103 / 104
2章
102
しおりを挟む
日本経済雑誌には「今後20年存続し続けるだろう企業No.1社長--黒田飛露喜35歳——新進気鋭の若手社長が、起業の極意を語る」という書き口を冒頭に、雑誌のメインを飾っている。
しかし、読めば読むほど笑いがこみ上げてくるのは、この読者が社長の身内であるからに違いなかった。
「黒田君、どこのモデルさんの取材なの? てくらいプライベートなことしか喋ってないじゃん!!」
キッチンで優雅にコーヒー豆の焙煎から拘っている黒田に揶揄する。
「実際の経営の舵は廣田が指揮を取ってるし、極意なんてものは人それぞれだ。人の上に立とうとする人間が、人の極意をそのまま真似るような奴はきっと成功しない」
「経営者だなぁ」
淹れ終わった珈琲を二つ、田淵の座る卓上に置く。
「ヒロキさん今日は仕事の日じゃない?」
「あ、そうだった!!」
指摘されて時計を確認すると、既に三時を回っている。
「でも、隣が仕事場だしなぁ……」黒田からの珈琲を啜って落ち着きを取り戻す。
「でも、その方が俺は通いやすいからすごく助かるんだよね」
「僕も、必ず来てくれるからいいんだけどね!!」
「来週が清書の日だから、今日はお手本の形を捉えるところかな?」
黒田の確認で田淵が思い出す所業である。気を引き締めるように、残りの苦さたっぷりの珈琲を飲み干す。それから、席を立って「先に準備してくるから、またね」田淵はいった。
玄関ドアからわずか数歩、隣の部屋の鍵を解錠して中に入る。アトリエのような生活感のない雰囲気と、墨の匂いが充満している。
そう言えば、昨日個展のためにこの部屋に引きこもっていたことを思い出す。
我が家と同じ間取りの部屋だから代わり映えもない。我が家でいう黒田の自室が田淵の仕事場では田淵専用の部屋で、生徒は誰も入ることはできない。
大きなダイニングに新聞紙、練習用の紙、それから座布団を並べていると、次々と玄関ドアが開けられる音がする。
「先生ぇ今日清書の日ー?」
「今日は新しいお手本配るから、練習用の紙10枚だよ」
小学生の男の子らが口々に「えー、いつも多いよー」と愚痴る。それでも田淵が「今日は終わった人からおやつがあるから頑張ろうね」というと、俄然やる気を出すので、現金な小学生に眉尻を下げるしかない。
「っしゃー! おやつってチョコ?」
「お、正解」
「マジで?!」
「あのチョコバー?」一人の男の子が聞く。
「そうだよ!」
(ラムレーズンは僕が食べるから抜いてあるんだけどね)
小学生は大喜びで習字道具を広げている。すると、遅れて「こんにちはー!」と入って来たのは黒田。
「あ、黒田のおっちゃん! 今日おやつ出るってよ!!」
「え、マジ?」
「しかもあのチョコバーらしいぜ」
「うそー! 俺の好きな奴じゃん!」
「俺も好きー! 黒田のおっちゃんは何味がいい? 俺は断然ミルクー」
「お兄さんはね……」
「おっちゃんだろ!」
「お兄さんといえっていつも言ってるだろ! ガキども!」
「わーこわ」
全くといいほど動じない小学生らは、黒田のことを完全に舐め切っている。
黒田も小学生相手に、手加減をあまりしないために、田淵はヒートアップしないように拍手で一静させた。
このくだりを毎週繰り広げいているので、飽き性でない黒田の所為とでも言えるだろう。
ある程度小学生がはけてくると、部活を終えた中高生が入れ代りで入ってきた。これを大人の部まで続ける。
三時頃に職場へ行き、大人の指導も終える頃には夜の22時を迎えている。
それまで黒田は当然のように残っているのだから、愛妻ぶりが窺える。
「ヒロキさんお疲れ様」
そして、差し出されたのはラムレーズン入りのチョコ。
「キッチンの棚みて、ストックしていたのが一気に減ったから、今日出すのかなって思って。ま、大好物の奴は数本しっかり手元にあったから、持ってきたよ」黒田はいやらしく口角をあげた。
--完--
しかし、読めば読むほど笑いがこみ上げてくるのは、この読者が社長の身内であるからに違いなかった。
「黒田君、どこのモデルさんの取材なの? てくらいプライベートなことしか喋ってないじゃん!!」
キッチンで優雅にコーヒー豆の焙煎から拘っている黒田に揶揄する。
「実際の経営の舵は廣田が指揮を取ってるし、極意なんてものは人それぞれだ。人の上に立とうとする人間が、人の極意をそのまま真似るような奴はきっと成功しない」
「経営者だなぁ」
淹れ終わった珈琲を二つ、田淵の座る卓上に置く。
「ヒロキさん今日は仕事の日じゃない?」
「あ、そうだった!!」
指摘されて時計を確認すると、既に三時を回っている。
「でも、隣が仕事場だしなぁ……」黒田からの珈琲を啜って落ち着きを取り戻す。
「でも、その方が俺は通いやすいからすごく助かるんだよね」
「僕も、必ず来てくれるからいいんだけどね!!」
「来週が清書の日だから、今日はお手本の形を捉えるところかな?」
黒田の確認で田淵が思い出す所業である。気を引き締めるように、残りの苦さたっぷりの珈琲を飲み干す。それから、席を立って「先に準備してくるから、またね」田淵はいった。
玄関ドアからわずか数歩、隣の部屋の鍵を解錠して中に入る。アトリエのような生活感のない雰囲気と、墨の匂いが充満している。
そう言えば、昨日個展のためにこの部屋に引きこもっていたことを思い出す。
我が家と同じ間取りの部屋だから代わり映えもない。我が家でいう黒田の自室が田淵の仕事場では田淵専用の部屋で、生徒は誰も入ることはできない。
大きなダイニングに新聞紙、練習用の紙、それから座布団を並べていると、次々と玄関ドアが開けられる音がする。
「先生ぇ今日清書の日ー?」
「今日は新しいお手本配るから、練習用の紙10枚だよ」
小学生の男の子らが口々に「えー、いつも多いよー」と愚痴る。それでも田淵が「今日は終わった人からおやつがあるから頑張ろうね」というと、俄然やる気を出すので、現金な小学生に眉尻を下げるしかない。
「っしゃー! おやつってチョコ?」
「お、正解」
「マジで?!」
「あのチョコバー?」一人の男の子が聞く。
「そうだよ!」
(ラムレーズンは僕が食べるから抜いてあるんだけどね)
小学生は大喜びで習字道具を広げている。すると、遅れて「こんにちはー!」と入って来たのは黒田。
「あ、黒田のおっちゃん! 今日おやつ出るってよ!!」
「え、マジ?」
「しかもあのチョコバーらしいぜ」
「うそー! 俺の好きな奴じゃん!」
「俺も好きー! 黒田のおっちゃんは何味がいい? 俺は断然ミルクー」
「お兄さんはね……」
「おっちゃんだろ!」
「お兄さんといえっていつも言ってるだろ! ガキども!」
「わーこわ」
全くといいほど動じない小学生らは、黒田のことを完全に舐め切っている。
黒田も小学生相手に、手加減をあまりしないために、田淵はヒートアップしないように拍手で一静させた。
このくだりを毎週繰り広げいているので、飽き性でない黒田の所為とでも言えるだろう。
ある程度小学生がはけてくると、部活を終えた中高生が入れ代りで入ってきた。これを大人の部まで続ける。
三時頃に職場へ行き、大人の指導も終える頃には夜の22時を迎えている。
それまで黒田は当然のように残っているのだから、愛妻ぶりが窺える。
「ヒロキさんお疲れ様」
そして、差し出されたのはラムレーズン入りのチョコ。
「キッチンの棚みて、ストックしていたのが一気に減ったから、今日出すのかなって思って。ま、大好物の奴は数本しっかり手元にあったから、持ってきたよ」黒田はいやらしく口角をあげた。
--完--
6
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
平凡腐男子なのに美形幼馴染に告白された
うた
BL
平凡受けが地雷な平凡腐男子が美形幼馴染に告白され、地雷と解釈違いに苦悩する話。
※作中で平凡受けが地雷だと散々書いていますが、作者本人は美形×平凡をこよなく愛しています。ご安心ください。
※pixivにも投稿しています
【完結】私立秀麗学園高校ホスト科⭐︎
亜沙美多郎
BL
本編完結!番外編も無事完結しました♡
「私立秀麗学園高校ホスト科」とは、通常の必須科目に加え、顔面偏差値やスタイルまでもが受験合格の要因となる。芸能界を目指す(もしくは既に芸能活動をしている)人が多く在籍している男子校。
そんな煌びやかな高校に、中学生まで虐められっ子だった僕が何故か合格!
更にいきなり生徒会に入るわ、両思いになるわ……一体何が起こってるんでしょう……。
これまでとは真逆の生活を送る事に戸惑いながらも、好きな人の為、自分の為に強くなろうと奮闘する毎日。
友達や恋人に守られながらも、無自覚に周りをキュンキュンさせる二階堂椿に周りもどんどん魅力されていき……
椿の恋と友情の1年間を追ったストーリーです。
.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇
※R-18バージョンはムーンライトノベルズさんに投稿しています。アルファポリスは全年齢対象となっております。
※お気に入り登録、しおり、ありがとうございます!投稿の励みになります。
楽しんで頂けると幸いです(^^)
今後ともどうぞ宜しくお願いします♪
※誤字脱字、見つけ次第コッソリ直しております。すみません(T ^ T)
「アルファとは関わるな」
COCOmi
BL
ゲイのイケメン弟α×弟の好きな人と寝てしてしまった兄β(notクズ)
ゲイである優秀なαの弟をもつ空は、流れで弟の好きな人と性行為をしてしまう。
あるとき、それがバレてしまった空は弟を裏切った償いとして、アルファとは関わるなという制約を立てられる。しかし、その決まりには弟の思惑と執着が隠れていた---。
半ば強引に完結させたので、どんなオチでもいいという方向け。どちらかというとメリバ。
小説ページの下部に拍手設置しました!匿名コメントも送れますので感想など良かったらよろしくお願いします!
ムーンライトノベルにも掲載しています→ https://novel18.syosetu.com/n3361fx/
目を開けてこっちを向いて
COCOmi
BL
優秀で美しいヤンデレα×目を合わせるのが苦手な卑屈Ω。
目を合わせるのが苦手なΩの光は毎日やってくる優秀で美しいαの甲賀になぜか執着されている。自分には大した魅力もないのになぜ自分なのか?その理由もわからないまま、彼に誘われて断ることもできず家へ行ってしまう…。
---目を合わせたら全ては終わり。そこは奈落の底。
過激な表現や嘔吐シーンありますのでご注意ください。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる