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■43 魔人 /妖魔王、杖を盗みに忍び込む /ミーナの魔本作成
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零たちは、新たな冒険の舞台へと静かに歩みを進めていた。遠くに広がる荒野は、まるで大地そのものが静寂を約束するように広がり、風が乾いた砂を巻き上げる音だけが、彼らの足音に混じっていた。その静けさは、何か恐ろしいものが息を潜めているように感じられた。
「強大な魔物を操る魔人…」零は低く呟き、険しい目つきで荒野を見据えた。その目には、これまで数々の戦いを潜り抜けてきた冒険者の覚悟が宿っていた。「ただの敵じゃない…これは、俺たちの力が試される戦いだ。」
麻美は地図を確認しながら、周囲の気配を探った。「この先に潜んでいるのね。人間の知恵と魔物の凶暴さが組み合わさった存在…普通の戦いではないわね。」彼女の瞳には、決意と同時に不安が漂っていたが、零に対する信頼がその瞳の揺らぎを抑えていた。
「だが、俺たちにはこれまで培ってきた力がある。奴がどれだけ強大だろうと、必ず倒す方法はあるさ。」守田が拳を握りしめ、その鋭い眼差しは過去の戦いで培われた自信に満ちていた。
三人が進むその先、広がる荒野は次第に重苦しい空気に包まれていった。風はさらに強くなり、まるで大地自体が何かを警告しているかのようだった。そして、その瞬間――大地が揺れた。
砂が激しく舞い上がり、地面から無数の巨大な魔物が次々と姿を現した。鋭いトゲと不気味な牙を備えたその姿は、荒野の死神そのものだった。彼らの咆哮は、荒れ狂う風に乗って三人を包み込み、鼓膜を裂くような轟音となって襲いかかってきた。
「出やがった!」零は叫び、剣をしっかりと構えた。炎がその刃を包み、彼の周囲には熱が立ち込めた。
「多すぎる!」麻美が風の魔法を駆使し、敵の動きを鈍らせながら叫んだ。その声には焦りが滲んでいたが、同時に決して引かない強い意志も感じ取れた。
「一体ずつ確実に仕留めるんだ!」守田はその拳に強化魔法を宿し、魔物の一体に向かって突進した。彼の拳が魔物の体に炸裂し、その巨体を倒した。しかし、倒れても次々に新たな魔物が湧き出てきた。
「こいつら…無限に湧いてくるのか?」零は剣を振り回しながらも、次第にその数に圧倒されつつあった。まるで荒野全体が魔物で埋め尽くされているかのようだった。
その時――遠くの岩陰から、一人の男が静かに姿を現した。
黒いローブに包まれたその男は、冷酷な笑みを浮かべていた。その圧倒的な気配は、彼がこの場のすべてを支配している者だということを告げていた。彼こそが魔物たちを操る魔人であり、この荒野の混沌を支配する存在だった。
「ようやく気づいたか、冒険者たちよ」魔人の声は深く冷たく、まるで周囲の空気までも凍らせるかのような冷徹さが漂っていた。彼の手には長く不気味な杖が握られており、その先端に嵌め込まれた石が怪しく光っていた。魔人が杖を軽く振ると、魔物たちが再び激しく三人に襲いかかってきた。
「お前が…魔物を操っているのか!」零は怒りに燃える瞳で魔人を睨みつけた。彼の剣は炎を帯び、その熱が荒野の空気を揺らした。しかし、魔人はその視線を受けても一切動じず、冷たい笑みを浮かべ続けていた。
「その通り。私はこの荒野の支配者だ。貴様たちのような無力な冒険者が、私に立ち向かうなど愚かなことだ。」魔人は嘲笑うように言葉を続け、再び杖を振り上げた。魔物たちはその命令に忠実に従い、さらに狂暴な動きで三人に襲いかかった。
「そんなことはさせない…!」零は剣を構え、魔人に向かって突進しようとした。しかし、魔物たちは彼の前に立ちはだかり、まるで壁のように道を塞いだ。
「くそっ、こんなに強いとは…!」零は必死に剣を振るい、次々と魔物を斬り伏せていくが、その数はまるで無限に続いているかのようだった。
「このままじゃきりがない…」麻美が焦りながらも、風の魔法で敵を押し返そうと必死に戦っていたが、魔物たちはその攻撃を素早くかわし、再び襲いかかってきた。
その時、守田が冷静に魔人の動きを観察していた。「…あの杖だ…あれが魔物を操っている力の源だ!」守田は直感的に確信し、零に叫んだ。
「分かった!守さん、俺が魔物を引きつける。その間に杖を破壊してくれ!」零は瞬時に作戦を立て、剣を握りしめた。そして、全力で魔物たちに突進し、彼らの注意を引きつけた。炎を纏った剣が次々と魔物を斬り裂いていくが、敵の数は圧倒的で、次第に零の体力も限界に近づいていった。
麻美もまた、必死に回復魔法を唱え、零を支え続けていた。「零君、まだ倒れないで…もう少し…!」
その瞬間――守田が全力で魔人に向かって突進した。彼の拳にはこれまでの戦いのすべてが詰め込まれていた。「これで終わりだ!」守田の拳が魔人の杖に叩き込まれ、その瞬間、杖は砕け散った。
「な…何だと…!」魔人は驚愕の表情を浮かべ、力なく膝をついた。「私の力が…こんなところで…」
零はその姿を見つめながら、ようやく息を整えた。「終わったんだな…これで…」
麻美もその場に座り込み、安堵の涙を流した。「これで…町の人々も救われるわね…」
守田は拳を握りしめ、魔人を見下ろした。「俺たちが勝った…これで、お前の支配は終わりだ」
-----------------------------------
その夜、カルナスの工房は漆黒の闇に包まれていた。
明かり一つなく、まるで静寂そのものが彼の創り出す魔法の杖たちを守るかのように佇んでいる。月光がかすかに差し込む中、誰かが息を潜めて忍び寄っていた。その姿は妖魔王リヴォール。冷たい瞳には鋭い光が宿り、闇の中で工房の入り口をじっと見据えていた。
頑丈な木の扉にはいくつもの防御魔法が施され、複雑な結界が張られている。それは職人カルナスが心血を注いで築き上げた工房の守りであり、通常の侵入者には決して破れない堅固な防壁だ。だが、リヴォールの前ではその結界もたやすく無力化されていく。彼が手をかざすと、指先から黒いエネルギーが発せられ、結界は軋む音を立てながら徐々に崩れ去っていった。
静寂が再び工房に戻り、リヴォールは重々しく扉を開け、内部へと足を踏み入れた。棚には無数の杖が並べられており、どれもが異なる素材とデザインで作られた職人技の結晶だった。白木、黒曜石、希少な魔石をあしらったものまで、一本一本が計り知れない価値を持ち、見る者を惹きつける魔力を漂わせていた。
しかし、リヴォールの冷たい視線はそれらの杖をすべて無視して奥へと進んでいった。彼が求めているのはただ一つ、この闇の力に見合う杖、すなわち「暗黒の器」となるべき存在だった。
やがて、工房の最も奥に到達すると、そこには重厚なガラスケースに守られた一本の杖があった。他の杖とは一線を画する佇まいを見せ、黒と銀の緻密な彫刻が絡み合う美しい意匠が施されている。その存在は、まるでその場の空気をも支配するかのような威圧感を放っていた。リヴォールは目を細め、ゆっくりとその杖に手を伸ばし、ガラスケースを破壊した。破片が床に散らばり、暗闇に小さな音を立てた。
リヴォールはその杖を手に取ると、冷笑を浮かべた。
杖を掲げると、彼は懐から取り出した黒い魔石をその先端に合わせる。魔石はすぐに反応し、禍々しい光を放って震え始めた。リヴォールが力を込めると、その魔石は杖に吸い込まれ、次第に杖全体が不気味な暗黒の波動に包まれていった。工房の空気が急激に冷たくなり、まるで生命そのものが削り取られていくような感覚が漂う。
杖はリヴォールの手で闇の力を受け入れ、脈動しながら彼の意思に応えるかのように馴染んでいく。しかし、リヴォールは満足することなく、眉間に皺を寄せた。彼の視線は杖を貫き、その完成度を測るように鋭く光っていたが、そこには不満が色濃く浮かんでいた。
「この程度か…所詮、ただの道具にすぎない」彼は呟き、杖を重々しく振り下ろした。暗黒のエネルギーが周囲に広がり、工房の魔法具たちが震え、崩れ去る様子を無表情で見つめる。「確かに高品質だが…私が求める真の力には遠い」
杖に目をやり、リヴォールは冷たい嘲笑を浮かべながらさらに言葉を続けた。「これでは私には相応しくない。せいぜい配下に使わせるくらいのものか…」
そしてリヴォールは杖を手の中で回し、再び魔力を注ぎ込もうと試みた。しかし、杖はその力を受け付けることを拒むかのようにわずかに反発した。限界を超える器には、新たな力は受け入れられない――それが杖の限界だった。
「やはり…つまらぬものだ」リヴォールは冷笑を浮かべ、杖をそのまま静かに握り締めた。闇に包まれた工房に、彼の影が一層濃く伸び、彼は去り際に冷たく一言呟いた。「次に会う時は…真に相応しい器を手に入れてみせよう」
-----------------------------------
ミーナは、工房の中で机に向かい、何百枚もの紙に詠唱を正しく書き続けていた。
金色の髪が軽く揺れ、集中する彼女の目は紙の上を追い、緊張した様子が見て取れる。
この詠唱が正しく完成しない限り、「光の叡智」としての魔本は完成しないのだ。
「うーん、次の文字は…」彼女は慎重に筆を動かしながら呟いた。
しかし、気を抜いた瞬間、わずかに手元が狂い、筆が違う線を描いてしまった。
「あっ…またやっちゃった!」彼女はがっくりと肩を落とし、手にした紙を見つめた。
紙には誤った詠唱が記され、もはや使い物にならなくなっていた。
「ミーナ!何度同じミスを繰り返すんだ!」突然、背後から師匠グレゴールの厳しい声が響いた。彼は長年の経験を持つ老魔術師で、ミーナを厳しくも優しく見守っているが、この詠唱のミスにはさすがに忍耐の限界が近づいていた。
「ごめんなさい、師匠…」ミーナは恥ずかしそうに笑いながら、失敗した紙を脇に置いた。失敗した紙が山積みになっていくのを見て、ますますプレッシャーを感じているのは自分でもわかっていた。
「詠唱は一字一句間違えずに記さなければ、魔本は完成しないんだ。特にこの『光の叡智』のような大規模な魔法を扱うものなら、尚更だぞ!」グレゴールは彼女の肩をたたきながら、厳しさと励ましの混じった口調で続けた。
「でも、結局は魔石が手に入らなければ、この本は完成しないんでしょ…?」ミーナは小さく呟き、窓の外を見つめた。
そう、今の段階ではどれだけ完璧に詠唱を書き上げても、肝心の魔石がないため、魔本はまだ完成できないのだ。冒険者たちが魔物を討伐し、適合する魔石を手に入れなければ、「光の叡智」はただの書物に過ぎない。
グレゴールは静かに頷き、ミーナの気持ちを理解したように語りかけた。「そうだ。魔石がなければ、今はまだこの本は力を持たない。だが、お前の仕事はその魔石を受け入れる準備を整えることだ。今は、その詠唱を完璧に仕上げることに集中しろ。」
ミーナはその言葉に再び奮い立ち、深く息を吸い込んだ。「そうだよね…まずは私の仕事をしっかりやらなきゃ!」
彼女はもう一度、新しい紙を広げて筆を取った。今度こそ、正確に詠唱を綴る決意で、慎重に一字一字を書き進めていく。そして、師匠の見守る中で、彼女の手元には徐々に完璧な詠唱が形作られていった。
魔石を待つまで、ミーナの仕事は終わらない。しかし、彼女の努力が必ず報われることを信じながら、彼女は詠唱を書き続けた。
「強大な魔物を操る魔人…」零は低く呟き、険しい目つきで荒野を見据えた。その目には、これまで数々の戦いを潜り抜けてきた冒険者の覚悟が宿っていた。「ただの敵じゃない…これは、俺たちの力が試される戦いだ。」
麻美は地図を確認しながら、周囲の気配を探った。「この先に潜んでいるのね。人間の知恵と魔物の凶暴さが組み合わさった存在…普通の戦いではないわね。」彼女の瞳には、決意と同時に不安が漂っていたが、零に対する信頼がその瞳の揺らぎを抑えていた。
「だが、俺たちにはこれまで培ってきた力がある。奴がどれだけ強大だろうと、必ず倒す方法はあるさ。」守田が拳を握りしめ、その鋭い眼差しは過去の戦いで培われた自信に満ちていた。
三人が進むその先、広がる荒野は次第に重苦しい空気に包まれていった。風はさらに強くなり、まるで大地自体が何かを警告しているかのようだった。そして、その瞬間――大地が揺れた。
砂が激しく舞い上がり、地面から無数の巨大な魔物が次々と姿を現した。鋭いトゲと不気味な牙を備えたその姿は、荒野の死神そのものだった。彼らの咆哮は、荒れ狂う風に乗って三人を包み込み、鼓膜を裂くような轟音となって襲いかかってきた。
「出やがった!」零は叫び、剣をしっかりと構えた。炎がその刃を包み、彼の周囲には熱が立ち込めた。
「多すぎる!」麻美が風の魔法を駆使し、敵の動きを鈍らせながら叫んだ。その声には焦りが滲んでいたが、同時に決して引かない強い意志も感じ取れた。
「一体ずつ確実に仕留めるんだ!」守田はその拳に強化魔法を宿し、魔物の一体に向かって突進した。彼の拳が魔物の体に炸裂し、その巨体を倒した。しかし、倒れても次々に新たな魔物が湧き出てきた。
「こいつら…無限に湧いてくるのか?」零は剣を振り回しながらも、次第にその数に圧倒されつつあった。まるで荒野全体が魔物で埋め尽くされているかのようだった。
その時――遠くの岩陰から、一人の男が静かに姿を現した。
黒いローブに包まれたその男は、冷酷な笑みを浮かべていた。その圧倒的な気配は、彼がこの場のすべてを支配している者だということを告げていた。彼こそが魔物たちを操る魔人であり、この荒野の混沌を支配する存在だった。
「ようやく気づいたか、冒険者たちよ」魔人の声は深く冷たく、まるで周囲の空気までも凍らせるかのような冷徹さが漂っていた。彼の手には長く不気味な杖が握られており、その先端に嵌め込まれた石が怪しく光っていた。魔人が杖を軽く振ると、魔物たちが再び激しく三人に襲いかかってきた。
「お前が…魔物を操っているのか!」零は怒りに燃える瞳で魔人を睨みつけた。彼の剣は炎を帯び、その熱が荒野の空気を揺らした。しかし、魔人はその視線を受けても一切動じず、冷たい笑みを浮かべ続けていた。
「その通り。私はこの荒野の支配者だ。貴様たちのような無力な冒険者が、私に立ち向かうなど愚かなことだ。」魔人は嘲笑うように言葉を続け、再び杖を振り上げた。魔物たちはその命令に忠実に従い、さらに狂暴な動きで三人に襲いかかった。
「そんなことはさせない…!」零は剣を構え、魔人に向かって突進しようとした。しかし、魔物たちは彼の前に立ちはだかり、まるで壁のように道を塞いだ。
「くそっ、こんなに強いとは…!」零は必死に剣を振るい、次々と魔物を斬り伏せていくが、その数はまるで無限に続いているかのようだった。
「このままじゃきりがない…」麻美が焦りながらも、風の魔法で敵を押し返そうと必死に戦っていたが、魔物たちはその攻撃を素早くかわし、再び襲いかかってきた。
その時、守田が冷静に魔人の動きを観察していた。「…あの杖だ…あれが魔物を操っている力の源だ!」守田は直感的に確信し、零に叫んだ。
「分かった!守さん、俺が魔物を引きつける。その間に杖を破壊してくれ!」零は瞬時に作戦を立て、剣を握りしめた。そして、全力で魔物たちに突進し、彼らの注意を引きつけた。炎を纏った剣が次々と魔物を斬り裂いていくが、敵の数は圧倒的で、次第に零の体力も限界に近づいていった。
麻美もまた、必死に回復魔法を唱え、零を支え続けていた。「零君、まだ倒れないで…もう少し…!」
その瞬間――守田が全力で魔人に向かって突進した。彼の拳にはこれまでの戦いのすべてが詰め込まれていた。「これで終わりだ!」守田の拳が魔人の杖に叩き込まれ、その瞬間、杖は砕け散った。
「な…何だと…!」魔人は驚愕の表情を浮かべ、力なく膝をついた。「私の力が…こんなところで…」
零はその姿を見つめながら、ようやく息を整えた。「終わったんだな…これで…」
麻美もその場に座り込み、安堵の涙を流した。「これで…町の人々も救われるわね…」
守田は拳を握りしめ、魔人を見下ろした。「俺たちが勝った…これで、お前の支配は終わりだ」
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その夜、カルナスの工房は漆黒の闇に包まれていた。
明かり一つなく、まるで静寂そのものが彼の創り出す魔法の杖たちを守るかのように佇んでいる。月光がかすかに差し込む中、誰かが息を潜めて忍び寄っていた。その姿は妖魔王リヴォール。冷たい瞳には鋭い光が宿り、闇の中で工房の入り口をじっと見据えていた。
頑丈な木の扉にはいくつもの防御魔法が施され、複雑な結界が張られている。それは職人カルナスが心血を注いで築き上げた工房の守りであり、通常の侵入者には決して破れない堅固な防壁だ。だが、リヴォールの前ではその結界もたやすく無力化されていく。彼が手をかざすと、指先から黒いエネルギーが発せられ、結界は軋む音を立てながら徐々に崩れ去っていった。
静寂が再び工房に戻り、リヴォールは重々しく扉を開け、内部へと足を踏み入れた。棚には無数の杖が並べられており、どれもが異なる素材とデザインで作られた職人技の結晶だった。白木、黒曜石、希少な魔石をあしらったものまで、一本一本が計り知れない価値を持ち、見る者を惹きつける魔力を漂わせていた。
しかし、リヴォールの冷たい視線はそれらの杖をすべて無視して奥へと進んでいった。彼が求めているのはただ一つ、この闇の力に見合う杖、すなわち「暗黒の器」となるべき存在だった。
やがて、工房の最も奥に到達すると、そこには重厚なガラスケースに守られた一本の杖があった。他の杖とは一線を画する佇まいを見せ、黒と銀の緻密な彫刻が絡み合う美しい意匠が施されている。その存在は、まるでその場の空気をも支配するかのような威圧感を放っていた。リヴォールは目を細め、ゆっくりとその杖に手を伸ばし、ガラスケースを破壊した。破片が床に散らばり、暗闇に小さな音を立てた。
リヴォールはその杖を手に取ると、冷笑を浮かべた。
杖を掲げると、彼は懐から取り出した黒い魔石をその先端に合わせる。魔石はすぐに反応し、禍々しい光を放って震え始めた。リヴォールが力を込めると、その魔石は杖に吸い込まれ、次第に杖全体が不気味な暗黒の波動に包まれていった。工房の空気が急激に冷たくなり、まるで生命そのものが削り取られていくような感覚が漂う。
杖はリヴォールの手で闇の力を受け入れ、脈動しながら彼の意思に応えるかのように馴染んでいく。しかし、リヴォールは満足することなく、眉間に皺を寄せた。彼の視線は杖を貫き、その完成度を測るように鋭く光っていたが、そこには不満が色濃く浮かんでいた。
「この程度か…所詮、ただの道具にすぎない」彼は呟き、杖を重々しく振り下ろした。暗黒のエネルギーが周囲に広がり、工房の魔法具たちが震え、崩れ去る様子を無表情で見つめる。「確かに高品質だが…私が求める真の力には遠い」
杖に目をやり、リヴォールは冷たい嘲笑を浮かべながらさらに言葉を続けた。「これでは私には相応しくない。せいぜい配下に使わせるくらいのものか…」
そしてリヴォールは杖を手の中で回し、再び魔力を注ぎ込もうと試みた。しかし、杖はその力を受け付けることを拒むかのようにわずかに反発した。限界を超える器には、新たな力は受け入れられない――それが杖の限界だった。
「やはり…つまらぬものだ」リヴォールは冷笑を浮かべ、杖をそのまま静かに握り締めた。闇に包まれた工房に、彼の影が一層濃く伸び、彼は去り際に冷たく一言呟いた。「次に会う時は…真に相応しい器を手に入れてみせよう」
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ミーナは、工房の中で机に向かい、何百枚もの紙に詠唱を正しく書き続けていた。
金色の髪が軽く揺れ、集中する彼女の目は紙の上を追い、緊張した様子が見て取れる。
この詠唱が正しく完成しない限り、「光の叡智」としての魔本は完成しないのだ。
「うーん、次の文字は…」彼女は慎重に筆を動かしながら呟いた。
しかし、気を抜いた瞬間、わずかに手元が狂い、筆が違う線を描いてしまった。
「あっ…またやっちゃった!」彼女はがっくりと肩を落とし、手にした紙を見つめた。
紙には誤った詠唱が記され、もはや使い物にならなくなっていた。
「ミーナ!何度同じミスを繰り返すんだ!」突然、背後から師匠グレゴールの厳しい声が響いた。彼は長年の経験を持つ老魔術師で、ミーナを厳しくも優しく見守っているが、この詠唱のミスにはさすがに忍耐の限界が近づいていた。
「ごめんなさい、師匠…」ミーナは恥ずかしそうに笑いながら、失敗した紙を脇に置いた。失敗した紙が山積みになっていくのを見て、ますますプレッシャーを感じているのは自分でもわかっていた。
「詠唱は一字一句間違えずに記さなければ、魔本は完成しないんだ。特にこの『光の叡智』のような大規模な魔法を扱うものなら、尚更だぞ!」グレゴールは彼女の肩をたたきながら、厳しさと励ましの混じった口調で続けた。
「でも、結局は魔石が手に入らなければ、この本は完成しないんでしょ…?」ミーナは小さく呟き、窓の外を見つめた。
そう、今の段階ではどれだけ完璧に詠唱を書き上げても、肝心の魔石がないため、魔本はまだ完成できないのだ。冒険者たちが魔物を討伐し、適合する魔石を手に入れなければ、「光の叡智」はただの書物に過ぎない。
グレゴールは静かに頷き、ミーナの気持ちを理解したように語りかけた。「そうだ。魔石がなければ、今はまだこの本は力を持たない。だが、お前の仕事はその魔石を受け入れる準備を整えることだ。今は、その詠唱を完璧に仕上げることに集中しろ。」
ミーナはその言葉に再び奮い立ち、深く息を吸い込んだ。「そうだよね…まずは私の仕事をしっかりやらなきゃ!」
彼女はもう一度、新しい紙を広げて筆を取った。今度こそ、正確に詠唱を綴る決意で、慎重に一字一字を書き進めていく。そして、師匠の見守る中で、彼女の手元には徐々に完璧な詠唱が形作られていった。
魔石を待つまで、ミーナの仕事は終わらない。しかし、彼女の努力が必ず報われることを信じながら、彼女は詠唱を書き続けた。
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