世界が終わる、次の日に。

佳乃

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貴哉

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 駐車場の出口で紗羅を車に乗せ車を走らせた俺は、正直なところ少し苛ついていた。それは、既読の付かないメッセージだったり、電話に出ないことに対してではなくて、そうやって俺を尊重してくれる紗凪、【彼女】のことを蔑む紗羅に対してだった。

 自分が選ばれたことに優越感を感じ、選ばれなかった【彼女】を小馬鹿にする姿はよくよく考えれば見たことのある姿だったけれど、紗羅のことだけを想っていた頃には気にならなかったことなのに今はその言葉の棘が気になって仕方がない。付き合っていた頃も何かにつけて自分と周囲を比較しては、自分の優位な点をことさらに強調していたことを思い出してしまった。

 だけど今更引き返すことはできないし、引き返す気もない。今ここで過去の恋愛と向き合って、消化できなかった想いを昇華して。
 世界が終わるのなら昇華した想いを胸に世界を終わらせよう。終わらないのなら今度は紗羅への繋がりを求めるわけではなく、紗羅の身代わりにするではなく紗凪に向き合い、1から関係を築くことで新しい世界を始めることができるだろう。

 そんなことを考えながら車を適当に走らせているうちに目に入ったのは小洒落た建物で、若い頃なら気にすることなく入れたのだろうけれど今の自分たちには不釣り合いだと思いスルーしようと気付かないフリをする。だけど紗羅は違ったようで、「ねえ、あそこ可愛くて良いんじゃない?」と嬉しそうな顔を見せる。

「ちょっと、入りにくくない?」

 探していたのはもっと落ち着いた、というか寂れたと言っても良いような俺たちの関係にふさわしい建物だったのに、紗羅の選んだそこは真逆の雰囲気過ぎて気が乗らないけれど、「どうせ車なんだし、部屋に入るまで誰とも会わないんだし。せっかくなら可愛いところにしようよ」と言われてしまい渋々その建物に車を向ける。

 駐車場は適度に混んでいて、入り口近くに車を止めることができず少し歩いたけれど、幸いにも誰かと鉢合わせることもなかった。車の量に比例するように使用中の部屋も多く、選択肢が少ないと文句を言った紗羅だったけれど、露天風呂のある部屋を見付けると機嫌が治ったようだった。

 部屋に向かう間も指を絡ませ、身体を密着させてくる紗羅の思惑は見え見えで、選んだ部屋に入った途端にキスをせがまれる。

「ずっと会いたかったの」

 俺の首に腕を回し、押し当てられた唇に応えるように唇を重ねながらもどこか冷静で、何度かそれを繰り返した後でそっと身体を離す。不満そうに「何で?」と言う紗柚を「とりあえず入ろう」と促し靴を脱ぐ。
 ドアの前で紗羅を求めるほどの情熱のない自分を自覚しながらも、それでも香り立つ紗羅の匂いにあの頃を思い出せば身体は少しずつ反応してくる。想いが残っているのか、ただの条件反射なのかなんて今更考える余地も無いし、必要も無い。

 部屋に入ると遠慮の無くなった紗羅は「貴哉、お願い」と言って再び唇を重ねてくる。部屋に入ったことで条件を満たしたと思っているのだろう。
 啄むだけのものでは満足せず、積極的に舌を伸ばし、俺の唇をぺろりと舐め、口を開けるように促す。リードされるのは面白く無いとこちらからも舌を伸ばし、紗羅が舌を差し入れようとする前にその舌を絡め取る。

 その後にすることなんてひとつしかない。

 久しぶりに会ったのにゆっくり話すこともせず、唇を重ねる合間にお互いの服を脱がせ合い、そのままベッドに傾れ込む。どちらが押し倒したのか、どちらが押し倒されたのかなんて覚えていないほどに求め合い、求められるがままに快楽を与え続けた。
 身体中に舌を這わし、あの頃を思い出しながら紗羅の快感を高めていく。成熟したはずの身体は少しの愛撫に悦び、自分の欲望を口にする紗羅に従順に従い奉仕を繰り返す。
 泥濘んだ蜜壺に指を差し入れだ時に見せた過剰な反応と、「もう大丈夫だから、」と言われて押し入ったときに感じた違和感を気にしながらも止まることはできなかった。

 余計なことは何も言わず、互いの名前だけを呼び合い欲望をぶつけ合う。部屋に響く嬌声と腰を叩きつける音。
 最後のあの時を思い出しながら抱く紗羅の身体は記憶の中にあるそれとは違い、以前に比べて身体のラインはなだらかになり、掴んだ腰は柔らかさを増していた。だけど、その変化が俺の中の欲望を煽り、思った以上に堪えることができずそのまま紗羅の中に白濁を吐き出した。

「貴哉、嬉しい」

 1度目の精を放ち、紗羅の身体から抜け出すと吐き出した白濁が溢れ出る。
 紗凪を抱くときにはその身体を気遣い避妊具を使っていたけれど、それを忘れる程に紗羅との行為に夢中になっていたということだろう。
 実ることは無いし、紗凪のように体調を崩すようなことはないけれど、自分のしてしまったことに気付き「ごめん、」と謝れば「できないんだから大丈夫」と当たり前のように言われてしまった。

 その言葉は小さな棘のように俺の心に小さな傷を付ける。
 だけど、デリカシーのないのはお互い様だとその傷をそっと撫でておく。

「紗羅、変わってないね」

 紗羅の隣で身体を並べ、そう言ってみる。外見の変化はあるものの、身勝手さと貪欲さは変わることなく、人の気持ちを察することのできないところも変わらないと少しの嫌味を込めたもののそれが伝わることはなく、褒め言葉と捉えた紗羅は笑顔を見せる。

「そう?
 あの頃より太ったし、子どもだって産んだのよ?」

 単純に容姿や外見のこととしか受け止めていないのだろう。そんな風に自分を貶めた言葉を口にしながらも、自分を肯定する言葉を待っているように見えてしまう。

「でも…、変わらないよ」

「そう?
 貴哉こそ、変わらないね」

 そう言いながら身を寄せ、俺の身体に触れる。身体のラインを確かめるように這わされた指は性的な刺激を与えることはせず、臍の下あたりに手を這わせると「お腹も出てないし」と小さく笑う。

「誰と比べてるの?」

 自分だって紗凪と紗羅を比べているくせにそう聞けば「あの頃の貴哉よ?」と白々しい言葉を吐いた紗羅の口からは「夫とはこんなことしないし」と予想していなかった言葉が続く。「え?」と小さく漏らしたことに気付いたのだろう。

「子供ができてからは夫と触れ合いはないの」

 そう溢した紗羅は赤裸々に夫婦の事情を語り出す。
 子どもができてからはもちろん、子どもが生まれてからも夫婦の触れ合いはないこと。ふたり目、3人目を望んでいないと告げると夫婦の触れ合いは必要ないと言われてしまったこと。
 子どものことも、自分のことも大切にしてくれてはいるけれど、満たされない想いをずっと抱き続けていること。

 複雑な気持ちだった。

 【彼女】に対する紗羅の態度を見ていると、彼女を気遣いながらも自分が優位に立つようにする姿を見ていると、この話を鵜呑みにしてはいけないと何かが警鐘を鳴らす。知らなければ紗羅の言葉を鵜呑みにして、紗羅に同情し、紗羅の望むままにその願いを叶えたいと思ったのだろうけど、そうすることに戸惑いが生まれる。

「夫婦って、案外そんなものなのかもね」

 自分はすることのない、することのできない経験に何も言えず、そんな当たり障りのない答えを告げるけれど、自分の気持ちに寄り添わない言葉に不満を見せた紗羅は「でも、私だって【女】なのよ?」と臍の下に置いた手を下腹部に這わせる。
 一度精を放ち落ち着いたそこが反応していないこともお構いなしに夫への不満を口にして、自分は触れて欲しいのにと淋しげな顔をすると「だから、満たされたいの」と自分の欲望を隠すことなく口にする。

 世界が終わると不安がる自分を気遣ってくれない夫や子どもへの不満を口にしていたのに大切にされていると当たり前のように言い放ち、その矛盾に気付きもしない。結局は欲を満たしたいだけなのかと呆れるけれど、それに乗った自分だって同じようなものだ。

 不安に思うと言ったのは紗羅だけじゃない。
 紗凪だって噂を信じていたわけではないけれど、それでもその時を迎える時はそばにいて欲しいと願っていたのにその手を取らず、未練を残したままの紗羅を選んだのは俺なのだから紗羅を責めることはできないし、結局は流されて簡単に抱けてしまうほどには情も欲もあるのだから。

「あれから検査とかは?」

 デリケートな問題なのに口にするのは俺のことを心配しているのか、デリカシーが無いだけなのか。
 紗羅と別れた後にもいくつかの検査結果は届いたけれど、どの結果にも欲しかった内容ではなく自然妊娠は100%無理ではないけれど、その可能性は極めて低いというものばかりだった。実際に紗羅と別れた後で数人と関係を持ったけれど、俺の精が実ることはなかった。
 後腐れのない関係を望んだ相手だからそれで良かったのだけど、複雑な気分だったのは言うまでもない。

「いくつか結果が届いたけど変わらなかったよ。自然妊娠は100%無理じゃないけどその可能性は限りなく低いって」

 今更隠すことでもないからそのまま伝える。だから、紗羅に放った精も実ることはない。今更それを望んでもいないのだけれど、自分の口でそれを告げる時は過去の傷がヒリヒリと刺激される気がした。

「あの時、赤ちゃんできてたら今も一緒にいられたのにね」

 しおらしいことを言いながら臍の下に置いていた手で俺の手を掴み、そっと自分の下腹に押し当てる。

「ねえ、たくさんして欲しいの。
 もしかしたら…赤ちゃんできるかな」

 望んでないくせにそんなことを言うのは絶対にできないと思っているから。

「できたら困るんじゃないの?
 旦那さんとしてないのに出来たらどう言い訳するの?」

「だって、出来ないんでしょ?」

 平気な顔で矛盾した言葉を口にする紗羅は「でも、もっと欲しいの」と俺の手を自分の秘部に導く。

「あの時みたいに、ね?」

 その言葉で思い出したのは最後に身体を重ねた時の痴態で、何をしても受け入れた紗羅と、何をしても受け入れる紗凪が重なる。

 紗羅を想いながら紗凪を抱いていたのに、今度は紗羅が隣にいるのに紗凪を思い出す自分に呆れるけれど、奔放な紗羅と違い何かに耐えるように俺に抱かれる紗凪を思い出すと欲望が首をもたげる。

「飲みすぎて帰れなくなったって、後で連絡すればいいから。



 だから、


 沢山、して?」

 その時に思い浮かべたのは紗凪の顔で、何かを言いたそうな顔をしながらも口を噤む健気さが嗜虐心を刺激する。
 紗羅に会う約束をしてからはなるべく顔を合わせないようにして、身体を重ねることをしなかった。
 仕事を詰めていたせいで自分で処理することもなかった。

 目の前にいる紗羅はどれだけ欲を吐き出しても体調を崩すこともないし、孕むこともない。

 未練を断ち切るために飽きるほど抱き、気持ちを昇華させてしまおう。
 その姿を紗凪に重ねれば気付いてしまった嗜虐心を満たすこともできるかもしれない。

「紗羅が望むなら何度でも」

 紗凪を思い出して兆してきたのに自分の言葉で反応したと気を良くした紗羅は「私が気持ち良くしてあげる」と言って俺に跨る。
 零れ落ちる白濁を気にせず自分を満たした紗羅に紗凪の面影を感じることはできなかったけれど、紗凪を思い浮かべればその質量を増した気がする。

「貴哉、」

 名前を呼ばれても思い浮かべるのは紗凪の顔と声で、少しでも似ているところを見つけ出して紗羅を抱き続けた。

 時間も何も気にせず、ただただ欲望を満たすことに集中する。
 ベッドで、露天風呂で、何度も重ねる身体。

 身体が汚れれば風呂で流し、そのままことに及び、のぼせそうになればベッドに戻りまた身体を重ねる。
 腹が減ればルームサービスを頼み、満たされればまた身体を重ねる。

 不安なわけでは無く欲を満たしたいだけな紗羅と、罪悪感から逃げ、嗜虐心を満たすために抱き続ける俺。

 この時に紗凪の元に戻ると言う選択肢もあったのに流されるままに欲を満たし続けた俺は、時間を気にすることもなく紗羅の中に精を放ち続けた。

 馬鹿みたいに何度もしているうちに時間の感覚もなくなり、気絶するように眠った紗羅の隣で同じように横になり、目が覚めれば眠ったままの紗羅を再び蹂躙する。
 眠っているはずなのに嬉しそうな声を上げる紗羅はよほど触れ合うことに飢えていたのだろう。

 この時に違う選択をしていれば…。
 そんなことを思う時が来るなんて知りもせずに紗羅に紗凪を重ねた俺は、このまま【紗凪】と触れ合ったまま終わりを迎えることを望んでいたのがしれない。

 終わりの日まで、あと3日。



 
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