問題:異世界転生したのはいいけど、俺の「力」はなんですか? 〜最弱無能として追放された少年が、Sランクパーティーに所属するようです〜

鴨山兄助

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第一章

第十話:お話をしましょう

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 そして今日も夜がくる。
 割り当てられた自室のベッドに倒れ込んだノートは、少し苦々しい表情をしていた。

「回復魔法で治っているのはわかっているけど……なんか痛みがある気がする」

 マルクとの模擬戦が終わった後、本拠地に戻ったノートはカリーナに回復魔法をかけて貰った。
 それで治ったのは良いのだが、突然治癒した傷に脳の理解が追いついておらず、ノートは在りもしない痛みに悩まされていた。
 ちなみにカリーナに聞いたところ、回復魔法をかけられ慣れていない人が稀に発症する症状らしい。
 実際に怪我をしているわけではないので「我慢しなさい、男の子でしょ」と言われてしまった。

「うぅ……ヒリヒリして痒い」

 思わず傷があった箇所を掻いてしまう。
 別にもう怪我など無いのだが、心は少し癒えた気がした。

「俺、負けてたな……」

 今日の模擬戦を思い出す。
 一応は勝利したという形にはなったが、実際のところノートは完全に負けていた。
 仲間として認められたのは良い。だがその先の事を考えると、ノートは自分の不甲斐なさを恨んだ。

「無能は返上したい。けどその先なんてどうすればいいんだろう」

 本音。
 無能者である自分を変えたい気持ちはある。
 しかしその先で、自分は何をすれば良いのか分からない。

 自分は勇者になるタイプの異世界転生者ではない。
 そもそもこの世界には魔王なんて存在しない。
 人間らしい悪意とモンスターの脅威があるだけの、普通のファンタジー世界だ。
 どこか「つまらなさ」さえ感じる。
 だがこの世界に生まれてしまった以上、生きねばならない。
 それを頭では理解しているつもりだったが、ノートの心はどこか空虚なものだった。

「俺、何がしたいんだろう」

 世界を救う使命なんて無い。守るべき人も無い。目標自体何も無い。
 自分の中にある空洞を感じとって、ノートは自己嫌悪する。
 無意味なのだ、自分が生きている事自体が。
 それなのに『戦乙女の焔フレア・ヴァルキリー』の人達は良くしてくれる。
 その事実が、ノートの自己嫌悪を加速させた。

「……重い」

 期待されているようで、重さを感じる。
 アルカナという得体の知れないスキルを期待されても、ノートにはその自覚が無い。
 仮にこのアルカナが目覚めたとして、それが期待外れだったらどうなる。
 きっとパーティーの人達は失望しても、邪険にはしないだろう。
 それくらいには優しさを感じていた。
 だから辛いのだ。

「俺……大層な理由もなく入っちゃったな」

 ただ生きやすそうだったから。
 それだけの理由で加入してしまった自分を恥に感じる。
 特にライカに顔を合わせずらい。
 パーティーに誘ってくれた事もあって、ノートは彼女に恩を感じている。
 ライカの前では強くありたい。思春期特有の思想も相まって、ノートはそう考えていた。

「まずは甘ちゃんを直さなきゃダメかな」

 模擬戦中マルクに何度も言われた言葉。
 自分でも薄々感じていた事。
 特にこの世界の価値観で言えば、相当甘い考えを持っている事実。
 実際問題、その甘い考えが原因で過去にトラブルになった事もある。

「……嫌なこと思い出した」

 脳裏に浮かんだ過去の映像から目を逸らすノート。

 兎にも角にも進むべき道は見えた。
 このパーティーに馴染んで、一日でも長く生き残ること。
 そして、少しでもライカに恩返しをする事だ。

「頑張らなきゃな」

 部屋の天井を見ながら、ノートが呟く。
 すると、部屋の扉を小さくノックする音が響いてきた。
 誰だろうか。ノートはベッドから起き上がり、扉を開ける。

「あっ、ノート君。こんばんはなのです」
「ライカ。どうしたの?」

 訪ねてきたのはパジャマ姿のライカであった。
 不意に視界に入った同年代のパジャマ姿に、ノートは少しドキッとする。

「えっと、その……今お時間ありますか?」
「俺はまだ眠気が来ないから、一応暇だけど」
「よかったです~。ノート君、お話をしましょう」

 そう言うとライカは、鼻歌交じりにノートの部屋へと入ってきた。
 そのまま彼女はベッドに腰掛ける。

「ノート君はお隣なのです」

 ベッドの上をポンポンと叩いて、誘導するライカ。
 ノートは乗せられるがままに、ベッドに腰掛けた。

「で、話って?」
「えーっとですね……何から話しましょう?」
「決めてないんだ」
「ノート君のお話を聞きたかったのが大きいですから」
「俺の話? なんで?」
「えっとですね。私、同年代のアルカナホルダーって今まで一人しか知らなかったんですよ。その中でもノート君は初めての男の子ですから」

 つまり好奇心が止まらないのだろう。
 自分なんかの話で満足するなら遠慮するつもりは無いが、ノートは一つだけ疑問があった。

「俺はそんなに面白い人生歩んでないぞ。むしろライカの方が色々経験してるんじゃないのか?」
「私がですか?」
「だってSランクパーティーに所属してる先輩なんだよ。冒険譚たくさん持ってそうじゃん」
「そんなことはないですよ。私は……弱いですから」

 無理した笑顔を浮かべるライカ。
 ノートはその表情の奥に、途方もない痛々しさを感じた気がした。

「私は守ることしかできません。他の人達のようにモンスターを狩るなんてできないのです」
「……」
「だから私、ノート君が少し羨ましいのです。ノート君はちゃんとモンスターと戦えるから――」
「俺の方が弱いよ」

 言葉を遮られて出てきた発言に、ライカが少し驚く。

「デビルボアを倒せたのは条件が揃ってたからなんだ。本来の俺はモンスターなんか狩れない。スキルも守りに使うには心もとない。何もかも中途半端な人間なんだよ」
「ノート君」
「それにさ、俺は魔人体ってのも出せないから……ライカの方がずっとスゴイんだよ」

 少し自虐的ながらも、事実を述べる。
 ノートはライカの事を素直に尊敬していた。
 攻撃手段が無いと言ってはいるが、きっと彼女の守りは自分より優秀だろう。
 そして何より、不完全な自分というものがノートにとっては恥ずかしかった。

「なんだか、お互いないものねだりをしていますね」
「そうだな」

 二人は向き合って小さく笑う。
 笑いが、このしんみりとした空気を和らげた気がした。

「ノート君。私ノート君のお話を聞きたいです」
「俺の話かぁ……どんなのがいいんだろ?」
「なんでもです。男の子ってどんなことしてるのか知りたいです」
「そうだなぁ……少し暗い話になるけど――」

 ノートはライカに自分の生い立ちを話始めた。
 辺境の小さな村で生まれたこと。
 両親は良い人達であったこと。
 七歳で受ける魔法資質検査で0を叩き出したこと。
 村人達に迫害されたこと。両親が必死に庇ってくれたこと。
 それに耐え切れず、一人で村を出たこと。

「十二歳で村を出たから、最初は本当に大変でさ」
「……やっぱり、どこも一緒なんですね」
「ライカ?」
「私もそうでした。魔法資質が無くて、両親に捨てられて……十歳の時にドミニクさんに拾って貰ったんです」
「ライカも、ドミニクさんに助けて貰ったんだ」
「はい。ドミニクさんは、アルカナホルダーの生き辛さを知っているから、私達のような人に手を差し伸べてくれてるんです」
「あの人、思った以上にスゴイ人なんだな」
「はい。ドミニクさんはスゴイ人なのです」

 今度話を聞いてみよう。そんなことを考えてから、ノートは話の続きをした。
 村を出た後、レオに出会ったこと。
 レオのパーティーに入れて貰ったが、色々あって追放されたこと。
 そして、ライカと出会ったこと。

 ここまでの道のりは一通り話し終えたノートだが、思い出したくないものははぐらかして話した。

「ノート君、本当にすごい人生を歩んでいるのです」
「俺は別に願ってなんかいなかったんだけどなぁ」
「でも良かったです。その道のりが無かったら、私がノート君と出会うことも無かったですから」
「まぁそうだけどさぁ……俺なんかと出会っても得なんかないだろ」
「そんなことないのです! だってノート君は、初めてできた男の子のお友達ですから!」

 フンスと鼻息荒く語るライカ。
 そんな彼女を見ながら、ノートはポカンとしていた。

「友達?」
「はいです! あれ、もしかして私の片思いでしたか!?」
「いやそうじゃなくて……いいのかなって」

 ノートの言葉の意図が分からず、ライカは首を傾げる。

「俺なんかが友達でも、いいのかなって」
「どうしてですか?」
「どうしてって、だって俺は――」
「無能なんかじゃないですよ」
「ッ……!」
「ノート君は無能なんかじゃないのです。だってノート君は色々できるじゃないですか」
「色々?」
「はい。モンスターと戦えますし、お料理も上手です」
「料理はほぼ独学の、見よう見まねだけどね」
「そうなんですか!?」

 変なところに興味を持たれた。
 詳しく掘り下げられたが、ノートは流石に自分が転生者であることは伏せた。

「やっぱりノート君はスゴイのです」

 捻くれているのか、ノートの心には中途半端にしか響かない。
 どんな反応をすれば良いのか悩んでいると、ライカが手を差し伸べてきた。

「……握手?」
「はいです。お友達になる第一歩なのです」

 本当に自分に対して忌避感を抱いていないのだな、とノートは内心驚く。
 だが同時に、彼女の優しさが心に染み込んでくるのを感じていた。
 ノートは恐る恐る、手を差し出す。

「はい。捕まえたです」

 手を握られた。
 それは小さくてか細い、女の子の手であった。

「えへへ、これでお友達なのです」
「あっ、うん……そうなの、かな?」
「そうなのです。初めての男の子のお友達なのです」

 そうとう嬉しいのか、ライカの後ろに激しく揺れる犬の尻尾を幻視する。
 なにより笑顔が綺麗であった。
 彼女の笑顔に、ノートはしばし釘付けになる。

「ノート君、どうしたですか?」
「え、いやぁ、なんでもないです」

 窓から入った月の光に照らされて、ライカの銀色の髪も目立つ。
 改めて彼女が美少女と呼ばれる分類であると、ノートは認識した。
 そんなライカに見つめられるのが恥ずかしくなったのか、ノートは慌てて話題を変えた。

「それよりさ、ライカの話も聞かせてよ」
「私のですか?」
「俺だけじゃ不公平だろ。だからライカの話も聞きたい」
「そうですねぇ……じゃあドミニクさんと出会った時から――」

 自身の話を始めるライカと、それを聞くノート。
 夜はどんどん更けていく。
 二人の会話ははずみ、結局眠るまで続いたのであった。
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