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紗凪 4
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「写真って、何ですか?」
ベラベラと下品な言葉を並び立てた義兄は少しは気が済んだのか、それとも疲れただけなのか、言葉を途切れさせたためそう聞いてみる。
貴哉と僕が写った写真が存在するなんて知らないし、そんな写真を撮られた覚えもない。
『あれも紗凪君がやったの?
ふたりの仲を見せつけて紗羅ちゃんを煽ったとか?』
「だから、ボクは知りません」
どんな写真なのか、いつから送られているのか分からないけれど、貴哉と外出することはあってもその関係が知られるような行動を外でした覚えはない。だから完全な誤解だとは思うものの、無視することはできず義兄の言葉を待つ。
[話、通じてないんじゃない?]
[もう切ったら?]
困った顔をした大輝が話を終わらせたそうなそぶりを見せるけれど、何度も電話をされることの方が苦痛だからと思い、辛抱強く次の言葉を待つ。
[もう少し]
そう書いたボクに苦い顔を見せたけれど、そこを譲る気はない。
『あれ、相当腹立ったみたいだよ。
最初に送られてきた写真かな、握りつぶしたみたいでグチャグチャだったし。
顔が分からない写真はきっと、幸せそうな顔してたんだろうね』
「それ、いつからですか?」
欲しい答えが来ないことに痺れを切らして具体的な疑問を口にする。貴哉とずっと連絡を取っていた姉はいつ僕たちが再会した事を知ったのか。そして、いつから僕たちの関係を疑っていたのか。
『さあ、僕が気付いた時にはもう何枚かあったし。
いつから送られてたのかは分からないけど、僕が気付いたのはあの噂が出るよりも前だよ。。お義母さんに紗凪君のこと聞いてるから珍しいと思った事があったんだけど、きっとその頃に送られてきてたんじゃないかな』
「でも、何でそれが姉さんの元婚約者って」
『知ってるよ、何度もこっちに来てるから。僕たちが結婚する時にわざわざ見せてくれる人もいたしね、彼の写真。
紗羅ちゃんね、案外嫌われてるんだよ。面白がって色々教えてくれる人、いるんだよね。
結婚する時にも本当に良いのかって。
元婚約者、イケメンだもんね。
知ってる?
僕、結婚前に検査受けたんだよ、精子の。それで紗羅ちゃんのお眼鏡に適って汐勿の婿養子。でもさあ、種馬だったんだよね』
急に声のトーンを落とした義兄は絞り出すように言葉を続ける。
『紗羅ちゃんはね、僕の子が欲しかったんじゃなくて汐勿の後継が欲しかったんだ。
僕たち、紗柚ができてからセックスしてないんだよ。結婚して、紗羅ちゃんが許してくれた時だけセックスして、子どもができたらお預け。
紗柚が少し大きくなってそろそろふたり目をって思ってたら、子どもはひとりしか要らないからパイプカットしてくれだって』
「そんな、」
あまりにも信じ難い話にそんな言葉が漏れるけれど、それを気にすることなく義兄が話を続ける。一緒に聞いている大輝も何も書くことができないのかシャーペンを動かす事なく話を聞いている。
『種馬の次はバイブ扱いだよ?
それでも一緒にいたら愛情は芽生えるだろうし、いつかは僕のことを好きになってくれると思ってたのに…』
一段とトーンの落ちた声は消え入りそうで、「義兄さん、」とかける言葉を探すけれど、次の言葉で電話を続けていたことを後悔させられる。
『………お前のせいだ』
「え?」
『お前のせいだっ!
お前がアイツと付き合ったせいで、その写真を送ってきたせいで僕たち家族は壊されてんだっ!!
責任取れよっ!
何とかしろよっ!』
絞り出すような声の後に続いたのは怒りに任せた声で、スピーカーにしていなかったら耳が痛い程の声量だった。
『お前が居なければこんなことにならなかったんだ。
お前が居なければ紗羅ちゃんの大切なモノは奪われることはなかったし、理想通りの生活ができたのに。それなのに、お前が生まれたせいで紗羅ちゃんは変わったんだ。
昔の紗羅ちゃんは汐勿の後継ぐとか、後継がだなんて言わなかったのに。お前が生まれたせいで、自分の居場所を必死で守ろうとしてたんだ』
いつの頃の姉のことを言っているのか分からず戸惑うけれど、姉のことを見ていたかのような言葉に義兄の想いを知ったような気がした。姉の同級生でもあるし、家だって遠くない。もしかしたら無意識に姉を気にして、その様子を見守っていたのかもしれない。
そう思うと義兄の言葉の意味が理解できないわけじゃない。だけど、こんなふうに責められたことにショックを受ける。
『何でお前がいるんだよ。
何で生まれてきたんだよ。
何で、紗羅ちゃんの欲しかったものばかり奪うんだよっ』
血を吐くような叫びとはこの事なのだろうか。自分の浴びせられた言葉を理解したくなくて思考が止まる。
「お前、何言ってんだよっ、」
我慢できなくなったのか、大輝が声を荒げるけれど『あれ、アイツが居なくなったからって他の男連れ込んでるんだ。姉弟揃って淫乱なの?』と嘲笑うような声が聞こえる。
同居人がいると告げていたのにその存在を曲解して煽るようなことを言うのは、ボクを傷付けるために意図してのことなのだろうか。
『それ、紗凪君の新しいバイブ?
紗羅ちゃんもアイツと楽しんでるんだろうから『お前、誰と話してるんだ』』
下品な言葉を大声で話していた義兄の声が急に遮られ、『関係無い』『まだ話の途中だから』と揉めるような声が聞こえてくる。
「紗凪、切るよ。
これ以上話しても意味無い」
あちらで揉めている隙に大輝が一方的に通話を終わらせてしまう。義兄の言葉は聞こえていたし、話はまだ終わっていなかったけれど、衝撃が大きすぎて止めることができなかった。
「ボクが姉さんを傷つけたから?」
電話が切れた後で絞り出す言葉。
「ボクが生まれたから姉さんは傷付いたの?
ボクが姉さんから全部奪ったの?」
義兄の言葉には反論できなかったのに、今になって言葉が溢れだす。
「貴哉のことも、ボクが奪ったのかな?
ボクのせいでふたりが別れたの?」
「それは違う、」
「ボクがいなければ姉さんと貴哉はこんな風に会わなかったのかな?
ボクが貴哉に甘えたせいで、流されたせいでこんな事になったのかな」
「紗凪、違うって」
ボクの言葉を否定してくれる声は聞こえるけれど、止めることはできなかった。
「ボク、生まれてきちゃ駄目だったのかな…」
全てを否定されてしまった気がした。
ボクがいなければ、ボクが生まれてこなければ姉の人生はもっと違うものになっていたのかもしれない。
貴哉がボクに告げた姉の嘘。
ボクが不出来なせいで後を継ぐことができないから貴哉との子ができないのならと結婚することを諦めると言った姉は、ボクという存在自体を疎み、ボクを家族から排除するために後を取り、後継を産むことを決めたのだろうか。
そもそもボクが生まれたせいで姉が汐勿の家に固執するようになったと義兄は言ったけれど、ボクが生まれなければそんなことも無かったのかもしれない。
両親の愛情を独り占めして、祖父母からも可愛がられ。そんな毎日が続くはずだったのに、ボクが生まれたせいで姉の日常を奪い去ってしまったのだろう。
「ボクが生まれなければ」
「紗凪、違うから。
アイツの言葉なんて気にしなくて良いから」
「ボクが姉さんから奪ったから」
だから、姉さんはボクに小さな悪意を向けていたんだ。気が付いてしまえば簡単なことだった。
友人の家とは違う姉弟関係。
上辺だけ可愛がる姉の態度。
そして、小さな悪意を潜めた姉の行動。
「嫌いだったんだ、ボクのこと。
でも何で、誰が写真なんか…」
自分の妻なのに姉は嫌われていたと言い放ち、姉に向けられた悪意が原因で貴哉の写真を見せられたと言った義兄の言葉を思い出す。もしも姉が会社でも嫌われていたのなら、ボクと歩く貴哉を見たことで悪意を持って姉に写真を送った人がいたのかもしれない。
ボクが【紗羅】の弟だと知っていたのかは分からないけれど、姉と別れた貴哉が同性と付き合っていると嗤いたかったのだろうか。
姉が住んでいた街で貴哉と過ごす事にリスクがあるなんて考えもしなかった。実家は遠いし、一緒にいるところを見られたところで同性なのだから変に勘ぐられることもないと思っていた。
だけど義兄が写真を見てボクたちの関係に気付いたように、分かる人には分かってしまったのだろうか。
「紗凪、大丈夫?」
気遣ってくれる大輝の声に応えようと思うのに【大丈夫】だなんて言えなかった。だって、大丈夫なんかじゃないから。
「………疲れた」
否定も肯定もできないボクの口から弱音が溢れる。テーブルに置きっぱなしになっていたアルコールを口にしてみるけれど、温くなったせいで甘さだけが喉に絡みつく。
「はい、それもうやめな」
ボクの言葉を待っていた大輝は、開けないままの缶を回収して新しいものを差し出す。アルコールに流されるような度数ではないけれど、少しだけ酔わないと自分を鼓舞できず、アルコールの力に甘えるように缶を開けていつもより早いペースで口にする。
貴哉の時はアルコールで失敗したけれど、大輝が相手なら問題ないだろう。
流れ込む冷たい液体が少しだけ心地よく感じる。
「写真、誰が送ったんだろう」
義兄の話した内容に衝撃を受けたし、自分で思う以上に傷付いているとは思うものの、その傷を実感するのはもう少し時間が経ってからだろう。だから、その傷に気付いていないフリして疑問に思ったことを口にする。
「それ、お姉さんが見せたってことなのかな」
「どうなんだろう。
でもいつから送られてきてるのか分からないみたいだから、偶然見つけたとか?」
「そんな都合のいい話、有る?」
当事者を交えない話し合いで真実を知ることは難しく、だけどあの姉が義兄に写真を見せるとは思えず偶然だと思うしかないと結論付ける。もしも傷つけられていない写真を揶揄して見せたのなら有り得ないことはないと思うけれど、自分の気持ちをぶつけた写真をわざわざ見せることはないはずだ。
「貴哉のこと知ってて、ボクの実家の住所知ってるなんて、姉さんの同僚なのかな」
「アイツの同僚だと実家の住所は分からないよな」
「だね。
結婚式の招待状送ってたら知ってる人もいただろうけどね」
姉が夢見ていたのに実現しなかった世界。
貴哉が【男性不妊】だと知った時に、姉の世界は一度終わりを告げていたのだろうか。
「ごめん、疲れたからもう寝るね」
一気にアルコールを流し込んだせいなのか、酔いが回ってきた気がして部屋に逃げ込む事にする。
これ以上ここにいたら大輝に泣き言を言って困らせるだけだから。
「シャワーだけでも浴びる?」
「…外出てないからいいや。
歯だけ磨く」
変に冷静な大輝にそう答え、洗面所に向かう。歯を磨き、顔を洗うと少しだけスッキリした気がしたけれど、胸のモヤモヤは消す事ができなかった。
ベラベラと下品な言葉を並び立てた義兄は少しは気が済んだのか、それとも疲れただけなのか、言葉を途切れさせたためそう聞いてみる。
貴哉と僕が写った写真が存在するなんて知らないし、そんな写真を撮られた覚えもない。
『あれも紗凪君がやったの?
ふたりの仲を見せつけて紗羅ちゃんを煽ったとか?』
「だから、ボクは知りません」
どんな写真なのか、いつから送られているのか分からないけれど、貴哉と外出することはあってもその関係が知られるような行動を外でした覚えはない。だから完全な誤解だとは思うものの、無視することはできず義兄の言葉を待つ。
[話、通じてないんじゃない?]
[もう切ったら?]
困った顔をした大輝が話を終わらせたそうなそぶりを見せるけれど、何度も電話をされることの方が苦痛だからと思い、辛抱強く次の言葉を待つ。
[もう少し]
そう書いたボクに苦い顔を見せたけれど、そこを譲る気はない。
『あれ、相当腹立ったみたいだよ。
最初に送られてきた写真かな、握りつぶしたみたいでグチャグチャだったし。
顔が分からない写真はきっと、幸せそうな顔してたんだろうね』
「それ、いつからですか?」
欲しい答えが来ないことに痺れを切らして具体的な疑問を口にする。貴哉とずっと連絡を取っていた姉はいつ僕たちが再会した事を知ったのか。そして、いつから僕たちの関係を疑っていたのか。
『さあ、僕が気付いた時にはもう何枚かあったし。
いつから送られてたのかは分からないけど、僕が気付いたのはあの噂が出るよりも前だよ。。お義母さんに紗凪君のこと聞いてるから珍しいと思った事があったんだけど、きっとその頃に送られてきてたんじゃないかな』
「でも、何でそれが姉さんの元婚約者って」
『知ってるよ、何度もこっちに来てるから。僕たちが結婚する時にわざわざ見せてくれる人もいたしね、彼の写真。
紗羅ちゃんね、案外嫌われてるんだよ。面白がって色々教えてくれる人、いるんだよね。
結婚する時にも本当に良いのかって。
元婚約者、イケメンだもんね。
知ってる?
僕、結婚前に検査受けたんだよ、精子の。それで紗羅ちゃんのお眼鏡に適って汐勿の婿養子。でもさあ、種馬だったんだよね』
急に声のトーンを落とした義兄は絞り出すように言葉を続ける。
『紗羅ちゃんはね、僕の子が欲しかったんじゃなくて汐勿の後継が欲しかったんだ。
僕たち、紗柚ができてからセックスしてないんだよ。結婚して、紗羅ちゃんが許してくれた時だけセックスして、子どもができたらお預け。
紗柚が少し大きくなってそろそろふたり目をって思ってたら、子どもはひとりしか要らないからパイプカットしてくれだって』
「そんな、」
あまりにも信じ難い話にそんな言葉が漏れるけれど、それを気にすることなく義兄が話を続ける。一緒に聞いている大輝も何も書くことができないのかシャーペンを動かす事なく話を聞いている。
『種馬の次はバイブ扱いだよ?
それでも一緒にいたら愛情は芽生えるだろうし、いつかは僕のことを好きになってくれると思ってたのに…』
一段とトーンの落ちた声は消え入りそうで、「義兄さん、」とかける言葉を探すけれど、次の言葉で電話を続けていたことを後悔させられる。
『………お前のせいだ』
「え?」
『お前のせいだっ!
お前がアイツと付き合ったせいで、その写真を送ってきたせいで僕たち家族は壊されてんだっ!!
責任取れよっ!
何とかしろよっ!』
絞り出すような声の後に続いたのは怒りに任せた声で、スピーカーにしていなかったら耳が痛い程の声量だった。
『お前が居なければこんなことにならなかったんだ。
お前が居なければ紗羅ちゃんの大切なモノは奪われることはなかったし、理想通りの生活ができたのに。それなのに、お前が生まれたせいで紗羅ちゃんは変わったんだ。
昔の紗羅ちゃんは汐勿の後継ぐとか、後継がだなんて言わなかったのに。お前が生まれたせいで、自分の居場所を必死で守ろうとしてたんだ』
いつの頃の姉のことを言っているのか分からず戸惑うけれど、姉のことを見ていたかのような言葉に義兄の想いを知ったような気がした。姉の同級生でもあるし、家だって遠くない。もしかしたら無意識に姉を気にして、その様子を見守っていたのかもしれない。
そう思うと義兄の言葉の意味が理解できないわけじゃない。だけど、こんなふうに責められたことにショックを受ける。
『何でお前がいるんだよ。
何で生まれてきたんだよ。
何で、紗羅ちゃんの欲しかったものばかり奪うんだよっ』
血を吐くような叫びとはこの事なのだろうか。自分の浴びせられた言葉を理解したくなくて思考が止まる。
「お前、何言ってんだよっ、」
我慢できなくなったのか、大輝が声を荒げるけれど『あれ、アイツが居なくなったからって他の男連れ込んでるんだ。姉弟揃って淫乱なの?』と嘲笑うような声が聞こえる。
同居人がいると告げていたのにその存在を曲解して煽るようなことを言うのは、ボクを傷付けるために意図してのことなのだろうか。
『それ、紗凪君の新しいバイブ?
紗羅ちゃんもアイツと楽しんでるんだろうから『お前、誰と話してるんだ』』
下品な言葉を大声で話していた義兄の声が急に遮られ、『関係無い』『まだ話の途中だから』と揉めるような声が聞こえてくる。
「紗凪、切るよ。
これ以上話しても意味無い」
あちらで揉めている隙に大輝が一方的に通話を終わらせてしまう。義兄の言葉は聞こえていたし、話はまだ終わっていなかったけれど、衝撃が大きすぎて止めることができなかった。
「ボクが姉さんを傷つけたから?」
電話が切れた後で絞り出す言葉。
「ボクが生まれたから姉さんは傷付いたの?
ボクが姉さんから全部奪ったの?」
義兄の言葉には反論できなかったのに、今になって言葉が溢れだす。
「貴哉のことも、ボクが奪ったのかな?
ボクのせいでふたりが別れたの?」
「それは違う、」
「ボクがいなければ姉さんと貴哉はこんな風に会わなかったのかな?
ボクが貴哉に甘えたせいで、流されたせいでこんな事になったのかな」
「紗凪、違うって」
ボクの言葉を否定してくれる声は聞こえるけれど、止めることはできなかった。
「ボク、生まれてきちゃ駄目だったのかな…」
全てを否定されてしまった気がした。
ボクがいなければ、ボクが生まれてこなければ姉の人生はもっと違うものになっていたのかもしれない。
貴哉がボクに告げた姉の嘘。
ボクが不出来なせいで後を継ぐことができないから貴哉との子ができないのならと結婚することを諦めると言った姉は、ボクという存在自体を疎み、ボクを家族から排除するために後を取り、後継を産むことを決めたのだろうか。
そもそもボクが生まれたせいで姉が汐勿の家に固執するようになったと義兄は言ったけれど、ボクが生まれなければそんなことも無かったのかもしれない。
両親の愛情を独り占めして、祖父母からも可愛がられ。そんな毎日が続くはずだったのに、ボクが生まれたせいで姉の日常を奪い去ってしまったのだろう。
「ボクが生まれなければ」
「紗凪、違うから。
アイツの言葉なんて気にしなくて良いから」
「ボクが姉さんから奪ったから」
だから、姉さんはボクに小さな悪意を向けていたんだ。気が付いてしまえば簡単なことだった。
友人の家とは違う姉弟関係。
上辺だけ可愛がる姉の態度。
そして、小さな悪意を潜めた姉の行動。
「嫌いだったんだ、ボクのこと。
でも何で、誰が写真なんか…」
自分の妻なのに姉は嫌われていたと言い放ち、姉に向けられた悪意が原因で貴哉の写真を見せられたと言った義兄の言葉を思い出す。もしも姉が会社でも嫌われていたのなら、ボクと歩く貴哉を見たことで悪意を持って姉に写真を送った人がいたのかもしれない。
ボクが【紗羅】の弟だと知っていたのかは分からないけれど、姉と別れた貴哉が同性と付き合っていると嗤いたかったのだろうか。
姉が住んでいた街で貴哉と過ごす事にリスクがあるなんて考えもしなかった。実家は遠いし、一緒にいるところを見られたところで同性なのだから変に勘ぐられることもないと思っていた。
だけど義兄が写真を見てボクたちの関係に気付いたように、分かる人には分かってしまったのだろうか。
「紗凪、大丈夫?」
気遣ってくれる大輝の声に応えようと思うのに【大丈夫】だなんて言えなかった。だって、大丈夫なんかじゃないから。
「………疲れた」
否定も肯定もできないボクの口から弱音が溢れる。テーブルに置きっぱなしになっていたアルコールを口にしてみるけれど、温くなったせいで甘さだけが喉に絡みつく。
「はい、それもうやめな」
ボクの言葉を待っていた大輝は、開けないままの缶を回収して新しいものを差し出す。アルコールに流されるような度数ではないけれど、少しだけ酔わないと自分を鼓舞できず、アルコールの力に甘えるように缶を開けていつもより早いペースで口にする。
貴哉の時はアルコールで失敗したけれど、大輝が相手なら問題ないだろう。
流れ込む冷たい液体が少しだけ心地よく感じる。
「写真、誰が送ったんだろう」
義兄の話した内容に衝撃を受けたし、自分で思う以上に傷付いているとは思うものの、その傷を実感するのはもう少し時間が経ってからだろう。だから、その傷に気付いていないフリして疑問に思ったことを口にする。
「それ、お姉さんが見せたってことなのかな」
「どうなんだろう。
でもいつから送られてきてるのか分からないみたいだから、偶然見つけたとか?」
「そんな都合のいい話、有る?」
当事者を交えない話し合いで真実を知ることは難しく、だけどあの姉が義兄に写真を見せるとは思えず偶然だと思うしかないと結論付ける。もしも傷つけられていない写真を揶揄して見せたのなら有り得ないことはないと思うけれど、自分の気持ちをぶつけた写真をわざわざ見せることはないはずだ。
「貴哉のこと知ってて、ボクの実家の住所知ってるなんて、姉さんの同僚なのかな」
「アイツの同僚だと実家の住所は分からないよな」
「だね。
結婚式の招待状送ってたら知ってる人もいただろうけどね」
姉が夢見ていたのに実現しなかった世界。
貴哉が【男性不妊】だと知った時に、姉の世界は一度終わりを告げていたのだろうか。
「ごめん、疲れたからもう寝るね」
一気にアルコールを流し込んだせいなのか、酔いが回ってきた気がして部屋に逃げ込む事にする。
これ以上ここにいたら大輝に泣き言を言って困らせるだけだから。
「シャワーだけでも浴びる?」
「…外出てないからいいや。
歯だけ磨く」
変に冷静な大輝にそう答え、洗面所に向かう。歯を磨き、顔を洗うと少しだけスッキリした気がしたけれど、胸のモヤモヤは消す事ができなかった。
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