスター、これってうまく作るの難しいの?」
「それはもう、職人技ですよ。もちろんきれいに巻いていくのも難しんですが、その前の仕込みの段階でもいろいろ工夫をしております」
「なあ、みぃさん。こんなぐるぐる巻きのソフトクリームを見て迷子になってると思うかい?」
「ソフトクリームは迷子やないな」
「だな、迷子じゃなくてこれは先っぽのクルっんをきれいに作るために必要な遠回りだ。しっかり目標が見えてれば迷子も含めて自分を支えるための大切な道のりになってる」
「せやな」
「それにな、ソフトクリームに大切なのはこいつだ」
ミドルはソフトクリームのコーンを一口齧りました。
「コーン?」
「そうさ、こいつがなければどんなにマスターが上手くクルクルやってもソフトクリームは立っていることさえできない。人間界で言えばコーンはみぃさんの周りにいる家族だったり仲間だったり支えてくれる人たちってことになるな」
「私、迷ってなんかないやん。遠回りでもないやん。きれいなクルっんを作るための土台を今は作ってる途中なんや」
「環状線みたいにずっと同じところを回り続けないようにな」
レトロな喫茶店GRAVITYの冷たいソフトクリームと淹れたてのホットコーヒーの組み合わせは夏でも冬でも格別ですよ。
本日もご来店ありがとうございました。
それではまた……、ごきげんよう
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
“K”
七部(ななべ)
現代文学
これはとある黒猫と絵描きの話。
黒猫はその見た目から迫害されていました。
※これは主がBUMP OF CHICKENさん『K』という曲にハマったのでそれを小説風にアレンジしてやろうという思いで制作しました。

短編集:失情と采配、再情熱。(2024年度文芸部部誌より)
氷上ましゅ。
現代文学
2024年度文芸部部誌に寄稿した作品たち。
そのまま引っ張ってきてるので改変とかないです。作業が去年に比べ非常に雑で申し訳ない
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

周三
不知火美月
現代文学
どうしても表紙は黒猫を使いたかったので、恐縮ながら描かせていただきました。
猫と人間のちょっぴり不思議なお話です。
最後まで読んで初めて分かるようなお話ですので、是非最後までお付き合いの程よろしくお願い致します。
周三とは何なのか。
ペットがありふれるこの社会で、今一度命の大切さを見つめて頂ければ幸いです。
猫好きの方々、是非とも覗いて行ってください♪
※こちらの作品は、エブリスタにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる