初恋の行方

佳乃

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case 2 貴之

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「律希、好き」

 毎日の挨拶になった〈好き〉を伝える言葉。会えない分、気持ちを伝えるのは悪いことじゃないし、俺の好きがどれだけ大きいのかを伝えるための手段はこれくらいしか思いつかなかった。
 
 朝は〈おはよう〉のメッセージから始まり学校にいる間も折に触れて入るメッセージを送る。
 送る内容が思いつかない時は〈見守ってるから〉という意味を込めてスタンプを送り、既読が付かないメッセージに拗ねていると伝えるためにスタンプを送る。既読が付かなければ付くまで送ったのは淋しかったから。

 寝る前には声を聞きたいと電話を繋ぎ、一言二言交わし、「律希、好き」「律希、会いたい」「律希、おやすみ」と毎日繰り返す。
『ボクも好き』『ボクも会いたい』『貴之、おやすみ』律希からもそんな風に返ってくるけれど、正直言葉だけじゃ足りない。

 会いたい。
 会いたい。
 会いたい。

 毎日会える健琥に嫉妬してしまう。

 その日、塾の後で会いにきてくれた律希は明らかに疲れた顔をしていた。部屋に通し、「今日も誰もいないから」と伝えるとホッとした顔を見せてジャケットを脱ぐ。たまに父や母がいると緊張してしまうようで、いないと告げるとふにゃりと緩む表情が可愛い。俺たちの関係がただの幼馴染ではないとバレるのが怖いのだろう、きっと。
 いつものようにベッドを背もたれにして過ごす時間は1週間のご褒美で。今週あったことを話しながら時折唇を重ね、また話してはまた唇を重ねる。
 2人だけの時間に少しずつ慣れた律希は無防備だ。話しているうちに眠くなってしまったようでだんだんと返事が遅くなり、言葉が不明瞭になり、俺の方にもたれ掛かるとそのまま眠ってしまった。
 耳元で聞こえる寝息。
 首に当たる律希の柔らかい髪と、甘い律希の匂い。
「律希?」
 名前を呼んでも返事がなくて困ってしまう。眠ってしまった律希を起こすのも可哀想で「律希、寝るならベッド使いな」と声をかけるとモゾモゾとベッドによじ登り本当に眠ってしまったのには驚かされた。
「マジか…」
 あまりにも無防備な姿に心配になるけれど、学校が始まり受験勉強が本格化する中で無理をして時間を作ってくれているのだから疲れていて当然だ。
「無理するなよ」
 ベッドの横に座り、その寝顔を見つめながら頭を撫でてみる。俺の手がわかるのか少し笑った気がしたのは自惚なのだろうか。しばらく様子を見て起こそうかとも思ったけれど、なかなか起きる気配がないためとりあえず律希の家に電話をかける。
 スマホを持たせてもらえなかった頃は家の電話で連絡を取っていた名残で何故かスマホにも律希の家の電話番号が登録してあるのだ。もちろん、健琥の家の電話番号も登録してある。
 何度かの呼び出し音の後に律希の母が出たため名前を名乗ると「あら、久しぶり。元気?足はもう大丈夫?」と言われ、それに答えてやっと用件を告げる事ができるようになる。
「律希、寝ちゃったので帰るの遅くなります。このまま起きなければ泊めるので」
 そう告げると「あら、やだ。律希ってば」と呆れたように笑うけれど、「ごめんね、起きたら叩き出してやって」と容赦ない言葉を受け取り電話を切る。
 これが異性の幼馴染ならば許されないけれど、同性ならば何の問題もない。
 たとえ俺たちがどんな関係であっても。

 とりあえずこれで外泊したところで怒られる事はないと安心したものの、そうなると律希の制服が気になってしまう。ジャケットは脱いでいるけれど、スラックスも脱がせた方が良いだろう。このまま寝入ってしまったらシワが凄そうだ。
「制服、シワになるから脱いだほうがいいよ」
 言いながらベルトを外し、スラックスを脱がす。眠っていても少しの力を込めて引っ張れば簡単に脱げてしまう。露わになった足が眩しくて、急いで布団をかける。白い足は目に毒だ。
 だけど、一度見てし待ったせいで目に焼きついた白い足は消す事ができない。
 もっと見たい、触りたい、足だけじゃなくて他の場所も余すとこなく、律希の全てを知りたい。
 そんな風に考えてしまうと欲望を止める事ができなかった。シワになってはいけないから、そう言い訳をしてワイシャツのボタンを外していく。眠っている律希は大人しくて、少し身体を持ち上げてシャツの袖を抜いても何の抵抗もしない。

「俺の前でこんなに無防備になる律希が悪いんだからな」
 言い訳のように呟いて、眠る律希にキスの雨を降らせる。
 その額に、その瞼に、その頬に、その唇に。何度も何度も繰り返すキスがくすぐったかったのか、律希が何か言いたげに薄く口を開けばその隙間に舌を差し入れ、その舌を味わう。
 何度も口付けを交わしたせいか、無意識に舌を絡めてくる律希が可愛い。
 気が付けば律希を組み伏せるかのようにその身体に跨り、再びキスの雨を降らせる。半分覚醒しているのか「律希、律希、」と名前を呼べば薄っすらと目を開ける。
 律希と目があった時にその瞳の中にあったのは、きっと欲望。
「律希のこと、触らせて」
 その言葉に返事は無かった。無かったけれど、拒絶の意思も無いように見えた。
 少しでも身動ぎをしたら止めるつもりでその瞼に唇を落とす。目を瞑った律希が可愛くてその頭を撫でる。
 受け入れられた、そう思ったのは間違いじゃ無い。
 髪を撫でた手を移動させ、耳に触れ、首筋に触れ、鎖骨をなぞる。
 何度も唇を重ねながら徐々に指先を下にずらしていく。シャツの上から鎖骨をなぞり、そして到達する律希の胸の飾り。
「たかゆき?」
 戸惑った声が情欲をそそる。
 少しだけ身を捩った律希に引くことも考えたけれど、自分の下半身事情を考えると無理かもしれない。
「た、か」
 名前を呼ばれ、拒絶の言葉が出たら終わらせるしかないと思うと無意識にその唇を塞いでしまう。
 これでしっかり抵抗されればまだ我慢したかもしれないけれど、律希は俺を受け入れるかのように身体の力を抜く。
 それはきっと、諦めではなくて誘惑。

 相手が異性であれ、同性であれ、やり方はきっと同じだろう。浅い知識でそんなことを考えながらシャツを捲り上げ、見つけた小さな胸の飾りに直接指で触れてみる。
 先程の悪戯のせいか、少しだけ主張しているそこを指で捏ね、律希の反応を伺う。気持ちよさそうには見えないけれど、それでもモジモジしているのは男の生理現象なのだろう。少しずつ下腹が反応しているのにそれに気づかないふりをしたまま指で捏ね、摘み、淋しそうなもうひとつの飾りに舌を這わせる。
「ふぁ、ん…ゃ」
 可愛い声が俺の下腹を直撃するけれど、ゆったりとしたジャージを着ているせいで律希は気付いていないだろう。
 律希の可愛い声が聞きたくて指で、舌で弄び、その悪戯な指を徐々に下ろしていく。
 脇腹をなぞり、臍の窪みで指を遊ばせる。白く、柔らかな肌は触り心地が良く、柔らかな膨らみのない胸は慎ましくて可愛らしい。
 逃げる様子がないならと、律希の横に移動し、その表情を楽しみたくて指だけで律希に触れていく。肩肘をついて寝転び、モジモジする律希の下着に触れた時にその変化に気付き嬉しくなってしまい、ついつい言葉に出してしまう。
「ねぇ、下着が濡れてるよ?」
「……っ‼︎」
 その途端、今まで大人しく俺の指を受け入れていた律希が逃げようとするため咄嗟に抱きしめてしまう。
「ゃだ、貴之」
 言い方が悪かったのか、辱められたと思ってしまったのか、拒絶の言葉で逃げられるのが怖くてぎゅっと抱きしめてしまう。ヒクヒクと泣き出す律希に余計に反応していることを知られたら軽蔑されてしまうだろうか。
「もぅやだ、かえる」
「たかゆき、こわぃ」
 俺の腕から逃げ出そうとするその仕草さえも可愛くて「ごめん」と言いながら落ち着かせるように髪を撫でる。
 何度も何度も、律希が落ち着くまで繰り返し、腕の力を緩めて泣いた後の残るその顔を覗き込む。
「可愛くて調子に乗ってた。
 律希が無防備だから許してくれたのかと思って…」
 言い訳じみた言葉だけど本音でもある。そして、律希が反応したように自分も反応しているのだと伝える。
「可愛くて我慢できなかった。
 ほら、わかる?」
 そう言いながら律希の下肢に自分の下肢を押し付け、「恥ずかしいのは律希だけじゃ無いから」と耳元で言いながら律希の手を自分の下肢に導く。躊躇する律希の手を陰茎に導くと、その指先が触れただけで「ふぅ」と吐息が漏れてしまう。
「そのまま、触って?」
 律希の手を包み込み、いつも自分でするように手を動かす。身体が密着しているのだ、俺に触れる手の動きはそのまま律希の下肢にも当たるため律希の口からも吐息が漏れる。

「最後まではしないけど、一緒に気持ちよくなろ?」
 そうなってしまうとお互いに止める事はできなかった。
「直接、お願い」
 下着の上から触られるだけでは物足りなくて、下着越しの律希の手がもどかしくて自分で下着をずらし、律希の手を導く。
「おっきぃ」
 そんな風に溜め息交じりに言われて煽られないわけがない。「どれ?」そんな風に声をかけながら律希のと下着もずらし、包み込むようにそっと手を添える。だけど、ビクリと腰を引こうとするため添えていた手でそっと握り逃げ道を塞ぐ。
「律希の、可愛い」
 別にサイズが可愛いと言ったわけじゃないのにムッとした律希が可愛くて、もっと可愛い姿が見たくなる。
 男同士、どこをどうすれば気持ちいいかなんて言われなくてもわかってしまう。だから、いつも自分でするように律希を可愛がる。
「ほら、同じようにして」と手を動かせば「たかゆき、きもちいぃ」と可愛い声を漏らす。
「律希も、動かして」
 そう促せば律希がその小さな手を動かすためそれだけで自分がいつも以上に興奮していることに気付き、俺の手に翻弄される律希に煽られる。
 荒くなる息遣いとくぐもった吐息。そして、自分とは違う手の動き。
 2人の出したものが水音を立てる。
 耳で、手で、刺激を与えられたソレはそろそろ限界だった。
「律希、イって」
 自分とは違い気持ちの良さはあるものの、自分よりも優しい触れ方がもどかしくて律希の手ごと2人分の昂りを包み込み「一緒にイこう」とその耳に囁く。
 その声に律希がビクリと震え、達したのに気づいたけれどまだイっていない俺はそのまま手を動かし続ける。
「たかゆき、やだ。
 はなして」
 達したのに手を止めないせいで逃げようとする律希と、律希の出した青臭さに俺の限界が近づく。
「俺もイくから」
 宥めるように律希に告げ、さらに手を早めると達するのはすぐだった「うっ…」と息を詰めると青臭い匂いが立ち込める。手に絡みつく体液と、2人の間に出された熱さ。
 このまま律希を抱きしめて眠ってしまいたいけれど、律希のものはとにかく自分のものはさっさと処理したくて枕元のティッシュを取り手を拭く。戸惑っている律希の手も拭き、汚れた腹部も丁寧に拭う。
 まだ身体が敏感になっているのだろう、声を漏らしそうになり唇を硬く結ぶ姿が可愛い。

「律希、可愛い」
 硬く結んだ唇を啄み「風呂、入る?」と聞くと短く一言「帰る」と告げられてしまう。電話をしておいたのだから泊まっても問題ないのにと淋しく思うけれど、律希は平気なのだろうか。
「今日は帰る」
 身体を起こし、もう一度告げる。「泊まればいいのに」ともう一度言ってみるけれど、律希は頑なに首を横に振る。

「また来たいから、今日は帰るね」
 淋しさを隠せない俺に律希が言ってくれた言葉がはじめは理解できなかった。
 自分に都合よく聞き違えていないかと不安になった。
 だけど、俺を見て困ったように笑うその顔に思わず笑顔になる。
 
「また、待ってる」
 身支度をした律希を玄関まで送り、別れ際にそっと触れるだけのキスをする。
 本当は家まで送って行きたいけれど、男同士でそんなことしてたら周りに変に思われると怒られてしまう。
 本当は誰にも見せたく無かったけれど、そう言われてしまえば引くしかなかった。

 それからは帰り際にそっと唇を重ねるのが別れ際の挨拶となった。
 20歳の集いの前日も律希がもう無理だと言うまで交わったのに、帰り際には触れるだけのキスを交わしたな、と思い出してしまう。

 2度と触れることのない律希。
 2度と触れることを許されない律希。

 律希は今、何を想っているのだろう。
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