きずな食堂へようこそ！

サトウさんの過去

きずな食堂のボランティアであるサトウさんには、かつて子どもがいた。

彼女の一人息子、ケンジは小学校低学年の頃に病気で亡くなってしまった。ケンジは明るくて元気な男の子で、サトウさんにとってはかけがえのない存在だった。彼の笑顔は、どんなに疲れていても、どんなに辛いことがあっても、サトウさんを支えてくれるものだった。

ケンジが病気で入院した時、サトウさんは毎日病院に通い詰め、彼のそばに寄り添った。治療がうまくいくことを祈り、どんなに小さな希望も見逃さず、必死に支え続けた。しかし病状は次第に悪化し、最終的には医師から「もう治療の手立てがない」と告げられた。

ケンジが亡くなった日、サトウさんの世界は一瞬にして崩れ去った。彼女は深い悲しみに打ちひしがれ、何も手につかなくなった。ケンジのいない日常は、まるで時間が止まったかのように感じられた。彼女は自分を責め、もしもっと早く病気に気付いてあげられてれば、もしもっと良い治療があればと、何度も何度も後悔した。

ある日、サトウさんはケンジの遺品を整理している時に、一冊のノートを見つけた。そこには、ケンジが病院で過ごしていた時のことが綴られていた。彼は周りの子どもたちと仲良くなり、遊びたいけれど遊べない子どもたちのために、自分が元気になったら一緒に遊びたいと書いていた。また、日記には「お母さんに心配させてごめんなさい」「お母さんにはいつも笑っていてほしい」と、母親を思いやる言葉も綴られていた。

ケンジのその優しい心に触れたサトウさんは、彼の願いを叶えるために何かできることはないかと考え始めた。そして子ども食堂でボランティアをすることを決意した。彼女は、ケンジのように何かしら辛い思いをしている子どもたちや、その家族を少しでも支えたいと思ったのだ。子どもたちに美味しい食事を提供し、心の安らぎを感じてもらうことで、ケンジの思いを継いでいこうと心に決めた。

サトウさんが初めてきずな食堂を訪れた日、彼女は少し緊張していた。しかし、子どもたちの無邪気な笑顔と、温かい歓迎の言葉に触れると、自然と心がほぐれていった。彼女は子どもたちに対して、まるで自分の息子や娘であるかのように愛情を注ぎ、一緒に料理を作ったり、遊んだりする時間を楽しんだ。子どもたちにとって、サトウさんはすぐに「第二の母親」のような存在となった。

子ども食堂で過ごす時間は、サトウさんにとっても癒しの時間となった。子どもたちの笑顔や笑い声は、ケンジの面影を思い出させ、彼女の心を温めてくれた。サトウさんは、子どもたちが安心して過ごせる場所を提供することに喜びを感じ、彼らの小さな悩みや喜びにも寄り添うようになった。

ある日、一人の女の子がサトウさんに話しかけてきた。

「サトウさん、いつもニコニコして、美味しいご飯をありがとう。私、お母さんやサトウさんが笑ってくれてると嬉しいんだ！」

その言葉に、サトウさんはケンジの日記を思い出して胸が熱くなった。ケンジもまた、母親の笑顔を願っていたのだ。

サトウさんの過去の悲しみは完全に消えることはないけれど、彼女はその悲しみを力に変える。子どもたちに愛と希望を届けることで、ケンジの思いを生かし続けている。子どもたちの笑顔を見るたびに、サトウさんはケンジのことを思い出しながら、彼の優しさを胸に抱き続けているのだ。そして、彼女はこれからも、子どもたちのために全力を尽くすことを心に誓っている。

サトウさんの心には、ケンジの言葉がいつも響いている。「お母さんにはいつも笑っていてほしい。」その言葉が、彼女の毎日の励みとなり、彼女の笑顔が、また子どもたちの笑顔を生み出していく。そうして、サトウさんはケンジの思いを胸に、今日もきずな食堂で子どもたちを迎えるのだ。