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一也編
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「時也、少し飲み過ぎた?
とりあえず出ようか?」
そう促してみるものの、はっきりとした返事は返ってこない。完全に酔っているのだろう。
会計を済ませ店の外に時也を連れ出す。時々「あ、お金」とか「荷物」とか気にするけれど、会計は済ませたし荷物はここにあると言えば「ありがとう」と笑顔を見せる。
こんな無防備な時也は初めてだ。
「とりあえず俺の部屋に行くよ」
そう言うと「帰る」と短く答えるけれど、とても1人じゃ帰れそうにないし時也の家は知らないからと言いくるめてその手を引く。歩けないような酔い方ではないけれど、言っていることは少しだけおかしい。手を繋ぐのは違うと思い、手首を掴んだ時にその細さに俺の中で何かが蠢くのに気付いたけれど、まだその段階ではないと〈それ〉を無理やり押さえ込む。ここまで時間をかけたのに衝動に負けてしまったら面白く無い。
手首を掴んだ時に一瞬ビクリとした時也だったけど「着いてきて」と声をかければ大人しく従う。10分ほど歩けば俺の部屋に着く。
この時の記憶が無いと後日言われたのだけど、あれだけ飲めば当然だろう。普段から2杯目が飲み切れない時也が今日は3杯、4杯目の半分ほど飲んでいたのだ。2杯目を飲み切ったあたりから思った以上に酔っていたのかもしれない。
部屋に入ると時也に座っているように言い冷蔵庫を開けて時也には水、自分の分はビールを取り出す。まだ飲み足りなかったのだ。
部屋に戻ると時也は床に座っていて、ソファーに座るよう促すものの頑なに拒まれた。ソファーの方が座りやすいし距離が近くなるのにと思ったけれど、あまり無理強いしても警戒させるだけだと思い直し俺も同じように床に座る。
「時也さ、俺のこと本当は嫌いでしょ」
ペットポトルを渡しながら聞いてみる。ずっと聞きたくて、ずっと聞けなかった言葉。きっと素面の時なら上手く誤魔化されるだろう事を聞いてみる。
酔った時の言葉は本音だと誰が言ったのだったか。それならば酔った時に考える事も本音なのだろうか?
近づきたい。
抱きしめたい。
キスしたい。
抱きしめて、その素肌に触ってみたい。
これはただの本能なのだろうか?
酔った勢いで押し倒したらどうなるのだろう。
「別に嫌いではないよ」
そんな事を考えていた俺に返ってきた言葉。その後に苦手ではあるけど嫌いではない、嫌いではないけど好きでもないと言葉が続く。
「じゃあさ、俺の何処が苦手?
具体的に教えてよ」
〈嫌いではないけど好きでもない〉と言う言葉の真意が知りたくて詰め寄ってみる。
「えっと、まずは派手なところ?」
「何で疑問系なんだよ」
「顔もキラキラしててうるさい」
「それ、酷くない?」
「なんか常にワサワサしてるのも嫌だ」
「俺、虫じゃないし」
「僕の友達といつの間にか仲良くしてるのもウザいし」
「これもうさ、俺嫌われてるよね」
「だから嫌いではないってば」
酷い言われように少しだけ凹むけれど、普段聞くことのない時也の本音は面白かった。
キラキラとか、ワサワサとか、他のやつに言われたら腹が立つけれど時也に言われても苦笑いが出るだけだ。
それに顔がキラキラだなんて、俺の顔のことは嫌ではないのだろう。キラキラという表現は悪い意味ではあまり使わない。
それにしても時也の友達と仲良くしているのが気に入らないなんて、ヤキモチだろうか?
俺の酔った頭はその言葉を自分の良いように解釈していく。
「ウザいって、だって時也だって友達だろ?
だから時也の友達は俺の友達でもあるでしょ?」
「え?
僕たちいつから友達なの?」
素で返された。
では今まで俺の事はどう認識していたのだ…。
「ちょ、それ本気?
マジで凹むわ…」
そう言って凹む俺に時也がくれた答えは〈同級生〉と〈知り合い〉という言葉で、お互いの認識の違いはますます俺を凹ませる。こんな状況で抱きしめてキスをしてしまえば〈次〉はないだろう。酒の勢いでも許されることと許されないことがある。
それとも友達でないのならば無防備に着いてきた時也が悪いと開き直って好きにしてしまっても良いのではないか、そんなことを考えもしたけれどそんな終わり方は面白くない。
ここまで時間をかけたのだからもう少し仲を深めた方がきっと楽しくなる。
「じゃあさ、友達じゃないなら今から友達として扱ってくれ」
「え、やだ」
「じゃあ彼氏?」
「もっと嫌だ」
友達でも彼氏でもとりあえずは近くにいられれば良い、それは本音だ。だけど〈あわよくば〉という気持ちは当然ある。いつも恋愛関係の話になると逃げるように目線を逸らす時也だけど、今日は逃すつもりはない。
俺だけが意識してるなんて許せない。
時也だってもっと俺を意識すれば良いんだ。
「俺は時也のこと好きだよ?」
「友達だから?」
「茶化すなよ」
逃げようとする時也を追いかける。
だって、時也だって少なからず俺を意識してるって気付いてたから。
恋愛が苦手なのかもしれない、そうは思っていたけれど接しているうちに気付いたのは恋愛対象が〈男〉だから避けられているわけではない事。俺と少なからず関係がある=ゲイの友達とも普通に接しているし、なんなら恋愛の話をしているのを見かけた事もある。それなのに俺の恋愛事情には嫌な顔を見せるのはどう考えても俺を意識しているからだろう。
「時也だって気づいてたんじゃない?
そっち方向に話が流れるといつも話題変えてたし」
そっと、囁くように言いながら更に距離を近付ける。時也は動揺しているのか、俺が徐々に近寄っている事に全く気付いていない。
「時也は特定の相手いないの?」
確認のために聞いてみる。
その気になってパートナーがいると断られるのは正直萎える。
「それ、話す必要無いから」
「って事はいないってことだね」
正直、時也はちょろいと思うし無防備すぎる。そのまま核心に触れてみる。
「そもそもさ、時也って恋愛の対象は男?女?」
「一也はどっちもだよね?」
「そうだね。
気に入った相手なら男でも女でも関係無いかな」
俺の質問ははぐらかすくせに、それなのに自分は質問してくるのは逃げたいからだろう。そして、俺のことが知りたいからだろう。
俺の恋愛対象なんて時也だって散々見て、聞いてしてきただろう。だから今更隠しても仕方ないし、隠す気も無い。
時也を攻略してパートナーにするためには変に隠し立てしてはいけないと思い素直に答える。すると時也から意外な質問が返ってきた。
「新しいパートナー候補とかいないの?」
飛んで火に入る夏の虫とはこの事だ。
そんなに俺のことが知りたいのなら教えるしかない。
「いない事もないけどなかなか距離が縮まらなくてさ」
「一也でもそんな事あるんだね」
俺の答えの意味に気付いたのか、動揺を隠すかのようにペットボトルを開けて水を飲む。少し手が震えているように見えるのは酔っているからなのか、緊張しているからなのか。
「酔いも覚めてきたし、そろそろ帰るよ」
必死に目を逸らして逃げようとする時也が可愛かった。逃す気なんてないのに。このまま事に及んでも良いのだけど〈酔い〉を言い訳にされたくなかったからそれはしない。だからって逃す気はないからその手を掴んだ。
時也の腕は本当に細くて、力を入れてしまったら折れそうなそれは俺の嗜虐心を煽る。
「まだ話は終わってない」
言いながら少しだけ力を込める。
蓋をしていないペットボトルは無防備な時也と同じだ。力尽くで壊す事は簡単だけどそれでは面白くない。
時也の敗因は俺の言葉に翻弄されてしまい、俺の動向に疎かになった事だろう。
「ちゃんと話をしたくて連れてきたんだから駄目だよ。
俺の言いたい事、ちゃんと分かってるよね」
掴んだ手と溢れそうな水の存在を利用して耳元で囁く。耳朶に唇が触れるか触れないかの微妙な位置、俺の吐息を感じるくらいの近い位置だけど決して触れないように気をつけて。
「分かってたら何?」
強情な時也はそれでも流される事なく抵抗してくる。そんなところも自虐心をそそるのに気付いてないのだろう。
「だから、俺の気持ちに気付いてるのにこの状況って可笑しくない?」
そう、はっきり言って今の状況は誘っていると思われても仕方がない状況だと時也は自覚するべきだ。
飲み過ぎただけ、そんなつもりは無かった、時也の言い分もあるだろうけどこれが男と女であれば、相手が時也でなければ最初からベッドに連れ込んでいただろう。
「別に時間が合えば一緒に食事する〈知り合い〉がいてもおかしくないと思うよ。
言い方なんて何でもいいけどそれなりにお互いのこと知ってて、気安く食事に行ける程度の知り合いでいいじゃん」
俺の言葉に被せるように、この後に及んで言い訳を始める時也は俺とのこの先の未来を考える事はないのだろうか?
友達ではないと言いながら毎週のように食事を共にする知り合いだなんて、そんな都合のいい相手のままでいるつもりはない。
「それだけじゃ我慢できないって言ったらどうする?」
「じゃあ仕方ないね。
今までありがとう」
一歩踏み込んだ質問をすれば案の定逃げようとするけれど、それを許す気はない。
「時也さ、何でそこまで頑ななの?」
ある程度心を許してくれたかのように見えるのに、肝心な時には逃げようとするのは何故なのか。
俺の前で無防備に酒を飲み、以前からは考えられないような笑顔を見せてくれるようになったのに〈友達〉と呼ぶのを嫌がるのは何故なのだろうか。
その答えを知りたいと思うのは悪い事なのだろうか?
「頑ななわけじゃないよ。
ただ恋愛に興味がないだけ」
溜め息混じりの答えは時也の本音なのだろうか、黙って聞いていると言葉を続ける。
「一也の事は嫌じゃないけどだからって付き合おうとは思わない。
けど好きか嫌いかって言われたら嫌いではないよ」
「嫌いじゃないなら好き?」
「だから好きか嫌いかと言われたら嫌いじゃない」
「それって好きってことじゃダメなの?」
時也の言っている意味が俺にはさっぱり理解できない。
嫌いじゃないなら好きで良いじゃないか。何をそんなに難しく考える必要があるというのか。
「じゃあ好きでもいいけどさ、一也の求める好きではないよ」
「俺の求める好きって?」
多少面倒になってきたやり取りだったけれど、ここに来て面白い展開になってきた事に気づく。あと一歩、もう少し踏み込めたならば時也を攻略できるかもしれない。
「あぁ、もう。面倒臭いなぁ」
そんな風に期待していたら大きなため息と共に、時也が突然キレてしまった。
「一也は僕と付き合いたいの?」
唐突に現れた俺にとっては良い流れに乗ってみる事にした。
「そうだね。
俺はあの時から時也のことずっと気になってる」
「あの時って?」
「講義の時に名前を聞いた時から」
「それ、いつも言うけど覚えてないんだよね」
「うん、知ってる。
でもさ、いつからなのか言い続ければ少しは俺に興味を持ってくれるかと思って言い続けてるだけだし」
どう受け止められようとこれは本音だ。打算まみれであっても真実なのだからこの答えは間違ってない。
「気持ちは分かった。でもお互い認識してからも何人か相手いたよね?」
少し拗ねたような時也は僅かでもヤキモチを妬いていたりするのだろうか。
「確かにいたけど…ほら、やっぱり想い続けてるだけだと発散できないし」
「最低…」
どうやら答えを間違えたようだけど、だからって事実なのだから仕方ない。思い続けるだけで発散できるのならば良いけれど、生憎俺はまだまだ若い。快楽を知っているこの身体は相手を欲しがるのだから仕方ないではないか。
だから次に来た答えを理解するまでに時間を要してしまった。
「僕は男も女も大丈夫な人とはもう付き合う気ないから。
好きって言ってくれてありがとう。
でも今は彼氏も彼女も欲しいと思わないし、発散する相手も探してないから」
理解できなかったけれど、沈黙が苦痛でなんとか言葉を搾り出す。
「理由は教えてもらえないの?」
「察しろよ…。
男女どちらとも付き合える相手とはもう付き合いませんって言ったらピンとこない?」
時也らしくない辛辣な言葉。
「盗られたって事?」
「相手は盗った意識はないんじゃ無い?
普通に恋愛して、普通に出来ちゃって、普通に結婚しただけ」
「別れたくないってちゃんと言った?」
「子どもができた。
結婚するって言われたら頷くしか無いよね」
「それっていつ?」
「3年の時」
「じゃあ、あの頃はまだ付き合ってたのか?」
時也の意外な過去に、出会ってから今までの事を思い出してみる。初めて会話をしたのは隣に座った時だったけれど、それ以前から知ってはいた。
あの時にはもう誰かのものだったのだろう。いつから付き合っていたのだろう、そんな風に時也を捨てた相手が時也の全てを知っていると思うと腹立たしくて仕方がない。
「じゃあさ」
色々と考えてもう一度時也を口説こうと顔を上げて驚いた。時也がいなくなっていたのだ。
慌てて荷物を探すけれど何処にも無く、玄関を見ると靴もない。いつの間に帰ったのかと急いで後を追う。俺もそれなりに酔っているのだろう。
「何で勝手に帰るんだよ」
時也を見つけ、その手を掴んだ時には少しだけ声を荒げてしまった。こんな時間に歩いていたら襲われたって仕方がない。そんなに襲われたいのならば俺が相手をするのに。
そんな気持ちが伝わってしまったのか、時也が少し怯えた表情を見せたけれど、それでも反論してくるところが俺の嗜虐心をくすぐる。
「帰るってちゃんと言ったし」
「俺は返事してない」
「でもちゃんと言った」
「話が終わる前に帰るのは駄目だろ」
そう言って無理やり部屋に連れ戻す。
逃がさないと言ったことを忘れてしまったのだろうか?
部屋に着くと冷蔵庫からビールと酎ハイを取り出す。ビールは自分用、酎ハイは相手の緊張をほぐすための道具。
少し冷静になって話をしようと水を出したのに、それなのに逃げようとするのならば酔い潰したっていいんだ。口をつけた時点で言い訳はさせない。
水がまだあると抵抗する時也だったけれど、俺が一歩も引かないと態度で示せば渋々と酎ハイを開ける。
「男も女も恋愛対象だと付き合わないって、俺に対する牽制だよね」
「牽制って言うか事実確認?
もうあんな思いをするのは懲り懲りだから、だったらはじめから近づかないでおこうと思って」
アルコールで口が緩むのか、少しずつだけど、踏み込んだ話に答えてくれる。
「そうやってずっと逃げるの?」
「ずっとは逃げないよ。
でも今はまだ逃げてるのかな」
痛みを伴った笑顔、とは今の時也の表情にぴったりの言葉ではないだろうか。俺の動きを目で追いながら、それでいて時々目線を外して傷ついた顔を見せる。
缶を開ける仕草、缶を持ったり置いたりする時の手の動き、座り方や足の崩し方、全てを見ているのに時折俺じゃない誰かを見てため息をつく。
俺だけを見ていて欲しい。
そう思ったのはただの嫉妬?
それとも本当に好きになっていたから?
「お試しで付き合ってみようとかは」
「無理だね」
俺の言葉は即却下される。
いつまでこの攻防を続ければいいのだろうか…。
とりあえず出ようか?」
そう促してみるものの、はっきりとした返事は返ってこない。完全に酔っているのだろう。
会計を済ませ店の外に時也を連れ出す。時々「あ、お金」とか「荷物」とか気にするけれど、会計は済ませたし荷物はここにあると言えば「ありがとう」と笑顔を見せる。
こんな無防備な時也は初めてだ。
「とりあえず俺の部屋に行くよ」
そう言うと「帰る」と短く答えるけれど、とても1人じゃ帰れそうにないし時也の家は知らないからと言いくるめてその手を引く。歩けないような酔い方ではないけれど、言っていることは少しだけおかしい。手を繋ぐのは違うと思い、手首を掴んだ時にその細さに俺の中で何かが蠢くのに気付いたけれど、まだその段階ではないと〈それ〉を無理やり押さえ込む。ここまで時間をかけたのに衝動に負けてしまったら面白く無い。
手首を掴んだ時に一瞬ビクリとした時也だったけど「着いてきて」と声をかければ大人しく従う。10分ほど歩けば俺の部屋に着く。
この時の記憶が無いと後日言われたのだけど、あれだけ飲めば当然だろう。普段から2杯目が飲み切れない時也が今日は3杯、4杯目の半分ほど飲んでいたのだ。2杯目を飲み切ったあたりから思った以上に酔っていたのかもしれない。
部屋に入ると時也に座っているように言い冷蔵庫を開けて時也には水、自分の分はビールを取り出す。まだ飲み足りなかったのだ。
部屋に戻ると時也は床に座っていて、ソファーに座るよう促すものの頑なに拒まれた。ソファーの方が座りやすいし距離が近くなるのにと思ったけれど、あまり無理強いしても警戒させるだけだと思い直し俺も同じように床に座る。
「時也さ、俺のこと本当は嫌いでしょ」
ペットポトルを渡しながら聞いてみる。ずっと聞きたくて、ずっと聞けなかった言葉。きっと素面の時なら上手く誤魔化されるだろう事を聞いてみる。
酔った時の言葉は本音だと誰が言ったのだったか。それならば酔った時に考える事も本音なのだろうか?
近づきたい。
抱きしめたい。
キスしたい。
抱きしめて、その素肌に触ってみたい。
これはただの本能なのだろうか?
酔った勢いで押し倒したらどうなるのだろう。
「別に嫌いではないよ」
そんな事を考えていた俺に返ってきた言葉。その後に苦手ではあるけど嫌いではない、嫌いではないけど好きでもないと言葉が続く。
「じゃあさ、俺の何処が苦手?
具体的に教えてよ」
〈嫌いではないけど好きでもない〉と言う言葉の真意が知りたくて詰め寄ってみる。
「えっと、まずは派手なところ?」
「何で疑問系なんだよ」
「顔もキラキラしててうるさい」
「それ、酷くない?」
「なんか常にワサワサしてるのも嫌だ」
「俺、虫じゃないし」
「僕の友達といつの間にか仲良くしてるのもウザいし」
「これもうさ、俺嫌われてるよね」
「だから嫌いではないってば」
酷い言われように少しだけ凹むけれど、普段聞くことのない時也の本音は面白かった。
キラキラとか、ワサワサとか、他のやつに言われたら腹が立つけれど時也に言われても苦笑いが出るだけだ。
それに顔がキラキラだなんて、俺の顔のことは嫌ではないのだろう。キラキラという表現は悪い意味ではあまり使わない。
それにしても時也の友達と仲良くしているのが気に入らないなんて、ヤキモチだろうか?
俺の酔った頭はその言葉を自分の良いように解釈していく。
「ウザいって、だって時也だって友達だろ?
だから時也の友達は俺の友達でもあるでしょ?」
「え?
僕たちいつから友達なの?」
素で返された。
では今まで俺の事はどう認識していたのだ…。
「ちょ、それ本気?
マジで凹むわ…」
そう言って凹む俺に時也がくれた答えは〈同級生〉と〈知り合い〉という言葉で、お互いの認識の違いはますます俺を凹ませる。こんな状況で抱きしめてキスをしてしまえば〈次〉はないだろう。酒の勢いでも許されることと許されないことがある。
それとも友達でないのならば無防備に着いてきた時也が悪いと開き直って好きにしてしまっても良いのではないか、そんなことを考えもしたけれどそんな終わり方は面白くない。
ここまで時間をかけたのだからもう少し仲を深めた方がきっと楽しくなる。
「じゃあさ、友達じゃないなら今から友達として扱ってくれ」
「え、やだ」
「じゃあ彼氏?」
「もっと嫌だ」
友達でも彼氏でもとりあえずは近くにいられれば良い、それは本音だ。だけど〈あわよくば〉という気持ちは当然ある。いつも恋愛関係の話になると逃げるように目線を逸らす時也だけど、今日は逃すつもりはない。
俺だけが意識してるなんて許せない。
時也だってもっと俺を意識すれば良いんだ。
「俺は時也のこと好きだよ?」
「友達だから?」
「茶化すなよ」
逃げようとする時也を追いかける。
だって、時也だって少なからず俺を意識してるって気付いてたから。
恋愛が苦手なのかもしれない、そうは思っていたけれど接しているうちに気付いたのは恋愛対象が〈男〉だから避けられているわけではない事。俺と少なからず関係がある=ゲイの友達とも普通に接しているし、なんなら恋愛の話をしているのを見かけた事もある。それなのに俺の恋愛事情には嫌な顔を見せるのはどう考えても俺を意識しているからだろう。
「時也だって気づいてたんじゃない?
そっち方向に話が流れるといつも話題変えてたし」
そっと、囁くように言いながら更に距離を近付ける。時也は動揺しているのか、俺が徐々に近寄っている事に全く気付いていない。
「時也は特定の相手いないの?」
確認のために聞いてみる。
その気になってパートナーがいると断られるのは正直萎える。
「それ、話す必要無いから」
「って事はいないってことだね」
正直、時也はちょろいと思うし無防備すぎる。そのまま核心に触れてみる。
「そもそもさ、時也って恋愛の対象は男?女?」
「一也はどっちもだよね?」
「そうだね。
気に入った相手なら男でも女でも関係無いかな」
俺の質問ははぐらかすくせに、それなのに自分は質問してくるのは逃げたいからだろう。そして、俺のことが知りたいからだろう。
俺の恋愛対象なんて時也だって散々見て、聞いてしてきただろう。だから今更隠しても仕方ないし、隠す気も無い。
時也を攻略してパートナーにするためには変に隠し立てしてはいけないと思い素直に答える。すると時也から意外な質問が返ってきた。
「新しいパートナー候補とかいないの?」
飛んで火に入る夏の虫とはこの事だ。
そんなに俺のことが知りたいのなら教えるしかない。
「いない事もないけどなかなか距離が縮まらなくてさ」
「一也でもそんな事あるんだね」
俺の答えの意味に気付いたのか、動揺を隠すかのようにペットボトルを開けて水を飲む。少し手が震えているように見えるのは酔っているからなのか、緊張しているからなのか。
「酔いも覚めてきたし、そろそろ帰るよ」
必死に目を逸らして逃げようとする時也が可愛かった。逃す気なんてないのに。このまま事に及んでも良いのだけど〈酔い〉を言い訳にされたくなかったからそれはしない。だからって逃す気はないからその手を掴んだ。
時也の腕は本当に細くて、力を入れてしまったら折れそうなそれは俺の嗜虐心を煽る。
「まだ話は終わってない」
言いながら少しだけ力を込める。
蓋をしていないペットボトルは無防備な時也と同じだ。力尽くで壊す事は簡単だけどそれでは面白くない。
時也の敗因は俺の言葉に翻弄されてしまい、俺の動向に疎かになった事だろう。
「ちゃんと話をしたくて連れてきたんだから駄目だよ。
俺の言いたい事、ちゃんと分かってるよね」
掴んだ手と溢れそうな水の存在を利用して耳元で囁く。耳朶に唇が触れるか触れないかの微妙な位置、俺の吐息を感じるくらいの近い位置だけど決して触れないように気をつけて。
「分かってたら何?」
強情な時也はそれでも流される事なく抵抗してくる。そんなところも自虐心をそそるのに気付いてないのだろう。
「だから、俺の気持ちに気付いてるのにこの状況って可笑しくない?」
そう、はっきり言って今の状況は誘っていると思われても仕方がない状況だと時也は自覚するべきだ。
飲み過ぎただけ、そんなつもりは無かった、時也の言い分もあるだろうけどこれが男と女であれば、相手が時也でなければ最初からベッドに連れ込んでいただろう。
「別に時間が合えば一緒に食事する〈知り合い〉がいてもおかしくないと思うよ。
言い方なんて何でもいいけどそれなりにお互いのこと知ってて、気安く食事に行ける程度の知り合いでいいじゃん」
俺の言葉に被せるように、この後に及んで言い訳を始める時也は俺とのこの先の未来を考える事はないのだろうか?
友達ではないと言いながら毎週のように食事を共にする知り合いだなんて、そんな都合のいい相手のままでいるつもりはない。
「それだけじゃ我慢できないって言ったらどうする?」
「じゃあ仕方ないね。
今までありがとう」
一歩踏み込んだ質問をすれば案の定逃げようとするけれど、それを許す気はない。
「時也さ、何でそこまで頑ななの?」
ある程度心を許してくれたかのように見えるのに、肝心な時には逃げようとするのは何故なのか。
俺の前で無防備に酒を飲み、以前からは考えられないような笑顔を見せてくれるようになったのに〈友達〉と呼ぶのを嫌がるのは何故なのだろうか。
その答えを知りたいと思うのは悪い事なのだろうか?
「頑ななわけじゃないよ。
ただ恋愛に興味がないだけ」
溜め息混じりの答えは時也の本音なのだろうか、黙って聞いていると言葉を続ける。
「一也の事は嫌じゃないけどだからって付き合おうとは思わない。
けど好きか嫌いかって言われたら嫌いではないよ」
「嫌いじゃないなら好き?」
「だから好きか嫌いかと言われたら嫌いじゃない」
「それって好きってことじゃダメなの?」
時也の言っている意味が俺にはさっぱり理解できない。
嫌いじゃないなら好きで良いじゃないか。何をそんなに難しく考える必要があるというのか。
「じゃあ好きでもいいけどさ、一也の求める好きではないよ」
「俺の求める好きって?」
多少面倒になってきたやり取りだったけれど、ここに来て面白い展開になってきた事に気づく。あと一歩、もう少し踏み込めたならば時也を攻略できるかもしれない。
「あぁ、もう。面倒臭いなぁ」
そんな風に期待していたら大きなため息と共に、時也が突然キレてしまった。
「一也は僕と付き合いたいの?」
唐突に現れた俺にとっては良い流れに乗ってみる事にした。
「そうだね。
俺はあの時から時也のことずっと気になってる」
「あの時って?」
「講義の時に名前を聞いた時から」
「それ、いつも言うけど覚えてないんだよね」
「うん、知ってる。
でもさ、いつからなのか言い続ければ少しは俺に興味を持ってくれるかと思って言い続けてるだけだし」
どう受け止められようとこれは本音だ。打算まみれであっても真実なのだからこの答えは間違ってない。
「気持ちは分かった。でもお互い認識してからも何人か相手いたよね?」
少し拗ねたような時也は僅かでもヤキモチを妬いていたりするのだろうか。
「確かにいたけど…ほら、やっぱり想い続けてるだけだと発散できないし」
「最低…」
どうやら答えを間違えたようだけど、だからって事実なのだから仕方ない。思い続けるだけで発散できるのならば良いけれど、生憎俺はまだまだ若い。快楽を知っているこの身体は相手を欲しがるのだから仕方ないではないか。
だから次に来た答えを理解するまでに時間を要してしまった。
「僕は男も女も大丈夫な人とはもう付き合う気ないから。
好きって言ってくれてありがとう。
でも今は彼氏も彼女も欲しいと思わないし、発散する相手も探してないから」
理解できなかったけれど、沈黙が苦痛でなんとか言葉を搾り出す。
「理由は教えてもらえないの?」
「察しろよ…。
男女どちらとも付き合える相手とはもう付き合いませんって言ったらピンとこない?」
時也らしくない辛辣な言葉。
「盗られたって事?」
「相手は盗った意識はないんじゃ無い?
普通に恋愛して、普通に出来ちゃって、普通に結婚しただけ」
「別れたくないってちゃんと言った?」
「子どもができた。
結婚するって言われたら頷くしか無いよね」
「それっていつ?」
「3年の時」
「じゃあ、あの頃はまだ付き合ってたのか?」
時也の意外な過去に、出会ってから今までの事を思い出してみる。初めて会話をしたのは隣に座った時だったけれど、それ以前から知ってはいた。
あの時にはもう誰かのものだったのだろう。いつから付き合っていたのだろう、そんな風に時也を捨てた相手が時也の全てを知っていると思うと腹立たしくて仕方がない。
「じゃあさ」
色々と考えてもう一度時也を口説こうと顔を上げて驚いた。時也がいなくなっていたのだ。
慌てて荷物を探すけれど何処にも無く、玄関を見ると靴もない。いつの間に帰ったのかと急いで後を追う。俺もそれなりに酔っているのだろう。
「何で勝手に帰るんだよ」
時也を見つけ、その手を掴んだ時には少しだけ声を荒げてしまった。こんな時間に歩いていたら襲われたって仕方がない。そんなに襲われたいのならば俺が相手をするのに。
そんな気持ちが伝わってしまったのか、時也が少し怯えた表情を見せたけれど、それでも反論してくるところが俺の嗜虐心をくすぐる。
「帰るってちゃんと言ったし」
「俺は返事してない」
「でもちゃんと言った」
「話が終わる前に帰るのは駄目だろ」
そう言って無理やり部屋に連れ戻す。
逃がさないと言ったことを忘れてしまったのだろうか?
部屋に着くと冷蔵庫からビールと酎ハイを取り出す。ビールは自分用、酎ハイは相手の緊張をほぐすための道具。
少し冷静になって話をしようと水を出したのに、それなのに逃げようとするのならば酔い潰したっていいんだ。口をつけた時点で言い訳はさせない。
水がまだあると抵抗する時也だったけれど、俺が一歩も引かないと態度で示せば渋々と酎ハイを開ける。
「男も女も恋愛対象だと付き合わないって、俺に対する牽制だよね」
「牽制って言うか事実確認?
もうあんな思いをするのは懲り懲りだから、だったらはじめから近づかないでおこうと思って」
アルコールで口が緩むのか、少しずつだけど、踏み込んだ話に答えてくれる。
「そうやってずっと逃げるの?」
「ずっとは逃げないよ。
でも今はまだ逃げてるのかな」
痛みを伴った笑顔、とは今の時也の表情にぴったりの言葉ではないだろうか。俺の動きを目で追いながら、それでいて時々目線を外して傷ついた顔を見せる。
缶を開ける仕草、缶を持ったり置いたりする時の手の動き、座り方や足の崩し方、全てを見ているのに時折俺じゃない誰かを見てため息をつく。
俺だけを見ていて欲しい。
そう思ったのはただの嫉妬?
それとも本当に好きになっていたから?
「お試しで付き合ってみようとかは」
「無理だね」
俺の言葉は即却下される。
いつまでこの攻防を続ければいいのだろうか…。
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5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
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