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『青髪少女』と『チュートリアル』

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 瞼を開く。
 目の前には白く丸いテーブルが置かれ、そのテーブルの上には二つのティーカップが並べられている。
 
 一つはおそらく俺のだろう。
 俺が取りやすいように、こちら側のテーブルの端に置いてあるから。
 そしてもう一つのティーカップは、眼前のにだろう。
 そんなことを考えてると目の前の少女は、俺の視線などまるで気にしていないかのように、優雅な手つきでカップを手に取り口に運ぶ。
 テーブルマナーに詳しくない俺でも分かる程に彼女の所作は美しく、見惚れてしまうほどに洗練された動きであった。
 
 (おっと、初対面の女性の顔を見つめるのは失礼か)
 視線を少女の顔から、自分の前に置かれたティーカップに移す。
 テーブルと同じ白色のカップの中には、琥珀色の液体がなみなみと注がれ湯気が立っていた。ティーカップから漏れ出た茶葉の香りが俺の鼻腔を擽る。
 どうやらカップの中身は紅茶のようだ。
 
 俺は再び視線をティーカップから少女に向けなおす。
 肩口をくすぐる程度の長さのサファイヤ色の髪。
 神の最高傑作だと言われてもノータイムで納得するくらい端正な顔立ち。
 年は俺より一つか二つ下かな? 
 だがその少しあどけなさが残っているのが、俺からするとさらに好ポイントだったりする。
 長々と語ってしまったが、結局何が言いたいかというと、この青髪少女。
 『めちゃ可愛い』。この一言に尽きる。
 俺の十六年という人生の中で見てきた『可愛い女の子ランキング(非公式)』の王冠グランプリを出会って数秒で、この娘はかっぱらていった。
 
 「のまないの?」
 俺の視線に気づいたのか少女は、ティーカップから口を外しこちらに視線を向ける。
 その時、初めて彼女の視線と俺の視線がぶつかった。
 初めて見た彼女の瞳は、澄んだ大海のように美しく、遥か深海の様に神秘的であった。
 どこまでも続いていそうな空色の瞳に、俺の視線はからめとられた。

 俺は無意識のうちに彼女から視線を外す。彼女の視線から逃げるように、自分の前に置かれたティーカップに視線を向ける。

 「…いや、頂くよ」
 内心の動揺を押し隠し、できる限り平静を装う。
 俺は彼女の所作を見習い、ティーカップを持ち上げ口に運ぶ。

 (ああ、めちゃ美味いな~)
 正直、紅茶の良しあしは俺にはよく分からないが、多分これは相当良いものという事位は俺でも理解できた。
 前に現実リアルで妹が自慢げに飲ませてきた紅茶よりも、はるかにこっちのほうが(香りは立ってるし。

 (いや、アレはうちの妹の紅茶の入れ方が悪かったのか? って違う違う。今はそんなのどうでもよくて…)
 明後日の方向へ飛んでいきかけた思考を、無理やり引き戻し、とりあえずここに来てからずっと気になっていたことを少女に聞いた。

 「…あの~、ここってどこなの?」
 「はざま」
 「はざま? えっ? あっ、狭間?」  
 「そう」 
 改めて聞いた少女の声は、感情の抑揚が一切無く。ただ、文字の羅列を単純な音として吐き出すだけのように機械的であった。
 
 「…えっと、あのさ、俺確か『parallel』にログインしたはずなんだけど?」
 俺はそう言いながら辺りを見回す。
 周囲には大小様々な樹木や、色とりどりの草花が植えられており、植物の間には水———というか細い川が、植物同士の間を縫うように流れ、俺達を囲む辺り一帯がビオトープと化していた。
 俺達が座っている椅子と円卓の周りだけは、白い大理石のタイルが円形に敷き詰められている。
 俺はあらかた周囲を確認すると、椅子にもたれかかるように頭上を見上げた。そこには彼女の瞳と同じ色の空がどこまでも広がっている。

 (まるで庭園だな)
 俺は心の中でぼやく。
 幻想的な庭園で、形容しがたい美しさの少女の前に座る俺。
 それだけ見ればおとぎ話に迷い込んだ主人公の気分だった。

 「ここは『ぱられる』のなか。だけどまだここは。だからはざま」
 「ん? ———ああ! そういうことか」
 上空に向けていた視線を彼女に戻す。今の言葉でやっと彼女の《狭間》という言葉の意味を理解した。
 それはココが『parallel』の中でありながら『parallel』の中では無いという事。
 つまりここはゲームの設定などを行う、チュートリアルステージのようなもの。
 だから彼女はココを現実と仮想の《狭間》と形容した。

 「…ん?」
 しかし、そこで俺は新たに一つ疑問を持った。

 「…じ、じゃあ、君は一体、どこの誰?」
 「がぶりえる。ここのかんりしゃ」
 《GMゲームマスター》 って事か? こんな女の子が?
 いや見た目はではどうにでもなるか。
 まあ、とりあえずそれに近いモノなのだろう。
 うん、そういうことにしておこう。
 
 そうして俺は途中で考えることを辞めた。
 一プレイヤーとしてあんまり裏方に深く関わるのは良くないだろうし。

 ■■■
 「じゃあ、初期設定とかあるんだろ?」
 「ん」
 ガブリエルはティーカップをテーブルに置き、指を鳴らす。

 「おわっと!」
 瞬間、テーブルの中心から何かがせりあがってきた。
 それは半透明の人形(?)のようなものだった。いや、マネキンという方がしっくりくるか。
 俺は机の上に出現した五十センチ程の半透明のマネキンを、興味深げに眺めているとマネキン越しにガブリエルが話しかけてきた。

 「どうするの?」
 「え? どう、とは?」
 「すがた」
 「ああ、《アバター》ね」
どうもこの子は、会話の際に言葉が足りなくなる事が多々あるらしい。先ほどのこの場所の説明も含めて、俺は早くもこの無表情系青髪美少女を理解し始めていることに内心苦笑した。
 昔似たような奴と接していたから、その経験が役立っているのだろう。

 「そうだな~。あ、じゃあ俺の姿そのまま作れる?」
 「かのう」
 「じゃあ、それで一回作ってもらえる? 流石に現実リアルの姿は嫌だから少しいじるけど」
 「ん」
 彼女の視線が俺の顔を捉え、徐々に下がっていく。そして彼女が再び指を鳴らす。
 変化はすぐに現れた。テーブルの上に乗っているマネキンが、一度小さく発光すると俺の姿に変わっていたのだ。

 「おおっ! 凄いな、俺そっくりじゃん」
 上体をテーブルに乗り出しながら、俺は自分のアバターを一通り眺めまわす。顔の造形までそっくりそのままトレースされているマネキンに俺は素直に感心した。
 ピコン。
 そんな電子音と共に、目の前にA4サイズの薄い半透明の板が展開される。そこには俺の姿とそれを囲むように結構な数のアイコンがずらりと並んでいた。

 「これでいじれって事か?」
 「ん」
 ガブリエルは一切こちらに視線を向けることなく、紅茶を飲みながら首肯する。
 その様に再び苦笑しながら、視線を半透明の板に視線を戻す。
 (んー、あんまりいじるのもめんどくさいし。髪色と眼だけ変えれば大丈夫か)
 俺は仮想ウィンドウを操作し、手早く変更ポイントをいじった。
 
 ~五分後~
 「できたぞ~」
 「ん、あんまりかわってない?」
 ガブリエルの思わぬ指摘に、俺は少し驚きつつ言葉を返す。

 「まあ、いじりすぎても違和感があるだろうからな」
 今もテーブルに浮かぶ俺のアバターで、さっきまでと変わっている点は二つ。
 髪の色と眼。
 髪は日本人に多い黒髪からアッシュグレーに。それと合わせて瞳も同じ色に変え、目じりを少し下げ優し気な雰囲気に変えている。
 変更点はできる限り少なくした。何故って? そんなの決まってるだろ。あんまり変えすぎて現実の自分との顔面偏差値のギャップで傷つきたくないからだよ。言わせんなよぉ。
 ああ、神はどうして人間を平等に作り上げなかったのか。
 
 「あ、そう」
 ガブリエルは俺の内心の葛藤に気付く素振りすらなく、そっけない返事を返してくる。

 「で。次は何をするんだ?」
 俺は気持ちを切り替えるようにガブリエルに問う。

 「ぶき」
 「えっと、初期装備の事か?」
 「ん」
 相変わらずいろいろ足りない言葉遣いだった。おそらくそういう意図で作られたキャラなのかもしれないが、これで他のプレイヤーのチュートリアルが成り立つのか、甚だ疑問である。
 
 まあそれは俺が気にすることではないか。しかし初期装備かぁ。
 ログインする前。『parallel』が発表された時から考えていたが、結局最後まで決めることができなかったんだよなぁ。
 使い勝手の良さなら《片手剣ワンハンドソード|》とかが一番だと思うが。せっかくの初フルダイブVRゲームだし、派手な魔法をぶちかます《魔法使いメイジ》とかも良いし、短剣AGI特化の《暗殺者アサシン》も捨てがたい。そうして俺が腕を組み考え込んでると。

 「まだ、きまってないの?」
 珍しくガブリエルから声を掛けてきた。

 「…ああ、ゴメン。もしかして制限時間とかった?」
 「べつに。でもきまってないなら、おすすめがある」
 「おすすめ?」
 「そう」
 
 俺は首を傾げていた。
 まさかゲーム運営側から、装備を勧められるとは思っていなかったから。どういう意図があって、俺にその話を持ち掛けてきたのか。彼女の真意は、無表情な顔からは一切読み取れない。
 正直少し怪しい。それが俺の正直な感想である。運営がプレイヤーに不利な条件を押し付けるとは思わないが、初期装備というのは初期の攻略において、とても重要である。
 俺は別に、最前線の攻略から置いてかれるのは構わない。しかし俺の攻略速度を知られて、部活仲間アイツらに笑われるのは……腹立つ。
 だがここであえて運営の意図に乗るのは、それはそれで面白いのでは? と思う自分がいるのもまた事実。 
 安全策を取って自分で無難な《武器》を選ぶか。『面白そう』というだけでこの少女の言葉に乗っかるか。
 どちらがより『楽しい』だろう?
 そんなのは明白だ。
 
 これは『ゲーム』だぞ。
 『ゲーム』は楽しむもので。楽しまなければ『ゲーム』で無い。
 なら少しでも、面白おかしく遊ぼうか。
 
 俺の中で答えは出た。
 俺の口端がわずかに吊り上がる。

 「じゃあ、そのおすすめで」
 「わかった」
 友人には不気味と言われる俺の微笑みを見ても、眼前の少女はその鉄仮面のような表情を崩しはしなかった。
 ただ少しだけ。気のせいかもしれないが。
 ほんの一瞬だけ彼女が、嬉しそうな微笑みを浮かべたように見えたのは、俺の勘違いだろうか。
 
  ■■■ 
 さて無表情系棒読み美少女こと、ガブリエルさんのおすすめ武器。という事で一体どんなものが出てくるのかと、ワクワクしていた時期もあったワタクシめですが。
 実際に出てきた武器を見て、最初に思ったことを正直に申し上げますと。
 『うん、そうきたか』って感じですね。
 
 俺は予想とは違った武器を前にして、腕を組み武器とガブリエルの顔を交互に見返した。
 ガブリエルは相変わらず、何考えてるか分からない無表情だったが。少し得意げ(?)な気がした。
 故に言いずれぇ。
 別にが嫌いって訳ではないんですよ。ただ俺はもっとぶっ飛んだ物が出てくると思ったわけですよ。
 例えば———『破砕の星玉モーニングスター』とか『波打つ陽剣フランベルジュ』とか『断裁巨剣クレイモア』とか。
 なんかその、あれですよ。もっと《中二心オトコゴコロ》をくすぐる武器を、期待していたわけですよ。まあ、コレもかなり中二心をくすぐるけど。
 あと一様言っておきますが。俺は中二病患者ではありません。何故なら男は全員心の中に、闇の力を抱え込んでいるからです。男なら当然の事です。義務教育です。
 
 さて、話が脱線してしまいましたが。俺の眼の前に置かれている武器。正式にはテーブルに突き立っている武器。
 
 それは平安時代末期に出現してから、日本において主流となった反りがあり、刀身の片側にのみ刃がある剣。
 そう《カタナ》だ。
 
 まさか彼の大天使様ガブリエルのおすすめ武器が、ガッツリ大和魂満載のとは。これには天上のやんごとなき身分の方々もびっくりだ。
 はい、おふざけはここまでにして、と。

 「ガブリエルさん? 何でおすすめ武器が《刀》なんです? お前ってガチガチの英国生まれだよな?」
 …伝承上では。

 「がぶでいい」
 「はい?」
 「がぶりえる、ながいから、がぶ」
 「あぁ、そゆことね」
 どうも俺は彼女を愛称で呼んでもいいらしい。確かに一々彼女の名前を呼ぶのは大変だったため、非常に助かる申し出だ。

 「じゃあガブ。なんで《刀》?」
 「さむらいすき」
 「うん! シンプルイズベストな答えをありがとう!」
 この大天使様は、大和魂をお持ちのようだ。
 
  ■■■
 「せつめいおわり」
 「オーケー理解した」
 十五分程で残りの説明を受け、俺はチュートリアル———というか『parallel』をする上での事前説明、基礎システム、世界観について聞いた。
 大体は普通のMMORPGと同じだったが、一部フルダイブならではの話があり、実に興味深った。
 だがいつまでも話を聞いていては、他の初ログインプレイヤーの皆さんの邪魔になってしまう可能性があるので、適当なタイミングで切り上げてもらった。

 「さいごになまえ」
 「プレイヤーネームか?」
 「いえす」
 結局最後まで言葉足らずなガブであったが、この短時間で多少は表情が柔らかになり、そこそこ親しくなった気がしなくもない。おそらく俺の勝手な勘違いだろう。

 「それじゃあ《TAKU》で頼む」
 「たく?」
 「そう、あってるよ」
 俺はゲームをする場合は大体この名前だ。ニックネームというのを考えるのがあまり得意ではないので、本名の一部を利用してこのタクという名前を使いまわしている。知り合いにはゲーム毎にニックネームを変えている奴もいるが。一体どれだけのレパートリーをお持ちの事やら。

 「とうろくかんりょう」
 そうこうしてると、ガブが仮想ウィンドウを操作し名前を登録してくれたらしい。
 これでチュートリアルは終わりという事になるのか?

 「さいごになにかききたいことある?」
 おそらくこれがゲーム前の最後のチャンスだろう。何か聞き忘れたことが無いかしっかりと脳内を確認する。

 「特には無いよ」
  …多分。

 「では、たく」
 相も変わらずマイペースな彼女は、俺の名前を一度呼ぶ。さっきの登録の時も一度呼ばれたが、こうやって自然な会話の中で呼ばれると少し気恥ずかしく感じるな。
 そして彼女は、一度言葉を切ると。

 「いってらっしゃい、よい『冒険』を」
 満面の笑みで俺を送り出す。

 「おう」
 俺もそれに倣い彼女に負けないくらい笑いながら旅に出るのであった。
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