愛心

佳乃

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運命の人

光流 5

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「〈運命〉って、〈運命の番〉って事ですか?」

 確認のために聞いてみる。
 僕が〈運命の番〉だと感じていないのに、結斗さんは〈運命の番〉だと認識することがあるのだろうか。
 もしそうならば…認識できない僕は欠陥品なのかもしれない。
 本当に大切なものはこうしてまた僕の手のひらからこぼれ落ちていってしまうのかもしれない。
 そう思うとこの手が離れていくことに抗いたくて絡めた指に力を込めてしまう。

「〈運命の番〉とは違うかな?
 だって、衝動的に惹かれ合うんでしょ、〈運命の番〉って。それは無いから大丈夫。
 光流君も、〈運命の番〉の時とは違うの、分かってるでしょ?

 光流君は、俺に発情してない」

 そう、決定的な違いといえばそれなのだ。
 あの時のように強制的な欲望ではなくて、もっと穏やかな想い。
 身体の奥から湧き上がる抑えようのない欲望ではなくて、もっと穏やかに湧き出るような柔らかな気持ち。
 交わりたいと思うのではなく、寄り添って触れ合っていたいと思う穏やかで温かな感情。

「確かに、あの時は相手がいなくても残り香だけで…」

 その時のことを思い出すと身体の奥がザワザワと波立つような気がするけれど、それを押さえつけて気付かないふりをする。嫌悪感しか抱くことのできないこの想いは僕には必要のないものだから。

「〈運命の番〉と出会った時とは違うでしょ?」

 確認するようにもう一度繰り返される言葉に「あの時は気持ち悪かった」と素直に告げる。
 〈運命の番〉を追い求める人たちは、〈運命の番〉を受け入れた人たちはあの〈気持ち悪さ〉を感じなかったのだろうか。〈運命の番〉に出会った時に〈大切な人〉はいなかったのだろうか。
 〈運命の番〉に出逢われてしまった人たちは、どうやってそれを受け入れたのだろうか…。

「俺も、光流君のことは大切に思うし側にいたいと思う。だけどそれは〈離れられない〉わけじゃなくて〈離れたくない〉と言うか…物理的にも近くにいられたら良いとは思うけど、そうじゃなくて寄り添いたいって言った方が良いのかな?

 初めて会った時に光流君の事が気になって、あの後すぐに友人たちに光流君のことを聞いたんだ。少しでもどんな人なのか知りたくて、それ時に〈訳あり〉だって教えられた。

 今までαとかΩの集まる場所に行く事もなかったから全然情報が無くて友人に呆れられたくらいで、光流君についても噂レベルのことすら知らなかった。
 それで噂レベルのことを聞いて、1番最初に思ったのがフィールドワークが早く終わればいいのにだった」

 その言葉に勇気づけられている自分に気づき、その言葉が嬉しいと思える自分に気付く。
 僕に気付き、僕を知りたいと思い、僕に歩み寄り、僕に寄り添おうとしてくれる気持ちが嬉しくないわけがない。

「いつもなら楽しいはずの道のりが、もしかしたら連絡が来るかもと思うと落ち着かない。いつもなら行く先々の名物を楽しむ余裕だってあるのに気付いたらファミレスも見つからないし、コンビニしか開いてないし。
 車を停めた時に入ってたメッセージに気づいた時には嬉しくて…。
 あんなのは初めてだった」

 話を聞いているうちに湧き上がる温かい気持ち。
 静流君と3人で話していた時にも気付いたお腹の底が、その奥が温められるような心地良さ。
 これはきっと、外からの日差しのせいだけではないはずだ。

「メッセージでのやり取りが楽しくて、毎日のメッセージが嬉しくて。
 会った時から特別だと思ってしまったけど、メッセージを交わしていくうちにその想いは、想いから願いになった。
 側にいられますように、選んでもらえますように。
 
 だから、同じような気持ちでいてくれると知った時には嬉しかった。

 嫌な言い方かもしれないけれど、メッセージを交わすうちに、言葉を交わすうちに、1度しか会った事ないのに〈俺のΩ〉だって思ったんだ。
 なんて言えばいいのかな…〈番〉とかじゃなくて、〈半身〉って言うのかな?
 自分の欠けていたものが満たされた気がした。
〈運命の番〉じゃなくて、〈運命の人〉なんだと思った。

 光流君に彼が居たように、俺にも一緒に過ごしたいと思う相手がいた時もあったよ」

 重なり合う気持ちと、同じように感じていた気持ち。
 結斗さんとメッセージを交わしていた時に〈僕のα〉だと感じたあの気持ちは、きっと気のせいじゃない。
 〈番〉じゃなくて〈半身〉。
 〈運命の番〉じゃなくて〈運命の人〉。
 結斗さんの言葉が、僕に馴染んでいく。

 そして告げられる結斗さんの過去の人達のこと。

 知りたくないなんて思わなかった。
 僕が護君を大切に思っていたように、結斗さんにだってそう思う人がいても不思議じゃない。そんな人はいなかったと言われてしまったらそれはそれで嘘くさいし、信頼されていないと思ってしまう。
 知らなければ知らないままでいいだなんて思わない。知っていればきっと、何かあった時に立ち向かうことができる。
 この人といたい、そう思うのならば情報は少しでも多い方がいい。
 後で知って後悔するくらいなら聞きたくない話でも聞かなくていい話でも全てを情報として取り入れ、それを利用するくらいの強かさを持つ事も必要だと学んだから。

 静流君のように知らない顔をして、知られないように動くことはできないけれど、僕は僕なりのやり方で結斗さんの隣に立つと決めたのだから。

 だから、結斗さんの言葉をひとつも聞き逃さないように、その言葉のひとつひとつを覚えるために耳を澄ます。
 その言葉に傷つくかもしれない、その言葉に戸惑うかもしれない。そう思うと不安になるけれど、それでも乗り越えなくてはならない事なのだからと耳を傾ける。

「でもね、結局フィールドワークを優先してしまうんだ。
 人は待っててくれるけど、季節は、染料は待っててくれない。季節によって出せる色も、手に入る染料も違うんだからできるだけ自由にさせて欲しいって思ってしまうんだ。
 こっちにいる時は時間を作るようにするし、フィールドワークの間も連絡はかかさなかったよ。
 でも最後は寄り添ってくれないわけじゃないけど、自分よりも染色の方が大切なんだろうって言われて駄目になる。
 それの繰り返し。

 電話をしたり、メッセージを送ったり、なるべく寄り添うように気を付けていても物理的な距離が辛いって言われちゃうと自分のやりたいことを我慢するしかなくて…結局は心が離れてパートナーは解消」

「その話、少しだけ賢志から聞きました」

 結斗さんの今までを聞き、これから自分に起こりうる事なのだろうと漠然と想像して、賢志から聞いてその覚悟はできていると肯定のつもりでそう呟く。
 自分のやりたいことをしている結斗さんを好きになったのだから、その意思を尊重しようと思う気持ちは本心。
 だけど、長い時間離れ離れになることを考えると淋しくなるのは本能。
 離れている間に何が起こったとしたら…それはきっと〈運命〉。
 そう自分に言い聞かせ、納得させる。

「確かに話たけど、なるべく寄り添うとしか言ってないから思ったのと違ったんじゃない?」

 そう言って困ったように笑うと僕の不安をかき消すかのように言葉を続ける。

「今までね、自分は自分、パートナーはパートナー。
 自分が好きなことをやるように、パートナーにも自分の時間を大切にして欲しいと思ってた。
 αやβのパートナーはもちろん、Ωがパートナーだった時だってその考えは変わらなかったんだ。
 
 でもね、今までのパートナーには申し訳ないけれど、きっとそれだけの存在だったんだ。一緒にいるのは嫌じゃないけれど、ずっと一緒にいたいと思うほどではない相手。
 その時々でちゃんと〈好き〉だとは思ってたはずなんだけど、今考えると〈好き〉だったかどうかも定かじゃないかも」

 αともβとも、もちろんΩとも付き合ったことがあると告げられて最低でも3人の人と付き合ったことがあるのだと単純計算をする。
 僕が護君を〈好き〉だと思っていたように、結斗さんにも〈好き〉だと思う人がいたのだと改めて実感する。

 1人の人を長く想っていた僕と、複数の人と想いを寄せた結斗さん。その想いの大きさを測ることはできないけれど、その想いを少しでも取り戻したいと思ってしまう。

「初めてだったんだ。
 早くフィールドワークが終わればいいと思ったのも、次のフィールドワークの事を考えられなくなったのも。
 いつもなら誘われればすぐに予定を入れたのに、それができなかった。

 側にいたい、側にいて欲しい、そう思ったし、もしも興味があるなら一緒に、なんて思ったりもした。

 こんな風に思うのに〈運命の番〉じゃないのは本能で惹かれるわけじゃなくて、人として光流君に惹かれたから。
 
 正直、学食で初めて見た時に随分過保護だと思ったんだ。従兄弟の彼はともかく、αの彼女なんて常に俺の様子伺ってたし。
 
 だけど目が離せなかった。
 声が聞きたかった。
 だから興味を持ってもらえそうな話をしてみたし、連絡先も渡した。
 連絡が来るかどうかは正直賭けだったから連絡が来た時は自分でも呆れるくらい浮かれた。

 番になりたい、頸を噛みたい。
 そんな風に突き動かされる衝動は無いけど、それでも一緒にいたいと思った。

 あ、衝動的に番になりたいとか、頸を噛みたいって思わないだけで、いずれ番にはなるし、もちろん頸も噛むよ?」

 好きだと言葉で伝えたわけでもないのに、気持ちは通い合っていても具体的な話なんてしていないのに、それなのに赤裸々な欲望を告げられて顔が熱くなる。

 番になりたいと、頸を噛んでもらいたいと、強く願う気持ちがお腹の奥を刺激する。これはきっと、悪くない傾向だ。

「ラスボスにちゃんと認めてもらってからだけどね」

「ラスボス?」

 そんな思いとは裏腹に、思わずと言った感じで結斗さんのこぼした言葉に鸚鵡返ししてしまう。

「静流さん、ラスボスって感じでしょ?」

 苦笑いと共に告げられた言葉を頭の中で想像して吹き出しそうになる。

「ゴテゴテした服、着てそうですね」

 ゴテゴテと飾り立てることを嫌う静流君だけど、煌びやかで重そうな服を着て、荘厳なアクセサリーを纏った姿はきっと様になるだろう。

「クシュン」

 呑気にそんなことを想像しているとくしゃみが出てしまった。
 身体の奥はポカポカしているけれど、気付けば日が傾き車内の温度が下がっていたようだ。

「ごめん、寒かったよね」

 焦った様子の結斗さんが後部座席から毛布を取り上げ僕に渡してくれる。心配させてはいけないと素直に受け取り膝にかけた時に気付いた香りに「結斗さんのフェロモン?」と思わず呟いてしまうけれど、その声を拾った結斗さんに「ん?」
と聞き返されてしまい「なんでもないです。ありがとうございます」と咄嗟に返事をする。
 薬を飲んでいるはずなのに気付いてしまう結斗さんの香りは、きっと僕が求めているから。
 それを自覚してしまうと恥ずかしくてどうしていいのかわからなくなる。
 僕はこんなにも欲望に忠実だっただろうか?

「大丈夫?
 熱とか、出てないよね?」

 心配して額に触れた手にも反応しそうになって「熱とか、出てないから大丈夫です」と急いで告げる。
 もしもの時は胸のポケットの薬を飲んだ方がいいのかもしれない。

「それでも、そろそろ帰ろうか。
 あまり遅くなるとラスボスに叱られそうだし。

 フィールドワークは打ち止めにして、真剣に就活の事も考えるよ。
 早く認めてもらえるように」

 僕のためにやりたいことを諦めてほしくないけれど、僕の気持ちを優先してくれようとする姿勢が嬉しい。

「僕も結斗さんと一緒にいるためにできる事、考えます。
 あまり頼りないとラスボスが心配するので」

 縛り付けるためにではなくて、思い知らせるためではなくて、2人で歩んでいくための方法を考えたいと思った。
 結斗さんとの未来のため、たくさん心配をかけてしまった静流君を安心させるため。

「あ、近いうちに楓さんに紹介させてもらっていいですか?
 凄く心配してくれてたので、会って欲しいです」

 胡桃からも楓さんにも伝えてほしいと言われていたことを思い出して改めてお願いしてみる。αを番に持つ楓さんの話はきっと参考になるだろう。

「もちろん。
 あ、あと静流さんが言ってたみたいにできれば主治医の先生とも話をさせて欲しい」

 僕との関係を真剣に考えてくれていることが伝わる言葉が嬉しくて「ありがとうございます」と答えると自然と笑顔になってしまう。

「学校始まるまでは大きな予定入れてないから、いつでも声かけて。
 家も片付けておくし」

 言いながら車を発進させる。

 この後、待ち構えていた父と母に驚かされるのはまた別の話。
 母がどうしてもストールが欲しいと言い出し、その場で次に会う約束をするのもまた別の話。

 家族が結斗さんを逃さないように外堀を埋めているようでハラハラするけれど、それに笑顔で応える結斗さんに釣られて僕も笑顔になってしまう。
 その笑顔を見て父と母が安心していたと伝えてくれた静流君こそ安心した顔をしていたのはきっと気のせいじゃない。

 こうして僕たちの関係は、少しずつ少しずつ積み上げられていくようだ。
 
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