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知らぬが仏を貫いていればそれに越したことはない。だが、鴬はもう自分の自制の範疇を超えた手を止められず、震えながら台紙を開いた——。
無言で中層階から降りてきた鴬に「お乗りください」とドアを開けて待つ部下。しかし、運転席には先刻にこの優秀な部下に叱られていた方が乗っている。
「私事で申し訳ないんですが、コイツが言った先程の失言を挽回するチャンスを与えてやってはくれませんか?」
「失言? 僕らのことは隠してたんだから、別にどうでも——ああ、そういうこと」
鴬は優秀な方の部下を一瞥して「可愛いんだね、その人が」と多少皮肉のような嫌味を垂れる。
「……お恥ずかしい限りです」
「……まぁ、分かるよ。その可愛さってヤツ」
「恐縮です」
「こんな時でさえ、私物を守るのはいいことだけれど、自分の身も案じた方がいいよ。——僕、まだ高校生だもん。虫の居所が悪いっていうだけで、八つ当たりしちゃうかも」ドライバーに視線を送って、優秀な部下を煽る。不必要な煽りでもあるので、まだ自分が甲斐性の無い高校生であることを痛感した。
「俺に当たる分には構いませんよ。とことん付き合います」
にっこりとそう返された。
鴬は頬を膨らませて「なんだよ、つまんないの」と返しドアを閉めた。
そのような過程を経て「行動パターンまで脳筋スタイルなのは分かりやすくていいけど、こういう時こそGPSがあれば楽なのに……」と呟いた冒頭へと戻ってくる訳だが、ホステス街のあるとあるキャバクラの店付近で車が停車する。
優秀な部下から指示されていたのだろうが、正解だ。
店前で仁作とチンピラが揉めている。——と仁作の背に庇われた女がひとり、手を泳がせながら事の顛末を窺っている。
(見覚えしかない人だな)
庇われる構図と見覚えしかない女のせいで、苛立ちが募っていく。金切り音のような歯軋りとともに、横入りしたい衝動に駆られて、舌打ちの数も自然と増える。
部下が後ろに待機しているのも構わずに、「正妻でも娶るつもり? ったく、笑わせてくれるよ。——結局、僕より爺さんなんだ」と毒を吐いた。その毒が何処へ向かうでもなく、足元に滴り落ちて地を害毒の沼と化す。そこから気化した瘴気によって周りも巻き込む勢いで、静かなる毒を口から垂れ流し続ける。
「僕を愛人ポジションに降格だなんてあるワケないよね?」
「っ、ないっスよ!! きっとあそこにいる女を庇ってるだけで、他意はないっス。だって、若ですよ?」
ドギマギする部下に今度は焦点を当てて、ヘドロを吐き掛けた。
「あれ見てたら分かるでしょ? 女、仁作を知ってるよ」
「へ? そう……っスかね」
「何が起因してあの構図になったのかは知るところじゃないけど、仁作を窺いながら止めようとしてる。しかも、バツが悪そうに。訳ありか、仁作を知ってないと出ない顔でしょ、アレ」
「よく見てますねぇ」
「何。僕に唾吐いて」
「えっ!? そんなつもりじゃないっスよ!! もう、若のことになると冷静でいられないタチなんスね!!」
「——それも、あの部下からの垂れ込み?」
「毒々しくなるのは若絡みだけっていうことは、聞いてきましたけど!!」と部下は白状する。
「人間らしくて俺は好きっス!! アイツの能面顔より全然……」
彼も優秀な部下に思うところがあるようで、口角を下げて渋い表情を浮かべた。
それに少しだけ気が紛れて、吐いた毒の瘴気の濃度が薄くなっていく。次から次へと毒吐息の標準が代わり、ついにはこの場にいない優秀で多少憎たらしい部下にタゲ変する。
「——アイツは浅薄で冷酷な笑みが似合いそうだよね。僕、あれと同類かと思ってたけど、そうでもないらしいし」
「うわ、言えてるっス!! それっス!! ——それより、あれ」
無言で中層階から降りてきた鴬に「お乗りください」とドアを開けて待つ部下。しかし、運転席には先刻にこの優秀な部下に叱られていた方が乗っている。
「私事で申し訳ないんですが、コイツが言った先程の失言を挽回するチャンスを与えてやってはくれませんか?」
「失言? 僕らのことは隠してたんだから、別にどうでも——ああ、そういうこと」
鴬は優秀な方の部下を一瞥して「可愛いんだね、その人が」と多少皮肉のような嫌味を垂れる。
「……お恥ずかしい限りです」
「……まぁ、分かるよ。その可愛さってヤツ」
「恐縮です」
「こんな時でさえ、私物を守るのはいいことだけれど、自分の身も案じた方がいいよ。——僕、まだ高校生だもん。虫の居所が悪いっていうだけで、八つ当たりしちゃうかも」ドライバーに視線を送って、優秀な部下を煽る。不必要な煽りでもあるので、まだ自分が甲斐性の無い高校生であることを痛感した。
「俺に当たる分には構いませんよ。とことん付き合います」
にっこりとそう返された。
鴬は頬を膨らませて「なんだよ、つまんないの」と返しドアを閉めた。
そのような過程を経て「行動パターンまで脳筋スタイルなのは分かりやすくていいけど、こういう時こそGPSがあれば楽なのに……」と呟いた冒頭へと戻ってくる訳だが、ホステス街のあるとあるキャバクラの店付近で車が停車する。
優秀な部下から指示されていたのだろうが、正解だ。
店前で仁作とチンピラが揉めている。——と仁作の背に庇われた女がひとり、手を泳がせながら事の顛末を窺っている。
(見覚えしかない人だな)
庇われる構図と見覚えしかない女のせいで、苛立ちが募っていく。金切り音のような歯軋りとともに、横入りしたい衝動に駆られて、舌打ちの数も自然と増える。
部下が後ろに待機しているのも構わずに、「正妻でも娶るつもり? ったく、笑わせてくれるよ。——結局、僕より爺さんなんだ」と毒を吐いた。その毒が何処へ向かうでもなく、足元に滴り落ちて地を害毒の沼と化す。そこから気化した瘴気によって周りも巻き込む勢いで、静かなる毒を口から垂れ流し続ける。
「僕を愛人ポジションに降格だなんてあるワケないよね?」
「っ、ないっスよ!! きっとあそこにいる女を庇ってるだけで、他意はないっス。だって、若ですよ?」
ドギマギする部下に今度は焦点を当てて、ヘドロを吐き掛けた。
「あれ見てたら分かるでしょ? 女、仁作を知ってるよ」
「へ? そう……っスかね」
「何が起因してあの構図になったのかは知るところじゃないけど、仁作を窺いながら止めようとしてる。しかも、バツが悪そうに。訳ありか、仁作を知ってないと出ない顔でしょ、アレ」
「よく見てますねぇ」
「何。僕に唾吐いて」
「えっ!? そんなつもりじゃないっスよ!! もう、若のことになると冷静でいられないタチなんスね!!」
「——それも、あの部下からの垂れ込み?」
「毒々しくなるのは若絡みだけっていうことは、聞いてきましたけど!!」と部下は白状する。
「人間らしくて俺は好きっス!! アイツの能面顔より全然……」
彼も優秀な部下に思うところがあるようで、口角を下げて渋い表情を浮かべた。
それに少しだけ気が紛れて、吐いた毒の瘴気の濃度が薄くなっていく。次から次へと毒吐息の標準が代わり、ついにはこの場にいない優秀で多少憎たらしい部下にタゲ変する。
「——アイツは浅薄で冷酷な笑みが似合いそうだよね。僕、あれと同類かと思ってたけど、そうでもないらしいし」
「うわ、言えてるっス!! それっス!! ——それより、あれ」
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