きずな食堂へようこそ!

猫田ちゃろ

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ミドリとアオイ

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ある日、ナオキがきずな食堂にやって来ると、小学校四年生のミドリが机に広げたプリントの前でひとり、悩んでいる姿が目に入った。傍らには算数の教科書やノートが置かれていて、それが彼女の宿題の難しさを物語っているようだった。まだ保育園児の彼女の弟、アオイは、姉の横で無邪気にお絵かきをしている。その姉弟の様子を見たナオキは、ふと胸の奥が温かくなるのを感じた。

一人っ子のナオキは自分にきょうだいが居たらどんな感じなのだろうと想像することがたまにあり、二人の様子は理想のシーンに思えた。両親の喧嘩が絶えないため彼はいつも部屋に閉じ籠って一人で過ごすことが多く、特に休日には孤独を感じることが多かった。だからこそ、こうして兄弟姉妹が一緒に過ごす姿を見ると、憧れの気持ちがわくのだ。

ミドリとアオイの両親は離婚していて、母親と三人で暮らしている。母親は仕事が忙しく、夕飯が作れない時には、二人はこの「きずな食堂」に足を運んでいた。ミドリの表情には常に母親への心配と、自分がしっかりしなければという責任感が入り混じっているように見えていた。ナオキはこの食堂に通い始めてから、彼らの家族のことを少しずつ知るようになった。ナオキよりもずっと幼い頃に両親が離婚するという環境だったのに、弟の面倒を見ているミドリの健気な姿には心を打たれることが多かった。

「ミドリ、大丈夫?」

ナオキが声をかけると、ミドリはため息をつきながら顔を上げ、「この算数の宿題が全然わからないの……」と答えた。その表情には少しの戸惑いと、少しの諦めが混じっていた。ナオキはミドリのプリントを覗き込み、問題をじっと見つめた。

「これはちょっと難しい問題だね。でも、大丈夫。考え方にコツがいるけど、まずここを計算して……」

ナオキはミドリの隣に座り、丁寧に問題の解き方を説明し始めた。ひとつひとつ解説し、ミドリが理解できるように優しく教えた。アオイも興味深そうにナオキの説明を聞いていたが、まだ小さいため、すぐにまたお絵かきに戻ってしまった。

ミドリはナオキに何度か質問をしながら、少しずつ問題の解き方を理解していった。ナオキの説明はわかりやすく、時にユーモアを交えていたので、ミドリも自然と笑顔を取り戻していった。そして、ついに問題を解くことができた。ミドリは大きな笑顔で「ありがとう、ナオキくん!」と感謝の気持ちを伝えた。

ナオキも「ミドリ、すごいね!」と喜び、アオイも「お姉ちゃん、すごい!」と言って小さな手で拍手した。いつの間にか来て横で見守っていたタモツも「やったじゃん」と笑顔を見せていた。タモツもきずな食堂にやって来る子どもたちの面倒をよく見ていた。彼の存在もまた、食堂の温かい雰囲気を作り出す一因だ。

その瞬間、きずな食堂の温かい雰囲気が一層深まったように感じられた。
ミドリはその場の温かさに包まれながら、心の中で母親のことを思った。仕事で忙しい母親に対して自分がしっかりしなければと思っていたが、こんな風に仲間が支えてくれることに改めて感謝の気持ちが湧いてきた。彼女はこれまで一人で抱え込んでいたプレッシャーが少し軽くなったように感じた。

「本当にありがとう。おかげでわからない問題が解けたよ」

ミドリは素直に感謝の気持ちをナオキに伝えた。ナオキは微笑んで答えた。「またいつでも聞いてね」

タモツも続けた。「僕は地理が得意だから、社会の宿題で悩んだら任せて!」

その日の夕暮れ、きずな食堂の温かい灯りの中で、ミドリとアオイ、ナオキ、そしてタモツの笑顔があった。ミドリは家族だけでなく、こうした仲間たちとの絆が自分を支えてくれることを強く感じた。そしてアオイもまた、その温かさの中で育っていくんだなと、ミドリは少しだけ未来に思いを馳せた。

食堂の窓から差し込む夕陽が、彼らの笑顔を柔らかく照らしていた。その光は、彼らの心にも温かさを運び、未来を照らしているかのようだった。ミドリはその光を見つめながら、今日のことを、きっとずっと覚えているだろうと思った。 
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