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楓の気持ち
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その日、胡桃から来たメッセージを見て笑みが溢れたのはあの子の笑顔を思い浮かべたから。いつも淋しそうな、何かに耐えるような笑顔を浮かべていたあの子の心からの笑顔はどれほど可愛いのだろう?
〈光流、頑張ってるみたいだね〉
あの子の兄である静流に向けてメッセージを送る。ブラコンな彼は今の状況にさぞかしヤキモキしている事だろう。
あの子、光流を初めて見たのはもう随分前のことだ。
可愛いけれど負けん気の強そうな少年は、自分がΩである事を自覚しながらもαの兄を見習って行動している様が見ていて微笑ましいものだった。あれはまだ2人が小学生の頃だろう。
妹の胡桃は女性Ωだったせいもあり、なるべく家から出さないように育ててきたため兄弟で様々な集まりに顔を出す2人が羨ましいと思ったのも事実だ。
その日はたまたま同じ集まりに顔を出していたものの、少し年齢の離れた自分は彼等と接点を持つ事はないまま年を重ね、次に光流を見かけたのは婚約者と連れ立って集まりに顔を出すようになった時だった。
知り合いから婚約した事を祝われる度にはにかむその姿は可愛らしく、だけど以前のような負けん気の強さは身を潜め、成長したのだと思いながらも少しだけ残念に思ったのが本音。
自分のようにΩであっても自由に過ごすタイプに成長する事を勝手に期待していたのは妹の胡桃を見ていたからで、女性Ωで早い段階で婚約者であるαに見染められた妹は〈自由〉に行動する事を知らない。だからこそ、光流が自由に過ごす姿を無意識に期待していたのかもしれない。
妹の胡桃は流石に学校に通う事を制限される事はないものの、基本的にパートナー同伴以外の外出は許されない。
同じΩであっても男性Ωであるだけでなく、意中の相手とかなり早い段階で番になった自分はそんな妹の境遇に疑問を持っているものの、男性αと女性Ωである両親からはフラフラしている自分の方がおかしいと言われてしまうためどうする事も出来ない。だから兄と共にではあるものの、自由に振る舞う光流の成長には密かに期待していたのだ。
だからと言って可愛らしい2人を否定する気は無い。まだ婚約者であるパートナーと寄り添い、慣れないながらも丁寧に挨拶を交わす2人はとても微笑ましいし、婚約者であるαが兄に比べ頼りないせいで時折兄がフォローに入るのもご愛嬌。
光流の家と比べ家格の劣るαを妬む声はあったものの、婚約者以外に目を向けず婚約者だけに特別な笑顔を見せる光流の姿に異論を唱える者も少しずつ減っていく。ただ、何かあれば婚約者の後釜を狙おうとする輩は少なくない。
それでもあの兄が付いていれば大丈夫だろうと傍観していた俺が異変に気付いたのは〈匂い〉のせいだった。
光流の姿は度々見ていたものの隣には必ず婚約者がいたし、婚約者がいない時には兄である静流がいたため接点のない俺が声をかける事は無かった。
正直、婚約者に対してはその父親の評判もあり敢えて関わろうとは思わない。静流に関しては色々と興味を持ってはいたものの、パートナーがヤキモチを妬くため敢えて波風を立てる必要もないと思い〈機会があれば〉としか思っていなかった。
だけど婚約者が大学生になった頃から光流のパートナーを静流が務めることが多くなり、たまに婚約者を目にしても隣に立つ光流は以前のような笑顔を見せることがない。幼い頃から一緒に過ごしていた2人だ、そんな時期もあるのだろうと思いながらも見かける度に気にしていた時に気付いた〈匂い〉。
柑橘類の香りといえば爽やかな印象が強いはずなのに、自己主張の強すぎる粘り着くようなその香りに思わず顔を顰めてしまう。〈これは私のもの〉と主張するかのようなその〈匂い〉はどうやら光流の婚約者から匂ってくるようで、俺以外にも顔を顰めるΩを数人見かけた。
だけど、自分の隣に立つパートナーは〈悪臭〉とも思えるはずの匂いを気にすることがないため不審に思い、ちょうど見かけたΩの女性に声を掛ける。彼女も番持ちであるのに反応しているという事は、と思っての行動だ。
「気付いた?」
そう言って笑う女性Ωは傷ましそうな視線を光流に送った後で、鋭い視線を婚約者に向ける。
「あれって…」
「そうよね。
番持ちの私たちが気付くんだから」
「やっぱり」
知らず知らずのうちにため息を吐いてしまう。番持ちのΩでも気付くその匂いは特定のΩが発する挑発の印。ただし、その香りをαに付ける方法は一般的に見て〈はしたない〉ため行使するようなΩは居ないに等しい。だからこそ都市伝説と言われているのだ。
「あの子、これから大変よ」
言いながら2人の周囲に視線を向ける。
この場にいるのはある程度の家格の者ばかりであるため〈匂い〉に気付いたところですぐに動きはしないだろう。だけど噂なんてすぐに広まるものだ。
番持ちのΩでも気付く〈匂い〉と、その匂いを纏う婚約者のいるはずのα。そして、家格が合わないもののその婚約者を慕うΩ。
婚約者のものではない匂いを纏うαはその家格から蔑まれるようになるのもすぐだろう。そして、婚約者という存在に守られていた可愛らしいΩはその存在故にαが群がることになるだろう。
なんとか守ることが出来ないか、そんな風に思ってしまったのは同じ男性Ωだから。
そして、妹と同じ歳のΩである彼がこれから晒されるであろう様々な感情から少しでも遠ざけることができればと考えたから。
まずは交友関係を広げるべきだと思った俺は、妹に声をかけることから始めたのだった。
〈光流、頑張ってるみたいだね〉
あの子の兄である静流に向けてメッセージを送る。ブラコンな彼は今の状況にさぞかしヤキモキしている事だろう。
あの子、光流を初めて見たのはもう随分前のことだ。
可愛いけれど負けん気の強そうな少年は、自分がΩである事を自覚しながらもαの兄を見習って行動している様が見ていて微笑ましいものだった。あれはまだ2人が小学生の頃だろう。
妹の胡桃は女性Ωだったせいもあり、なるべく家から出さないように育ててきたため兄弟で様々な集まりに顔を出す2人が羨ましいと思ったのも事実だ。
その日はたまたま同じ集まりに顔を出していたものの、少し年齢の離れた自分は彼等と接点を持つ事はないまま年を重ね、次に光流を見かけたのは婚約者と連れ立って集まりに顔を出すようになった時だった。
知り合いから婚約した事を祝われる度にはにかむその姿は可愛らしく、だけど以前のような負けん気の強さは身を潜め、成長したのだと思いながらも少しだけ残念に思ったのが本音。
自分のようにΩであっても自由に過ごすタイプに成長する事を勝手に期待していたのは妹の胡桃を見ていたからで、女性Ωで早い段階で婚約者であるαに見染められた妹は〈自由〉に行動する事を知らない。だからこそ、光流が自由に過ごす姿を無意識に期待していたのかもしれない。
妹の胡桃は流石に学校に通う事を制限される事はないものの、基本的にパートナー同伴以外の外出は許されない。
同じΩであっても男性Ωであるだけでなく、意中の相手とかなり早い段階で番になった自分はそんな妹の境遇に疑問を持っているものの、男性αと女性Ωである両親からはフラフラしている自分の方がおかしいと言われてしまうためどうする事も出来ない。だから兄と共にではあるものの、自由に振る舞う光流の成長には密かに期待していたのだ。
だからと言って可愛らしい2人を否定する気は無い。まだ婚約者であるパートナーと寄り添い、慣れないながらも丁寧に挨拶を交わす2人はとても微笑ましいし、婚約者であるαが兄に比べ頼りないせいで時折兄がフォローに入るのもご愛嬌。
光流の家と比べ家格の劣るαを妬む声はあったものの、婚約者以外に目を向けず婚約者だけに特別な笑顔を見せる光流の姿に異論を唱える者も少しずつ減っていく。ただ、何かあれば婚約者の後釜を狙おうとする輩は少なくない。
それでもあの兄が付いていれば大丈夫だろうと傍観していた俺が異変に気付いたのは〈匂い〉のせいだった。
光流の姿は度々見ていたものの隣には必ず婚約者がいたし、婚約者がいない時には兄である静流がいたため接点のない俺が声をかける事は無かった。
正直、婚約者に対してはその父親の評判もあり敢えて関わろうとは思わない。静流に関しては色々と興味を持ってはいたものの、パートナーがヤキモチを妬くため敢えて波風を立てる必要もないと思い〈機会があれば〉としか思っていなかった。
だけど婚約者が大学生になった頃から光流のパートナーを静流が務めることが多くなり、たまに婚約者を目にしても隣に立つ光流は以前のような笑顔を見せることがない。幼い頃から一緒に過ごしていた2人だ、そんな時期もあるのだろうと思いながらも見かける度に気にしていた時に気付いた〈匂い〉。
柑橘類の香りといえば爽やかな印象が強いはずなのに、自己主張の強すぎる粘り着くようなその香りに思わず顔を顰めてしまう。〈これは私のもの〉と主張するかのようなその〈匂い〉はどうやら光流の婚約者から匂ってくるようで、俺以外にも顔を顰めるΩを数人見かけた。
だけど、自分の隣に立つパートナーは〈悪臭〉とも思えるはずの匂いを気にすることがないため不審に思い、ちょうど見かけたΩの女性に声を掛ける。彼女も番持ちであるのに反応しているという事は、と思っての行動だ。
「気付いた?」
そう言って笑う女性Ωは傷ましそうな視線を光流に送った後で、鋭い視線を婚約者に向ける。
「あれって…」
「そうよね。
番持ちの私たちが気付くんだから」
「やっぱり」
知らず知らずのうちにため息を吐いてしまう。番持ちのΩでも気付くその匂いは特定のΩが発する挑発の印。ただし、その香りをαに付ける方法は一般的に見て〈はしたない〉ため行使するようなΩは居ないに等しい。だからこそ都市伝説と言われているのだ。
「あの子、これから大変よ」
言いながら2人の周囲に視線を向ける。
この場にいるのはある程度の家格の者ばかりであるため〈匂い〉に気付いたところですぐに動きはしないだろう。だけど噂なんてすぐに広まるものだ。
番持ちのΩでも気付く〈匂い〉と、その匂いを纏う婚約者のいるはずのα。そして、家格が合わないもののその婚約者を慕うΩ。
婚約者のものではない匂いを纏うαはその家格から蔑まれるようになるのもすぐだろう。そして、婚約者という存在に守られていた可愛らしいΩはその存在故にαが群がることになるだろう。
なんとか守ることが出来ないか、そんな風に思ってしまったのは同じ男性Ωだから。
そして、妹と同じ歳のΩである彼がこれから晒されるであろう様々な感情から少しでも遠ざけることができればと考えたから。
まずは交友関係を広げるべきだと思った俺は、妹に声をかけることから始めたのだった。
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