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第一章

第六話:アルカナって?

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 夜。
 冒険者パーティー『戦乙女の焔フレア・ヴァルキリー』の本拠地で、ノートは夕食を振る舞ってもらっていた。
 メニューはトマトとニンニクが入ったパスタ。そして何かの肉を焼いたもの。聞いたらはぐらかされたので、恐らくモンスターの肉。
 味の方はまあまあな感じ。不味くは無いが特筆して上手いという訳でもない。当然ノートは口には出していない。
 ただ歓迎されているのかどうか、分かりかねているだけだ。

「どうノート君? 美味しい?」
「は、はい。美味しいです」

 味を聞いて来たカリーナに、反射的にそう返す。
 いい人達なのだとは思う。だがまだノートには、彼らを信じ切る度量が無かった。
 かといってこのまま黙々と食べ続けるのも悪い気がする。
 何か話題は無いのだろうかと、ノートは視線を泳がせる。
 すると、ある事に気がついた。

「あれ、ドミニクさんは居ないんですか?」
「あぁ、アイツなら外よ。ノート君が仕留めたデビルボアを回収しに行ってるわ」
「えっ!? それ俺も手伝わなくていいんですか」
「いいのいいの。ノート君は今日の主役なんだから。のーんびりご飯食べてればいいの」
「そ、そうですか」

 なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになるノート。
 仮にも仕留めたのは自分なのだ。本来なら自分が責任をもって解体すべき事なのに。

「(なんか、いきなり迷惑かけちゃったな)」

 自己嫌悪。
 ドミニクには「無能ではない」と言われたものの、今まで自分が甘んじていた境遇から、ノートはどうにも自己肯定感が低かった。

「そういえばちゃんとした自己紹介はまだだったわね。アタシはカリーナ。『戦乙女の焔』のサブリーダーみたいなことしてるわ」
「みたいな、なんですか」
「ジョブは魔法使い。軽い怪我ならアタシに言いなさい。回復魔法で治してあげるわ」
「頼もしいです」
「ノート君はホントに素直ね。で、君の隣に座っているのがライカ」
「はいです!」

 考え事ばかりで自分のすぐ近くに気付けていなかった。
 カリーナに言われて、ノートは初めて隣にライカが座っていた事に気がついた。

「改めまして、私はライカなのです。少し背は低いですが、こう見えて十四歳です!」
「あっ、同い年なんだ」
「アルカナの名前は『純白たる正義ホワイト・ジャスティス』。守りに関しては私に任せてくださいです!」
「『純白たる正義』って、能力の名前だったんだ」
「カッコいいのです」

 どや顔で胸を張るライカ。相当気に入っているらしい。
 しかしそれはそれとして、ノートにはどうしても気になる事があった。

「あのぉ、さっきからずっと聞きたかったんだけど。アルカナって何?」
「あれ。ドミニクはともかく、ライカから聞いてないの?」
「全く説明されてません」
「多分説明し忘れてました」
「ウチのアルカナホルダーはどうしてこう、うっかりなのかしらね~」

 眉間に皺を寄せ、額に手を当てるカリーナ。
 恐らく今まで色々あったのだろうと、ノートはその心中を察する事しかできなかった。

「まぁ、でも丁度いいわ。タイスの紹介もできるし」
「タイスさん、ですか?」
「呼んだかしら?」

 声がしたのでノートが振り向くと、そこには白衣を着た、赤髪の中年女性が立っていた。

「ノート君、だったわね」
「はい、ノートです」
「タイスよ。よろしくね」

 握手する二人。
 タイスの落ち着いた雰囲気に、ノートはどこか知的なものを感じていた。

「ノート君はアルカナホルダーなんだってね」
「はい。そうらしいです」
「でもアルカナが何かは知らないと」
「すみません」
「いいわ、私が簡単に説明してあげる」
「タイスさんは、アルカナ専門の学者さんなのです!」

 想像以上にすごい人だったと、ノートは息を漏らす。

「さぁ、どこから説明するべきかしら……」
「あの、一番始めの簡単なところからお願いします」
「じゃあそうするわ」

 そしてタイスは、アルカナについて説明を始めた。

「ノート君、この世界にはスキルと呼ばれるものがあるのは知ってるわね?」
「はい。人が生まれつき稀に持っている、剣技や魔法とは関係ない特殊能力の事ですよね」
「そうよ。広義的に言ってしまえば、アルカナもスキルの一種なの」
「まぁ、俺もそうだとは思います」
「でもね、一般的なスキルとアルカナは大きく違う。ノート君、この世界に実用的なスキルを持つ人間はどのくらいいるか分かるかしら?」
「えっと……全く見当もつきません」
「およそ一割と言われているわ。ただでさえ希少なスキルホルダーの中でも、実戦で使えるスキルを持っているのはそれだけしか居ないのよ。故に、世間の冒険者にはスキルホルダーを軽視する風潮さえあるわ」

 その風潮はノート自身も嫌という程知っていた。
 特殊スキル持ちだという事を前のパーティーで打ち明けても、大して相手にされなかったのだ。
 そしてそれは出って来た人々の大半がそうでもあった。

「でもねアルカナだけは違う。アルカナはそんじょそこらのスキルとは次元が違うわ」
「そうなんですか?」
「そうよ。アルカナを保有する人間は、何故か同じ時代に二十一人しか存在しないけど、その誰もが魔法でさえ到達し得ない奇跡を起こすと言われているわ」
「奇跡……」
「ある学者は、アルカナは神に至る為の力だとも言っていたわね」
「神って、そんな大袈裟な」
「まぁ神は言い過ぎかもしれないけど、強力な力である事には変わりない」

 タイスの話を聞いて、ノートは自身の右手に視線を落とす。
 何も変わらぬ痣のついた右手。
 ここに神に至れる程の力が眠っているとは、到底思えなかった。

「胸を張りなさい。貴方には無限の可能性が眠っているわ」
「……だと良いんですけどね」

 言葉が信じられない。そんな自分に嫌気が差す。
 ともあれアルカナについては何となく理解できたノート。
 そして思い出すのはライカが出していた魔神体(白騎士の像)だ。
 ドミニクはいずれ出せられるようになると言っていたが、今のノートにそれを飲み込む自信は皆無だった。

 黙々とパスタを食べる。
 水でも貰おうかと思ったその時、大きな音を立てて扉が開いた。

「ウーッス、ただいま皆の衆」

 ドミニクが帰って来たのだ。
 彼は帰ってくるや、煙管を咥えながら食堂の椅子に座り込む。

「おーいカリーナ。麦酒持って来てくれー」
「酒くらい自分で取りにいきなさい」
「オイオイ、一働きしてきたパーティーリーダーなんだぞ~。もちっと労ってくれよぉ」
「はいはい、お疲れ様でしたー」

 雑にあしらうカリーナに文句を垂れながら、ドミニクは自分で酒を取りにいく。
 ノートにはそれが、このパーティーにおける力関係を表しているようにも見えた。

「ねぇライカ。もしかしてドミニクさんって」
「はい。カリーナさんには頭が上がってないです」

 聞こえないようにひそひそ話をする二人。
 決定だ。ここのピラミッドの頂点に君臨しているのはカリーナだ。
 逆らわないようにしようと、ノートは固く心に誓った。

「あれ、そういえばもう一人いましたよね?」
「マルクさんのことですか?」
「マルクの奴なら外でデビルボアを解体してるよ」

 麦酒の瓶を片手にドミニクが戻ってくる。
 どうやらもう一人の男の名前はマルクというらしい。
 少ししか見ていないのでぼんやりしているが、凄まじいビジュアルだった気がする。

「(みんな良い人そうだし、マルクって人もきっと良い人だろうな)」

 ノートが呑気にそんな事を考えていると、食堂の入り口から男性の声が聞こえてきた。

「ヒャーハー! 楽勝な解体だったゼェー!」
「……」
「おぉ流石マルクだな。素早い解体技術」
「ありがとよォ、ドミニクゥ。ってオイ! なに先に酒飲んでんだよ! 解体した肉運ぶの手伝え!」
「後でなー」

 改めてまじまじ見て、ノートは絶句した。
 食堂に入って来たのは、スキンヘッドの強面大男。服はノースリーブで、肩パッドまで付いている。

「(いや、どこの世紀末の方ですかーッ!?)」

 完全に一人だけ世界観が違う気がする。
 愛で空が落ちてきそうな世界で、水と食料を奪っていそうな風貌だ。
 先程まで解体で使っていたであろう、血塗れのナイフを持っているせいで、余計に怖い。
 道で出会っても視線を合わせたくないタイプ。

「(あっ、目が合った)」
「ん~? お前、新入りの坊ちゃんだったかァ?」
「は、はい。ノートって言います」
「ここじゃ命のやり取りが日常だァ。女に囲まれてほっとしてる甘ちゃんから先に死んでいくんだゼェ」
「おいマルク。折角の新人を驚かすな」
「事実だろォリーダーァ。俺っちはまだコイツのパーティー入りを認めたつもりはねぇゼェ」

 凄まじく怖い顔を近づけられて、ノートはガチガチと震え上がる。

「おいヒョロヒョロ坊ちゃん。ウチのパーティーに入りたいんだろォ?」
「は、はいぃ」
「なら見せるもん見せてもらわなきゃなァ? 俺っちは納得しねぇゼェ」
「あの、見せるって何をですか?」
「決まってるだろ。力だよ力。パワーだ」

 要は実力を示せという事なのだろう。
 だがノートにとっては不安の塊でしかなかった。

「おいリーダーァ! 俺っちにこの坊ちゃんをテストさせてくれよォ」
「テスト?」
「あぁ。俺っちがコイツの実力を見てやる。リーダーも見てェだろォ?」
「まぁ一理あるな」
「じゃあ決定だ」

 再びマルクはノートに顔を近づける。

「死合おうゼェ、坊ちゃんよォ。俺っちが地獄のランデブーに招待してやる」
「ひぇぇぇ」
「ノート。マルクの誘いを受けろ」
「はい……はいィ!?」

 脅えあがっていたノートだが、ドミニクの発言で正気に戻った。

「俺もお前の実力を見てみたい。明日の昼、近くの森でマルクと模擬戦しろ」
「いいのドミニク? マルクは手加減とか苦手よ」
「いいんだよ。こういうのが一番手っ取り早いんだ」

 心配するカリーナを一蹴し、ドミニクはノートとマルクの模擬戦を決めてしまう。

「俺が審判をする。まぁ入団試験みたいなもんだ。気楽にやれノート」
「ヒャハハハ! そう来なくっちゃなァ!」

 一言の返事をする間もなく、物事が決まってしまう。

「(俺……どうなるんだろ)」

 少なくとも気楽とは無縁。
 一筋縄ではいかないパーティー生活になりそうであった。
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