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時也編 3
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結局、鍋料理はどんな鍋であっても楽しめると結論を出した僕達だったけれど、それでも鍋をやるのなら土鍋がいいと最後まで言い張った僕はやっぱり酔っていたのだろう。
駅まで敦志を送ると言い張ったけれど断られてしまったため少し不機嫌な僕は逆に部屋まで送られてしまった。
「時也、気付いてないみたいだけどだいぶ酔ってるよ?」
歩きながらそう嗜められたけれど、そんな自覚はない。寒いはずなのに寒さも気にならず、それなのに首元が寒そうだと言われ、敦志のマフラーを無理矢理巻かれる。
「首がゾワゾワして嫌いなんだって」
そんな風に拒否しようとしたけれど、酔っ払いは大人しくしてなさいと子供扱いだ。
「敦志だって寒いんじゃないの?
自分で使いなよ」
そんな風に反論しても「後でちゃんと回収するから」と聞く耳を持たない。
「風邪ひきそうで心配だから、体調崩したら遊べなくなるだろ?」
そんな風に言われたら大人しくするしかない。首がゾワゾワするのはいつもの事だけど、敦志のマフラーを使っているせいで敦志をいつも以上に近く感じてしまう。そんな僕の気持ちに気付かず僕と並んで歩く敦志はどんなことを考え、どんな事を思い僕に付き合ってくれてるのだろう。
そんなことを考えると少し居心地が悪いのだけど、それでも敦志とこうして過ごすことができるのが嬉しくて、そうなると少しでも長く話したくて、次の約束を取り付けたくて、ついつい饒舌になってしまう。
シリーズものの本を貸しても、一緒に鍋をする約束をしても、約束なんて簡単に破られるものだから。
本なんてよほど貴重な物でなければそのまま返さなくても問題ないし、約束だって絶対じゃない。
敦志はそんなことをしないと信じているけれど、それでも不安になるのは今までの経験があるから。
「なんなら明日、一緒に選ぶ?」
そんな僕の不安を感じ取ったのか、敦志が言う。学生時代から僕の気持ちを察して助け舟を出してくれたのはいつも敦志だったな、なんて思いながら成長していない自分をおかしく思うけど、それでも変わらずに続くこの関係を嬉しく思ってしまう。
「どこかで待ち合わせる?」
「ん?
遊びに来ていい?」
何でもないようにそう言って「自転車でどのくらいかかるか気になるし」と続ける。はじめは理解できなかったけれど、その言葉の意味に気付きそれだけで楽しくなってしまう。
「それ、楽しそう」
素直に来て欲しいと伝えることができない僕の精一杯の言葉。学生時代は敦志が遊びにくることが何度かあったけれど、社会人になってからこんな風に友人と遊ぶのは初めてなことに気付き軽く衝撃を受けつつ、それ以上に楽しみになってくる。
「早く明日にならないかな」
まだ目の前に敦志がいるのに、ついそんなことを言ってしまう。
「明日になるのなんて、直ぐだよ」
面白いものを見るような顔で敦志が応える。
「じゃあ、家出る時に連絡するけど…。
ごめん、住所送っといてもらえる?
そしたら迷ってもナビ使えば辿り着けるし」
その言葉に後で送ると答え、その時にはもう僕の住むアパートの前だったためそこで別れることになった。
本当は寄っていくかと言いたいところだけど、明日の約束があると思いその言葉をグッと飲み込む。
アルコールは危険だと知っているのに、それなのに敦志が相手だとつい飲みすぎてしまう。安心感と、信頼感と、この時にはまだ自覚していなかった少しばかりの期待感。
会う度に飲む量が増えていることに気付いてはいたけれど、送ってもらうほど飲んだのは初めての事だ。
「じゃあ、また明日。
寒いから部屋、入りなね」
そう言われて仕方なく敦志に背中を向ける。本当はその姿が見えなくなるまで見送りたいけれど、敦志は敦志で僕が部屋に入るのを確認しないと納得しないだろう。仕方なく鍵を取り出そうとした時に気付く。
「あ、マフラー」
思わず呟き敦志の姿を探す。
さっき別れた時のままの場所で見守っていたらしい敦志は驚いたような顔をしたけれど、思っていた通りのその姿に嬉しくて駆け寄ってしまう。
「酔ってるのに走るなって」
焦ったように言われても気にしない。
「体調崩したら遊べなくなっちゃうよ」
そう言ってマフラーを取り、敦志の首元を飾る。僕よりも高い背を実感して面白くないけれど、普段使ってないせいでうまく巻くことができないけれど、それでもされるがままに待っていてくれる敦志は大人だと思う。
「ありがとう」
僕がマフラーを巻くのを大人しく待っていた敦志が笑いながらそう言い、「冷えるから急いで部屋入りな。走るなよ」と僕が戻りやすいように声をかけてくれる。
「じゃあ、また明日」
あまり心配をさせてはいけないと、今度こそ部屋に向かう。後ろ髪を引かれてないわけじゃ無いけれど、これ以上引き留めたら敦志が風邪を引いてしまいそうだ。
部屋のドアまで走らないように、それでも少し急いで向かい、鍵を開け、ドアを開ける前にもう一度敦志の姿を探す。
僕に風邪をひくから、と言っておいて自分はまだその場に留まっている敦志は僕に対して過保護だと思うけれど、そんな気遣いが嬉しいと思うのは酔いのせいなのか。
僕が鍵を開けたのを確認したのか、軽く手を上げ、やっと僕に背を向ける。
「おやすみ」
聞こえるはずがないのに敦志の声が僕の耳に届いた気がして僕もそっと答えたんだ。
「おやすみなさい」
【敦志side】
その後、鍋料理はどんな鍋でも同じらしいと結論を出したのに、何故か時也は「それでも鍋は土鍋じゃないと!」と何度も話を蒸し返す。
どうやら飲ませ過ぎたらしい。
もともとそんなに酒が得意ではないのか、それとも誰かに止められていたのか。飲み会に参加してもはじめの1杯を飲み終えることなくソフトドリンクに移行することの多かった時也だから2杯、3杯と杯を重ねた今日はそれなりに酔ってしまったのだろう。
そろそろ電車の時間もあるから、と声をかけると「駅まで送っていく」と言い張るためその申し出を断り、逆に俺が時也を送っていくことを提案する。
俺が時也の申し出を断ると少し不機嫌そうな顔を見せたくせに、送っていくと言えば少しだけ嬉しそうな顔を見せた自分を自覚しているのだろうか?
「時也、気付いてないみたいだけどだいぶ酔ってるよ?」
言いながらも時也の首元が気になってしまい、〈寒そうだから〉と理由を付けて無理矢理マフラーを巻く。
寒そうに見えたのはもちろん本当だけど、今はパートナーがいないはずの時也の首元に赤い痕が有ったら…そう思うと気になってしまい、そんなことを考える自分を情けなく思い、それならば物理的に見えなくしてしまえと思ったのが本音だ。
「首がゾワゾワして嫌いなんだって」
そんな風に拒否ようとした時也を無視してマフラーを巻き歩き出す。道はわからないけれど、取り敢えず駅とは逆方向に歩けば着いてくるしかないだろう。
「敦志だって寒いんじゃないの?
自分で使いなよ」
そう言いながら、マフラーを気にしながら着いてくる時也は正直可愛かった。
彼シャツとか馬鹿じゃないの?と思ってた頃の俺の方が馬鹿だったと思う程に…。
自分の持ち物を身に付けた自分の好きな相手とはこんなにも破壊力が増すものかと、そんな風に思う俺もそれなりに酔っているのだろう。マフラーが無くても寒いと思わないのはきっとそのせいだ。
「後でちゃんと回収するから」
そんな風に答えつつ、少しむくれた顔の時也を宥めつつ言葉を続ける。
「風邪ひきそうで心配だから。体調崩したら遊べなくなるだろ?」
心配しているという本心と、いつでも一緒に過ごしたいという気持ちを〈遊び〉という言葉に隠して告げた言葉。
本当はずっと一緒にいたいけど、それを告げるにはまだ何も伝える事ができていない自分を不甲斐なく思ってしまう。
2人で飲んで、時也の会社の社長とそのパートナーを紹介され。俺に偏見が無いことは伝わったと思う。思うけれど、〈偏見が無い=自分も恋愛対象〉だなんて、自己肯定感の低い時也は想像もしないだろう。
三浦と別れて半年以上過ぎたけれど、長く付き合ってパートナーと別れた場合、次の恋愛を考えるまでの時間として半年が早いのか、遅いのか、それとも最適な期間なのか、恋愛経験がないせいで判断が付かない。
動くべきなのか、静観するべきなのか。俺の悩みを知ってから知らずか、きっと無意識に俺の事を頼っている時也は、俺のことをどう思っているのか図りきれないのが現実だ。
先に歩き出したのは俺だったけど、気付けば時也が先を歩いている。道を知らないのだからそれが当然なのだけど、少しばかり歩みが遅いには気のせいなのだろうか?
酔っているせいか機嫌はすこぶる良いし、饒舌でもある。今まで借りた本の話や今日借りた本の話。
次に会う時は続きを持ってくるとか、次は何を食べるのかとか、次の出張はいつなのかとか。
次の約束なんてしなくてもいつだって会いたいし、時也が望むなら毎日だって会いにくるのに、それなのに俺の口から次の約束を確約させようとしているようにしか見えない。
「なんなら明日、一緒に選ぶ?」
機嫌は良いのに、それなのにどこか不安そうな時也が心配で無意識に言葉が出てしまった。
時也を心配する気持ちと、一緒にいたいという俺の願望。
俺の言葉に時也が嬉しそうな顔をしたのは気のせいじゃ無い。
「どこかで待ち合わせる?」
ニコニコしながら見上げるように俺を見る時也は無邪気で、そんな時也を独り占めしたくて無意識に言葉がこぼれ落ちる。
「ん?
遊びに来ていい?」
その言葉に驚いた顔を見せられ、言い訳のように言葉を続ける。
「自転車でどのくらいかかるか気になるし」
言い訳が不自然すぎるかと思いながらも他にいい言葉が見つからず、いつか家に招かれた時は電車ではなくて自転車で来てみたいと思っていた俺の気持ちを素直に伝えてしまった。
「それ、楽しそう」
キョトンとしていた時也がそう言ってくれたためホッとすると同時に、約束を取り付けたことに満足した様子の時也を見て嬉しくなる。
「早く明日にならないかな」
ふふっと笑った時也の気持ちはもう明日に飛んでいるのかもしれないと思うほど嬉しそうで、こちらまで笑みが溢れる。
「明日なんて直ぐだよ。
じゃあ、家出る時に連絡するけど…。
ごめん、住所送っといてもらえる?
そしたら迷ってもナビ使えば辿り着けるし」
その言葉に「後で送るね」と答えた時にタイミングよく着いたのが時也のアパートらしい。名残惜しいけれど、明日またここに来れると思えば帰る足取りも軽くなりそうだ。
「じゃあ、また明日。
寒いから部屋、入りなね」
そう言って部屋に入るように促す。
本当はちゃんと部屋の中まで送り届けたいけれど、一歩入ってしまったら帰りたく無くなってしまうからグッと我慢する。
俺の言葉に渋々といった感じで背中を向けた時也だったけれど、鍵を取り出そうとする仕草を途中で止め、何故か振り返る。
そして、俺の姿を認めるとなぜか駆け寄ってくる。
「酔ってるのに走るなって」
焦って止めようとするけれど、何故か得意そうな時也は俺の前で立ち止まる。
「体調崩したら遊べなくなっちゃうよ」
そう言って自分の首からマフラーを外すと、俺の首元にそれを巻いてくれた。
身長差があるため少しだけ腰を落とし、時也のしたいようにさせたけれど、普段からマフラーを使う習慣がないせいで手間取っている姿を見るとなんだかくすぐったい気持ちになるのはニットのせいだけじゃない。
「ありがとう」
納得のいく形になったのか、俺から少し離れてその全体像を確認するかのようにし始めた時也に改めて声をかける。
「冷えるから急いで部屋に入りな。
走るなよ」
「じゃあ、また明日」
俺の言葉にそう答え、今度こそ部屋に向かうよう促す。
俺に背を向け、部屋の前で鍵を取り出し、鍵を開けたであろうタイミングでこちらを振り返る。
後は部屋に入るだけだ。
「おやすみ」
聞こえないと分かっていてもそう呟きながら軽く手をあげ、今度は俺が時也に背を向ける。
「おやすみなさい」
時也の声が聞こえた気がしてそっとマフラーに手を伸ばす。時也の温もりは消えてしまったけれど、いつも以上に暖かく感じるのは時也の残り香のせいかもしれない。
「また明日」
自分に言い聞かせるように再度呟き、ゆっくりと駅に向かって歩き出す。
「早く明日になれば良いのに」
嗜めたはずの言葉と同じことを呟いたのは時也には言えない俺だけの秘密だ。
駅まで敦志を送ると言い張ったけれど断られてしまったため少し不機嫌な僕は逆に部屋まで送られてしまった。
「時也、気付いてないみたいだけどだいぶ酔ってるよ?」
歩きながらそう嗜められたけれど、そんな自覚はない。寒いはずなのに寒さも気にならず、それなのに首元が寒そうだと言われ、敦志のマフラーを無理矢理巻かれる。
「首がゾワゾワして嫌いなんだって」
そんな風に拒否しようとしたけれど、酔っ払いは大人しくしてなさいと子供扱いだ。
「敦志だって寒いんじゃないの?
自分で使いなよ」
そんな風に反論しても「後でちゃんと回収するから」と聞く耳を持たない。
「風邪ひきそうで心配だから、体調崩したら遊べなくなるだろ?」
そんな風に言われたら大人しくするしかない。首がゾワゾワするのはいつもの事だけど、敦志のマフラーを使っているせいで敦志をいつも以上に近く感じてしまう。そんな僕の気持ちに気付かず僕と並んで歩く敦志はどんなことを考え、どんな事を思い僕に付き合ってくれてるのだろう。
そんなことを考えると少し居心地が悪いのだけど、それでも敦志とこうして過ごすことができるのが嬉しくて、そうなると少しでも長く話したくて、次の約束を取り付けたくて、ついつい饒舌になってしまう。
シリーズものの本を貸しても、一緒に鍋をする約束をしても、約束なんて簡単に破られるものだから。
本なんてよほど貴重な物でなければそのまま返さなくても問題ないし、約束だって絶対じゃない。
敦志はそんなことをしないと信じているけれど、それでも不安になるのは今までの経験があるから。
「なんなら明日、一緒に選ぶ?」
そんな僕の不安を感じ取ったのか、敦志が言う。学生時代から僕の気持ちを察して助け舟を出してくれたのはいつも敦志だったな、なんて思いながら成長していない自分をおかしく思うけど、それでも変わらずに続くこの関係を嬉しく思ってしまう。
「どこかで待ち合わせる?」
「ん?
遊びに来ていい?」
何でもないようにそう言って「自転車でどのくらいかかるか気になるし」と続ける。はじめは理解できなかったけれど、その言葉の意味に気付きそれだけで楽しくなってしまう。
「それ、楽しそう」
素直に来て欲しいと伝えることができない僕の精一杯の言葉。学生時代は敦志が遊びにくることが何度かあったけれど、社会人になってからこんな風に友人と遊ぶのは初めてなことに気付き軽く衝撃を受けつつ、それ以上に楽しみになってくる。
「早く明日にならないかな」
まだ目の前に敦志がいるのに、ついそんなことを言ってしまう。
「明日になるのなんて、直ぐだよ」
面白いものを見るような顔で敦志が応える。
「じゃあ、家出る時に連絡するけど…。
ごめん、住所送っといてもらえる?
そしたら迷ってもナビ使えば辿り着けるし」
その言葉に後で送ると答え、その時にはもう僕の住むアパートの前だったためそこで別れることになった。
本当は寄っていくかと言いたいところだけど、明日の約束があると思いその言葉をグッと飲み込む。
アルコールは危険だと知っているのに、それなのに敦志が相手だとつい飲みすぎてしまう。安心感と、信頼感と、この時にはまだ自覚していなかった少しばかりの期待感。
会う度に飲む量が増えていることに気付いてはいたけれど、送ってもらうほど飲んだのは初めての事だ。
「じゃあ、また明日。
寒いから部屋、入りなね」
そう言われて仕方なく敦志に背中を向ける。本当はその姿が見えなくなるまで見送りたいけれど、敦志は敦志で僕が部屋に入るのを確認しないと納得しないだろう。仕方なく鍵を取り出そうとした時に気付く。
「あ、マフラー」
思わず呟き敦志の姿を探す。
さっき別れた時のままの場所で見守っていたらしい敦志は驚いたような顔をしたけれど、思っていた通りのその姿に嬉しくて駆け寄ってしまう。
「酔ってるのに走るなって」
焦ったように言われても気にしない。
「体調崩したら遊べなくなっちゃうよ」
そう言ってマフラーを取り、敦志の首元を飾る。僕よりも高い背を実感して面白くないけれど、普段使ってないせいでうまく巻くことができないけれど、それでもされるがままに待っていてくれる敦志は大人だと思う。
「ありがとう」
僕がマフラーを巻くのを大人しく待っていた敦志が笑いながらそう言い、「冷えるから急いで部屋入りな。走るなよ」と僕が戻りやすいように声をかけてくれる。
「じゃあ、また明日」
あまり心配をさせてはいけないと、今度こそ部屋に向かう。後ろ髪を引かれてないわけじゃ無いけれど、これ以上引き留めたら敦志が風邪を引いてしまいそうだ。
部屋のドアまで走らないように、それでも少し急いで向かい、鍵を開け、ドアを開ける前にもう一度敦志の姿を探す。
僕に風邪をひくから、と言っておいて自分はまだその場に留まっている敦志は僕に対して過保護だと思うけれど、そんな気遣いが嬉しいと思うのは酔いのせいなのか。
僕が鍵を開けたのを確認したのか、軽く手を上げ、やっと僕に背を向ける。
「おやすみ」
聞こえるはずがないのに敦志の声が僕の耳に届いた気がして僕もそっと答えたんだ。
「おやすみなさい」
【敦志side】
その後、鍋料理はどんな鍋でも同じらしいと結論を出したのに、何故か時也は「それでも鍋は土鍋じゃないと!」と何度も話を蒸し返す。
どうやら飲ませ過ぎたらしい。
もともとそんなに酒が得意ではないのか、それとも誰かに止められていたのか。飲み会に参加してもはじめの1杯を飲み終えることなくソフトドリンクに移行することの多かった時也だから2杯、3杯と杯を重ねた今日はそれなりに酔ってしまったのだろう。
そろそろ電車の時間もあるから、と声をかけると「駅まで送っていく」と言い張るためその申し出を断り、逆に俺が時也を送っていくことを提案する。
俺が時也の申し出を断ると少し不機嫌そうな顔を見せたくせに、送っていくと言えば少しだけ嬉しそうな顔を見せた自分を自覚しているのだろうか?
「時也、気付いてないみたいだけどだいぶ酔ってるよ?」
言いながらも時也の首元が気になってしまい、〈寒そうだから〉と理由を付けて無理矢理マフラーを巻く。
寒そうに見えたのはもちろん本当だけど、今はパートナーがいないはずの時也の首元に赤い痕が有ったら…そう思うと気になってしまい、そんなことを考える自分を情けなく思い、それならば物理的に見えなくしてしまえと思ったのが本音だ。
「首がゾワゾワして嫌いなんだって」
そんな風に拒否ようとした時也を無視してマフラーを巻き歩き出す。道はわからないけれど、取り敢えず駅とは逆方向に歩けば着いてくるしかないだろう。
「敦志だって寒いんじゃないの?
自分で使いなよ」
そう言いながら、マフラーを気にしながら着いてくる時也は正直可愛かった。
彼シャツとか馬鹿じゃないの?と思ってた頃の俺の方が馬鹿だったと思う程に…。
自分の持ち物を身に付けた自分の好きな相手とはこんなにも破壊力が増すものかと、そんな風に思う俺もそれなりに酔っているのだろう。マフラーが無くても寒いと思わないのはきっとそのせいだ。
「後でちゃんと回収するから」
そんな風に答えつつ、少しむくれた顔の時也を宥めつつ言葉を続ける。
「風邪ひきそうで心配だから。体調崩したら遊べなくなるだろ?」
心配しているという本心と、いつでも一緒に過ごしたいという気持ちを〈遊び〉という言葉に隠して告げた言葉。
本当はずっと一緒にいたいけど、それを告げるにはまだ何も伝える事ができていない自分を不甲斐なく思ってしまう。
2人で飲んで、時也の会社の社長とそのパートナーを紹介され。俺に偏見が無いことは伝わったと思う。思うけれど、〈偏見が無い=自分も恋愛対象〉だなんて、自己肯定感の低い時也は想像もしないだろう。
三浦と別れて半年以上過ぎたけれど、長く付き合ってパートナーと別れた場合、次の恋愛を考えるまでの時間として半年が早いのか、遅いのか、それとも最適な期間なのか、恋愛経験がないせいで判断が付かない。
動くべきなのか、静観するべきなのか。俺の悩みを知ってから知らずか、きっと無意識に俺の事を頼っている時也は、俺のことをどう思っているのか図りきれないのが現実だ。
先に歩き出したのは俺だったけど、気付けば時也が先を歩いている。道を知らないのだからそれが当然なのだけど、少しばかり歩みが遅いには気のせいなのだろうか?
酔っているせいか機嫌はすこぶる良いし、饒舌でもある。今まで借りた本の話や今日借りた本の話。
次に会う時は続きを持ってくるとか、次は何を食べるのかとか、次の出張はいつなのかとか。
次の約束なんてしなくてもいつだって会いたいし、時也が望むなら毎日だって会いにくるのに、それなのに俺の口から次の約束を確約させようとしているようにしか見えない。
「なんなら明日、一緒に選ぶ?」
機嫌は良いのに、それなのにどこか不安そうな時也が心配で無意識に言葉が出てしまった。
時也を心配する気持ちと、一緒にいたいという俺の願望。
俺の言葉に時也が嬉しそうな顔をしたのは気のせいじゃ無い。
「どこかで待ち合わせる?」
ニコニコしながら見上げるように俺を見る時也は無邪気で、そんな時也を独り占めしたくて無意識に言葉がこぼれ落ちる。
「ん?
遊びに来ていい?」
その言葉に驚いた顔を見せられ、言い訳のように言葉を続ける。
「自転車でどのくらいかかるか気になるし」
言い訳が不自然すぎるかと思いながらも他にいい言葉が見つからず、いつか家に招かれた時は電車ではなくて自転車で来てみたいと思っていた俺の気持ちを素直に伝えてしまった。
「それ、楽しそう」
キョトンとしていた時也がそう言ってくれたためホッとすると同時に、約束を取り付けたことに満足した様子の時也を見て嬉しくなる。
「早く明日にならないかな」
ふふっと笑った時也の気持ちはもう明日に飛んでいるのかもしれないと思うほど嬉しそうで、こちらまで笑みが溢れる。
「明日なんて直ぐだよ。
じゃあ、家出る時に連絡するけど…。
ごめん、住所送っといてもらえる?
そしたら迷ってもナビ使えば辿り着けるし」
その言葉に「後で送るね」と答えた時にタイミングよく着いたのが時也のアパートらしい。名残惜しいけれど、明日またここに来れると思えば帰る足取りも軽くなりそうだ。
「じゃあ、また明日。
寒いから部屋、入りなね」
そう言って部屋に入るように促す。
本当はちゃんと部屋の中まで送り届けたいけれど、一歩入ってしまったら帰りたく無くなってしまうからグッと我慢する。
俺の言葉に渋々といった感じで背中を向けた時也だったけれど、鍵を取り出そうとする仕草を途中で止め、何故か振り返る。
そして、俺の姿を認めるとなぜか駆け寄ってくる。
「酔ってるのに走るなって」
焦って止めようとするけれど、何故か得意そうな時也は俺の前で立ち止まる。
「体調崩したら遊べなくなっちゃうよ」
そう言って自分の首からマフラーを外すと、俺の首元にそれを巻いてくれた。
身長差があるため少しだけ腰を落とし、時也のしたいようにさせたけれど、普段からマフラーを使う習慣がないせいで手間取っている姿を見るとなんだかくすぐったい気持ちになるのはニットのせいだけじゃない。
「ありがとう」
納得のいく形になったのか、俺から少し離れてその全体像を確認するかのようにし始めた時也に改めて声をかける。
「冷えるから急いで部屋に入りな。
走るなよ」
「じゃあ、また明日」
俺の言葉にそう答え、今度こそ部屋に向かうよう促す。
俺に背を向け、部屋の前で鍵を取り出し、鍵を開けたであろうタイミングでこちらを振り返る。
後は部屋に入るだけだ。
「おやすみ」
聞こえないと分かっていてもそう呟きながら軽く手をあげ、今度は俺が時也に背を向ける。
「おやすみなさい」
時也の声が聞こえた気がしてそっとマフラーに手を伸ばす。時也の温もりは消えてしまったけれど、いつも以上に暖かく感じるのは時也の残り香のせいかもしれない。
「また明日」
自分に言い聞かせるように再度呟き、ゆっくりと駅に向かって歩き出す。
「早く明日になれば良いのに」
嗜めたはずの言葉と同じことを呟いたのは時也には言えない俺だけの秘密だ。
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