世界が終わる、次の日に。

佳乃

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大輝

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「大輝、部屋決めたから。
 荷物がまとまり次第引っ越すね」

 この部屋に決めようと思う、という相談もないまま決めたと言われ、面白くない気持ちを抑えて「そうなの?近く?」と聞いてみる。

「それが今って部屋が見つかりにくい時期らしくて、とりあえず貴哉さんの部屋に居候する事になった」

「え、何で?」

 紗凪の口から出てきた名前とその内容に驚き、無理やり言葉を絞り出す。何でそんな話になったのか経緯が分からず混乱してしまうのは仕方ないことだろう。

「今はハイシーズンだから良い部屋出てもすぐ埋まるし、高いんだって。だから落ち着いた頃に探せばいいからって。
 貴哉さんのとこ部屋が余ってるから、オフシーズンになってからゆっくり探せばいいって言ってくれてるんだ」

 ニコニコと話される内容で自分の迂闊さに気付き、引っ越しの時期について考えずに紗凪に話したことを後悔する。

「別に、次の部屋が見つかるまで無理に引っ越すことないんだけど。
 貴哉さんの部屋に引っ越して、それでまた引っ越すって手間じゃない?」

「ん~、ボクもはじめは遠慮したんだけど部屋余ってるし、ボクが弟になるの楽しみにしてたから少しでも兄気分を味あわせて欲しいって言われちゃったらね」

 そんな風に苦笑いを漏らすけれど、満更でもなさそうな様子に苛立ちを感じる。そして、元婚約者の弟を気にかける理由を知りたくて余計なことを聞きたくなってしまった。もしも紗凪と姉との別れが良くないものなら紗凪にだって良い印象を抱いたままではないのだから。

「結局、お姉さんとは何が原因で駄目になったの?」

 気にはなっていたけれどデリケートな問題なのだろうと思い聞かなかったこと。だけど、紗凪との関係がこの先も続くのなら自分も会うこともあるかもしれない。そもそも彼の会社は顧客なのだから、この先関わる必要も出てくるかもしれないのだ。

「それ、ね。
 なんて言うか、ボクの実家って地方の旧家っていうか、そんなにたいそうな家でもないんだけど姉さんは昔から跡取りにこだわっててさ」

「お姉さんが?」

「そう。
 跡を継いで、跡取りを産んで。
 だから、それが望めない相手とは結婚できないっていうのが理由」

「………どういうこと?」

 跡取りとか、跡を継ぐとか、紗凪がいるのだからその役目は長男である紗凪の役目ではないかと思うけれど、紗凪自身は特にこだわりがあるわけではないようで淡々と話を続ける。

「貴哉さん、婿養子に入る予定だったんだよ。大学で知り合って、社会に出てしばらくは自活して、結婚したらしばらくは2人で過ごして最終的には地元に戻るっていうのが理想の将来設計だって話してた」

「でもそれって、長男の紗凪の役割じゃないの、一般的には」

 長男が家を継ぐという話をよく聞くので思ったことをそのまま聞いてみると「うち、父が婿養子だからそんなに拘らないみたい」と答える。

「ボクと姉さん歳が離れてるし、きっと小さい頃からそんなことを言われてたのかもね。
 だからボクが実家にいる間に戻ってくると嫌だな、と思って家から通えない大学選んだんだよ」

 自分は跡を継ぐ事に興味は無いからと言われ、跡を継ぐことを放棄して別の業種に就いた兄を思い浮かべ納得する。

「で、養子に入って戻ってくる予定が結婚前のブライダルチェックで異常が見つかって、姉は貴哉さんと別れて地元に戻ってお見合い結婚」

 紗凪が悪いわけでは無いけれど、自分の姉のした仕打ちを思い気不味いのか、早口でそう言って話を締める。跡取りとか、後継とか、そこにこだわっているのだとすれば婚約解消の理由は貴哉に原因があるのだろう。
 実際に、地元には甥っ子がいると写真を見せてもらったことがある。まだ幼い甥っ子は紗凪によく似た顔をしていたのを思い出す。

「ボク知らなかったから顔合わせするって言われて実家に帰って、紹介されたのが姉さんの同級生だったから驚いちゃって、」

「知り合い?」

「知り合いっていうか、知ってる人。
 そんなに大きな町じゃないから兄弟の同級生も知ってたりするんだよね。学校行事について行ったりもしてたし。
 大きくなったねって言われたから義兄さんもボクのこと知ってたんだと思うよ」

 そんな風に説明された関係にゲンナリする。大都市ではないけれど、それなりの大きさの街ではそんな繋がりはほとんど無い。兄姉の同級生だって知らないことはないけれど、家に遊びにくるほど仲良くなければ覚えることもない。
 話の流れで兄や姉の同級生だと教えられることはあってもただそれだけ。相手にしても兄姉の弟として認識してのことではなくて、話のキッカケに持ち出すだけのこと。

 紗凪と貴哉の関係、そして義兄との関係を面倒だと思いながらも気付いてしまったことを口に出す。

「ねえ、もしかして貴哉さんの住んでる部屋ってその頃から変わってないとか?」

「………うん」

 その返事で同居を持ちかけた貴哉も、それを受け入れた紗凪もちょっとデリカシーがないのではないかと思ってしまう。その頃から変わっていないということは、当然だけど紗凪の姉だって出入りしていたはずだ。
 もしも貴哉に対して未練がなかったとしても、自分が過ごした部屋で紗凪が生活するのは…複雑な気分だろう、きっと。

「それって、お姉さん大丈夫?」

「早めに部屋は探すつもりだよ。
 それで、申し訳ないんだけど部屋が決まるまではここの住所のままにしておいて良いかな?
 流石に貴哉さんの部屋にしたら家族も気付くだろうし」

「それは別に良いけど、そこまでして引っ越す必要無いんじゃない?」

「でも…約束しちゃったし」

 自分でもおかしいことをしている自覚はあるのだろう。だけど頑なな紗凪は考えを変える気は無さそうだ。

「今までと同じように仕事できる?」

「それは大丈夫。
 何度説明しようとしても派遣の仕事だって誤解されたままだけど、それならそれで出向先が変わっても説明しなくて済むし。
 なんか、凄く出来の悪い弟だと思われてるみたいなんだよね」

 困ったような、それでいて嬉しそうな紗凪は貴哉のことを本当に兄だと思っているのか、義兄の話をする時よりも口調が柔らかくなる。姉の婚約者として築いてきた関係性がそうしているのかと思うと面白くないのだけど、オレが何を言っても考えを変える気は無さそうだ。

「もしも、もしも引っ越して無理だと思ったら戻ってきても良いよ」

 自分から家を出て欲しいと言っておいて戻ってくれることを願ってしまう。これが新しい部屋を決めたと言うことならそんなことは言わなかったけれど、貴哉のところに行かれるくらいなら閉じ込めてしまえば良かったと深く後悔する。

「そんなことしたら大輝の彼女さんが困るだろ?
 大丈夫、そうなったら急いで新しい部屋探すから」

 そんな話をした次の週末。
 少ない荷物をまとめた紗凪は貴哉と共に数年共にした部屋をあっさりと出て行ってしまった。

 あまり物に執着しない紗凪の荷物は驚くほど少なくて、荷物をまとめるのも早ければ、引っ越し作業もあっという間で貴哉の車で数往復しただけで終わってしまう。
 引き止める術もなく、最後の荷物を車に積み終わった紗凪は「大輝、一緒に住むようになったら紹介してね」と笑顔を見せ車に乗り込む。

 オレに向けて軽く頭を下げ車に乗り込んだ貴哉と、乗り込んだ貴哉に笑顔を向けた紗凪。
 オレと紗凪との方が一緒に過ごした時間は長いはずなのに、貴哉に向けるその視線は信頼し切ったもののように見えて苛つく。

「じゃあ、また連絡するから」

 窓を開けた紗凪に向かってそう言うと「分かった」と返事をしてアッサリとオレの前から姿を消してしまった。

 関係が無くなるわけじゃない。
 
 2人で仕事を続けているうちは連絡だって取り合うし、出向先がない時はこの事務所に通う事になる。

 今までだって家にいてもそれぞれの部屋で過ごすことの方が多かったし、出向している時は生活時間がずれて顔を合わせない日だってあった。

 この家から紗凪の存在が消えただけで、それだってオレが望んだこと。
 だけど、生活音のしない家が、紗凪の気配のしないことが淋しくて仕方なかった。

 ふたりを見送り中に戻り、忘れ物はないかと紗凪の部屋に入る。

「紗凪…」

 こんなはずじゃなかった。

 紗凪が戻ってくることはないのだと自分に言い聞かせ、それでも未練がましく紗凪の痕跡を探す。
 必要無いし、日除けはあったほうがいいからと言って残していったカーテンが風に揺れるのを見て、急いで窓を閉める。

 その気配を、その残り香を消したくない。

 今更ながら自覚してしまった気持ちを押し殺すために連絡を取った相手は、紗凪によく似たあの娘だった。




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