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第一章

第二十六話:黒岩竜

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「ギャオォォォォォォォォ!」

 地中より目覚めた変異ドラゴンは、即座に侵入者を捕捉する。
 完全に目をつけられた。
 ノート達は急いで広間から脱出しようとする。

「急ぐわよ!」
「はいです!」
「はい――って、うわぁ!?」

 突如揺れる地面。
 変異ドラゴンが足踏みをしたのだ。
 そのスキルによって、地面から巨大な岩が次々に隆起し始める。

「ッ! 二人共、逃げなさい!」

 カリーナの呼びかけで、ノートとライカは横に跳んだ。
 次の瞬間、先程までノート達がいた場所から巨大な岩が隆起した。
 喰らえば一たまりもない岩の大槍。
 岩の隆起はノート達を通り過ぎて、広間の出入り口にまで到達した。

「しまった!」

 カリーナが声を上げる。
 変異ドラゴンのスキルによって出現した岩が、出入り口を完全に塞いでしまったのだ。

「不味いわね、これは」
「カリーナさん、魔法で岩を壊せないんですか!?」
「そうしたいのは山々なんだけど」

 ノートの叫びに、カリーナは冷や汗で答える。
 変異ドラゴンは既に、口の中に魔力を溜めて、こちらへの攻撃準備を完了していた。

「あちらのドラゴン、壊す暇は与えてくれないみたい」

 そして変異ドラゴンは狙いを定める。
 口に溜まった魔力が巨大な岩の砲弾と化し、ノート達に向けて発射された。

「守って! 『純白たる正義ホワイト・ジャスティス』!」

 すぐさまライカが『純白たる正義』を発動し、バリアを展開する。
 しかしバリアの制度を上げるには時間がなさすぎた。
 超スピードで放たれた岩の砲弾をバリアが受け止める。
 その威力を完全には殺し切れず、ライカは一メートルほど後ろへ押し出されてしまった。

「ライカ!」
「私は大丈夫なのです」

 止められた岩の砲弾が落下する音が響く。
 ノートが心配してライカに駆け寄るが、彼女は大丈そうであった。
 だがその一方で、カリーナは険しい表情を浮かべていた。

「これは……もう戦うしかないわね」

 背負っていたシーラを下ろし、カリーナは杖を構える。

「ノート君はこの子を見てて。ライカはバリアを展開して防御。アタシは魔法でこのドラゴンを攻撃するわ」
「はい!」
「りょーかいなのです!」

 もはや戦闘は避けられない。三人はその場で腹を括った。
 ノートはシーラを比較的安全そうな場所まで運ぶ。
 その間に、ライカは魔人体に力を込めて、カリーナは魔法の詠唱を始めた。

「ギャオォォォォォォォォン!!!」

 変異ドラゴンが咆哮する。
 再び口の中に魔力を溜め込み始めるが、カリーナは二発目を撃たせるつもりは毛頭無かった。

「ギガ・ヴォルケーノ!」

 超高位の火炎魔法。内包している熱量は岩をも溶かす。
 カリーナはこの魔法で変異ドラゴンの外皮を溶かそうと考えたのだ。
 巨大な火炎球が変異ドラゴンに放たれる。
 しかし……その魔法が通用する事は無かった。

 パシュン。

 小さく、炎を打ち消す音が鳴る。
 変異ドラゴンを覆う岩には、傷一つついていなかった。

「うそ、炎魔法への耐性でもあるの!?」

 魔法を無効化されて、驚愕するカリーナ。
 その隙に変異ドラゴンは、溜め込んだ魔力を岩の砲弾に変えて発射した。

「『純白たる正義』!」

 ライカの魔人体がレイピアを振るい、バリアを展開する。
 今度は事前に力を込めていたので、完璧に防ぐ事ができた。

「カリーナさん!」
「ごめんライカ。ちょっと動揺してた」

 まさか自分の魔法を打ち消すモンスターが出てくるとは思わなかったカリーナ。
 そして冷静に考える。
 この変異ドラゴン、明らかにBランクダンジョンのボスではない。
 もっと上のランクが相応しい厄介さを持ち合わせている。

「良くてAランク。最悪Sランクはあるわね」

 だがまだ確定したわけではない。
 カリーナは落ち着いて次の策を練る。

「炎が駄目なら他の属性を試すまでよ!」

 風の刃、水の刃。
 強大な雷、巨大な鉄の砲弾。
 様々な属性の魔法を撃ち込むが、その全てが変異ドラゴンには通用しなかった。

「ちょっと、なんで魔法が効かないのよ!」

 八つ当たりするようにカリーナが叫ぶ。
 その間にも変異ドラゴンの攻撃は続き、放たれた岩の砲弾をライカ。がバリアで防御する。
 ライカのおかげでカリーナには敵を観察する時間ができた。
 変異ドラゴンの身体をよく見る。
 やはり戦闘による傷はついていない。不気味な程綺麗だ。
 だがその黒光りする岩を見て、カリーナは一つの可能性に行き着いた。

「まさかアイツの身体、ブラックオリハルコンで出来てるの!?」

 ブラックオリハルコン。
 数ある魔法鉱石の中でも特殊な存在として知られている。
 その特徴はずばり、触れた魔力を打ち消す効力だ。
 その効力を使った魔法使い殺しの武器も流通しているが、今重要なのはそこではない。
 あらゆる高位魔法を打ち消してきたドラゴンの身体。
 それがブラックオリハルコンで出来ているならば、全て説明がつく。

「最悪だわ。存在そのものが魔法使い殺しじゃないの!」

 これは間違いなくSランク相当のモンスターだ。
 カリーナは一瞬頭を抱えそうになる。
 だが今はそんな暇はない。
 正攻法でやっても勝ち目はないのだ。何か別の策、もしくは逃げる為の一手を考えなくては。

 カリーナが思考に入ると、変異ドラゴンはその足を大きく踏み込んだ。
 再び地面が大きく揺れ始める。

「きゃっ、これって」
「気をつけなさい。また下から攻撃がくるわよ!}

 その後は予想通りであった。
 地面から岩の大槍が次々に生えて、カリーナ達に襲い掛かる。
 カリーナとライカはタイミングを見計らって上手く躱したが、それすら変異ドラゴンの想定内であった。
 岩の大槍が向かった先、そこにはノートと動けないシーラがいた。

「ノート君!」

 ライカの悲鳴染みた声が響く。
 だがノートはシーラを背負いながら、冷静に地面に手を当ててスキルを発動した。
 地面を弾いた際の反動を使った高速移動。
 それでノートは隆起する岩から逃れた。

「俺は大丈夫です!」
「よ、よかったのです」
「ノート君ナイス!」

 攻撃を躱された事が癪に障ったのか、変異ドラゴンは再び足を踏み込んだ。
 次々に生えてくる岩の大槍。
 カリーナは風の魔法を使ってライカと共に回避。
 ノートは先程と同じ様に、スキルを使って回避し続けた。

「一直線の攻撃なら、俺でも避けられる!」

 その挑発に乗るかのように、変異ドラゴンは更に足を踏み込む。
 またもや生えてくる岩の大槍。
 だが今度は動きが違った。

「軌道を変えた!? ノート君!」

 蛇行するような軌道で岩が隆起していく。
 動きが読めない。だが確実にそれはノートを狙っていた。
 右に避けるか、左に避けるか、ノートは迷う。
 だがきっと、どちらに避けでも無駄だろう。

「それなら!」

 ノートはシーラを背負いながら、手を地面に押し当てた。

「上に逃げる!」

 最大出力で弾く力を解き放つ。
 ドラゴンが操る岩の大槍よりも高い位置に、ノートは跳躍した。
 しかしそのせいで、空中のノートは無防備である。
 変異ドラゴンはその隙を逃さんと、口の中に魔力を溜めた。

「カリーナさん!」
「わかってる! レビテーション!}

 カリーナは咄嗟に浮遊魔法を発動して、ライカを落下しているノートの前まで運んだ。
 それとほぼ同時に、変異ドラゴンは口から岩の弾丸を解き放った。

「ギャオォォォ!」
「『純白たる正義』!」

 即行で展開されるバリア。
 変異ドラゴンの放った攻撃を防ぎきるが、僅かにひびが入ってしまった。
 そのままライカはノートに掴まり、浮遊魔法の効果で安全に地上へと降りた。

「ありがとう、ライカ」
「はい。無事でよかったです」

 喜ぶのもつかの間。
 変異ドラゴンは次なる攻撃の為に、口の中に魔力を溜め始めた。

「またくるわよ!}

 カリーナの叫びで、ライカは全員を守るようにバリアを展開する。
 そしてドラゴンが攻撃を仕掛けるのだが、その攻撃は今までと違った。

――弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾!!!――

 先程までの岩の砲弾とは違う、小さな岩の数々。
 それらをマシンガンのように乱射してきたのだ。
 その攻撃を『純白たる正義』のバリアが受け止める。

「このくらいの攻撃ならよゆーなのです」

 軽々と防ぎきるバリア。
 数十秒ほど乱射を続けると、変異ドラゴンは再び魔力を溜め始めた。
 それと同時に、足を大きく踏み込む。

 地面から生えてくる岩の大槍。
 それが三人に回避行動を強制した。

「レビテーション!」

 カリーナはバリアを展開しているライカと自分を浮遊させる。
 ノートはスキルを使って上に逃げた。
 しかし、咄嗟の行動だった故、三人はバラバラに分かれてしまった。
 ドラゴンの狙いは最初からこれだったと、カリーナが気づいた時にはもう遅かった。

「不味い。全員防御体勢に入って!」

 ノートの着地と同時にカリーナの叫び。
 そして始まる、岩の弾丸の乱射。
 変異ドラゴンはあえて攻撃を制御せず、前方の人間たちに向けて攻撃を開始した。

「アイアン・ウォール!」
「『純白たる正義』!」
「ッ!」

 魔法で鉄の防壁を出現させるカリーナ。
 アルカナ能力でバリアを展開するライカ。
 そしてノートはスキルを全力で展開し、両手の平を前方に向けた。

「ッ! この攻撃、強い!」

 襲い掛かる岩の弾丸を弾くノート。
 だが攻撃の威力が強すぎて、軌道を逸らすのが精一杯であった。
 殺し切れなかった反動が腕に響く。
 そして後方に飛んでいった岩の弾丸が壁に着弾。壁が崩れる音が聞こえる。

 苦戦しているのは他の二人も同じであった。
 カリーナは出した鉄の防壁が割れ始めている。
 ライカも防戦一方だ。

「ギャァァァオォォォ」

 乱射が終わり、再び魔力を溜め始める変異ドラゴン。
 その隙にノートはシーラを背負って、カリーナの元へと合流した。

「カリーナさん。アイツ強すぎますよ」
「わかってるわ! でも対処方法が見つからないのよ!」
「そんな」

 ではどうすれば良いのか。
 力を持たないノートには見当もつかなかった。
 ライカもこちらに合流しようとする。
 だがそれを妨害するように、変異ドラゴンは攻撃を再開した。

――弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾!!!――

「『純白たる正義』!」

 バリアを展開して身を守るライカ。
 ノートとカリーナも身を守る体勢に入る。
 だが今度の攻撃は、どこか様子がおかしかった。
 乱射をしてこない。
 その攻撃は一直線で、ライカの展開したバリアに向けてきた。

「あれ、こっちに攻撃してこない?」

 妙なものを感じたノートは、ライカの方を見る。
 ライカはいつも通りといった様子で、攻撃を防いでいた。
 それでもなお、変異ドラゴンはバリアに弾丸を撃ち込む。

「(なんだろう……なんか嫌な予感がする)」

 ここまでの行動からして、あの変異ドラゴンには高い知能がある。
 だからこそノートは嫌な物を感じた。
 あんな一見すると無意味そうな行動を、ドラゴンが取るとは思えなかっったのだ。

 それは、変異ドラゴンの攻撃が始まって数十秒が経とうとした時だった。
 ピシリと嫌な音が聞こえてきた。

「えっ」

 ライカが驚愕の表情を浮かべる。
 よく見ればバリアには、変異ドラゴンの攻撃を受け続けている箇所に、ひびが走り始めていたのだ。
 何故だ。何故バリアにひびが入ったのか、ライカは一瞬分からなかった。
 だがひびが入った箇所を見て、ライカは気がついた。

「もしかして、バリアとバリアの繋ぎ目に攻撃を!?」

 それはライカの展開するバリアの構造上、必ず生まれる繋ぎ目であった。
 先程の空中での攻防で、変異ドラゴンはそこが弱いと見抜いてしまったのだ。
 ライカは慌ててバリアを少しずらそうとするが、ドラゴンの攻撃は追ってきた。

 ひびは徐々に大きくなり、全体に広がり始める。
 明らかに危ない。
 それを見た瞬間、ノートの身体は自然と動いた。

「ライカ!」

 シーラをカリーナに預けて、駆け出すノート。
 次の瞬間、限界を迎えたバリアが粉々に砕け散った。

「ッ!」

 岩の弾丸が、バリアの破片と共にライカへ襲い掛かろうとする。
 ノートは咄嗟に、ライカを抱きかかえるように飛び込んだ。
 無数の破片と、岩の弾丸が二人の身体を掠める。
 それどころか、弾丸の一発がノートの左肩に当たった。

「ぐっ!?」

 地面を転がりながら、ノートは痛みを我慢する。
 ひとまず二人共致命傷は免れた。

「ライカ! 大丈夫か!?」
「う……うぅ」

 攻撃の一部が頭を掠めたらしいライカ。
 額から流血しており、意識も朦朧としていた。
 魔人体も完全に消失している。

「ライカ、ライカ!」

 ノートは必死に声をかけるが返事はこない。
 とにかく治療をしなければ。
 ノートは急いでカリーナを呼ぼうとするが、それが大きな隙となった。

「ノート君、後ろ!」

 カリーナが叫ぶ。
 振り向くと、口の中に魔力を溜め込んだ変異ドラゴンが、こちらに狙いを定めていた。

「ギャァァァオォォォォォォォォォ!!!」

 放たれる岩の砲弾。
 カリーナがそれを見てなにかを叫んでいるが、ノートには聞こえなかった。

 全てがスローモーションに見える。
 意識が数千倍に引き伸ばされる。
 ノートは呆然と迫り来る岩の砲弾を見ていた。

「(えっ、ここで終わり? 異世界転生したのに、人生たった十四年で終わり?)」

 ゆっくりに見える岩の砲弾。
 最早逃げる余地もない。

 ノートは許せなかった。
 自分が死ぬ事では無い。この攻撃に巻き込まれてライカが死ぬ事が許せなかった。
 せめてライカは助けたい。

「(でも俺……必要な「力」を持ってない……)」

 それも助けたい。
 自分を救ってくれたこの少女だけは守りたい。
 目の前のドラゴンを倒し、仲間の元に帰りたい。

「(……欲しい)」

 その時、ノートは初めて欲した。

「(「力」が、欲しい!)」

 ドクン。
 鼓動が一回、強く鳴り響く。
 身体の内から、待っていましたとばかりに、何かが目を覚まそうとする。

 瞬間、ノートの視界が暗転。
 迫り来る岩の砲弾が停止し、音が完全に遮断されたように感じる。
 そして、ノートの意識は無限に引き伸ばされた。
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