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第44話 先生召喚
しおりを挟む「シャンパンはいかがですか?」
船内は至って賑やか。そして平和な時間が流れていた。
長めのスカートを引き摺った御婦人たちは、イケメンピアニストの演奏に夢中で、一方男性たちは短めのスカートの給仕に釘付けである。これも紳士の嗜みといったところか。
「ほら、見てあそこ」
リラ中尉も警戒している素振りを見せることなく楽しんでいた。
すると突然、船内放送が鳴り響いたかと思うと、魔導放送でアナウンスが行われた。
『この度は、我がピクトグラムにご乗船いただき誠にありがとうございます。皆様、どうぞ最後までごゆるりとお過ごしください。業務連絡、業務連絡、専従乗務員は船外西側エントランスまで集合願います』
このアナウンスが何を意味したのか、リラ中尉の目つきが一瞬だけ仕事モードになったのを見逃さなかった。
「来たわよ」
「……はい」
何が来たのか、言わずもがな僕にだって分かる。
船内放送は西側エントランスと言っていた。これはあらかじめ伝えられた暗号で、「海賊船が付近まで近づいている」というもの。
これがもし「東側厨房への応援要請」だった場合、海賊と騎士団が戦闘中である証拠。同じように「後方客室でお客さまがお困りです」という放送の場合は、海賊船が予想より多く襲来しているということ。またいくつか暗号があるが、あまりにも細かいのでリラ中尉からは知らされていない。
「まだ私たちには何もすることがないから楽にしていて良いわよ」
そんなことを言われたって、初めての内偵が始まってすぐに本当に海賊が現れるとは――心の準備は乗船前に済ませていたはずだが、それとこれとはまた違う話だ。
僕の鼓動は首の裏筋まで聞こえて始めていた。
「対人は初めてだったわね。それほど緊張することもないわ。いつも通りやればいい」
「ひとつ聞いても良いですか?」
「なに?」
少々躊躇しながら僕が入団する前のことを聞いた。
「何があったんですか? あっ、言いたくなかったら全然……」
「そうね、君には話す必要があるわね」
彼女はゆっくりと立ち上がり、僕の手を掴むと外へ出た。
少し肌寒い夜風が心地よく右から左へと流れ、靡いたリラ中尉の茶色の髪が月灯りに照らされている。
「あれは今日と同じように内偵に出ていた時のこと――」
ある海賊のアジトを把握するため、リラ中尉と他3名の隊員は海賊になりすましてその船に潜入していた。そのアジトがあるとされていた場所、それはオーム領からほど近い洞窟であった。
その日は魔物が多く、海賊らもその処理で大忙しだったため、正体がバレることはなく内偵は順調に進んでいた。しかし、悲劇は突如として起きる。
「君も覚えているだろう、オームの大災害と呼ばれた最悪の日のことを」
「はい、忘れるはずがありません」
その時は船に向かって押し寄せる魔物の群れを対処することで精一杯で、陸に向かう魔物には気を配ることができなかったという。
何とか危機を脱したと思われた時、荒れ放題になった港から流れてくる人々とその血液に紛れ、制服を着た者たちの亡骸を何体も見送った。その中に、まだ息のある者がいた。それはオーム領警備隊の制服を着た男で、意識のない同僚を片手に引き上げながら必死に木材の破片にしがみついていたのだ。「助けてくれ、助けて……」と何度も懇願するようにこちらを見上げていたが、海賊たちはその制服を見ると無視を決め込んだ。
「私は騎士として重大な罪を犯したのよ。任務中だから、という理由だけで同胞の助けを拒んでしまった」
「そんな……」
「それが警備隊の隊長と副隊長だったと知ったのは帰還し、報告を終えた後だった」
僕の頬には既に枯れたはずの涙が伝い、悲しみが肩に乗ったような感覚になる。
「君が来た時、私は団長から警備隊の隊長の弟子であると聞いたわ。私は君にとって敵《かたき》も同然なのよ」
溢れたのは悲しみか怒りか、あまりの告白に僕は声を失った。
船内は至って賑やか。そして平和な時間が流れていた。
長めのスカートを引き摺った御婦人たちは、イケメンピアニストの演奏に夢中で、一方男性たちは短めのスカートの給仕に釘付けである。これも紳士の嗜みといったところか。
「ほら、見てあそこ」
リラ中尉も警戒している素振りを見せることなく楽しんでいた。
すると突然、船内放送が鳴り響いたかと思うと、魔導放送でアナウンスが行われた。
『この度は、我がピクトグラムにご乗船いただき誠にありがとうございます。皆様、どうぞ最後までごゆるりとお過ごしください。業務連絡、業務連絡、専従乗務員は船外西側エントランスまで集合願います』
このアナウンスが何を意味したのか、リラ中尉の目つきが一瞬だけ仕事モードになったのを見逃さなかった。
「来たわよ」
「……はい」
何が来たのか、言わずもがな僕にだって分かる。
船内放送は西側エントランスと言っていた。これはあらかじめ伝えられた暗号で、「海賊船が付近まで近づいている」というもの。
これがもし「東側厨房への応援要請」だった場合、海賊と騎士団が戦闘中である証拠。同じように「後方客室でお客さまがお困りです」という放送の場合は、海賊船が予想より多く襲来しているということ。またいくつか暗号があるが、あまりにも細かいのでリラ中尉からは知らされていない。
「まだ私たちには何もすることがないから楽にしていて良いわよ」
そんなことを言われたって、初めての内偵が始まってすぐに本当に海賊が現れるとは――心の準備は乗船前に済ませていたはずだが、それとこれとはまた違う話だ。
僕の鼓動は首の裏筋まで聞こえて始めていた。
「対人は初めてだったわね。それほど緊張することもないわ。いつも通りやればいい」
「ひとつ聞いても良いですか?」
「なに?」
少々躊躇しながら僕が入団する前のことを聞いた。
「何があったんですか? あっ、言いたくなかったら全然……」
「そうね、君には話す必要があるわね」
彼女はゆっくりと立ち上がり、僕の手を掴むと外へ出た。
少し肌寒い夜風が心地よく右から左へと流れ、靡いたリラ中尉の茶色の髪が月灯りに照らされている。
「あれは今日と同じように内偵に出ていた時のこと――」
ある海賊のアジトを把握するため、リラ中尉と他3名の隊員は海賊になりすましてその船に潜入していた。そのアジトがあるとされていた場所、それはオーム領からほど近い洞窟であった。
その日は魔物が多く、海賊らもその処理で大忙しだったため、正体がバレることはなく内偵は順調に進んでいた。しかし、悲劇は突如として起きる。
「君も覚えているだろう、オームの大災害と呼ばれた最悪の日のことを」
「はい、忘れるはずがありません」
その時は船に向かって押し寄せる魔物の群れを対処することで精一杯で、陸に向かう魔物には気を配ることができなかったという。
何とか危機を脱したと思われた時、荒れ放題になった港から流れてくる人々とその血液に紛れ、制服を着た者たちの亡骸を何体も見送った。その中に、まだ息のある者がいた。それはオーム領警備隊の制服を着た男で、意識のない同僚を片手に引き上げながら必死に木材の破片にしがみついていたのだ。「助けてくれ、助けて……」と何度も懇願するようにこちらを見上げていたが、海賊たちはその制服を見ると無視を決め込んだ。
「私は騎士として重大な罪を犯したのよ。任務中だから、という理由だけで同胞の助けを拒んでしまった」
「そんな……」
「それが警備隊の隊長と副隊長だったと知ったのは帰還し、報告を終えた後だった」
僕の頬には既に枯れたはずの涙が伝い、悲しみが肩に乗ったような感覚になる。
「君が来た時、私は団長から警備隊の隊長の弟子であると聞いたわ。私は君にとって敵《かたき》も同然なのよ」
溢れたのは悲しみか怒りか、あまりの告白に僕は声を失った。
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