短編集 ~レトロ喫茶 GRAVITY~

高橋晴之介(たかはしせいのすけ)

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謎の男 ~ミドル~

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宇宙の片隅にある小さく青い星、地球。
そのまた片隅にある小さな街の商店街のはずれにある古びた喫茶店 GRAVITY。
 
お客様たちはレトロ喫茶と呼んでいますが、長いこと商売を続けていたらいつのまにか取り残されたようになってしまっただけなのです。
 
分厚い1枚板の扉が開いて1人の男が入ってきました。
 
この男の名は『ミドル』
もちろん本名ではありませんが、誰もがそう呼んでいます。
夏でも冬でもスリーピースに身を包み、サラリーマンのようにも見えたり、見えなかったり……という白髪頭の一風変わった中年です。
いつもカウンターの左奥に腰掛けてどんなに寒い日でもアイスコーヒーを飲んで行きます。

「よう、マスター、おはよう様」
「いらっしゃいませ、おはよう様です」

これはミドル特有の挨拶の言葉と申しましょうか。
「本日も朝早うからのお勤め、大変ご苦労様でございます」
を略した言葉が
「おはようございます」
だという持論を展開し、さらに言い換えたのが
「おはよう様」
だということです。

「ミドルはずっと全く変わりませんね」
「そんなことはないさ。昨日と比べたら変わってるし、去年と比べても変わってるから変わらないように見えるだけさ。この店だっていつ来てもきれいな花が飾ってあって、壁の絵も季節ごとに変わってる」
「そう言われればそうですね。季節や時代によって変わり続けているから変わらないように見え、変わり続けてきたからこうして今までやって来られたのかもしれません」
「喫煙所だってそうだろ?ほんの何年か前まではテーブルの数だけ灰皿が出てた」

そう言ってミドルは店の奥のすりガラスで囲われた喫煙ルームに向かいました。
誰がいるのかはわからない程度のガラスですが、ミドルが喫煙ルームに入った瞬間からちょうど頭の高さのところがオレンジ色に見えました。今日のミドルのスーツはインクブルーでオレンジ色は身に着けておりません。
実は私たち、地球人ではないのです。すりガラスの向こうに見えているオレンジ色の光はミドルの頭が透けて見えています。

私たちは1969年に柑橘系第9惑星『ミカン星』からやってきた宇宙人なのです。地球に来た理由は悲しいことですがミカン星が跡形もなく消えてしまったからです。
私とミドルはたった2人で小さな宇宙船に乗ってこの星にたどり着いたのです。

この世に存在するものは生まれた瞬間から死に向かい、完成したものは必ず滅びていきます。
そのためミカン星ではすべてのものを未完成な状態にしておかなければならないという法律がありました。
星の中心には緩めたボルトの大きなオブジェがあったのですが、ある日、何者かによってそのボルトがしっかり締められミカン星は完成形になってしまったのです。

その瞬間から、星は溶け始めたった数年でジュースのような液体になって宇宙に散らばって姿を消したのです。たまたま見つけたこの地球でも同じような習慣があると聞きました。
せっかく建てた立派な建造物の柱を逆さにしておいたり、何か忘れ物をしてみたりと完成していないように見せることがあるようです。

「マスター、誰もいないのにひとり言かい?年は取りたくないな」
喫煙ルームから出てきたミドルが私にいやみを言っています。
「長生きするのはいいことですよ。私たちはまだまだずっと生きていかなければなりませんからね」
「マスターは今年何歳になるんだったかな?」
「7,318,269歳です。ミドルは確か……」
「はっきり覚えてないけどな。5,274,842歳だと思う。マスターよりかなり若いな」
「大して変わりませんよ。18歳を超えたらみんな大人という括りの星ですから」
「そうだな」

私たちはミカン星人。
またの名を未完成人。すべての夢が叶い完成するまで永遠に迷いながら生き続ける運命なのです。

本日もご来店ありがとうございました。
それではまた……、ごきげんよう
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