世界が終わる、次の日に。

佳乃

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貴哉

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「たまに連絡は取っていたんだ」

 俺の言葉に意味が分からないと言いたげな顔を見せた紗凪は、それでも答えを求めるように口を開く。

「いつから?」

「いつからって?」

「姉さんと、連絡取ってたの」

「………いつからって、ずっとだけど?」

 思いもよらなかった返答だったのだろう。敢えて言うことでもないと伝えなかった事実が紗凪を傷付けていく。

「何で?」

 紗凪と付き合いながらも紗羅と連絡をとっていることに衝撃を受けたようで、戸惑いを見せる相手に追い打ちをかけるように言葉を続ける。もっと衝撃を受け、もっとダメージを受ける言葉を。

「何でって、別にお互い嫌いで別れた訳じゃないし。紗羅のことは今でも好きだし、紗羅だって俺のことが嫌いになった訳じゃないんだから。

 だから、最後になるなら紗羅と過ごしたいんだ」

 その言葉に青色を無くした紗凪だったけれど、気を取り直したように嘲笑ともとれる笑みを浮かべ、それでも縋るような言葉を続ける。

「ボクだって不安だし、怖いよ?
 一緒にいて欲しいのはボクだって、」

「一緒にしないで欲しい」

 傷ついた顔で自分の存在をアピールするような言葉が鬱陶しくて、ついつい言葉を遮ってしまった。こんなことなら何も告げずに紗羅の元に向かえば良かったと思うけれど、そんなことは今更だ。
 紗凪が言いたいことは何となく分かったけれど、俺と紗羅の関係はきっと誰にも理解できないだろうし、理解して欲しいとも思わない。

 周りのことを考えて諦めた関係だったけれど、周りのことを考えなくて良いとなれば話は変わってくる。
 誰にも気兼ねすることなく、何も考えることもせず、ただただ愛おしい相手と最後の時を過ごしたい、それは誰しも願うことだから。

「だって、姉さんは」

 思った通り、常識を振り翳して非難しようとする紗凪の言葉を遮り、紗凪の罪を暴いてやろうと口を開く。
 俺の本心を伝え、俺の気持ちを理解させるために。

「義務は果たした」

「義務って、」

「跡取りを産んだし、どのみち世界は終わるんだし」

 俺の言葉に戸惑った顔を見せた紗凪は言い訳のような言葉を並べ始める。

「跡取りって、別に姉さんが継がなくてもいいって言ったのに、後を継ぎたいって言ったのは姉さんだよ?」

「だって、紗凪が認められる努力をしなかったから認められなかったんだろ?」

 自分の不出来を棚に上げ、紗羅の気持ちを汲み取ることなく紗羅を非難することに腹が立ち、その時の紗羅の想いを伝える。あの日の紗羅の言葉を、あの日の紗羅の涙を。

「紗凪がちゃんとしてくれてれば紗羅は俺と来たかったって、そう言って泣いてたよ。
 だから、最後の時くらいは紗羅と一緒にいたいんだ」

「ボクがちゃんとしてればって、姉さんが自分で後を継ぐって言ったんだよ?」

「それは紗凪が頼りなかったから仕方なく、だろう?」

 次から次へと出てくる紗羅に対する非難がましい言葉が俺を苛立たせる。
 歳が離れて生まれたせいで甘やかされ、自由に自分の将来を選ぶことのできた紗凪には紗羅の苦しみを理解することなんてできないのだろう。
 紗凪のせいで犠牲になったのだから、最後の時くらい弟として姉の幸せを願ってくれても良いのに、と逆恨みめいたことまで考えてしまう。

「頼りないとか、何をもって言ってるのか知らないけど成績のこと言うなら姉さんの方が優秀だったのは認めるけど、姉さんの方が凄く優秀だったってわけでもないからね?
 大学だって姉さんと同じところにだって行けたけど、新婚夫婦と同居なんて最悪だから家を出ないと通えない学校選んだんだし。
 でもそっか、ボクのことそんな風に思ってたんだね」

 そして紗凪の口から告げられた言葉。
 俺の認識と違う紗凪の言い分。

「分かった、じゃあ姉さんのところに行くんだね。
 いつ行くの?
 世界の終わる日って、いつだっけ。
 なんか、具体的な日にちも出てたけど、姉さんは信じてるんだ」

 そこまでして紗羅を悪者にして、そんなにしてまで俺を繋ぎ止めたいのかと可笑しくなるけれど、自分からも俺の手を離してくれたことに気を良くしてその計画を告げる。

「最後の日には家族で過ごすから、その前に子供を連れて実家に行くって」

「誰が?」

 誰がだなんて分かりきったことを聞く紗凪に呆れ、そこまでして罪悪感を持たせたいのかと嫌な気持ちになるけれど、俺が何も言わないとわかると今度は疑問をぶつけてくる。

「姉さんは一緒に行かないでいいの?
 最後になるかもしれないのに」

「自分がいると向こうの親も遠慮するだろうって。孫と息子とゆっくり過ごせるようにって、気を遣ったんだよ」

 お前とは違い、紗羅は気遣いができるのだとその違いを見せつけるように言った言葉は紗凪を呆れさせたようで「でもそうなると最終日には一緒にいられないんじゃないの?」と負け惜しみのような言葉を向けられる。そんなことは分かっていた。だけど「それでも………近くにいたいから」と本音が溢れる。

 もしかしたら最後の日には紗凪の元に戻ってくることを期待したのかもしれない。噂が囁かれ始めた頃にした約束に縋りたかったのかもしれない。
 だけど、紗羅の気が変わって俺と過ごすことを選ぶ可能性だってあるのだから、紗羅の側から離れるなんて選択肢はなかった。

「ボクとは一緒にいてくれないんだ?」

「………ごめん」

 約束を破ることになるのだからと口にした謝罪は上辺だけのもので、それはきっと紗凪にも伝わったのだろう。

「姉さんのところにはいつ行くの?」

 大きなため息の後にそう言った紗凪は、俺に対して無表情で無関心に見えた。

「来週には。
 仕事も今週中に何とかなりそうだし」

「仕事って?」

「世界が無くなれば仕事も関係ないけどそれでもある程度はね、」

 紗羅の元に行くために進めていた仕事は目処がつき、紗羅の元へ向かう準備も少しずつ進めていた。紗羅の都合がつけばすぐに会えるようにと予定よりも早く紗羅の元に向かうつもりだ。

「そうなんだ、」

 呟くような紗凪の言葉。
 急な話で戸惑っているのだろう。
 俺がいなくなってからのことを考え、自分の処遇を考えているのかもしれない。そう思い、もう一度口を開く。

「あ、部屋は別に解約したりとかしてないから出て行かなくて大丈夫だからね。
 どのみち世界が無くなれば、ね」

 恩着せがましいかとも思ったけれどそう告げ、紗凪が望むのなら俺を待っていてもいいと遠回しに伝える。
 もしも本当に世界が終わるのならば紗羅の近くで終わりを迎えたいけれど、世界が終わることなく日常が戻ってくるのなら自分の居場所を確保しておくのは当然だ。
 仕事だって退職するわけじゃないし、生活用品を処分したわけじゃない。
 紗羅の元に向かうために必要最低限の荷物はまとめてあるけれど、全てを投げ捨ててまで紗羅の元に向かうわけじゃない。

 だから、紗凪に出て行けと言わないのは自分に対する保険。世界が続き、紗羅と再び別れることになった時に戻る場所があると思えばきっと正気を保つことができるはずだから。

「分かった。
 ありがとう」

 その言葉に安堵したのは独りの淋しさを知っていたからなのだけど、自分の淋しさには敏感なくせに紗凪の気持ちには愚鈍だったから。
 残される立場の紗凪だけど、それでも居場所を残したのだからと気遣ったフリをして、自分の都合よく物事を進めようとしただけのこと。

 だって、紗凪のことは自分よりも下に見ていたから。
 
 ⌘⌘⌘

 紗凪に再会し、紗凪を認識した時に感じたのは懐かしさ。
 初めて会った時に中学生だった紗凪は、紗羅に紹介された俺に対して好奇心を隠そうとしなかった。

「姉さんの彼氏?
 うちに連れてきたってことは、結婚するの?」

「紗凪、まずは挨拶しなさいよ」

 紗羅の口から紹介はされたけれど、自己紹介をする前に俺に質問を投げかけたことで紗羅を呆れさせ、「ごめんなさい」と小さく謝ってから自己紹介をした紗凪。姉に叱られ機嫌を悪くするかと思った彼は、謝ったことで許されたと判断したのか再び「で、結婚するの?」と同じ質問を重ねて嬉しそうにしている。

「そうなると良いと思ってるけどね」

 そう答えた俺に満面の笑みを見せた紗凪と、嬉しそうに微笑んだ紗羅。
 きっと、この時が幸せの頂点。

 大学で知り合った俺と紗羅は学生の頃から付き合いを始め、将来的に家を継ぐ予定だけど一度は外に出てみたいと言った紗羅に付き合い就職先を決めた。
 紗羅の地元とも俺の地元とも離れたその場所は適度に都会だと言える街で、結婚を意識した付き合いではあったけれど、それぞれ自分の会社近い場所に部屋を借りて一人暮らしを楽しみつつその関係を深めていく。

 結婚を意識した付き合いは順調で、3人兄弟の真ん中だった俺は婿養子に入る予定で話を進めていた。紗凪がいるのに自分が婿養子に入るのはどうなのかと思わないでもなかったけれど、紗羅の父も婿養子だったせいで抵抗はないと言われ納得する。
 紗凪はまだ中学生だ。
 将来的に紗凪が家に入りたいと言った時にはその時に話し合えばいいと気軽に考えていた。

 結婚することは決定事項で、この先も幸せな毎日が続くことに疑いを持つこともない満たされた毎日。
 将来の自分たちの姿を思い描きながら支え合い、成長していくそんな関係。

 職場にも紗羅との結婚の話を進めていることは伝えていたし、その時には式に出て欲しいなんて話も当然していた。
 少しずつ具体的になっていく未来。
 結婚してしばらくは2人で暮らしたいと紗羅が希望していたせいで退職の具体的な日程は決めていなかったけれど、将来的には退職して紗羅の家に入る予定だなんて話をすることもあった。

 だけど、具体的に式の日にちを決める前にブライダルチェックをしたいと言った紗羅の言葉で俺たちの未来は途切れてしまうことになる。

 こんなはずじゃなかったのに。

 俺にとっての世界の終わりは、結果の出たあの日だった。
 


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