愛心

佳乃

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運命の人

結斗 1

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 光流とソフトクリームを楽しんだあの日、直接顔を合わせるのは2回目だというのに慣れ親しんだ相手のように感じたのは俺だけではなかったようだ。

「結斗さんといると安心します」

 道の駅でソフトクリームを食べ、冷やかしで特産品や土産物を見た光流はやけにはしゃいでいた。
 土産物はともかく、〈市販品〉として売られているのもではない〈直送品〉と言うのだろうか、生産者の名前の貼られた農産物を見て面白いと笑う。

「これって、名前見て同じ人の選ぶんですか?」

「そうだね。観光客はそんなことはないけど、普段からこういうところで買い物する人はそういう人もいるみたいだよ」

 それを教えてくれたのはフィールドワークに行った先で出会った農家さんだった。
〈指名買い〉されやすいように袋の口を縛るテープを工夫したり、レシピのメモを入れたり、そんな地味な努力が大きいと袋詰めの手伝いをした時に教えられた。あれは確か、山に入る許可をもらいに行った時だ。

「じゃあ、少ししか残ってないのが美味しい野菜ですか?」

「どうなんだろうね。
 マーケティングが上手い人が有利なのはここも同じだよ、きっと」

 そんなことを話せば自分の学んだことを思い浮かべているのか、興味深そうに置かれた野菜を見比べる。ポップの付いた陳列棚、レシピメモが入れてある袋とレシピが横に置かれた袋。口を止めるテープの意味が記された棚と、何も説明なく同じ色のテープで止められた袋。

「なんか、そう考えるとこの棚の中でもいろんな戦略があるんですね」

 そんな風に目を輝かせる。

 光流の将来について聞くにはまだまだ付き合いが浅いけれど、それでも気になってしまう彼の将来。
 本来なら待っていたはずの元婚約者との未来。
 今、光流が思い描く未来が気になってしまう。

「光流君は就活とか、考えてるの?」

 遠回しに聞いて変に誤解されたくなくて思ったままに聞いてみる。自分もそうだけど、就活を始めないといけない時期。すでに出遅れてる感はあるけれど、まだ間に合うはずだ。

「それが、まだ具体的には」

 そう言ってさっきから気にしていた野菜をひとつ手に取る。「お土産に買っていきたいけど、いいですか?」と言うためカゴを持つと自分で持とうとするため、その手を制して荷物持ちを買って出る。野菜は案外重いのだ。

「ありがとうございます」と嬉しそうに野菜をカゴに入れた光流は他の野菜を物色しながら話を続ける。

「大学で学んだ事を活かすのか、やりたい事を探すのか。そんな事で悩む時期じゃないのに悩みます」

 少し顔を顰める姿が可愛い。
 考え込むと眉間に皺がよるのは癖なのかもしれない。

「つむ…結斗さんは就活とかって?」

 名前を呼ぶのに慣れてないのも可愛い。今まで名前を呼ばれただけで嬉しいと思ったことなんて無かったのに、と自分のあり得ない感情に戸惑うけれど悪くない気分だ。なんてデレデレしたいところだけど、就活という言葉に気分が重くなる。しないとはいけないと分かってはいても無視していた問題。
 何とか卒業まで漕ぎ着けて、時間の許す限り染色に携わっていたいという気持ちは捨て切れないけれど、光流の隣に立ちたいと願った時にそれが許されるかどうかなんて考えなくてもわかる事だ。
 光流の元婚約者だって〈光流の隣に立つために〉努力しようとした気持ちは嘘じゃ無かったはず。
 ただ、途中で間違えてしまっただけ。

「正直さ、就活とか他人事だったんだよね。何とか卒業して、満足いくまで染色に携わって。
 だからって国家資格を取って、とかは考えてないし、自分の工房を持つとかも違うし。
 好きだからってそれが仕事になるわけじゃないんだよね…」

 言いながら苦笑いしか出ない自分が情けない。別にダラダラと好きな事をして生きていこうと思っていたわけではないけれど、自分1人ならば正直何とか生きていけると思っていた。
 自分の染める布の評判はそれなりに耳に入るし、店に置いてみないかなんて声をかけてもらうこともある。
 自分1人で生きていくのならそれでも良かったけれど、ほんの短い時間でその考えを改めようと思ってしまう人に出会ってしまったのだ。
 もう少し早く出会っていれば身の振り方を考える時間がもっとあったのに、と思ってしまうのも本音だ。

 正直なところ、学年で言えば同級生なのに早くから将来を見据えていた静流と対面して自分の甘さ、自分との違いに焦りを感じないわけじゃない。

 いくつかの野菜や果物を選び「これで大丈夫です」と満足そうに足をレジに向かいながらも話は続く。

「美術系の大学だと就職先って、どんなとこにが多いんですか?」

 単純に疑問に思ったのだろう。

「色々だよ。
 広告代理店、デザイン事務所、インテリア関係やアパレル。美術の先生や美術館の学芸員とか」

 自分の友人やその周りの人達の就職先をいくつか挙げてみるけれど、言いながらもピンとくるものはない。ちゃんと考えていなかったせいか、職種を並べる事はできてもその内容はいまいち分かっていない。

「アパレル…」

 光流がポツリと言った言葉が気になったけれど、ちょうどレジの順番が来てしまい光流がスマホを取り出す。こんな場所でも電子マネーが使えるのはとても便利だと思うけれど、電子マネーと光流が何だか不似合いだ。

「スマホ決済とか、するんだ?」

 思わず呟くと「学校でも使うので」と苦笑いをされる。…言われてみればそうなのだけど、常に誰かに何かをしてもらっているイメージが強くてピンと来なかったと伝えてみると「確かに、そう思われても仕方ないかも」と笑い、最近やっと〈通販〉での買い物を覚えたと笑う。
 やっぱりイメージ通りだ。

 通販で何を買ったのかとか気になる事はたくさんあるものの、車に戻りながらも就活に話を戻す。
 これから先のことを考えれば、お互いの進路も大切になってくるだろう。
 まだ〈付き合う〉とも〈付き合わない〉とも話していないし、この先の保証なんて何もないけれど、漠然と〈もう離さない〉と〈もう離れる事はない〉と考える気持ちは嘘じゃない。
 急ぐ気もないし、焦る気持ちもないけれど、いつかは番となって共に人生を歩むのは俺に取っては決定事項だ。

「光流君はやりたい仕事とか、考えた事は?」

 荷物を受け取り、空いた手でさりげなく光流の手を掴む。一度してしまえばハードルは下がるもので、手が触れた瞬間は驚いたように手を引こうとしたものの、その後、おずおずと俺の手を掴み返す。早くこれが自然になればいいのに。
 そんな風に考えていると「やりたい仕事…」と少し考えてから光流が口を開く。

「自分でファブリックをプロデュースしたらって言われた事はあります。
 でも興味はあっても具体的に何をしたらいいのか」

 そんな風に話してくれた〈静流〉ではない兄のような存在。

「前に茜色のストール、譲ってもらったじゃないですか?」

 その言葉に頷くことで返事を返す。そもそも今日の目的は、茜で淡く染めたストールとトートバッグを渡すことだったのを思い出す。そして、2人で過ごすことに緊張してまだ渡してない事に気付いた。光流もそのことに気付いたのか「あっ」と小さな声を漏らす。「後で渡すよ」と告げてみれば嬉しそうに笑うのは忘れていなかったことに対する安堵なのか、言葉に出さずに伝わったことに対する嬉しさなのか。

「それで、その茜色のストールを渡したいのが楓さんって、友人の兄なんです。
 アパレル系の会社にお勤めで、ファブリックなんかも扱ってて。
 僕が欲しいものを伝えると探してきてくれるんです」

 兄と言われてそれだけでヤキモチを妬きたくなるけれど、それに気付いたのか「あ、楓さんはΩですよ」と急いで付け加える。

「同じ男性Ωだからなのか何かと気にかけてくれて、色々とアドバイスくれたりして。
 楓さん、自分が自由に仕事してるからこんな生き方もあるんだよって、お手本を見せてくれるんです」

 そんな風に嬉しそうに教えてくれるけれど…俺が認めてもらわないといけない相手は静流だけではなさそうだ。

 






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