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ばけねこ
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1
会社帰りに寄ったコンビニを出ると俺はいつもまっすぐ家へは向かわずに公園に立ち寄る。
そこでおでんなんかを食いながら懐いている黒猫と過ごすのが日課だ。
その日も普段と変わらずになにげなく公園の方へと歩いていると、黒猫が道の向こうからこっちを見ていた。
にやりとして黒猫に手を振るとにゃーと鳴いてこちらに飛び出した。
そこへ間の悪い車が突っ込んでくる。
とっさに黒猫に駆け寄ったが、そこで光に包まれ意識を失った。
「にゃ? にゃんにゃ? ここどこにゃ?!」
だれかいるな。
「はにゃ?! にゃんでこんにゃ……にゃっ! いつもの人間にゃ!」
あーなんかうにゃうにゃうるさい。もう少し寝かせてくれ。
「にゃー! 起きろにゃ! 大変にゃ!」
「……なんだよー。もううるさいなー」
「のんきだにゃー。いいから起きるにゃ! 早く! 火事にゃ!」
「んぁ? なに?! 火事?!」
飛び起きて辺りを見回したがとても平和な雰囲気だ。見渡すかぎり草と木が茂っていて、ところどころに花が咲いて鳥が鳴き、かすかに覗く空は青く澄んで清々し……えっ?!
「ふぁっ?! どこだここ?! 公園……でもないし夜でもない。どんだけ寝てたんだってかなんで寝てるんだっけ?」
「寝ぼけるのも大概にするにゃ。どう考えても非常事態にゃ。……人が自分より慌ててるのを見るとにゃぜか冷静ににゃるにゃ……」
「ん? だれだ? あ、お前か? 火事だとか騒ぎやがって、嘘つきめ!」
「起きないのが悪いのにゃ! だいたいこんなとこでのんきに寝てたら危にゃいにゃ!」
「危ない? ここはどこなんだ? 危険な場所なのか?」
「知らにゃいにゃ! 知らにゃいうちに知らにゃい場所にいたらとりあえず警戒すべきにゃ!」
「お、おう。なんか意外としっかりしてるのかどうかよくわからないけど、そのにゃーにゃー言うのやめてもらえる?」
「にゃー!! バカにしてんのかにゃ?! そんにゃこと気にしてる場合かにゃ!」
「で、お前だれなんだ?」
「名乗りあったりはしてにゃいけど長年の顔見知りなのに薄情にゃやつにゃ! わからにゃいのかにゃ?」
「まったくしらんな。にゃーにゃー言う変態とか知り合いにはいない」
「はぁ?! 変態じゃにゃいにゃ! まぬけ!」
「なんだと?! 猫耳つけてにゃーにゃー言ってる痛いやつに言われたくないわ!」
「耳までバカにしやがったにゃ?! 許さにゃいかんにゃ!」
しばらく言い争っていたが、ふと気づくと辺りは薄暗くなっていた。
「……おい、これ、夜になるんじゃないか? ちょっと冷えてきたし、もうそろそろ帰らないと」
「どこに帰る気にゃ? ここがどこかもわからにゃいのに……」
「あ、スマホ……圏外か。なんでさっきまで住宅街にいたのにこんな……あ、そういえば黒猫、どうなったかな……?」
「思い出すの遅っ! どうもにゃってにゃいにゃ……いや、どうかにゃってるのかにゃ?」
「ん? なにか知ってるのか?」
「知ってるもにゃにも、黒猫ならさっきから目の前にいるにゃ」
「どこだ? ……コンビニのおやつならあるぞ? 隠れてないで出てこーい」
「ごくり。隠れてにゃいにゃ。早くそのおやつをこっちによこすにゃ」
「なんでお前にやらなきゃならないんだよ。これは黒猫のために……」
「いつもありがとにゃ。だから早く食わせるにゃ」
「なに言ってるんだお前、まさか猫のおやつを横取りしようとか意地汚いこと考えてないだろうな?」
「だーかーらー! 吾輩は黒猫にゃ! 名前はまだにゃい」
「なんだその百年くらい使い古されたネタ」
「このフシアナ人間……とんだぼんくらにゃ……いいか人間、おみゃーは黒猫しか友達がいないからいつもいつも夜の公園で黒猫におやつを差し出す代わりに愚痴を聞いてもらって管巻いて帰るのがせいぜいの人生を送ってる情けないぼんくらだけどにゃ」
「うわ、わーわー! なんでそんなこと知ってるんだ?! どこで見てたんだよ! 恥ずかしい」
「いいから落ち着いて最後まで話をきけにゃ。だから上司に『のんきでぼーっとしてるわりに落ち着きがなくて話を聞いてない』とか評価されるにゃ」
「なんで俺の上司の評価まで知ってるんだよ! さてはお前どこかのスパイだな?」
「なんでそんなスパイがおみゃーなんかのこと調べるにゃ。アホか。恥を知れ」
「そこまで言わなくても……」
「それ以上くだらないこと言うとひっかくにゃ。それで状況を整理すると、たぶんさっき俺様がちょっと油断してかわいらしく道に飛び出しちゃったときに、考えなしにいっしょに道に飛び出したおみゃーはいっしょに車にひかれたにゃ」
「え?」
「それからどうなってここにいるのかはわかんにゃいけど、これはきっと異世界ってやつにゃ」
「……え?」
「おみゃーがよく『こんなつまらない世界じゃなくて異世界に行きたい』とか抜かしてやがったからたぶんこんなことになったにゃ」
「えぇ? 俺のせい?」
「だいたいそうにゃ」
「そっかー。俺のせいで異世界に来ちゃったならしょうがないか」
「おみゃーはすぐ周りに流されるの悪い癖だっていつも俺様が言って聞かせてるのに話を聞いてないから本当ダメにゃ」
「ぇえ~。で、お前はなんでそんなこと知ってるんだよ。だれなんだ?」
「えぇ……ここまで話してわからにゃいとか引くわぁ」
「あ、あれだろ、あー俺をひいた車の運転手とか……かわいそうなものを見る目で見るな!」
「アホの子だってことはよくわかってるんだけどさすがにこの状況でうざ……足手まといかにゃ」
「わざわざ言い直してくれてありがとう。傷ついたよ」
「それで俺様はいっしょにひかれた黒猫様だからにゃ。異論は認めん。よろしく」
「あ、はい。……ほんとにあの黒猫?」
「異論は認めんと言ってるのに……どこに疑う余地があるのにゃ?」
「猫耳?」
「猫耳のなにが悪いにゃ! かわいいにゃ!」
「あ、かわいいです」
「どうでもいいけどもうだいぶ暗くにゃってきたにゃ。早くどこか安全な寝場所を見つけにゃいとマズいのにゃ」
「サバイバル経験ゼロの俺になにを聞かれても絶対の自信を持ってわからんと言えるぞ」
「おみゃーにゃーなにひとつ期待してにゃいのにゃ。安心しろにゃ」
「なにも嬉しくないけどそれならなんで一人で行動しないんだ?」
「……おみゃーには助けられたというか巻き込んだ恩というか引け目というか複雑な気持ちがあるから見捨てるわけにはいかにゃいにゃ」
「黒猫ぅ。見捨てないでくれてありがとう」
「うわ懐くにゃ! わかったからそのおやつよこせにゃ!」
「こうなったら非常食だろこれ。どこか落ち着いたら食べような」
「ちっ仕方にゃいにゃ。それじゃ行くにゃ」
「おう」
こうして俺たちの異世界の旅は始まった。
2
大騒ぎしたあげく移動しはじめた俺たちだったが、十歩も移動することなくすぐ目の前に洞窟がぽっかり口を開けて誘っていた。
「……」
「……ここ、どうだろう」
「あやしすぎるにゃ。都合よすぎるにゃ。手抜きにゃ」
「まあ、車にひかれて異世界に飛ばされて安全そうな洞窟の前の平和な森に寝かされてるとかだれか知らんがご都合主義でありがとうと言わざるを得ないな」
「安全な洞窟とは限らにゃいにゃ。入ったらパクリの罠かもしれないにゃ。そういうのを見て笑ってるかもしれにゃいのにゃ」
「お前そんなに人を疑ってちゃ疲れるぞ」
「俺様たちを異世界に飛ばしたのが人のわけにゃいし、野良猫をにゃんだと思ってるのか三日くらい飯抜きで正座させて説教したいにゃ」
「俺その状況よりこの洞窟の方が快適な気がする」
「どうしてこんなぼーっとしたのが生き残れるのかわからにゃいにゃ」
「どっちにしてもここを確認しないことには判断できないぞ」
「わかったにゃ。……とりあえずこの周りに変な足跡やにおいはにゃいにゃ」
「え? そんなことわかるの? すごいぞ! 黒猫!」
「にゃんでわからにゃいと思ったのかわからにゃいにゃ。猫にゃぞ」
「罠とかあるかな? 石を投げてみようか」
「おおそれ人間っぽいにゃ。おみゃーただのまぬけなサルじゃにゃかったんにゃにゃ」
「どうして俺を人間じゃないと思ったのか詳しく説明されると傷つきそうだからやっぱり聞かないけど……えいっ…………とりあえず野生動物が飛び出してくるような穴じゃなさそうだな」
「入ってみるにゃ」
「どうぞお先に」
「おみゃーが先にゃ」
「猫はよく勝手に先に行くイメージなんだけど」
「どこの猫がこんな洞窟にのこのこ入るにゃ」
「じゃあこの辺のいい感じの棒を持って……つつきながら行ってみましょうか」
「たまに人間っぽいにゃ。さすが人間の端くれ」
「だれが端くれか。立派な人間だわ。まあ簡単に崩れそうもない岩肌だし、入り口付近は一晩過ごすのには問題なさそうだな」
「雨とか降らにゃければ気温は過ごしやすそうにゃ」
「もうちょっと中も確認しよう」
「地面もゴツゴツしてにゃいし濡れてもいにゃい。ごろごろするのによさそうにゃ」
「お、中はもっと広くなってるな。見た感じ特に危険そうなものはないし、変な虫とかもいないし。快適な気がする」
「しばらく人も動物もいた気配はにゃいにゃ。でもここ天然の洞窟じゃにゃいにゃ。こんなきれいに整えられてるのはおかしいにゃ」
「俺たちが使ってる間にバッティングしなきゃ問題ないさ」
「不法侵入しても見つからにゃければ大丈夫とか人間としてどうかと思うにゃ」
「お前ちょくちょく俺より人間っぽいこと言うのなに? 野良猫ってそんな頭いいの?」
「おみゃーが猫より抜けてるだけにゃ。まともな野良猫が人の住んでる家に勝手に入ったの見たことあるかにゃ?」
「ないけど……まともな野良猫ってどうやって見分けるの?」
「やさぐれた野良猫といっぱしの野良猫の区別もつかにゃいのかにゃ」
「野良猫ってみんなやさぐれてるんじゃないの??」
「人間の家に住み着いてないだけでちゃんと安全で快適な住処を確保して毎日餌を狩ってる自立した野良猫にはプライドがあるにゃ。ダメ猫は野良でもダメにゃ」
「よくわからんけど能力主義怖い」
「おみゃーが猫ならダメ猫にゃ」
「ひどい。人間でよかった」
「ダメ人間でも死ぬことはにゃさそうだもんにゃ」
「おれそんなにダメなほうじゃないと思うんだけどなあ」
「上ばっかり見ててもダメにゃけど、下がいることに安心してたらダメにゃ」
「ぐう……」
「まあとりあえずは一晩ここで過ごすにゃ。ちゃんと休まにゃいと明日から活動できにゃいからにゃ」
「すっごいサバイバルで頼りになる感じ」
「そ、そんにゃことよりにゃ、あれ、あーそうにゃ、おやつにゃ! おやつにするにゃ」
「照れてんのか? まあ仕方ない。食べ物はこれしかないからな」
「明日のことは明日考えるにゃ。どうせ夕飯一食分しかにゃいのにゃ」
「まあな。お前これ好きだよな」
「好きにゃ! おみゃーが来にゃいときは悲しいにゃ」
「ああごめん。残業が長引いて行けないときはいつもどうしてるかなーと思ってたんだけど。今日からはずっといっしょだからな」
「いや、おみゃーはずっといっしょでももうこのおやつは手に入らにゃいにゃ」
「俺よりおやつに会いたかったのかよ」
「当たり前にゃ。自分を何様だと思ってるにゃ」
「餌係の人間だよな」
「でも今日からは違うにゃ。ただの人間にゃ」
「まさかの格下げ」
「でもずっといっしょにゃ」
「まさかのツンデレ」
「なにもデレてにゃいにゃ。事実にゃ」
「なでなでしていい?」
「うるさいにゃ。食べ終わってからにするにゃ」
「わかった」
夜は更けていくのであった。
(続かない)
会社帰りに寄ったコンビニを出ると俺はいつもまっすぐ家へは向かわずに公園に立ち寄る。
そこでおでんなんかを食いながら懐いている黒猫と過ごすのが日課だ。
その日も普段と変わらずになにげなく公園の方へと歩いていると、黒猫が道の向こうからこっちを見ていた。
にやりとして黒猫に手を振るとにゃーと鳴いてこちらに飛び出した。
そこへ間の悪い車が突っ込んでくる。
とっさに黒猫に駆け寄ったが、そこで光に包まれ意識を失った。
「にゃ? にゃんにゃ? ここどこにゃ?!」
だれかいるな。
「はにゃ?! にゃんでこんにゃ……にゃっ! いつもの人間にゃ!」
あーなんかうにゃうにゃうるさい。もう少し寝かせてくれ。
「にゃー! 起きろにゃ! 大変にゃ!」
「……なんだよー。もううるさいなー」
「のんきだにゃー。いいから起きるにゃ! 早く! 火事にゃ!」
「んぁ? なに?! 火事?!」
飛び起きて辺りを見回したがとても平和な雰囲気だ。見渡すかぎり草と木が茂っていて、ところどころに花が咲いて鳥が鳴き、かすかに覗く空は青く澄んで清々し……えっ?!
「ふぁっ?! どこだここ?! 公園……でもないし夜でもない。どんだけ寝てたんだってかなんで寝てるんだっけ?」
「寝ぼけるのも大概にするにゃ。どう考えても非常事態にゃ。……人が自分より慌ててるのを見るとにゃぜか冷静ににゃるにゃ……」
「ん? だれだ? あ、お前か? 火事だとか騒ぎやがって、嘘つきめ!」
「起きないのが悪いのにゃ! だいたいこんなとこでのんきに寝てたら危にゃいにゃ!」
「危ない? ここはどこなんだ? 危険な場所なのか?」
「知らにゃいにゃ! 知らにゃいうちに知らにゃい場所にいたらとりあえず警戒すべきにゃ!」
「お、おう。なんか意外としっかりしてるのかどうかよくわからないけど、そのにゃーにゃー言うのやめてもらえる?」
「にゃー!! バカにしてんのかにゃ?! そんにゃこと気にしてる場合かにゃ!」
「で、お前だれなんだ?」
「名乗りあったりはしてにゃいけど長年の顔見知りなのに薄情にゃやつにゃ! わからにゃいのかにゃ?」
「まったくしらんな。にゃーにゃー言う変態とか知り合いにはいない」
「はぁ?! 変態じゃにゃいにゃ! まぬけ!」
「なんだと?! 猫耳つけてにゃーにゃー言ってる痛いやつに言われたくないわ!」
「耳までバカにしやがったにゃ?! 許さにゃいかんにゃ!」
しばらく言い争っていたが、ふと気づくと辺りは薄暗くなっていた。
「……おい、これ、夜になるんじゃないか? ちょっと冷えてきたし、もうそろそろ帰らないと」
「どこに帰る気にゃ? ここがどこかもわからにゃいのに……」
「あ、スマホ……圏外か。なんでさっきまで住宅街にいたのにこんな……あ、そういえば黒猫、どうなったかな……?」
「思い出すの遅っ! どうもにゃってにゃいにゃ……いや、どうかにゃってるのかにゃ?」
「ん? なにか知ってるのか?」
「知ってるもにゃにも、黒猫ならさっきから目の前にいるにゃ」
「どこだ? ……コンビニのおやつならあるぞ? 隠れてないで出てこーい」
「ごくり。隠れてにゃいにゃ。早くそのおやつをこっちによこすにゃ」
「なんでお前にやらなきゃならないんだよ。これは黒猫のために……」
「いつもありがとにゃ。だから早く食わせるにゃ」
「なに言ってるんだお前、まさか猫のおやつを横取りしようとか意地汚いこと考えてないだろうな?」
「だーかーらー! 吾輩は黒猫にゃ! 名前はまだにゃい」
「なんだその百年くらい使い古されたネタ」
「このフシアナ人間……とんだぼんくらにゃ……いいか人間、おみゃーは黒猫しか友達がいないからいつもいつも夜の公園で黒猫におやつを差し出す代わりに愚痴を聞いてもらって管巻いて帰るのがせいぜいの人生を送ってる情けないぼんくらだけどにゃ」
「うわ、わーわー! なんでそんなこと知ってるんだ?! どこで見てたんだよ! 恥ずかしい」
「いいから落ち着いて最後まで話をきけにゃ。だから上司に『のんきでぼーっとしてるわりに落ち着きがなくて話を聞いてない』とか評価されるにゃ」
「なんで俺の上司の評価まで知ってるんだよ! さてはお前どこかのスパイだな?」
「なんでそんなスパイがおみゃーなんかのこと調べるにゃ。アホか。恥を知れ」
「そこまで言わなくても……」
「それ以上くだらないこと言うとひっかくにゃ。それで状況を整理すると、たぶんさっき俺様がちょっと油断してかわいらしく道に飛び出しちゃったときに、考えなしにいっしょに道に飛び出したおみゃーはいっしょに車にひかれたにゃ」
「え?」
「それからどうなってここにいるのかはわかんにゃいけど、これはきっと異世界ってやつにゃ」
「……え?」
「おみゃーがよく『こんなつまらない世界じゃなくて異世界に行きたい』とか抜かしてやがったからたぶんこんなことになったにゃ」
「えぇ? 俺のせい?」
「だいたいそうにゃ」
「そっかー。俺のせいで異世界に来ちゃったならしょうがないか」
「おみゃーはすぐ周りに流されるの悪い癖だっていつも俺様が言って聞かせてるのに話を聞いてないから本当ダメにゃ」
「ぇえ~。で、お前はなんでそんなこと知ってるんだよ。だれなんだ?」
「えぇ……ここまで話してわからにゃいとか引くわぁ」
「あ、あれだろ、あー俺をひいた車の運転手とか……かわいそうなものを見る目で見るな!」
「アホの子だってことはよくわかってるんだけどさすがにこの状況でうざ……足手まといかにゃ」
「わざわざ言い直してくれてありがとう。傷ついたよ」
「それで俺様はいっしょにひかれた黒猫様だからにゃ。異論は認めん。よろしく」
「あ、はい。……ほんとにあの黒猫?」
「異論は認めんと言ってるのに……どこに疑う余地があるのにゃ?」
「猫耳?」
「猫耳のなにが悪いにゃ! かわいいにゃ!」
「あ、かわいいです」
「どうでもいいけどもうだいぶ暗くにゃってきたにゃ。早くどこか安全な寝場所を見つけにゃいとマズいのにゃ」
「サバイバル経験ゼロの俺になにを聞かれても絶対の自信を持ってわからんと言えるぞ」
「おみゃーにゃーなにひとつ期待してにゃいのにゃ。安心しろにゃ」
「なにも嬉しくないけどそれならなんで一人で行動しないんだ?」
「……おみゃーには助けられたというか巻き込んだ恩というか引け目というか複雑な気持ちがあるから見捨てるわけにはいかにゃいにゃ」
「黒猫ぅ。見捨てないでくれてありがとう」
「うわ懐くにゃ! わかったからそのおやつよこせにゃ!」
「こうなったら非常食だろこれ。どこか落ち着いたら食べような」
「ちっ仕方にゃいにゃ。それじゃ行くにゃ」
「おう」
こうして俺たちの異世界の旅は始まった。
2
大騒ぎしたあげく移動しはじめた俺たちだったが、十歩も移動することなくすぐ目の前に洞窟がぽっかり口を開けて誘っていた。
「……」
「……ここ、どうだろう」
「あやしすぎるにゃ。都合よすぎるにゃ。手抜きにゃ」
「まあ、車にひかれて異世界に飛ばされて安全そうな洞窟の前の平和な森に寝かされてるとかだれか知らんがご都合主義でありがとうと言わざるを得ないな」
「安全な洞窟とは限らにゃいにゃ。入ったらパクリの罠かもしれないにゃ。そういうのを見て笑ってるかもしれにゃいのにゃ」
「お前そんなに人を疑ってちゃ疲れるぞ」
「俺様たちを異世界に飛ばしたのが人のわけにゃいし、野良猫をにゃんだと思ってるのか三日くらい飯抜きで正座させて説教したいにゃ」
「俺その状況よりこの洞窟の方が快適な気がする」
「どうしてこんなぼーっとしたのが生き残れるのかわからにゃいにゃ」
「どっちにしてもここを確認しないことには判断できないぞ」
「わかったにゃ。……とりあえずこの周りに変な足跡やにおいはにゃいにゃ」
「え? そんなことわかるの? すごいぞ! 黒猫!」
「にゃんでわからにゃいと思ったのかわからにゃいにゃ。猫にゃぞ」
「罠とかあるかな? 石を投げてみようか」
「おおそれ人間っぽいにゃ。おみゃーただのまぬけなサルじゃにゃかったんにゃにゃ」
「どうして俺を人間じゃないと思ったのか詳しく説明されると傷つきそうだからやっぱり聞かないけど……えいっ…………とりあえず野生動物が飛び出してくるような穴じゃなさそうだな」
「入ってみるにゃ」
「どうぞお先に」
「おみゃーが先にゃ」
「猫はよく勝手に先に行くイメージなんだけど」
「どこの猫がこんな洞窟にのこのこ入るにゃ」
「じゃあこの辺のいい感じの棒を持って……つつきながら行ってみましょうか」
「たまに人間っぽいにゃ。さすが人間の端くれ」
「だれが端くれか。立派な人間だわ。まあ簡単に崩れそうもない岩肌だし、入り口付近は一晩過ごすのには問題なさそうだな」
「雨とか降らにゃければ気温は過ごしやすそうにゃ」
「もうちょっと中も確認しよう」
「地面もゴツゴツしてにゃいし濡れてもいにゃい。ごろごろするのによさそうにゃ」
「お、中はもっと広くなってるな。見た感じ特に危険そうなものはないし、変な虫とかもいないし。快適な気がする」
「しばらく人も動物もいた気配はにゃいにゃ。でもここ天然の洞窟じゃにゃいにゃ。こんなきれいに整えられてるのはおかしいにゃ」
「俺たちが使ってる間にバッティングしなきゃ問題ないさ」
「不法侵入しても見つからにゃければ大丈夫とか人間としてどうかと思うにゃ」
「お前ちょくちょく俺より人間っぽいこと言うのなに? 野良猫ってそんな頭いいの?」
「おみゃーが猫より抜けてるだけにゃ。まともな野良猫が人の住んでる家に勝手に入ったの見たことあるかにゃ?」
「ないけど……まともな野良猫ってどうやって見分けるの?」
「やさぐれた野良猫といっぱしの野良猫の区別もつかにゃいのかにゃ」
「野良猫ってみんなやさぐれてるんじゃないの??」
「人間の家に住み着いてないだけでちゃんと安全で快適な住処を確保して毎日餌を狩ってる自立した野良猫にはプライドがあるにゃ。ダメ猫は野良でもダメにゃ」
「よくわからんけど能力主義怖い」
「おみゃーが猫ならダメ猫にゃ」
「ひどい。人間でよかった」
「ダメ人間でも死ぬことはにゃさそうだもんにゃ」
「おれそんなにダメなほうじゃないと思うんだけどなあ」
「上ばっかり見ててもダメにゃけど、下がいることに安心してたらダメにゃ」
「ぐう……」
「まあとりあえずは一晩ここで過ごすにゃ。ちゃんと休まにゃいと明日から活動できにゃいからにゃ」
「すっごいサバイバルで頼りになる感じ」
「そ、そんにゃことよりにゃ、あれ、あーそうにゃ、おやつにゃ! おやつにするにゃ」
「照れてんのか? まあ仕方ない。食べ物はこれしかないからな」
「明日のことは明日考えるにゃ。どうせ夕飯一食分しかにゃいのにゃ」
「まあな。お前これ好きだよな」
「好きにゃ! おみゃーが来にゃいときは悲しいにゃ」
「ああごめん。残業が長引いて行けないときはいつもどうしてるかなーと思ってたんだけど。今日からはずっといっしょだからな」
「いや、おみゃーはずっといっしょでももうこのおやつは手に入らにゃいにゃ」
「俺よりおやつに会いたかったのかよ」
「当たり前にゃ。自分を何様だと思ってるにゃ」
「餌係の人間だよな」
「でも今日からは違うにゃ。ただの人間にゃ」
「まさかの格下げ」
「でもずっといっしょにゃ」
「まさかのツンデレ」
「なにもデレてにゃいにゃ。事実にゃ」
「なでなでしていい?」
「うるさいにゃ。食べ終わってからにするにゃ」
「わかった」
夜は更けていくのであった。
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