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2章

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 日本経済雑誌には「今後20年存続し続けるだろう企業No.1社長--黒田飛露喜35歳——新進気鋭の若手社長が、起業の極意を語る」という書き口を冒頭に、雑誌のメインを飾っている。

 しかし、読めば読むほど笑いがこみ上げてくるのは、この読者が社長の身内であるからに違いなかった。

「黒田君、どこのモデルさんの取材なの? てくらいプライベートなことしか喋ってないじゃん!!」

 キッチンで優雅にコーヒー豆の焙煎から拘っている黒田に揶揄する。
 
「実際の経営の舵は廣田が指揮を取ってるし、極意なんてものは人それぞれだ。人の上に立とうとする人間が、人の極意をそのまま真似るような奴はきっと成功しない」
「経営者だなぁ」

 淹れ終わった珈琲を二つ、田淵の座る卓上に置く。

「ヒロキさん今日は仕事の日じゃない?」
「あ、そうだった!!」

 指摘されて時計を確認すると、既に三時を回っている。
 「でも、隣が仕事場だしなぁ……」黒田からの珈琲を啜って落ち着きを取り戻す。

「でも、その方が俺は通いやすいからすごく助かるんだよね」
「僕も、必ず来てくれるからいいんだけどね!!」
「来週が清書の日だから、今日はお手本の形を捉えるところかな?」

 黒田の確認で田淵が思い出す所業である。気を引き締めるように、残りの苦さたっぷりの珈琲を飲み干す。それから、席を立って「先に準備してくるから、またね」田淵はいった。

 玄関ドアからわずか数歩、隣の部屋の鍵を解錠して中に入る。アトリエのような生活感のない雰囲気と、墨の匂いが充満している。
 そう言えば、昨日個展のためにこの部屋に引きこもっていたことを思い出す。

 我が家と同じ間取りの部屋だから代わり映えもない。我が家でいう黒田の自室が田淵の仕事場では田淵専用の部屋で、生徒は誰も入ることはできない。

 大きなダイニングに新聞紙、練習用の紙、それから座布団を並べていると、次々と玄関ドアが開けられる音がする。

「先生ぇ今日清書の日ー?」
「今日は新しいお手本配るから、練習用の紙10枚だよ」

 小学生の男の子らが口々に「えー、いつも多いよー」と愚痴る。それでも田淵が「今日は終わった人からおやつがあるから頑張ろうね」というと、俄然やる気を出すので、現金な小学生に眉尻を下げるしかない。

「っしゃー! おやつってチョコ?」
「お、正解」
「マジで?!」

 「あのチョコバー?」一人の男の子が聞く。

「そうだよ!」
(ラムレーズンは僕が食べるから抜いてあるんだけどね)

 小学生は大喜びで習字道具を広げている。すると、遅れて「こんにちはー!」と入って来たのは黒田。

「あ、黒田のおっちゃん! 今日おやつ出るってよ!!」
「え、マジ?」
「しかもあのチョコバーらしいぜ」
「うそー! 俺の好きな奴じゃん!」
「俺も好きー! 黒田のおっちゃんは何味がいい? 俺は断然ミルクー」
「お兄さんはね……」
「おっちゃんだろ!」
「お兄さんといえっていつも言ってるだろ! ガキども!」
「わーこわ」

 全くといいほど動じない小学生らは、黒田のことを完全に舐め切っている。
 黒田も小学生相手に、手加減をあまりしないために、田淵はヒートアップしないように拍手で一静させた。

 このくだりを毎週繰り広げいているので、飽き性でない黒田の所為とでも言えるだろう。

 ある程度小学生がはけてくると、部活を終えた中高生が入れ代りで入ってきた。これを大人の部まで続ける。
 三時頃に職場へ行き、大人の指導も終える頃には夜の22時を迎えている。

 それまで黒田は当然のように残っているのだから、愛妻ぶりが窺える。

「ヒロキさんお疲れ様」

 そして、差し出されたのはラムレーズン入りのチョコ。

 「キッチンの棚みて、ストックしていたのが一気に減ったから、今日出すのかなって思って。ま、大好物の奴は数本しっかり手元にあったから、持ってきたよ」黒田はいやらしく口角をあげた。


                                                                                                 --完--
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