世界が終わる、次の日に。

佳乃

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大輝

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「大輝は会っておきたい人とか大丈夫なの?」

 とりあえずで揃えた生活用品を片付ける手を止めず、紗凪が口を開く。無言での作業は居心地が悪いのだろう。

 あのあと、事務所のソファで寝るつもりだったと言う紗凪を車に乗せ、近くのショッピングモールに連れて行った。
 アウトドア用品を扱うショップで寝袋を買うと言いだしたため「寝袋買うくらいならオレの隣で寝たら?」と言うと布団一式とカバー類を選び、枕も選んだのは遠回しな拒絶なのだろう。
 オレの気持ちはバレてないはずだけど、本能的に何かを感じたのかもしれない。

「別にいないかな」

 ベッドの下に置くすのこを組み立てながらそう答えてから本当にいないかと自問自答する。あれから彼女がどうなったのかは気になるところだけど、こちらから好奇心丸出しで連絡をする気は無い。
 友人といってもそれぞれに大切な人がいるだろうし、こんな時に会おうと思うような相手もいない。偶然会った時に何も無かったなと笑い合うくらいがちょうどいい友人ばかりだ。
 家族には連絡を取ろうかとは思うけれど、わざわざ顔を合わせるほどでもない。

「うん、いない。強いて言えば紗凪?」

 そんな言い方をしたけれど、会いたいと思っていた相手は紗凪だけで、その声を幻聴かと思うほどには紗凪のことを考えていたのだからそれ以上に会いたいと思う相手なんて思いつかない。

「ほら、手が止まってるから。
 こっち、もう組み立て終わるよ」

 そう声をかければいつの間にか止まっていた手が動き出す。布団にカバーをかけるのに苦戦しているけれどそれに手を貸さず、大量に出たゴミを集めて紗凪の居場所を整えていく。

「部屋探ししようにもしばらくは落ち着かないだろうから、必要な物あったら買い物付き合うよ」

 スカスカの衣装ケースが物悲しくて「服とか、買ってくればよかったな」と思わず言ってしまう。もともと多くのモノを持たないタイプだったけど、それにしても少なすぎる。

「オレの着てない服、着てもいいから」

 彼女がオレの服を時々着ていたのを思い出してそう言ってみるけれど、「何言ってるの?」と呆れられてしまった。ジャージやスウェットなら部屋着代わりにはできるだろうと言えば少し考えるそぶりを見せながらも「無いな」と言われてしまう。

「鍵、持ってきてたら荷物全部運べたのに」

 アイツの部屋に紗凪のものが残っていることが許せず、本当はその痕跡すら消してしまいたいと思ってそう言えば「だって、この部屋使えるなんて思いもしなかったし」と当たり前のことのように答える。

「それもそっか、」

 彼女が出て行ったことを伝えておくべきだったと思いながらそう答えるけれど、それでも「事前に連絡くれてれば、」と文句を言ってしまう。もっと頼って欲しかったと思ってしまうのは欲張りすぎだろうか。

「大切な物は全部持ってきたから大丈夫。
 いらないもの残してきたんだから、ある意味嫌がらせだよね」

 そう言いながらもその笑顔は決して晴々したものではなくて、貴哉に対する未練が伝わってくる。

「ムカつく」

 思わずそう呟いてしまったのはこんな仕打ちを受けても貴哉に未練を残す紗凪と、紗凪にこんな仕打ちをした貴哉に対してだったけど、「ん、何か言った?」と不思議そうな顔をした紗凪に悟られたくなくて「片付いたなら移動する?」と移動を促す。

 ここでぐだぐだ言っても何も進まないのだから、気分を変えるためにアルコールの力を借りるのも悪くないだろう。

「紗凪、あと1週間だけど何かやりたいことある?」

 外食するよりも家でダラダラしようと買い込んだ物をダイニングテーブルに並べ、とりあえずビールを開ける。紗凪は缶のカクテルを選び、目の前に並んだ惣菜を適当に開けていく。世界が終わるなんて言っていても物流は止まることはない。
 確かに学校が自由登校になったり、落ち着くまでは様子を見ると仕事を止める会社もあるけれど、社会生活に必要な業種は止まることはないし、止めるわけにはいかないのだろう。

 オレの言った言葉も、きっと社会が動き出せば急に忙しくなるのだからあと1週間のうちに紗凪の生活の基盤を整えるために何ができるかと問いかけた言葉。
 部屋を整え、生活の基盤を作り、この家から離れられなくしたいというオレの願望。

「あと1週間でまとめてなかったデータ、片付けちゃう?」

 世界が終わるとは思っていないのか、世界が終わると信じたくないのか、日常生活を送りたいと願う紗凪は「大輝、仕事ないかって聞いても自宅待機って言うだけだったし」と文句まで言い出す始末。

「だって、こんなことになってるなんて思ってなかったし」

「ボクだって、大輝がこんなことになってるなんて知らなかったし」

 一緒に住んでいた頃だってお互いのことをあまり話さなかったせいで自分の現状を告げることも、紗凪の現状を確認することもなかった。
 定期的に紗凪の姉に送り続けた写真のデータは紗凪の笑顔を残したくて保存してある。その笑顔が自分に向けられたものじゃないと分かっていても、その笑顔を見ていたかった。

「でもまあ、何も無かったら結婚してたはずの2人なんだから…仕方なかったんだよ」

 何も言っていないのに口から出た言葉は貴哉を擁護しているようで、「でもお姉さんだって結婚して子どももいるんじゃなかった?」と呆れた声が出てしまった。
 何も無かったら結婚していたかもしれないけれど、何かあったから別れたのだし、別れることを選んだのは自分たちなのだから。

「だからなんじゃない?」

 結婚して子どもがいるから貴哉に会うのだと言うように聞こえて言葉の真意を探ってしまう。

「何で?
 そもそも会って何するんだろうな」
 
「さあ、」

 冷たく答えた紗凪だったけど、傷付いた顔をしているのはちゃんと理解しているから。結婚して、子どももいて、自分の思い描いていた未来を手に入れたくせに貴哉に会いたいと願うのは紗凪の姉もまた、貴哉に対して未練があるからなのだろうか。

 オレの送り続けた写真が何かしらの影響を与えたのかどうかは分からないけれど、アレのおかげで今のこの状況があるのだとしたら無駄ではなかったのだろう。

「黙って会わせちゃっていいのか?」

 もしも紗凪が自分と貴哉の関係を姉に伝えたら…彼女はどんな反応を示すのだろうか。
 知っていたと嗤うのか、知らなかったと動揺してみせるのか、どちらにしろ紗凪だって無傷では済まないはずだ。
 貴哉に付けられた傷は少なからず広がることになるだろう。

「ボクには関係無いよ」

 そう嘯きながらも傷ついた顔を見せるけれど、姉の元婚約者と深い関係になった時点で幸せになんてなれないと気付いていなかったのだろうか。
 こんなことにならなければ家族に告げることのできない関係を、ずっとずっと続けていくつもりだったのだろうか。

「関係ないって顔じゃないよ、それ」

 泣きそうな顔の紗凪にそう言って、グラスにワインを注ぐ。
 口にした赤ワインは甘口のはずなのに、口に残ったのは渋さだった。
 
 
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