初恋の行方

佳乃

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case 2 貴之

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 安珠の事を気にするようになったのはいつからだったのだろう?

 〈卵が先か鶏が先か〉なんて例えがあるけれど、俺が安珠を気にするようになったのは気が付けば律希の視線の先に〈その娘〉がいたからだった。
「律希、あの子知ってる子?」
 そう聞いた俺に「え?」「何で?」と焦った律希は一言ポツリと「可愛いよね」と答える。
 確かに可愛いか、可愛く無いかと言われれば可愛い。
「そうだね」
 そう答えたのは律希の言葉に対して答えた言葉で、安珠の事が好きとか嫌いとか、そんな感情ではなかった。
 言っても小学生だ。
 恋愛感情なんて知らなかったし、体を動かすのが好きな俺は誰が可愛いとか、誰が好きとか、そんな話よりも外で走り回っていることの方が楽しかった。だけど、自分以外がみんな〈好きな相手〉の名前を言い合う中で自分だけが誰の名前を言えないのは癪に触る。
 〈誰が好きか〉と考えた時に思い浮かべた顔は律希と健琥だったけど、それは友達の好きであってあいつらの言う好きとは、多分違う。

 律希のことは昔から好きだ。
 小さくて可愛い律希は知り合った当時、家が近所だったせいで初めて会ったのがいつだったかなんて覚えてないほど前だけど、それでも律希は昔から小さくて可愛い。走るのだって俺より遅いし、力だって俺より弱い。だから俺が守らないといけないとずっと思っていた。
 健琥は…はじめは一緒に遊んでいて楽しい友達だった。律希と違いそれなりに身長も高いし、どんな遊びでも器用にこなす健琥は最高の遊び相手だったけど、常に律希を気にしているのが気に入らない。律希がいなければ思う存分遊べるのに、律希がいる時は律希が遊びやすいように手加減をしているように思う。
 それならば律希を呼ばずに遊べが良いのだと思うものの、律希が来れないとなるとそれはそれで淋しい。

「貴之は好きな子、いるの?」
 その日も誰かがそんな話を始め、順に〈好きな子〉の名前を言っている時だった。健琥は不在で律希は俺の隣にいるのできっと次に聞かれるはずだ。
 その時、1番に思い浮かんだのは律希の顔だったけれど、それを言うのは違うと小学生ながらに感じ、誰の名前を出せば変に揶揄われる事がないのか考える。みんなのよく出す名前で誰かと一緒でも問題のなさそうな名前。
 そして、思い浮かべたのは〈安珠〉の事だった。律希がいつも気にしている可愛い子。その名前を言えば律希も同調してくれるかもしれない。他にも安珠の名前を出す男子は多いため妙案に思えた。
「好きっていうか、気になるのは安珠かな?」
「わかるわかる、可愛いよね、安珠ちゃん」
「え~、あの子よりさぁ…」
「ボクは安珠ちゃんより…」
 みんな思い思いに自分の気になる子の名前をあげ、あそこが良い、ここが良いとニヤけている。
「律希は?」
 そんな中、安珠の名前を出すと思っていた律希が黙ったままだったため気になって声をかける。みんなが好き勝手挙げる名前の中には無いのだろうか?安珠を気にして見ていたのは何か他の理由があったのだろうか?
「ボクは…好きな子とかまだ分かんない。貴之の事も健琥のことも好きだけど、それとは違う好きでしょ?」
「当たり前だって、律希はお子様だなぁ」
 誰かがそう言って笑うと律希も苦笑いを見せる。
「でもさぁ、律希より可愛い子なんて少ないしな~」
 そんなことを言い出したのは誰だったのか覚えてないけれど、その言葉にドキッとしたのは俺だけじゃなかったはずだ。
「確かに。
 律希優しいし」
「ほんと、ほんと。
 名前も男子でも女子でも通じそうだし」
「もぅ、やめてよ~」
 律希を可愛いと褒め出した声に困ったように答えるけれど、どこかホッとした様子に見えたのは話が逸れたからだったのだろうか?それ程までに安珠を気に入っていることを知られたくなかったのだろうかと、なんだか面白く無い。
「それより今度さぁ」
 誰かが話を変え、「あ、あっち空いたっ!」と誰かが空いた遊具に向かって走り出す。
「なぁ、律希って安珠のこと好きじゃないの?」
 周りから誰もいなくなったのを見計らい聞いてみる。途端に律希が顔を赤くするのを見てやっぱり安珠が好きなんだと確信する。
「別に好きってわけじゃ無いけど…可愛いよね」
 そんな風に言いながら頬を染めているのに、それなのに好きと認めないのは本当に好きだからなのだろう。
 それをきっかけに俺自身も安珠を意識するようになる。
 真っ黒な髪の毛に大きな目。日本人形にも見える安珠はその外見を良い意味で裏切るはっきりとした性格だった。好きなものは好きと言い、嫌なものは嫌だとはっきり言う。誰とでも向き合い、聞いた話だけで人を判断しない。
 律希の視線の先にいる安珠を気にするようになると律希が見ていなくても気になるようになったのはきっと安珠に惹かれたから。だから〈好きな娘は?〉と聞かれた時には安珠の名前を出したのは自然なことだった。

 そん風に小学校生活を過ごし、中学に入ると部活を始めたせいで律希と距離ができてしまったのは残念だけど仕方がないことだった。
 もともと運動が得意ではない律希はそれでも健琥と同じ部活を選び、2人で過ごす姿をよく目にするようになる。2人の選んだ部活は活動の少ない部活で、将来行きたい大学が決まっている健琥は部活よりも勉強を優先するためその部活を選んだと教えられた。
 そして、気になる部活が無かった律希は「健ちゃんと一緒なら」と部活を決めてしまった。
 この頃からもう、俺と2人の間は開き始めていたのだろう。

 健琥と律希は部活が同じせいで下校は必ず2人。登校は一緒になれば3人で登校する事もあったけれど、基本的に朝練がある俺はテスト週間の時くらいしか一緒に登校する事はなかった。
「貴之、今度のテストは大丈夫?」
「…多分」
「部活もいいけどもう少し勉強したら?」
「いいんだって、俺、スポーツ推薦狙ってるし」
 小言のような健琥の言葉に返事をしながら律希の様子を伺う。ニコニコして話を聞いている律希は制服が性別で分けられていなければ女の子と間違えられそうなほど可愛く成長していた。
 少し長めの髪の毛はもともと色素が薄いせいで茶色く見えるし、瞳の色も薄めだ。色も白く知らない人が見れば間違えても不思議じゃない。
「貴之は部活、高校でも続けるの?」
「そのつもり」
「ますますモテちゃうね」
 揶揄うように言いながら笑う律希は今でも安珠を見ているのだろうか。
 最近は一緒に行動することが少なくなったせいで、律希の視線の先に誰がいるのかは知らない。だから揶揄うように言われた〈モテちゃう〉という言葉は俺に向けてのものだろう。
「最近も告白されてなかった?」
 身長の伸びた俺と、身長の伸びなかった律希とはだいぶ差ができてしまい、そんな風に聞いて俺を見上げる姿は可愛らしい。いわゆる上目遣いがあざと可愛い。
「最近っていうか、週に何回告白されてるの?」
 目線が同じくらいの健琥は何故か俺の個人情報を把握しているようだ。
「僕が知ってるのは、」
 と何人かの相手を指摘されて少し怖くなる。どうして健琥に把握されているのか、と不思議に思えば「なんでか知らないけど僕のところに貴之の彼女の有無を聞きに来るんだよね。本当に、迷惑」そう言って苦笑いをする。本気で嫌がっているわけではなさそうだけど、迷惑をかけているようだ。
「ごめん」
 思わず謝ると「まぁ、本当は律希のところに来るから僕が対応してるだけなんだけどね」と再び苦笑いを見せる。女子より女子に見える律希だけど、知らない女の子と話すのは苦手だから何かと健琥が助け舟を出しているのかもしれない。
 その外見から仲間と思われるのか、男子よりも女子から話しかけられることの多い律希は実は女の子が苦手だ。苦手な理由は健琥なら知っているかもしれないけれど、俺は知らされていない。だけど、小学校の頃はそんな事はなかったはずだから何かがあったとすれば中学に入ってからだろう。思春期というのは男女ともに複雑だ。
 ただ、小学校が同じだった女子に対しては今でも気安く話ができるようだから…やっぱり安珠は今でも特別な存在なのかもしれない。

「貴之もテスト勉強、一緒にする?」
 話が一段落した、というかお互いにあまり触れられたくない内容だったせいか、律希が助け舟を出してくれる。健琥は「こんな時にちゃんと文句言っといたほうがいいよ?」と蒸し返そうとするけどスルーされている。
 ざまあみろ。
「勉強かぁ…。
 律希が教えてくれるの?」
 そう返せば嬉しそうに頷く律希は正直可愛い。一緒に勉強すれば効率も上がるかもしれない。
「僕も一緒だけどね」
 すかさず口を挟んだ健琥は正直邪魔だ。きっと口煩くあれこれ言ってくることを考えると…律希と勉強したい気持ちと健琥に口煩くされることを考えたらどちらかと言えばマイナスだ。これが遊ぶ約束なら飛びついたけれど、勉強となるといくら律希が一緒でも遠慮しておいた方がいいだろう。
「まぁ、どうせやってもやらなくてもそれなりにだし、お前らの勉強の邪魔したくないからやめとくよ」
 その言葉に律希は残念そうな顔をしてくれたけど、健琥は「やる気のない奴と一緒だとこっちまでやる気なくなるからそれなら仕方ないね」と苦笑い混じりにキツイ言葉を送ってくれた。
 そんなことを言われても、学年トップクラスの健琥とトップクラスではないものの常に上位グループに入っている利付の邪魔をするのは申し訳ないと思うのも正直な気持ちだ。

 どちらかと言えば勉強が得意ではない俺は部活で成績を残し、第一志望の高校に推薦してもらうつもりだけど、2人はきっとこの辺ではレベルの高いあの高校を狙っているのだろう。
 ますます離れてしまう2人との距離が淋しかったけれど、高校卒業後は実家の仕事をする俺と、大学に進学するであろう2人とは中学までの付き合いになってしまうのだろう。
 例え幼馴染であってもずっと一緒にいられるわけじゃない。義務教育である中学までは一緒でも高校、大学、就職と分岐点に立つたびに人間関係が変わっていくのは当たり前のことなのだ。
「その分、推薦取れるように部活頑張るからさ。もし暇なら今度大会の応援に来てよ」
 その言葉に頷きはしたけれど、結局2人が大会を見に来る事はなかった。

 俺たちの関係なんて、結局はそんな薄く、浅いものだったのだろう。
 淋しいけれど、それが現実だ。


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