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「ねぇ。爺さんが言ってたよね? 仁作は実直に育っているって」
「……」
「本当に仁作が極道の世界で生きてもいいなんて思ってる?」
「でも……劣悪な環境下にいるより、君らの兄弟に囲まれた生活の方が、生きているって思えるんじゃないかな」
「何それ。いつまで保身に走れば気が済むんですか?」
目の色を変えた鴬が久我に噛みつく。瞳孔をかっぴらいて威嚇する姿がやはり、彼も反社会的組織の人間であると実感させる。
「僕、分かってるんだからね。アンタ刑事から公安に移動したでしょ。仁作を探すためだけに。そんで、癒着も想定範囲内で公安の弱みにならないよう、仁作を常盤に預けたままにしたんだ」
「初めは僕も常盤から仁作を取られなくて済んでぬか喜びしちゃったけど、仁作の人柄を思えばこそ、カタギでいて欲しいと思う僕の思いは仁作にとってはありがた迷惑?」節目がちに問う鴬には、目前で思惑を突かれて唇を噛む久我が見えていないらしい。
中居さんが御膳を一度に全てを運び、無言で去っていく。そして、再び2人きりの時間に戻された後、口を開いた。
「つい最近、仁作と僕は会長と幹部の人間少数に呼ばれて、盃事で結託を結んだ。僕が本部長で、仁作が——若頭だよ」
「え……え!? 君じゃないの」
「……僕だって、そう思ってたよ。自慢じゃないけど、それだけの能力はあると自負してたからさ。だから、聞いた時は2人揃ってびっくりしちゃったよ。年齢差からして7個しか違わないんだ、僕が仁作のポストに相応しい年齢になるまでの穴埋めとして言われたんじゃない事は明白だよ。このままだと、確実に僕は仁作の部下になる」
「……それはもう、決定事項なのか?」
「コッチで杯を交わすって事は、誓いを立てるって事だからね。書類で手続きされた制約と同じくらいの効力があると思ってる」
漸次久我の言葉を発する間隔が減っていく。
「仁作の近況報告を知ってるなら、理解できると思うんだけど、きっと爺さんは能力より、人望でリーダーを選んだと思うよ。うちはとくに、仁義を重んじるからさ。だけど、その分のデメリットは、良くも悪くも仁作が仲間を信じすぎる。だから、内外ともに搾取される可能性があるんだよ。そんなの……僕が耐えらんない」
「……そう……」
「でも、大丈夫。今なら、まだ間に合う」
「間に合うったって、交わしたんだろ? 杯」
「僕も一緒に任命されたから、それなりの権力が僕の手にもあるんだよね。仁作を説得するとか、逆に僕が若頭のサポートに着いて、コントロールするっていう手もある」
「そんな摂政のような事を、15歳の君がしようってのか? 桔平さんは警察の俺がいうのもなんだけど、ちゃんとトップの人だ」
「何言ってんの。僕はそのために勉強を頑張ってるんだよ。力じゃ仁作に勝てるわけないんだから」
「だから、僕がこうして爺さんの目を盗んで、此処に来たんだよ。仁作の陰から見守り隊の隊員として、久我さん、アンタを任命するために」ばちんと閉じられたウィンクから、可愛らしさを感じなかったのは初めてだ。見目は相当なものがあるにもかかわらずなのに。
「爺さんに悟られると厄介だから、爺さんとの書簡でのやりとりは今後も続けて欲しい」
「そうだね、それがいいかも」
「で、僕の方は、LINE交換でいいよね」
「わぁ、孫は現代的」
——という会話を最後に、2年の月日が経過し、今やメル友のような関係性になってしまった。1準ヤクザと1公安が。
遊馬組の報告を終えた電話が初の通話でもあったが、2年前よりも理知的な人物へと変貌を遂げているらしかった。凛々しい声が男である久我もかっこいいと思ったほどだ。だが、顔はきっと、いや、絶対童顔のままだろう。
「今年3年生じゃなかったか、彼。大学……行った方がいいと思うんだけどなぁ」呼び出された日に大学に行かない宣言をした鴬に一抹の未練が久我を襲う。
いつの間にか、鴬のことを父親目線で考えてしまっているので、既に末期だ。いくら常盤組の脅威度が限りなく低くても、警察と極道では生きているレールが違いすぎる。歩み寄ることができないのに、これ以上の干渉は、互いに毒となる。
「はぁ。本当の子供が俺にいたら、こんなボロアパートに寝に帰るだけの生活なんて、してないんだろうな……」久我は部屋の充満した古い畳の匂いを深く吸い込んだ。
「……」
「本当に仁作が極道の世界で生きてもいいなんて思ってる?」
「でも……劣悪な環境下にいるより、君らの兄弟に囲まれた生活の方が、生きているって思えるんじゃないかな」
「何それ。いつまで保身に走れば気が済むんですか?」
目の色を変えた鴬が久我に噛みつく。瞳孔をかっぴらいて威嚇する姿がやはり、彼も反社会的組織の人間であると実感させる。
「僕、分かってるんだからね。アンタ刑事から公安に移動したでしょ。仁作を探すためだけに。そんで、癒着も想定範囲内で公安の弱みにならないよう、仁作を常盤に預けたままにしたんだ」
「初めは僕も常盤から仁作を取られなくて済んでぬか喜びしちゃったけど、仁作の人柄を思えばこそ、カタギでいて欲しいと思う僕の思いは仁作にとってはありがた迷惑?」節目がちに問う鴬には、目前で思惑を突かれて唇を噛む久我が見えていないらしい。
中居さんが御膳を一度に全てを運び、無言で去っていく。そして、再び2人きりの時間に戻された後、口を開いた。
「つい最近、仁作と僕は会長と幹部の人間少数に呼ばれて、盃事で結託を結んだ。僕が本部長で、仁作が——若頭だよ」
「え……え!? 君じゃないの」
「……僕だって、そう思ってたよ。自慢じゃないけど、それだけの能力はあると自負してたからさ。だから、聞いた時は2人揃ってびっくりしちゃったよ。年齢差からして7個しか違わないんだ、僕が仁作のポストに相応しい年齢になるまでの穴埋めとして言われたんじゃない事は明白だよ。このままだと、確実に僕は仁作の部下になる」
「……それはもう、決定事項なのか?」
「コッチで杯を交わすって事は、誓いを立てるって事だからね。書類で手続きされた制約と同じくらいの効力があると思ってる」
漸次久我の言葉を発する間隔が減っていく。
「仁作の近況報告を知ってるなら、理解できると思うんだけど、きっと爺さんは能力より、人望でリーダーを選んだと思うよ。うちはとくに、仁義を重んじるからさ。だけど、その分のデメリットは、良くも悪くも仁作が仲間を信じすぎる。だから、内外ともに搾取される可能性があるんだよ。そんなの……僕が耐えらんない」
「……そう……」
「でも、大丈夫。今なら、まだ間に合う」
「間に合うったって、交わしたんだろ? 杯」
「僕も一緒に任命されたから、それなりの権力が僕の手にもあるんだよね。仁作を説得するとか、逆に僕が若頭のサポートに着いて、コントロールするっていう手もある」
「そんな摂政のような事を、15歳の君がしようってのか? 桔平さんは警察の俺がいうのもなんだけど、ちゃんとトップの人だ」
「何言ってんの。僕はそのために勉強を頑張ってるんだよ。力じゃ仁作に勝てるわけないんだから」
「だから、僕がこうして爺さんの目を盗んで、此処に来たんだよ。仁作の陰から見守り隊の隊員として、久我さん、アンタを任命するために」ばちんと閉じられたウィンクから、可愛らしさを感じなかったのは初めてだ。見目は相当なものがあるにもかかわらずなのに。
「爺さんに悟られると厄介だから、爺さんとの書簡でのやりとりは今後も続けて欲しい」
「そうだね、それがいいかも」
「で、僕の方は、LINE交換でいいよね」
「わぁ、孫は現代的」
——という会話を最後に、2年の月日が経過し、今やメル友のような関係性になってしまった。1準ヤクザと1公安が。
遊馬組の報告を終えた電話が初の通話でもあったが、2年前よりも理知的な人物へと変貌を遂げているらしかった。凛々しい声が男である久我もかっこいいと思ったほどだ。だが、顔はきっと、いや、絶対童顔のままだろう。
「今年3年生じゃなかったか、彼。大学……行った方がいいと思うんだけどなぁ」呼び出された日に大学に行かない宣言をした鴬に一抹の未練が久我を襲う。
いつの間にか、鴬のことを父親目線で考えてしまっているので、既に末期だ。いくら常盤組の脅威度が限りなく低くても、警察と極道では生きているレールが違いすぎる。歩み寄ることができないのに、これ以上の干渉は、互いに毒となる。
「はぁ。本当の子供が俺にいたら、こんなボロアパートに寝に帰るだけの生活なんて、してないんだろうな……」久我は部屋の充満した古い畳の匂いを深く吸い込んだ。
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