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『野宮佐』と『電子遊戯部』
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ピピピピッ、ピピピピッ
「…ん~。聞こえてるよ~」
俺はベッドの横にあるデスク上に手を伸ばす。手探りでやっとのこと見つけたデジタル時計を操作し、アラームを消した。
「…だ、だるいぃ」
寝不足に伴う全身の倦怠感と六月後半という季節に伴う蒸し暑さに苛まれつつ、ベッドから体を起こした俺は、のそのそと部屋を出る。
「兄さん、時間ですよ! 起きてください!」
「起きてるよ~」
二階の自室から出ると、すぐに階下から俺を呼ぶ声が聞こえた。少女特有のソプラノ声が寝不足で朦朧としていた俺の脳を半分叩き起こす。
いくらかはっきりとした意識で階段を下り、洗面所で顔を洗う。水道の水は冷たく、半覚醒状態の脳が完全に起動する。
タオルで顔の水滴を拭うと、前方の鏡に写る自分を見つけた。
目に掛かる程の長さの黒髪に、多少吊り上がった目元。決して整っているとも言えなくも、なくもない顔立ち。
いつも通りの野宮 佑の顔だった。
まあ寝不足のせいで眼の下に少し隈があり、人相の悪さはいつもより少し高いが。
ほぼオールナイトでゲームに没頭していた代償なので、甘んじて受けるとしよう。
俺は洗面所からリビングに移動する。リビングには家族四人全員が座れるテーブルが置かれており、テーブルの上には朝ご飯と思しき、パンやサラダなどがあった。
そしてそこには既に先客がいた。
俺に起きるように声をかけてきた張本人さんだ。
「おはようございます兄さん。…いつもより目つきが悪いですが、また徹夜ですか?」
「うッ! …やっぱり? そう見えるか?」
優雅に紅茶を啜りながら、俺の妹である野宮 霞が指摘してきた。正直、気付いても指摘して欲しくはなかった。
しかし、そんな俺の心内を知らない霞は、さらに追い打ちをかける。
「はい。いつもの三割り増しぐらい不審者してますよ?」
「おい! ちょっと待って、それだと俺が通常時も不審者顔だって言ってるように聞こえるぞ霞」
今は確かに少し目つきが悪いのを認めるが、いつもは結構普通だと思っていた俺は心外だ、とばかりに座ったばかりの椅子から立ち上がる。
「だから、そういってるんですよ。ほら、早く朝ご飯食べてください。登校時間に遅れますよ」
しかし、当の霞さんは何を当たり前の事をやれやれだぜ。みたいな顔を作り、食パンにバターを塗りつけていた。そして、その人を小馬鹿にした態度に、俺の頭がカチンとくる。
「聞き捨てならないですよ霞さん―――これは、いよいよあれですよ! 兄としての威厳と尊厳をかけて戦争ですぞ!」
流石にこれ以上は容認できないと、俺は手元に置いてあったフォークを掴み上げ、ビシッと効果音が付きそうな程に力強く、霞の鼻先に突き付ける。事実上の宣戦布告だ。
「兄さん言葉遣いがおかしくなってますよ。…でも、そうですね。このへんで兄さんに私との格の違いを見せつけておくのも、悪くないかもしれませんね。…まあ、結果は見えてますが」
霞は俺の言葉遣いに呆れつつも、食べていたパンを置き、ゆらりと立ち上がる。その立ち姿からは絶対的な自信を感じさせる。
「上等だコラァァ! 表出ろいぃ!」
しかし、俺もそこで引くこともなく、さらに妹に食って掛かる。
「ハッ、現役弓道部相手に、電子遊戯部(笑)如きが、どこまでできますかね~、一年前ならまだしも」
嘲笑と共に放たれたその言葉に、佑の堪忍袋の緒が切れた。
「ちょうどいいハンデだろ! 今回こそお前に兄の偉大さというやつを教え―――べシッ!」
寝巻の袖をめくりあげ、いざ戦闘じゃ。と意気込んだ。
瞬間、後頭部に強い衝撃を感じた。
「朝っぱらから何やってんの、あんたらは」
俺のすぐ後ろから声が聞こえた。
振り返るとそこには、三十代後半にしては若く見える、うちの母、野宮 摩耶が平手打ちを振りぬいた体勢で立っていた。
「痛てーよ、母さん!」
俺は叩かれた後頭部をさすりつつ、非難を込めた視線を母に向ける。しかし、うちの母がそんなものに屈するはずもなかった。
「自業自得ね、ほら霞もこっち来て」
そういうと摩耶は霞を手招きする。
「何ですか?」
摩耶の言葉通りに、とことこと近づいていく霞。
「あんたも―――よっ!」
ビシッ。
「アイタ!」
そして霞はがら空きのおでこにデコピンを食らった。結構えげつない音がなり、食らってもいない俺も無意識のうちに自分のおでこをさする。
「何するんですか―――」
あまりの痛さに涙目になっている霞も、俺と同じく非難の眼差しを摩耶に向ける。だがもちろん、摩耶からすれば霞の非難など何でもなく、そよ風のように受け流していた。
「何って、喧嘩してたのは佑だけじゃないでしょ? 喧嘩両成敗よ」
そして、摩耶の圧倒的正論に反論の余地なしの俺達は、諦めたように二人そろって肩を落とすのであった。
結局は、俺と霞の二人がそれぞれ非を認め。それぞれの席につき朝ご飯を済ますのであった。
これが大体いつもの野宮家の風景である。
ん? 親父? ああ、あいつは仕事で海外にいるよ。帰ってくるのは年末年始とお盆くらいだよ。
■■■
【私立白喜多学園 高等部一年A組 教室】
「―――って事があって」
「ははは、それは朝から大変だったね」
俺は教室の机に頬杖をつきながら、今朝あった出来事を目の前の少年に愚痴っていた。
何が面白いのか正面に座っている少年は腹を押さえながら笑っている。
全くこいつは人の不幸を、何だと思っているんだか。
「悪い悪い。関係ないこっちからすれば、ただの笑い話に聞こえるものでね。」
笑いすぎで出てきた涙を拭いつつ少年、《帝 魁人》は謝罪してきた。
だが、俺には分かる。コイツとは中学一年からの三年の付き合いだ。コイツが本当に謝っているかどうかなんて、一目で判断できるほどにはコイツの悪友をやっている。
俺は眉間に皺を寄せ、ただでさえ悪い目つきをさらに悪くさせる。
「…お前、謝る気ないだろ」
「まっさかぁ、僕は心から悪いと思ってるよ」
コイツの場合は顔がやたらと整っているため、大体の行動がカッコよく見える。現在の肩を竦める仕草さえ、ドラマのワンシーンのように見える程に。
俺からすればキザッたらしく、イラっと来るだけの動作だが。
「それよりも佑、顔が怖いよ?」
「ほっとけ」
こんな他愛無い日常のやり取りでさえ、クラス中の女子が黄色い歓声を上げる程には、奴のルックスのステータス値は高い。
なんだよ? 別にうらやましくなんてないぞ。悔しくも無いからな。本当だぞ。
俺が神に与えられしルックスの理不尽さに、打ちひしがれていると、今度は魁人の方から話しかけてきた。
「あ、そういえば。佑、《parallel》はプレイしたのかい?」
俺は、その言葉を待ってました、とばかりに椅子から立ち上がる。
ついさっきとは別人のように目を輝かせ。深夜テンションの名残が残っていた俺は、無駄に決めポーズをとる。
「フッ、愚問だな。プレイしたに決まってるだろ、今日の朝まで」
「おー、流石、電子遊戯部。で、感想は?」
「今のところは文句なしの百点だな」
俺はさっきまでの意気消沈モードから打って変わり、魁人にゲームの面白さについて得意げに語る。
グラフィックの高さ、操作難易度の簡単さ、そして自分が物語を紡いでいるような臨場感。
「へえー、佑がそう言うなら間違いないね。僕もやってみようかな」
魁人は相変わらずニコニコと笑顔を浮かべつつ、ゲーム参加への意思を口にする。
「ああ、おすすめするよ」
なので俺は全力でプッシュした。
その後も朝のホームルームの予鈴が鳴るまで、ただひたすらに『parallel』の面白さについて語り続けたのであった。
■■■
「じゃあ、気を付けて帰るようにねー」
気の抜けるような声で帰りの挨拶が告げられる。
席についていた生徒達が次々に立ち上がり、部活や帰路につこうとしていた。
かく言う俺も席から立ち上がり、部活へと向かう所であった。
荷物を手早くまとめ教室から出ようとした時、先に廊下に出ていた魁人から声が掛けられた。
「あれ、佑、今日は部活?」
「そうだよ、お前は?」
「今日は休み、だから、ゲームハード買いに行こっかな」
「いってら」
本当なら俺もついていきたい所だが、部活があるので諦める。軽く手を振り、昇降口に向かう魁人と逆方向に向かう。
この白喜多学園の校内には校舎が二つある、一つは俺が今いる高等部所属の学生の校舎、もう一つは中等部所属の学生の校舎だ。ちなみにうちの妹様は中等部所属である。
そして高等部一年の教室は、高等部の校舎の一階にある。
今俺が向かっているのは、俺の所属する部活―――電子遊戯部の部室がある『部活棟』と呼ばれる建物だ。
部活棟の中には電子遊戯部のほかにも、大量の部活が収容されている。茶道部、読書文芸部などの、文化部として王道なものはもちろん。変ったところだとオカルト研究部、散歩部、ハッキング研究部などのぶっ飛んだものも存在する。
聞いた話だと、うちの学校の部活数は、運動部、文化部合わせて百はあると言われている。
一体何故そんなに部活が(?)と思う人もいるだろう。
その理由として、うちの学校の校訓が大きく関係してる。
我が白喜多学園の校訓は『よく学び、よく遊べ』である。
要約すると『勉学と同じくらい、楽しむことに励め』と言うことだ。そして、その校訓の元『自分の遊び場・楽しむ場』として、生徒たちの手によって大量の部活が設立された。
マジでこの校訓考えた初代学園長、頭のねじ取れてるよな。今の学園長も大概だけど。
俺は高等部校舎の二階に上がり、そこから部活棟への渡り廊下を歩いていく。こうすることによっていちいち外に出ることなく部活棟に行くことができる。
今の季節上、好き好んで外に出たがる奴は少ないだろう。なので部活棟に用がある人は、大体この渡り廊下を利用して部活棟に向かう。
そして利用者が多くなれば、必然的に俺と同じ電子遊戯部所属の生徒と遭遇する確率が上がる。
「佑くーん!」
「ん?」
背後から俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
俺は一度立ち止まり振り返る、そこには俺と同じ制服を着た少年が走り寄ってきていた。
「おう、漣」
「佑くんも部室行くの?」
「そうだよ」
少年は俺の隣に並び、渡り廊下を進む。
彼の名前は鳳 漣。俺と同じ高等部一年の同級生で、クラスは隣のB組である。
小学生だと言われても納得してしまいそうな童顔に、百五十センチの身長がトレードマークの彼は、クラスではマスコットのように扱われている。
しかし、本人はそのことを気にしており、やたらと距離が近い女子にドキドキさせられる思春期男子であった。
「何か失礼な事考えてない、佑くん?」
「…。まさか」
漣のジト目から、俺は視線を逸らす。
ハッハッハと雑な作り笑いを浮かべ、俺は漣の追及をいなす。
舐めるな小僧。俺の言い逃れのスキルレベルは、お前の追求スキルの上をいくぞ。
結局、漣の追求は電子遊戯部の部室前まで続いた。が何とか俺は逃げ切りに成功したのであった。
納得できない様子だった漣も、部室前に来ると追求を諦めた。
俺は無言で漣に、部室のドアを開けるように促す。
瞬間、漣の目が一瞬大きく開かれると、首がちぎれるんじゃないかというほどに横に振った。漣は明確に拒否の意思を示す。
だが、俺も負けじと漣にジェスチャーで『開けろ』と伝える。それに対して漣も俺にジェスチャーで『拒否』を続ける。
部室前で黙ってひたすらに、身振り手振りをする男子生徒二人の図がここに出来上がり、周りに少し人だかりが出来始めたころ、遂に俺は最終手段に出た。
漣に向かって拳を突き出す。
最初はきょとんとしていた漣も、俺の意図を理解したのかこちらに拳を突き出す。
俺と漣は同じタイミングで拳を引き、一瞬力を込める。そして次の瞬間、その手を勢いよく突き出す。
俺 パー
漣 チョキ
「カハッ!」
ドサッ。
俺は廊下に膝から崩れ落ちる。
俺は負けたのだ、漣に。
虚ろな瞳で地面を見つめる俺。悔しさからくる、手足の震えが止まらなかった。
そんな敗者である、俺の肩にポンと手が乗せられる。
俺は顔を上げ、そこには漣が満面の笑みを浮かべていた。
あたかも敗北者を嘲笑う、勝者の顔。そして、その顔は絶対に友人に向けていいものではなかった。
(こ、この野郎!)
俺は怨嗟を込めた視線を投げるが、漣は笑顔を崩すことなく、自分の右腕の手首を左手の人差し指で叩くジェスチャーをしてきた。ちょうど腕時計を指で叩くような仕草だ。
『時間がねーんだ。早くしろ、敗者が』と言う意味だろう。
俺は勢いよく立ち上がり、左手を振り上げた。
しかし、寸でのところで自由の利いた右手が、暴走中の左腕を抑え込む。俺の中に残っていた理性がギリギリのところで仕事をした。
必死に左腕を抑え込む俺の目の前では、相変わらずニマニマと漣は笑みを浮かべていた。
(覚えとけよ! この、餓鬼ぃ!)
俺は目の前にいる、マスコットと言う名の皮を被った悪魔をシバキ倒したくなる衝動に堪え、精一杯の作り笑いを漣に向けて対抗した。
数分後、何とか漣への怒りを抑えることに成功した俺は、嫌々部室の扉に手を掛けた。
「…ん~。聞こえてるよ~」
俺はベッドの横にあるデスク上に手を伸ばす。手探りでやっとのこと見つけたデジタル時計を操作し、アラームを消した。
「…だ、だるいぃ」
寝不足に伴う全身の倦怠感と六月後半という季節に伴う蒸し暑さに苛まれつつ、ベッドから体を起こした俺は、のそのそと部屋を出る。
「兄さん、時間ですよ! 起きてください!」
「起きてるよ~」
二階の自室から出ると、すぐに階下から俺を呼ぶ声が聞こえた。少女特有のソプラノ声が寝不足で朦朧としていた俺の脳を半分叩き起こす。
いくらかはっきりとした意識で階段を下り、洗面所で顔を洗う。水道の水は冷たく、半覚醒状態の脳が完全に起動する。
タオルで顔の水滴を拭うと、前方の鏡に写る自分を見つけた。
目に掛かる程の長さの黒髪に、多少吊り上がった目元。決して整っているとも言えなくも、なくもない顔立ち。
いつも通りの野宮 佑の顔だった。
まあ寝不足のせいで眼の下に少し隈があり、人相の悪さはいつもより少し高いが。
ほぼオールナイトでゲームに没頭していた代償なので、甘んじて受けるとしよう。
俺は洗面所からリビングに移動する。リビングには家族四人全員が座れるテーブルが置かれており、テーブルの上には朝ご飯と思しき、パンやサラダなどがあった。
そしてそこには既に先客がいた。
俺に起きるように声をかけてきた張本人さんだ。
「おはようございます兄さん。…いつもより目つきが悪いですが、また徹夜ですか?」
「うッ! …やっぱり? そう見えるか?」
優雅に紅茶を啜りながら、俺の妹である野宮 霞が指摘してきた。正直、気付いても指摘して欲しくはなかった。
しかし、そんな俺の心内を知らない霞は、さらに追い打ちをかける。
「はい。いつもの三割り増しぐらい不審者してますよ?」
「おい! ちょっと待って、それだと俺が通常時も不審者顔だって言ってるように聞こえるぞ霞」
今は確かに少し目つきが悪いのを認めるが、いつもは結構普通だと思っていた俺は心外だ、とばかりに座ったばかりの椅子から立ち上がる。
「だから、そういってるんですよ。ほら、早く朝ご飯食べてください。登校時間に遅れますよ」
しかし、当の霞さんは何を当たり前の事をやれやれだぜ。みたいな顔を作り、食パンにバターを塗りつけていた。そして、その人を小馬鹿にした態度に、俺の頭がカチンとくる。
「聞き捨てならないですよ霞さん―――これは、いよいよあれですよ! 兄としての威厳と尊厳をかけて戦争ですぞ!」
流石にこれ以上は容認できないと、俺は手元に置いてあったフォークを掴み上げ、ビシッと効果音が付きそうな程に力強く、霞の鼻先に突き付ける。事実上の宣戦布告だ。
「兄さん言葉遣いがおかしくなってますよ。…でも、そうですね。このへんで兄さんに私との格の違いを見せつけておくのも、悪くないかもしれませんね。…まあ、結果は見えてますが」
霞は俺の言葉遣いに呆れつつも、食べていたパンを置き、ゆらりと立ち上がる。その立ち姿からは絶対的な自信を感じさせる。
「上等だコラァァ! 表出ろいぃ!」
しかし、俺もそこで引くこともなく、さらに妹に食って掛かる。
「ハッ、現役弓道部相手に、電子遊戯部(笑)如きが、どこまでできますかね~、一年前ならまだしも」
嘲笑と共に放たれたその言葉に、佑の堪忍袋の緒が切れた。
「ちょうどいいハンデだろ! 今回こそお前に兄の偉大さというやつを教え―――べシッ!」
寝巻の袖をめくりあげ、いざ戦闘じゃ。と意気込んだ。
瞬間、後頭部に強い衝撃を感じた。
「朝っぱらから何やってんの、あんたらは」
俺のすぐ後ろから声が聞こえた。
振り返るとそこには、三十代後半にしては若く見える、うちの母、野宮 摩耶が平手打ちを振りぬいた体勢で立っていた。
「痛てーよ、母さん!」
俺は叩かれた後頭部をさすりつつ、非難を込めた視線を母に向ける。しかし、うちの母がそんなものに屈するはずもなかった。
「自業自得ね、ほら霞もこっち来て」
そういうと摩耶は霞を手招きする。
「何ですか?」
摩耶の言葉通りに、とことこと近づいていく霞。
「あんたも―――よっ!」
ビシッ。
「アイタ!」
そして霞はがら空きのおでこにデコピンを食らった。結構えげつない音がなり、食らってもいない俺も無意識のうちに自分のおでこをさする。
「何するんですか―――」
あまりの痛さに涙目になっている霞も、俺と同じく非難の眼差しを摩耶に向ける。だがもちろん、摩耶からすれば霞の非難など何でもなく、そよ風のように受け流していた。
「何って、喧嘩してたのは佑だけじゃないでしょ? 喧嘩両成敗よ」
そして、摩耶の圧倒的正論に反論の余地なしの俺達は、諦めたように二人そろって肩を落とすのであった。
結局は、俺と霞の二人がそれぞれ非を認め。それぞれの席につき朝ご飯を済ますのであった。
これが大体いつもの野宮家の風景である。
ん? 親父? ああ、あいつは仕事で海外にいるよ。帰ってくるのは年末年始とお盆くらいだよ。
■■■
【私立白喜多学園 高等部一年A組 教室】
「―――って事があって」
「ははは、それは朝から大変だったね」
俺は教室の机に頬杖をつきながら、今朝あった出来事を目の前の少年に愚痴っていた。
何が面白いのか正面に座っている少年は腹を押さえながら笑っている。
全くこいつは人の不幸を、何だと思っているんだか。
「悪い悪い。関係ないこっちからすれば、ただの笑い話に聞こえるものでね。」
笑いすぎで出てきた涙を拭いつつ少年、《帝 魁人》は謝罪してきた。
だが、俺には分かる。コイツとは中学一年からの三年の付き合いだ。コイツが本当に謝っているかどうかなんて、一目で判断できるほどにはコイツの悪友をやっている。
俺は眉間に皺を寄せ、ただでさえ悪い目つきをさらに悪くさせる。
「…お前、謝る気ないだろ」
「まっさかぁ、僕は心から悪いと思ってるよ」
コイツの場合は顔がやたらと整っているため、大体の行動がカッコよく見える。現在の肩を竦める仕草さえ、ドラマのワンシーンのように見える程に。
俺からすればキザッたらしく、イラっと来るだけの動作だが。
「それよりも佑、顔が怖いよ?」
「ほっとけ」
こんな他愛無い日常のやり取りでさえ、クラス中の女子が黄色い歓声を上げる程には、奴のルックスのステータス値は高い。
なんだよ? 別にうらやましくなんてないぞ。悔しくも無いからな。本当だぞ。
俺が神に与えられしルックスの理不尽さに、打ちひしがれていると、今度は魁人の方から話しかけてきた。
「あ、そういえば。佑、《parallel》はプレイしたのかい?」
俺は、その言葉を待ってました、とばかりに椅子から立ち上がる。
ついさっきとは別人のように目を輝かせ。深夜テンションの名残が残っていた俺は、無駄に決めポーズをとる。
「フッ、愚問だな。プレイしたに決まってるだろ、今日の朝まで」
「おー、流石、電子遊戯部。で、感想は?」
「今のところは文句なしの百点だな」
俺はさっきまでの意気消沈モードから打って変わり、魁人にゲームの面白さについて得意げに語る。
グラフィックの高さ、操作難易度の簡単さ、そして自分が物語を紡いでいるような臨場感。
「へえー、佑がそう言うなら間違いないね。僕もやってみようかな」
魁人は相変わらずニコニコと笑顔を浮かべつつ、ゲーム参加への意思を口にする。
「ああ、おすすめするよ」
なので俺は全力でプッシュした。
その後も朝のホームルームの予鈴が鳴るまで、ただひたすらに『parallel』の面白さについて語り続けたのであった。
■■■
「じゃあ、気を付けて帰るようにねー」
気の抜けるような声で帰りの挨拶が告げられる。
席についていた生徒達が次々に立ち上がり、部活や帰路につこうとしていた。
かく言う俺も席から立ち上がり、部活へと向かう所であった。
荷物を手早くまとめ教室から出ようとした時、先に廊下に出ていた魁人から声が掛けられた。
「あれ、佑、今日は部活?」
「そうだよ、お前は?」
「今日は休み、だから、ゲームハード買いに行こっかな」
「いってら」
本当なら俺もついていきたい所だが、部活があるので諦める。軽く手を振り、昇降口に向かう魁人と逆方向に向かう。
この白喜多学園の校内には校舎が二つある、一つは俺が今いる高等部所属の学生の校舎、もう一つは中等部所属の学生の校舎だ。ちなみにうちの妹様は中等部所属である。
そして高等部一年の教室は、高等部の校舎の一階にある。
今俺が向かっているのは、俺の所属する部活―――電子遊戯部の部室がある『部活棟』と呼ばれる建物だ。
部活棟の中には電子遊戯部のほかにも、大量の部活が収容されている。茶道部、読書文芸部などの、文化部として王道なものはもちろん。変ったところだとオカルト研究部、散歩部、ハッキング研究部などのぶっ飛んだものも存在する。
聞いた話だと、うちの学校の部活数は、運動部、文化部合わせて百はあると言われている。
一体何故そんなに部活が(?)と思う人もいるだろう。
その理由として、うちの学校の校訓が大きく関係してる。
我が白喜多学園の校訓は『よく学び、よく遊べ』である。
要約すると『勉学と同じくらい、楽しむことに励め』と言うことだ。そして、その校訓の元『自分の遊び場・楽しむ場』として、生徒たちの手によって大量の部活が設立された。
マジでこの校訓考えた初代学園長、頭のねじ取れてるよな。今の学園長も大概だけど。
俺は高等部校舎の二階に上がり、そこから部活棟への渡り廊下を歩いていく。こうすることによっていちいち外に出ることなく部活棟に行くことができる。
今の季節上、好き好んで外に出たがる奴は少ないだろう。なので部活棟に用がある人は、大体この渡り廊下を利用して部活棟に向かう。
そして利用者が多くなれば、必然的に俺と同じ電子遊戯部所属の生徒と遭遇する確率が上がる。
「佑くーん!」
「ん?」
背後から俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
俺は一度立ち止まり振り返る、そこには俺と同じ制服を着た少年が走り寄ってきていた。
「おう、漣」
「佑くんも部室行くの?」
「そうだよ」
少年は俺の隣に並び、渡り廊下を進む。
彼の名前は鳳 漣。俺と同じ高等部一年の同級生で、クラスは隣のB組である。
小学生だと言われても納得してしまいそうな童顔に、百五十センチの身長がトレードマークの彼は、クラスではマスコットのように扱われている。
しかし、本人はそのことを気にしており、やたらと距離が近い女子にドキドキさせられる思春期男子であった。
「何か失礼な事考えてない、佑くん?」
「…。まさか」
漣のジト目から、俺は視線を逸らす。
ハッハッハと雑な作り笑いを浮かべ、俺は漣の追及をいなす。
舐めるな小僧。俺の言い逃れのスキルレベルは、お前の追求スキルの上をいくぞ。
結局、漣の追求は電子遊戯部の部室前まで続いた。が何とか俺は逃げ切りに成功したのであった。
納得できない様子だった漣も、部室前に来ると追求を諦めた。
俺は無言で漣に、部室のドアを開けるように促す。
瞬間、漣の目が一瞬大きく開かれると、首がちぎれるんじゃないかというほどに横に振った。漣は明確に拒否の意思を示す。
だが、俺も負けじと漣にジェスチャーで『開けろ』と伝える。それに対して漣も俺にジェスチャーで『拒否』を続ける。
部室前で黙ってひたすらに、身振り手振りをする男子生徒二人の図がここに出来上がり、周りに少し人だかりが出来始めたころ、遂に俺は最終手段に出た。
漣に向かって拳を突き出す。
最初はきょとんとしていた漣も、俺の意図を理解したのかこちらに拳を突き出す。
俺と漣は同じタイミングで拳を引き、一瞬力を込める。そして次の瞬間、その手を勢いよく突き出す。
俺 パー
漣 チョキ
「カハッ!」
ドサッ。
俺は廊下に膝から崩れ落ちる。
俺は負けたのだ、漣に。
虚ろな瞳で地面を見つめる俺。悔しさからくる、手足の震えが止まらなかった。
そんな敗者である、俺の肩にポンと手が乗せられる。
俺は顔を上げ、そこには漣が満面の笑みを浮かべていた。
あたかも敗北者を嘲笑う、勝者の顔。そして、その顔は絶対に友人に向けていいものではなかった。
(こ、この野郎!)
俺は怨嗟を込めた視線を投げるが、漣は笑顔を崩すことなく、自分の右腕の手首を左手の人差し指で叩くジェスチャーをしてきた。ちょうど腕時計を指で叩くような仕草だ。
『時間がねーんだ。早くしろ、敗者が』と言う意味だろう。
俺は勢いよく立ち上がり、左手を振り上げた。
しかし、寸でのところで自由の利いた右手が、暴走中の左腕を抑え込む。俺の中に残っていた理性がギリギリのところで仕事をした。
必死に左腕を抑え込む俺の目の前では、相変わらずニマニマと漣は笑みを浮かべていた。
(覚えとけよ! この、餓鬼ぃ!)
俺は目の前にいる、マスコットと言う名の皮を被った悪魔をシバキ倒したくなる衝動に堪え、精一杯の作り笑いを漣に向けて対抗した。
数分後、何とか漣への怒りを抑えることに成功した俺は、嫌々部室の扉に手を掛けた。
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この遺産相続を円滑に勧める為に動員された銀甲虫の中には、保海真言が体術を学ぶ(闇の左手)における同門生・流騎冥がいた。
物語は、この三人を軸に、人園と知性を獲得したコンピュータの仮想多重人格との激しい仮想空間内バトルを中心にして展開されていく。
廃線隧道(ずいどう)
morituna
SF
18世紀末の明治時代に開通した蒸気機関車用のシャチホコ線は、単線だったため、1966年(昭和41)年に廃線になりました。
廃線の際に、レールや枕木は撤去されましたが、多数の隧道(ずいどう;トンネルのこと)は、そのまま残されました。
いつしか、これらの隧道は、雑草や木々の中に埋もれ、人々の記憶から忘れ去られました。
これらの廃線隧道は、時が止まった異世界の雰囲気が感じられると思われるため、俺は、廃線隧道の一つを探検することにした。
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