手〈取捨選択のその先に〉

佳乃

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閑話 3

うちの後輩たちは…。

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 時也が異動になってしばらくしてから、今更と思われるような時期になってから入った電話の事をパートナーから聞かされた時の気持ちは何と言えばいいのだろう。
「ねえ、時也の知り合いに三浦なんていた?」
「三浦?確か時也の同級生に三浦君っていたけど、どうしたの?」
 産休を終え、今度は育休を取っている私は何かあったのかと思いその名前に警戒する。

 時也が強がっていた時期に何かとちょっかいをかけている人物がいるせいで気が紛れているのではないか、と敦志に聞いたのは随分前だけど、今更その三浦君がどうしたと言うのか。
「今日さ、電話があったんだって」
 その時に聞いた話は時也自身が異動となった時に、自分宛に仕事とは関係ない連絡が来た場合は退職したと告げてほしいとお願いされていたという事。
 必要な相手にはちゃんと連絡するため、もしも自分の行き先を聞かれるような事があっても知らないと告げて欲しいともお願いされていたという事。
 仕事関係の相手ならば連絡先の交換をしてあるので何かあれば会社ではなく直接連絡できるはずだし、異動の連絡と挨拶はちゃんとして行くとも告げられていた事。
 そんな言葉を残して異動していったせいで〈何か〉あったのかもしれないと気にはしていたけれど、時也個人の問題なのだろうと多くは聞かないようにしていた事。会社は知らない大人同士の集まりだから必要以上に相手のことを詮索する事はない。トラブルを避けるためにも相手の言うことが自分に不利に働かなければ余計なことを聞く必要もない。
 だから、うちのパートナーも気にはなっていたけれど時也が言わない以上聞くわけにもいかず、それでも異動する直前の時也の様子を思い出すと、あえて会社に連絡してきた三浦という人物が何か関係あったのだろうと思い私に確認したようだ。

「時也に連絡したほうがいいのかな?」
 悩むパートナーの言葉に「でも時也の連絡先は変わってないんだし、何かあれば普通は友達経由で聞くんじゃない?」と答えると「三浦君ってどんな子だったっけ?」と聞かれ、「あのチャラい集団の中にいたイケメン」と答えるとわかったようかわからないような顔をする。
 私自身、何度か会った事はあるし、あの集団の中でやたらと目立っていた子だとは覚えているけれど、就職してスーツを着てしまった今の彼に気付くかと言われればNOと答えるだろう。
 それにしても時也にパートナーがいることに気づいてはいたけれど、その相手は三浦君だったのだろうか?
 三浦君の隣に立つ時也を想像してみるけれど、正直ピンと来ない。
 熊のような先輩の隣に立つ時也は、終わり方は悪かったけれどそれでも案外お似合いだった。だけど、三浦君とはタイプが違い過ぎて想像の中ですら、三浦君の隣に立つ時也は萎縮している。
 チャラチャラと遊びまくっていた集団の中でも目立っていた三浦君は学年が離れていても噂を聞くくらいで、時也とはタイプが違い過ぎて物珍しさからちょっかいを出していたのかと思っていたのだけど、なかなかどうやら違っていたらしい。
 それにしてもそれならば何故直接連絡を取るなり、友人経由で連絡を取るなりせず、会社に連絡をしてきたのだろうか?
 親しい相手ならば引っ越し先を告げるだろう。会社関係の相手には住居までは教えないにしても、親しい間柄ならば伝えるはずだ。私たち夫婦は当然教えられている。
 連絡先は変わっていないし、それなのに連絡が取れないと言う事は、きっと意図してのことだ。
「どうする?
 時也に連絡しておく?」
 考え込む私に質問された言葉に対する答えは当然NOで、その時に頭に思い浮かんだのは、そんな時についつい頼ってしまうのは敦志だった。

「敦志に何か知らないか聞いてみるよ」
 そう言ってスマホを手にする。
 幸いな事に、ご機嫌な我が子は手足をばたつかせてパートナーを虜にしているため、しばらくは私が手を出さなくても大丈夫だろう。
〈時也と連絡取ってる?〉
 敦志との共通の話題なんて時也のことしかない。季節の挨拶とか、前置きなど必要ないほどに時也を中心に置いた人間関係。
 それにしても…時也のパートナーが三浦君だったとは驚きだ。私が知る限りでは時也が苦手とするタイプなのに、どこで何がどうなったのか。
 いつか、時也の口からパートナーを紹介される事を夢見ているけれど、それはまだ叶わないらしい。
〈何かありましたか?〉
 思いの外早く届いた返信に電話をかけてみる。駄目ならメッセージが返ってくるはずだ。

『もしもし?』
 メッセージが返ってくる覚悟でかけた電話がすぐにつながってしまい少々驚いたけれど、こちらもすぐに返事をする。
「久しぶり。
 今って話してて大丈夫?」
『大丈夫です。
 あ、出産おめでとうございます。
 お子さん、大丈夫ですか?』
 誰から聞いたのか、は愚問だろう。その時点で時也と連絡をとっている事は予想できてしまう。
「時也に聞いた?」
『ですね。
〈先輩のところ、産まれたよ〉とメッセージをもらいました。お祝いの催促ですか?』
「そんなわけないでしょ?
 連絡取ってるのはわかったけど、会ってる?」
『会ってないですね。
 引っ越しして落ち着いたら連絡が欲しいってメッセージは送ってあるけれど、今のところ返信は無いです』
「確認だけど…連絡先変わってないよね?」
『自分の知る限りは。
 もしかして三浦から連絡ありましたか?』
 以前から時也のことに関しては千里眼でも持っているのかと思うほど勘の良い敦志だったけれど、相変わらずのようだ。

「時也に連絡が取れないみたいで会社に連絡があったみたい」
『俺のところにも連絡きましたよ。
 時也がどこにいるか知らないかって』
「あの2人、仲良かったの?」
『みたいですね』
 学生時代から余計な事を言わなかったけれど、今回も聞いたことに対してしか話す気はなさそうだ。
「仲良かったのに居場所聞くって…」
『時也に拒絶されたんじゃ無いですか?
 引っ越す時にグループの方に〈誰かに僕のことを何か聞かれても知らないって言っておいて欲しい〉ってメッセージがあったんです。
 個別にメッセージを送っても〈大丈夫〉としか言わないからそのままにしてあったけど、そっか」
「1人で納得してないで私にも分かるように説明が欲しいんだけど?
 会社にまで連絡してくるくらいだから私も知っておいたほうがいい事が有るんじゃない?」
 何も聞かなければ何も答えない敦志に仕方なく聞いてみる。そして付け加えた一言。
「三浦君って時也と付き合ってた?」

 先輩と別れた時も敦志に時也の様子を聞き、三浦君と別れたらしい今回も敦志に時也の様子を聞き。
 何だか既視感を覚えるけれど、時也はもう学生でも無いし、私だってあの頃とは色々と違っている。
『ですね』
「長かった?」
『多分、卒業した年にはもう』
 時也の雰囲気が変わり、パートナーが出来たかな?と思ったのは間違いではなかったようだ。ただ、その相手が違っただけ。

「違ったらごめんだけど、時也にパートナーがいたのには気付いてたし、時也のパートナーは敦志だと思ってたんだよね。何で三浦君だったの?」
『……弱みにつけ込むのは狡い。
 就活の邪魔をしたくない。
 お互いに生活が落ち着いたら、そんな風にタイミングを計っていたら出遅れました』
 少しの沈黙の後に告げられた言葉。
 どうやらあながち間違いではなかったらしい。
 時也の淋しい気持ちに三浦君が寄り添ったということなのだろうか?きっと敦志が考え過ぎて身動きが取れなくなっている時に、三浦君が時也の心に入り込んだのだろう。
「就職決まってから卒業までけっこう時間あったよね?」
『もしもし拒絶されたら卒業式に顔を合わせ辛いかと思って、お互いに。
 だったら就職してからなら、それなら拒絶されて会えなくなれば諦めるしかないかと思って時也が落ち着く頃を待ってました』
「で、その間に三浦君に取られちゃったのね」
 私の言葉に敦志はゴニョゴニョと何やら言っているけれど、敦志の言い訳なんてどうでも良い。予想通りでため息を吐きたくなるけれど、敦志なりに時也のことを考えての行動だったのだと思うと責めるのも可哀想だ。

「奪ってやろうとか思わなかったの?」
『三浦の事は気に入らないけど時也が選んだなら仕方ないです。
 それに、パートナーに浮気されて捨てられた時也が1番嫌がる事じゃないですか、それって』
「そうよね…。
 ところで三浦君から連絡が来たって、何の要件で?」
『同じですよ。時也の居場所を知らないかって」
「そうなの⁈」
 思わず大きな声が出てしまう。
「連絡先、交換してたの?」
『学生の時に接点ができたせいで向こうの友達の連絡先も何人か知ってますよ。
 だから時也の意向を伝えてある相手もいます」
「時也の意向?」
『引っ越すけど必要な相手には自分で連絡してるから、もしも誰かに自分のことを聞かれても知らないって答えて欲しいって』
 そう言えば電話してすぐにそんなことを言っていた。会社にだけでなく友人関係にも同じように連絡をしてあったと言う事は関わりたくない相手、三浦君から連絡が来るのは想定済みだったのかもしれない。
「会社にもそう言ってあったみたいよ?」
『どんな別れ方したんだよ…』
 かなり苛々した様子の敦志の様子に珍しいな、と思いつつ聞いてみる。
「なんて答えたの?
 素直に知らないって」
『言うわけないじゃないですか。
 一体いつの話をしてるんだって、連絡が取りたいのなら直接時也に連絡しろって言って返事を聞かずに電話を切りました。いつ引っ越したのかも、もしかしたら知らないんじゃないですか?』
「まさか」
『連絡が今更なのが答えですよ』
 呆れたように言っているけれど、内心怒っているのだろう。私の言葉に被せるように話し出してるのがその証拠だ。
「時也からは何か聞いてる?」
『何も。
 大丈夫って言われたらそれ以上何も言えないし、何も聞けないですよ』
 いつも自信に満ちて見える敦志なのに時也に対しては案外弱気らしい。
 別れたばかりであろうこの時期に、どうやら円満に別れたのではなさそうなこのタイミングに付け入ろうとしないところが敦志らしいけれど、こんな時にこそ誰かに居て欲しいのではないかと思うけれど、それは私が口を出すことではないだろう。

「私が急に連絡したらおかしいよね?」
『お祝いの催促してみたらどうですか?』
「そんなことしませんから」
 それが答えなのだろう。
 手を差し伸べる事は簡単だけど、手を差し伸べたい気持ちは有るのだろうけれど、それでも時也が自ら動くのを待つつもりなのかもしれない。

 それでも、その時にはもう敦志ではない誰かが時也の隣に立ち時也を支えていたらどうするつもりなのだろう。

「時也の気持ちも大切だけど、敦志の気持ちだって大切だと思うよ?」
『そうですね』
 電話の向こうでは私が知っているよりも少しだけ大人びた苦笑いを浮かべているのかもしれない。
「私は、時也と敦志から嬉しい報告が聞けるのを楽しみにしてるんだからね」
 その言葉に〈ふっ〉と笑い声が聞こえたような気がしたのは私の気のせいではないはずだ。
『善処します』
 そう言って話を終え、私達は通話を終えた。

「敦志、何だって?」
「次に連絡が来る時は嬉しい報告をして欲しいって言っておいた」
「何それ?」
 そんな風に言うけれど、何がどうなっているのか何となくは理解したのだろう。私と敦志の会話は丸聞こえだったんだから。

「お兄ちゃんたち、早く来てくれるといいね」
 そんな風に言う私のパートナーは案外頭が柔らかいようだ。
 彼の腕の中でご機嫌な笑顔を見せているうちの天使はどんな風に育つのだろう?
 もしも、同性のパートナーを連れてきた時に私達は受け入れることができるのだろうか?

 先のことは分からないけれど、それでも〈幸せだ〉と言える人生を送ってくれることを願ってしまう。
 私自身も、私の家族も。
 そして時也も、敦志も。

 私は2人からの嬉しい報告を心待ちにしているのだ。








 
















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