上 下
72 / 83

■67   /ウェイターの視点から

しおりを挟む
次なる戦いに備え、疲労を癒やすために三人は、町の中心にある少し高級な飲食店へと足を運んだ。それは今までの冒険の中ではなかったほど、洗練された場所だった。
扉を押し開けた瞬間、外の喧騒から一転して、柔らかな照明が店内全体を優しく包み込み、しっとりとした高級感が漂っていた。
磨き上げられた木の床に足を踏み入れると、まるで別の世界に入り込んだような感覚が三人を包んだ。
深い色合いの家具と壁に飾られた美しい絵画、どこか夢のような音楽が静かに流れ、まるで時間が緩やかに溶けていくようだった。

「こんなに豪華な場所、俺たちには少し場違いかもしれないな…」零が目を細め、周囲を見渡しながら静かに呟いた。その声には、日常の戦いから解放された一瞬の安らぎが滲んでいた。

「たまには、ね。」麻美は穏やかに微笑み、繊細な動きで席へと向かう。彼女の瞳にはどこか嬉しそうな光が宿り、いつもの戦闘時とは全く異なる、柔らかな女性らしさが浮かび上がっていた。普段の緊張感を忘れ、リラックスした様子は、まるで心の奥深くに咲く一輪の花のようだった。

守田も静かに彼女の後に続き、席に腰を下ろした。「いい場所だな。俺たちもこれくらいの贅沢を味わう資格はあるだろう。」彼の声は、深い落ち着きと満足感が漂っており、これまでの数々の戦いが思い出の彼方へと消えていくような心地だった。

席に着くと、すぐに上品な身のこなしのウェイターが現れ、柔らかな笑顔でメニューを差し出した。「本日お越し頂き、誠にありがとうございます。本日は特別なコースをご用意しております。心地よいお飲み物と共に、お楽しみいただけるでしょう。」

零はそのメニューに目を通しながら、どれも見慣れない名前に一瞬戸惑った。「何から選ぶべきか迷うな…」彼の顔に浮かんだ苦笑いが、日常の戦いから解放された微妙な戸惑いを表していた。

「全部頼みたいって言っちゃっても、誰も責めたりしないわよ?」麻美が冗談めかして微笑むと、メニューをそっと閉じた。「私はシェフのお勧めにするわ。こういう場所では、それが一番確実に楽しめる方法だから。」

守田も少しだけ悩んだ表情を見せたが、すぐに頷いた。「俺も同じにしよう。シェフに任せるのが一番だな。」

零も同じコースを選び、三人はゆっくりと食事の始まりを待つことにした。

運ばれてきた最初の料理は、まさに芸術作品のように美しく盛り付けられた前菜だった。色鮮やかな野菜と新鮮な魚介が皿の上に繊細に並び、食べるのが惜しいほどの美しさを放っていた。麻美が一口運ぶと、その瞬間、目を閉じて深く息を吐き出した。「これは…驚くほど美味しいわ。素材の一つ一つがまるで語りかけてくるような味。」

零もフォークを手に取り、一口を味わった。「本当に…これは今まで食べたことがない味だ。こんなに繊細な料理、想像もしていなかった…」彼の表情は、言葉を超えた驚きで満たされていた。

守田も静かに一口食べると、満足そうに頷いた。「これなら、疲れた体も心も、すっかり癒されそうだ。」彼の声には、長年の戦いの疲労から解放される安堵が滲んでいた。

続いて運ばれてきたのは、香ばしい香りが店内に漂うスープだった。スープの表面にはクリームが繊細に浮かび、スプーンを近づけると、湯気とともに深い森のような芳醇な香りが広がってきた。零は一口飲み込むと、しばし目を閉じて味わった。「これは…まるで森の奥深くで静かに過ごしているような気分になるな。」

麻美もその深い味わいに微笑み、「ただの食事じゃないわね…これを食べるだけで、心の奥まで満たされる感じがするわ。」とそっと囁いた。

メインディッシュが運ばれてくる頃、三人はすでに食事の楽しさに浸っていた。肉厚なステーキは、外側が香ばしく焼かれ、ナイフを入れると中からジューシーな肉汁が溢れ出した。零は一口運ぶと、まるで言葉が出ないかのように微笑んだ。「これは…贅沢すぎるな。」

麻美もまた一口食べ、静かに幸せを感じ取っているようだった。「美味しいものを食べられると、戦いの後の疲れも忘れてしまいそう。」

守田もステーキを楽しみながら、ふと顔を上げて笑った。「こういう時間があるからこそ、次の戦いに向けて頑張れるんだ。」

食事の最後に運ばれてきたデザートは、繊細に作られたチョコレートケーキだった。上品な甘さとほろ苦さが絶妙に絡み合い、口の中で広がる豊かな風味が、まるで夢のように三人を包み込んだ。麻美が一口運び、驚きと感嘆の声を漏らした。「これは…まさに絶品ね。」

零もまた、静かにその甘美なひとときを味わいながら、「こうして贅沢な食事を楽しむなんて、冒険に没頭していると忘れてしまいそうだな…」と呟いた

満足感に満ちた表情を浮かべた三人の顔には、これからの戦いへの準備が整ったことを物語っていた。ウェイターが最後に温かな飲み物をテーブルに置くと、守田が静かに言葉を漏らした。「俺たち、まだまだやることが山ほどあるが…こうして一息つける時間が大切なんだな。」

零も麻美もその言葉に深く頷き、静かな夜の中、贅沢な時間をじっくりと味わい尽くした。その空気は、まるで時が止まったかのように穏やかで、次の冒険の始まりを静かに告げていた。


------------------------

ウェイターは、三人の席に温かいスープをそっと置いた。三人は軽く頭を下げて受け取り、各々の小さな笑顔が静かに交わされる。
ウェイターはそれを見つめながら、彼らの間に流れる特別な空気にふと気づいた。
目の前に座る客たちの微笑みの奥には、単なる安堵や楽しみだけではない、もっと奥深い強さが宿っているのだ。それは、単なる日常の中では決して手に入らない種類のもので、何度も困難を乗り越えた者だけがまとえるものだと感じた。

互いの表情や仕草から読み取れるものが多くあった。たとえば、麻美が零の目を優しく見つめながら何かを囁き、零が微かに笑って頷く。守田もまた、そんな二人を見守るように目を細め、心の奥底で安心しているようだった。それぞれが互いを気遣い、支え合っている――それが、言葉にせずともそこにある。そしてウェイターは、その支え合いこそが彼らを今日まで守り抜いてきたのだと理解した。

「ただのお客ではない」

そう確信するのに、長い時間は必要なかった。彼らは、見知らぬ土地で幾多の戦いをくぐり抜けてきたのだろう。今、目の前に見える穏やかな姿の裏側には、幾度となく困難に立ち向かい、または耐え、乗り越えてきた歴史が刻まれているに違いない。ウェイターは彼らの物語をすべて知るわけではないが、そのひとつひとつが、今ここにある微笑みに結実しているように感じた。

料理を味わいながら微笑む三人。麻美は、まるで素材の一つ一つに込められた意味を感じ取るように目を閉じて深く味わい、零は慎重に味わうことで、今までの経験の中で味わえなかった特別な瞬間を手に入れているようだった。守田は一口ごとに満足げに頷き、そしてゆっくりと視線を落として、自分の中に残る小さな安堵と喜びを噛みしめるかのようだ。

「皆さん、次の戦いに備えて、どうか無事で」
そう心の中で囁いたが、その言葉を口にするわけにはいかない。ウェイターはただ、三人がここで得た安らぎが心の奥底に留まってくれることを願い、再び飲み物を注いだ。その時、ふと零が顔を上げて彼を見つめた。「ありがとう。料理、最高だよ。」その言葉には、ただの礼だけでなく、ウェイターが抱いた尊敬に応えるかのような深い意味が込められている気がした。

「いいえ、こちらこそ…」そう返すと、ウェイターは自然と微笑みが浮かんだ。再び彼らの席を離れながら、ふと、三人がこれから進むであろう道を思わずにはいられなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

愛しのお姉様(悪役令嬢)を守る為、ぽっちゃり双子は暗躍する

清澄 セイ
ファンタジー
エトワナ公爵家に生を受けたぽっちゃり双子のケイティベルとルシフォードは、八つ歳の離れた姉・リリアンナのことが大嫌い、というよりも怖くて仕方がなかった。悪役令嬢と言われ、両親からも周囲からも愛情をもらえず、彼女は常にひとりぼっち。溢れんばかりの愛情に包まれて育った双子とは、天と地の差があった。 たった十歳でその生を終えることとなった二人は、死の直前リリアンナが自分達を助けようと命を投げ出した瞬間を目にする。 神の気まぐれにより時を逆行した二人は、今度は姉を好きになり協力して三人で生き残ろうと決意する。 悪役令嬢で嫌われ者のリリアンナを人気者にすべく、愛らしいぽっちゃりボディを武器に、二人で力を合わせて暗躍するのだった。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

暗澹のオールド・ワン

ふじさき
ファンタジー
中央大陸に位置するシエラ村で、少年・ジュド=ルーカスはいつもと変わらない平穏で退屈な日々を過ごしていた。 「…はやく僕も外の世界を冒険したいな」 祖父の冒険譚を読み耽る毎日。 いつもと同じように部屋の窓際、お気に入りの定位置に椅子を運び、外の景色を眺めている少年。 そんな彼もいつしか少年から青年へと成長し、とうとう旅立つ日がやって来る。 待ちに待った冒険を前に高鳴る気持ちを抑えきれない青年は、両親や生まれ育った村との別れを惜しみつつも外の世界へと遂に足を踏み出した…! 待ち受ける困難、たくさんの仲間との出会い、いくつもの別れを経験していく主人公。 そして、彼らは平穏な日々の裏に隠された世界の真実を知ることとなる。 冒険の果てに彼らが選択した未来とは―。 想定外の展開と衝撃の最期が待ち受ける異世界ダークファンタジー、開幕!

処理中です...