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紗羅
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貴哉の結果がどうしても受け入れられなくて、何度も病院を変えては検査を受けた。
もしかしたら結果が間違っていたのかもしれない。
もしたら体調が悪かっただけかもしれない。
そんなふうに思い、そんなふうに願い受け続けた結果は多少の数値の変化はあってもほぼほぼ同じもので、何度目かの検査結果を見て【男性不妊】を受け入れた。
外科的な手術で結果が改善される場合もあるらしいけれど、貴哉の場合はそんな事ではないらしい。
【男性不妊】と言っても授かる可能性がないわけではなくて、不妊治療を行えば授かる可能性はゼロではないと言われた。可能性が無いのではなくてゼロではないという曖昧な結果で、うまくいけば授かることができると、希望を捨てる必要はないと言われた。
他人事だから可能性に賭けて頑張ろうと簡単に言うけれど、自分が当事者で、相手が恋愛感情よりも条件を条件で選んだ相手だとしたら可能性に賭けるという選択があるのだろうか。
母が紗凪を産むまでに8年かかったように、いつかは授かることができるかもしれない。だけどその間に紗凪が結婚して子どもが生まれたから…私は、私の子は汐勿にとっての【初孫】でも【跡取り】でもなくなっているだろう、きっと。
それじゃあ意味がない、そんなのは許せない。それならば相手を替えればいい。
「お母さん、貴哉が…」
そんなふうに母に電話をしたのは何度目かの再検査で思うような結果が出なかった時。
私の声色で何かを感じ取ったのだろう。何かあったのかと聞く母に貴哉の検査結果を告げる。
『そうなのね、』
母は自分の経験があるから無責任な事は言えないのだろう。孕めない辛さを知っているからこそ言葉を失ってしまう。
『紗羅はどうしたいの?』
無言のままの私を心配してか、先に口を開いたのは母だった。きっと電話の向こうの母には傷ついた顔の私が見えているのだろう。
本当は嗤っているのだけど。
「私は…」
こんなにも上手くいっていいのかと不安になり口篭ってしまう。このまま話を進めても大丈夫かと少し悩み、それでも予定通りの言葉を告げる。
「貴哉とは別れたい」
『でも、あんなに仲良かったのに』
「私は…苦しみたくないから」
この言葉は賭けだった。母の古傷を抉るか、それとも母の同情を誘い味方につけることができるのか。
『苦しみたくないって、』
「私は、8年も頑張れない」
私の言葉に電話の向こうで息を呑む音が聞こえる。母にも私の意図は伝わったのだろう。
『貴哉さんは、なんて言ってるの?』
「自分が治療して何とかなるならとは言ってくれたけど、結局辛い治療受けないといけないのは私だし」
『そうね…』
母の思い出すのはきっと紗凪を孕むまでの辛かって日々。そして、その当時の自分と、この先の私を重ね合わせれば私の気持ちを汲み取るしかないはずだ。
『紗羅にはお相手がいるって言っても釣り書き持ってくる人もいるのよね』
「そうなの?」
『会ってみる?』
「良い人がいれば」
娘に辛い思いをさせたくない、そんな母の気持ちを利用した事に罪悪感なんて無い。
紗凪が生まれて環境が変わって、戸惑う私に【姉】になることを強要したのは母だった。
私は母の気持ちを汲み取り、母の望む役割を果たしたのだから母だって私の気持ちを汲み取り、私の望む役割を果たすことを強要してみただけ。
母からはいくつかの釣り書きがすぐに届けられ、その中から会ってみたいと思う人を選びセッティングをお願いする。
その間にも貴哉は検査を重ね、私たちにとって都合の良い結果が出ることを期待していたけれど、その時にはもう私は貴哉のことを見限っていた。
「ごめんなさい、貴哉とは結婚できない」
何度目かの検査も結果は同じで、茶番に付き合う事に疲れてきた私は貴哉から視線を逸らし、言葉を続ける。
「私、家を継がないといけないし、跡取りも必要なの」
自分を、自分の存在を否定されたと思ったのかもしれない。傷付いた顔をした貴哉は悪足掻きを始める。
「紗凪君は?
紗凪君が継げば跡取りだって」
「紗凪は継ぐ気は無いって。
って言うか、継ぎたくないって」
そんな事、紗凪は言っていないけれど私のために悪者になってもらう。この先、どうせ接点なんて無い2人なのだから問題ないだろう。
「でもまだ学生だし、考えも変わるかもしれないし」
「それを期待して貴哉と結婚して、それなのにやっぱり継ぎたくないって言われたら…何とかなるの?」
紗凪を跡取りにしたくなくて努力してきた私を否定するような言葉に苛立ちを隠すことができず、貴哉を傷付けている自覚はあった。聡い彼のことだから私の言いたい事は伝わっているだろう。
「私だって、紗凪が継いでくれるなら貴哉と結婚したい。
なんで?
なんでなの?
どうして?」
問いかけるように言った言葉は本来なら貴哉の言葉だろう。だけど私だって同じ気持ちなのだから仕方ない。
なんでこんな結果が出たの?
自分が原因でこんな事になっているのに、自分から別れを切り出してくれないのはなんでなの?
私は汐勿の後を継いで、後継を産む事は絶対だって言い続けていたのに、それなのに理解してくれないのはどうして?
身勝手で独りよがりな将来設計だけど、私にとっては大切な事。いくら婿養子に抵抗がなくても、いくら同居してくれると言っても、後継を望むことが難しいとなれば条件以前の問題だから。
「ごめん、俺のせいで」
ホントウニ
「貴哉は悪くない。
紗凪さえ継いでくれれば」
心の声と口に出す声は同じじゃない。
今までも2人で話し、2人でいられる方法を模索するフリをした。
色々な方法を模索するフリをして、色々な未来を思い描いたつもりになって、そして出した結論。
「だって、姉さんが継ぐって言ったから自分が残るなんて考えてなかった。
そんなこと言われても困るって。
そんなふうに責められたらそれでも考えて欲しいなんて言えないし、母も紗凪が継ぐより私に継いで欲しいって」
紗凪は優しい子だからそんな事は言わない。もしも私が貴哉の手を取りたいと言えば戻ってくると言っただろう。
だけど母は私の気持ちを汲み取り、私に同意するしかないはずだ。だって、自分と同じ苦しみを味合わせたくないから。
「そうなの?」
「紗凪じゃあ無理だって。
私じゃないと任せられないって。
紗凪のこと、甘やかしてるから好きにさせたいのもあるんだろうけど甘やかしてるから、ね」
別れてしまえば貴哉と紗凪に接点は無くなる。だから紗凪には歳の離れたわがままな弟になってもらう。
私から奪ったものの対価だと思えば安いものだろう。
「でもまだ高校生だったよね?
今から頑張れば」
「でも…母が望むなら私は後継として家に戻ることも、後継を産むことも諦めたくない」
結局はこれが本音。
貴哉と汐勿の後継者を天秤にかけた時、その重さの違いは言うまでもない。
貴哉の代わりは見つかるけれど、汐勿の跡取りの座はひとつしかないのだから。
恋愛と結婚は違うと言うけれど、そもそも貴哉と恋愛したわけではなくて、貴哉の環境に惹かれただけ。同じような環境であれば貴哉でも貴哉以外の誰かでも良かったのだから。
「俺と別れてどうするの?」
きっとここが正念場。
もしも手を上げるようなことがあれば簡単に別れられるけれど、貴哉はきっとそんな事はしない。だけど自分が悪者にならないようにしなければ、共通の知り合いに何を言われるかわからない。
慎重に話を進め、自分を守らなければならない。
「地元でお見合いしたの。
断りきれなくて」
【する】ではなくて【した】と言ったのは後からバレて面倒な事にならないように。
「でも、紗羅の家族だって俺のこと知ってたよね」
「田舎って、それでも断りきれないことがあって。日取りが決まってるわけじゃないから会うだけ会って、適当な理由をつけて断ればいいって言われてたんだけど、検査結果で思うような結果が出ないから…」
自分を落とし、自分が悪かったと言いながら貴哉のせいでもあると匂わせる。断る気だったと言いながら、貴哉との未来が描けなくなったせいで心が動いたとも伝えてみる。
「保険だったんだ」
「そんな訳じゃ…。
ごめんなさい」
目を伏せた貴哉に謝罪の言葉を述べる。これ以上余分なことを言う必要はない。あとは勝手に判断して、勝手に結論を出すだろう。
「仕方ないね、」
ほら、優しい貴哉は私を悪者にすることなんてできないのだから。
「ごめんなさい」
もう一度謝罪の言葉を口にして、悪者にならないように保険をかける。
「それでも好きなの。
本当は、貴哉と一緒にいたいのに」
ここで涙を流しておけばそれらしく見えるだよう。
「もう、会わない」
「紗羅?」
そしてここからが仕上げ。
「好きだから、諦められないからもう会えない」
「なんで、」
「もう決めたの。
会社も辞めて、地元に戻るから」
「いつ?」
「それは言えない。
でも、もうこの部屋には来ない」
「嫌だ、」
「でも、決めたから」
そう告げられた時に抱きしめられたのは誤算だった。泣きながら鍵を取り出し、そのまま逃げるように部屋を後にするつもりだった。
別れ話にヤケになったのか、それとも最後だから触れたいと思ったのか。下手に反抗して面倒な事になるのも困ると思い、されるがままにしたのはブライダルチェックの結果があったから。
性病の心配はない。
子どもができることもない。
「ごめんね」
貴哉ノコトヲエラベナクテ
私を組み敷き、欲望のままに蹂躙されるのは新鮮で、正直なところ私も興奮していた。
「ごめんね」
コンナトキナノニ セックスヲタノシンデテ
「お願い、中に出して。
貴哉の全てを覚えておきたいの」
ブライダルチェックの結果が出てからはそんな気になれなかったし、それ以前はちゃんと避妊していたから初めての経験。どうせ中で出したところで何も残らないのだから、ただただ快楽を求めればいいんだ。
「貴哉、もっと、」
その言葉に興奮したのか今までにされたことのないような激しさで私を抱き、私の中に何度も精を放つ。
「紗羅、愛してる」
チープな言葉だけど、そんなシンプルな言葉が嬉しいと思ってしまった。
でもそれは疲れていたせい。
でもそれは最後だからと感傷的になっていたから。
「赤ちゃん、できてたらいいのに」
無意識に言った言葉。
無意識にお腹に当てた手。
その言葉に無性に悲しくなり涙が溢れる。
何度も精を放った貴哉は私の手に自分の手を重ねたまま眠ってしまったからきっと気付いていない。
だから、この涙はきっと気のせい。
何も生み出さないと知っていたのだから、できるわけがないと分かっていても口に出した言葉だから。
「ごめんなさい」
貴哉の隣から脱げ出し身支度を整える。身体を起こした時に流れ出した貴哉の精を勿体ないと思うけれど、実ることはないのだと自分に言い聞かせながら身支度を整える。
「ごめんなさい」
眠る貴哉にもう一度謝罪の言葉を投げかけ寝室を後にする。この部屋に来る事はないからと鍵をかけた後でドアポストに鍵を落とした。
「貴哉の赤ちゃん、欲しかったな」
思わず溢れた言葉こそが私の本心だったのかもしれない。
もしかしたら結果が間違っていたのかもしれない。
もしたら体調が悪かっただけかもしれない。
そんなふうに思い、そんなふうに願い受け続けた結果は多少の数値の変化はあってもほぼほぼ同じもので、何度目かの検査結果を見て【男性不妊】を受け入れた。
外科的な手術で結果が改善される場合もあるらしいけれど、貴哉の場合はそんな事ではないらしい。
【男性不妊】と言っても授かる可能性がないわけではなくて、不妊治療を行えば授かる可能性はゼロではないと言われた。可能性が無いのではなくてゼロではないという曖昧な結果で、うまくいけば授かることができると、希望を捨てる必要はないと言われた。
他人事だから可能性に賭けて頑張ろうと簡単に言うけれど、自分が当事者で、相手が恋愛感情よりも条件を条件で選んだ相手だとしたら可能性に賭けるという選択があるのだろうか。
母が紗凪を産むまでに8年かかったように、いつかは授かることができるかもしれない。だけどその間に紗凪が結婚して子どもが生まれたから…私は、私の子は汐勿にとっての【初孫】でも【跡取り】でもなくなっているだろう、きっと。
それじゃあ意味がない、そんなのは許せない。それならば相手を替えればいい。
「お母さん、貴哉が…」
そんなふうに母に電話をしたのは何度目かの再検査で思うような結果が出なかった時。
私の声色で何かを感じ取ったのだろう。何かあったのかと聞く母に貴哉の検査結果を告げる。
『そうなのね、』
母は自分の経験があるから無責任な事は言えないのだろう。孕めない辛さを知っているからこそ言葉を失ってしまう。
『紗羅はどうしたいの?』
無言のままの私を心配してか、先に口を開いたのは母だった。きっと電話の向こうの母には傷ついた顔の私が見えているのだろう。
本当は嗤っているのだけど。
「私は…」
こんなにも上手くいっていいのかと不安になり口篭ってしまう。このまま話を進めても大丈夫かと少し悩み、それでも予定通りの言葉を告げる。
「貴哉とは別れたい」
『でも、あんなに仲良かったのに』
「私は…苦しみたくないから」
この言葉は賭けだった。母の古傷を抉るか、それとも母の同情を誘い味方につけることができるのか。
『苦しみたくないって、』
「私は、8年も頑張れない」
私の言葉に電話の向こうで息を呑む音が聞こえる。母にも私の意図は伝わったのだろう。
『貴哉さんは、なんて言ってるの?』
「自分が治療して何とかなるならとは言ってくれたけど、結局辛い治療受けないといけないのは私だし」
『そうね…』
母の思い出すのはきっと紗凪を孕むまでの辛かって日々。そして、その当時の自分と、この先の私を重ね合わせれば私の気持ちを汲み取るしかないはずだ。
『紗羅にはお相手がいるって言っても釣り書き持ってくる人もいるのよね』
「そうなの?」
『会ってみる?』
「良い人がいれば」
娘に辛い思いをさせたくない、そんな母の気持ちを利用した事に罪悪感なんて無い。
紗凪が生まれて環境が変わって、戸惑う私に【姉】になることを強要したのは母だった。
私は母の気持ちを汲み取り、母の望む役割を果たしたのだから母だって私の気持ちを汲み取り、私の望む役割を果たすことを強要してみただけ。
母からはいくつかの釣り書きがすぐに届けられ、その中から会ってみたいと思う人を選びセッティングをお願いする。
その間にも貴哉は検査を重ね、私たちにとって都合の良い結果が出ることを期待していたけれど、その時にはもう私は貴哉のことを見限っていた。
「ごめんなさい、貴哉とは結婚できない」
何度目かの検査も結果は同じで、茶番に付き合う事に疲れてきた私は貴哉から視線を逸らし、言葉を続ける。
「私、家を継がないといけないし、跡取りも必要なの」
自分を、自分の存在を否定されたと思ったのかもしれない。傷付いた顔をした貴哉は悪足掻きを始める。
「紗凪君は?
紗凪君が継げば跡取りだって」
「紗凪は継ぐ気は無いって。
って言うか、継ぎたくないって」
そんな事、紗凪は言っていないけれど私のために悪者になってもらう。この先、どうせ接点なんて無い2人なのだから問題ないだろう。
「でもまだ学生だし、考えも変わるかもしれないし」
「それを期待して貴哉と結婚して、それなのにやっぱり継ぎたくないって言われたら…何とかなるの?」
紗凪を跡取りにしたくなくて努力してきた私を否定するような言葉に苛立ちを隠すことができず、貴哉を傷付けている自覚はあった。聡い彼のことだから私の言いたい事は伝わっているだろう。
「私だって、紗凪が継いでくれるなら貴哉と結婚したい。
なんで?
なんでなの?
どうして?」
問いかけるように言った言葉は本来なら貴哉の言葉だろう。だけど私だって同じ気持ちなのだから仕方ない。
なんでこんな結果が出たの?
自分が原因でこんな事になっているのに、自分から別れを切り出してくれないのはなんでなの?
私は汐勿の後を継いで、後継を産む事は絶対だって言い続けていたのに、それなのに理解してくれないのはどうして?
身勝手で独りよがりな将来設計だけど、私にとっては大切な事。いくら婿養子に抵抗がなくても、いくら同居してくれると言っても、後継を望むことが難しいとなれば条件以前の問題だから。
「ごめん、俺のせいで」
ホントウニ
「貴哉は悪くない。
紗凪さえ継いでくれれば」
心の声と口に出す声は同じじゃない。
今までも2人で話し、2人でいられる方法を模索するフリをした。
色々な方法を模索するフリをして、色々な未来を思い描いたつもりになって、そして出した結論。
「だって、姉さんが継ぐって言ったから自分が残るなんて考えてなかった。
そんなこと言われても困るって。
そんなふうに責められたらそれでも考えて欲しいなんて言えないし、母も紗凪が継ぐより私に継いで欲しいって」
紗凪は優しい子だからそんな事は言わない。もしも私が貴哉の手を取りたいと言えば戻ってくると言っただろう。
だけど母は私の気持ちを汲み取り、私に同意するしかないはずだ。だって、自分と同じ苦しみを味合わせたくないから。
「そうなの?」
「紗凪じゃあ無理だって。
私じゃないと任せられないって。
紗凪のこと、甘やかしてるから好きにさせたいのもあるんだろうけど甘やかしてるから、ね」
別れてしまえば貴哉と紗凪に接点は無くなる。だから紗凪には歳の離れたわがままな弟になってもらう。
私から奪ったものの対価だと思えば安いものだろう。
「でもまだ高校生だったよね?
今から頑張れば」
「でも…母が望むなら私は後継として家に戻ることも、後継を産むことも諦めたくない」
結局はこれが本音。
貴哉と汐勿の後継者を天秤にかけた時、その重さの違いは言うまでもない。
貴哉の代わりは見つかるけれど、汐勿の跡取りの座はひとつしかないのだから。
恋愛と結婚は違うと言うけれど、そもそも貴哉と恋愛したわけではなくて、貴哉の環境に惹かれただけ。同じような環境であれば貴哉でも貴哉以外の誰かでも良かったのだから。
「俺と別れてどうするの?」
きっとここが正念場。
もしも手を上げるようなことがあれば簡単に別れられるけれど、貴哉はきっとそんな事はしない。だけど自分が悪者にならないようにしなければ、共通の知り合いに何を言われるかわからない。
慎重に話を進め、自分を守らなければならない。
「地元でお見合いしたの。
断りきれなくて」
【する】ではなくて【した】と言ったのは後からバレて面倒な事にならないように。
「でも、紗羅の家族だって俺のこと知ってたよね」
「田舎って、それでも断りきれないことがあって。日取りが決まってるわけじゃないから会うだけ会って、適当な理由をつけて断ればいいって言われてたんだけど、検査結果で思うような結果が出ないから…」
自分を落とし、自分が悪かったと言いながら貴哉のせいでもあると匂わせる。断る気だったと言いながら、貴哉との未来が描けなくなったせいで心が動いたとも伝えてみる。
「保険だったんだ」
「そんな訳じゃ…。
ごめんなさい」
目を伏せた貴哉に謝罪の言葉を述べる。これ以上余分なことを言う必要はない。あとは勝手に判断して、勝手に結論を出すだろう。
「仕方ないね、」
ほら、優しい貴哉は私を悪者にすることなんてできないのだから。
「ごめんなさい」
もう一度謝罪の言葉を口にして、悪者にならないように保険をかける。
「それでも好きなの。
本当は、貴哉と一緒にいたいのに」
ここで涙を流しておけばそれらしく見えるだよう。
「もう、会わない」
「紗羅?」
そしてここからが仕上げ。
「好きだから、諦められないからもう会えない」
「なんで、」
「もう決めたの。
会社も辞めて、地元に戻るから」
「いつ?」
「それは言えない。
でも、もうこの部屋には来ない」
「嫌だ、」
「でも、決めたから」
そう告げられた時に抱きしめられたのは誤算だった。泣きながら鍵を取り出し、そのまま逃げるように部屋を後にするつもりだった。
別れ話にヤケになったのか、それとも最後だから触れたいと思ったのか。下手に反抗して面倒な事になるのも困ると思い、されるがままにしたのはブライダルチェックの結果があったから。
性病の心配はない。
子どもができることもない。
「ごめんね」
貴哉ノコトヲエラベナクテ
私を組み敷き、欲望のままに蹂躙されるのは新鮮で、正直なところ私も興奮していた。
「ごめんね」
コンナトキナノニ セックスヲタノシンデテ
「お願い、中に出して。
貴哉の全てを覚えておきたいの」
ブライダルチェックの結果が出てからはそんな気になれなかったし、それ以前はちゃんと避妊していたから初めての経験。どうせ中で出したところで何も残らないのだから、ただただ快楽を求めればいいんだ。
「貴哉、もっと、」
その言葉に興奮したのか今までにされたことのないような激しさで私を抱き、私の中に何度も精を放つ。
「紗羅、愛してる」
チープな言葉だけど、そんなシンプルな言葉が嬉しいと思ってしまった。
でもそれは疲れていたせい。
でもそれは最後だからと感傷的になっていたから。
「赤ちゃん、できてたらいいのに」
無意識に言った言葉。
無意識にお腹に当てた手。
その言葉に無性に悲しくなり涙が溢れる。
何度も精を放った貴哉は私の手に自分の手を重ねたまま眠ってしまったからきっと気付いていない。
だから、この涙はきっと気のせい。
何も生み出さないと知っていたのだから、できるわけがないと分かっていても口に出した言葉だから。
「ごめんなさい」
貴哉の隣から脱げ出し身支度を整える。身体を起こした時に流れ出した貴哉の精を勿体ないと思うけれど、実ることはないのだと自分に言い聞かせながら身支度を整える。
「ごめんなさい」
眠る貴哉にもう一度謝罪の言葉を投げかけ寝室を後にする。この部屋に来る事はないからと鍵をかけた後でドアポストに鍵を落とした。
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