心、買います

ゴンザレス

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1章

1-8

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 今朝この玄関から学校へ登校したと思うと、ここが我が家なのかと錯覚する。――そこで思考は遮られる。

「柳瀬?」

 後ろから声がする。振り向けば、昨晩のウリの相手がちょうど帰宅したところらしかった。

「鍵、渡しそびれたから返しに来ただけだ」
「律儀なんだから。中に入ってても良かったのに」
「俺も今来たとこなんだよ」
「・・・・・・放課後は何してたの?」
「ちょっと友達とお茶してた」
「本当に、それだけ? その後どっかで休まない? とか言ってヤッてない?」

 表情の雲行きが怪しくなる一条を見て、柳瀬は手にもつ一条の鍵を勝手に解錠し、中に入れた。

「ちょ、外での発言考えろよ」
「・・・・・・じゃあ、柳瀬のやってることも考えてほしいよ」

 柳瀬を睨めつけ、狭い玄関先で手首を掴んで押し倒す。一条は頭を打たないよう注意を払いながらも、掴む手に力の加減はあまりない。
 だが、柳瀬もいわれのないことを外で軽はずみに言われて、胸糞悪くなる。

「俺が何してるって? 言ってみろよ」

 一条は黙り込む。それを反撃の合図とした。
 柳瀬は押し倒された状態で、顔だけを近づけ一条に唇をあてがう。すると、先に口を開き口内へ侵入しようとしたのは、やはり、一条だった。
 
「っ・・・・・ん、ぅはぁ」
「柳瀬――」

 息を切らしなかなか返答できない柳瀬に、一条は同じことをし返せず、躊躇う。

「おら、お前からできないのかよ? てことは少なくとも俺がやってることを承知の上で、俺と寝てんだろ? その時点でお前にとやかく言われる筋合いねぇから」
「――じゃあ、口実なしに、好きだって、言っていいの? それで柳瀬がいいって言うのなら、僕はそっちがいいよ。それを許さないのは柳瀬の方だ。僕は感情を抑えるのに必死なんだ。これ以上」

 「からからわないで」覆いかぶさっていた柳瀬から離れる。

「今日はもう、帰って」
「・・・・・・っち」

 乱雑に玄関を出ていく。だが、柳瀬はちゃんと気づいていた。

「なんだってんだよ。普通ならあそこで縁切るだろ。一条のやつ、次も会うつもりかよ」
 
 大足で進んでもむしゃくしゃとした鬱憤は晴れることはない。意味がわからないのだ。面倒だと思った相手と次も会おうとする非合理的な態度が。だから、後腐れがない金銭の授受で成立する「ウリ」が、人肌恋しいときには丁度いいというのに、榊の言う通り、高校に進学してからは、専ら一条のみとの付き合いだ。それこそ非合理的だ。

「アイツのせいで、俺の価値観がぶっ壊れる」

 「あー。腹減った」腹の虫が鳴いて、思い出すのは今朝食べた、一条の「生姜焼き」だった。
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