Ωだから仕方ない。

佳乃

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羽琉  変化。

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 あの日、隆臣に送られて帰っていった燈哉はその日の夜には《親と話をしました》とメッセージをくれた。

〈大丈夫だった?〉

 そう送ったメッセージには《もともと決定権は仲真の家にあるから、羽琉がそれで良いなら仕方ないって》と返ってくる。

 僕の我儘から始まった関係は、僕の我儘で終わる事になったということでしかないのだろう。

 毎日のマーキングが無くなったことと、燈哉と話したことで落ち着いたのか僕のフェロモンは数値を戻したため帰宅する事も許された。
 帰宅した僕は両親に時間を作って貰い、今までのことを正直に伝え、事の顛末を伝え、燈哉の意思を伝え、僕たちの【番候補】という関係は解消される事になった。

「羽琉は本当にそれで良いの?」

「良くはないかな。
 燈哉の事は諦められないし。
 でも、燈哉が言ったみたいに僕もちゃんと燈哉と向き合って、初めからやり直してみるよ」

 そう言った僕に「盗られても知らないよ?」と言った父だったけど、「羽琉なら君みたいに上手くやるんじゃない?」と父親に言われて黙り込んでしまう。

「羽琉は君とよく似てるけど、燈哉君は僕と似てるしね」

「燈哉君ほど我慢強くなかったと思うけど?」
 
 ふたりが僕たちのことをどこまで把握していたのかは分からない。だけど燈哉のした事を責める事はせず、僕のした事には少しだけ苦言を呈して「ちゃんと話すって大切だよ」と笑う。

「羽琉も今回のことで色々考えたんじゃない?
 自分の思い通りに事が進まなくなるって怖いよね」

 父のその言葉に「実感こもってるね」と笑った父親は睨まれて目を逸らしていたけれど、目を逸らした父親に見えないように微笑みを浮かべた父は「燈哉君ともいずれこんなふうになれるんじゃない、羽琉が素直になれば」と今度はニヤリと笑う。
 燈哉のしていた遊びのことを知っているのか知らなかったのか、どちらにしても奔放だった父にしてみれば大した問題ではないのかもしれない。

「それにしても燈哉君も、大人しそうなフリしてヤルよね」

 そんなふうに父親の耳元で囁いた事に気付いてはいたけれど、それを聞かされた父親は少しだけ苦い顔をしていたから大した問題ではない、なんてことはないのだろう。
 それを理由に燈哉と距離を取ることは簡単だけど互いの非を認め、互いに歩み寄りたいと少しでも思えるうちは努力してみようと思っている。
 だって、燈哉のことを諦めきれないし、燈哉を盗られたくないという気持ちはまだ僕の中に残っているのだから。



 ⌘  ⌘  ⌘  ⌘  ⌘



「羽琉君、おはよう」

 新学期が始まったその日、車から降りた僕に最初に声をかけてくれたのは彼だった。燈哉は彼の後ろで苦笑いを浮かべている。

「おはよう、燈哉。
 …………… ょ、か、ん」

「え、なに?」

 彼の名前を呼んではみたものの、どうやら聞き取れなかったらしい。

「初日から距離詰めすぎだって、」

「え、だって、ずっと楽しみにしてたんだし」

 そう言いながら僕の隣に立った彼、涼夏は「浬や忍も楽しみにしてるって」と嬉しそうな顔を見せる。



 あれから、互いの両親と【番候補】の解消について話をして正式にそれは認められた。と言っても、【番候補】という名前が付いていないだけで、本人たちが思うように過ごせば良いと確認しただけのこと。
 うちの親は「それでも羽琉は燈哉君を選ぶと思うけどね」と言うだけだったし、燈哉の親も「燈哉こそ羽琉君以外に大切にしたい相手はいないと思いますよ」と言って笑うだけだった。

「親ってね、子どもが思ってる以上に子どものこと、気にしてるんだけどね」

 そう言ったのはうちの父で、父親も燈哉の両親も頷くだけだった。

 残りの夏休みの間にも僕たちはメッセージを交わし、時には電話を繋いだ。
 今まで告げることのなかった本音で話し、時には彼を交えてメッセージを交わしたりもした。と言っても燈哉が僕と彼が直接連絡を取ることを嫌がったせいでできた3人のグループでのやり取りだから、彼が僕に宛てたメッセージに燈哉が横槍を入れて話が逸れて行くのが最近の定番だ。
 ただ、僕が話の途中で燈哉に頼りすぎていると思うと彼からの鋭い横槍が入る。

 《羽琉君、それってなんか違うかも》

 何度そんなメッセージを受け取っただろう。その度に燈哉が《涼夏、いいから》と嗜めるのだけど、《それってオレに言ってることと違くない?》とやり込められる。

 〈何それ?〉

 《燈哉君ね、羽琉君だってもっと色々できるはずって言ってたよ》

 《って言うか、色々羽琉君とやりたいことあるみたいだよ?》

 《だから、違うって》

 〈違うの?〉

 《違わないけど》

 〈燈哉、教えて?〉

 《そんな急に変わろうとしなくてもいいから》

 《それ、なんだかんだ言って頼られたいだけじゃないの?》

 《それは否定しない》

 〈ちょっと、燈哉〉

 繰り返させるやり取りの中で見付ける今まで知らなかった案外情けない燈哉の姿と、見たくないと遠ざけてきた彼のこと。そんな彼とのやりとりの中で燈哉も同じように知らなかった僕を見つけてくれているのかもしれない。

 〈涼夏君、少しいい?〉

 夏休みもそろそろ終わる頃、3人でのやり取りにもだいぶ慣れたせいか、突然思いついて送ったメッセージ。

 《え、羽琉君、なに?どうしたの?》

 《名前、え、どうしたの?》

 僕が初めて自分からメッセージを送り、僕が初めて名前を呼んだせいか、動揺した様子のメッセージにクスリと笑ってしまう。何度もメッセージを繰り返すうちに少しずつ分かってきた彼の性格は、思ったことをそのまま口に出すような素直な性質。
 僕のように人を利用して自分が優位に立つような、そんな姑息なことを思いつきもしないような真っ直ぐな彼のことを信用して頼ってみようかと思えるようになったせいで勇気を出して送ったメッセージ。

〈新学期が始まったら浬君や忍君とも話してみたいんだけど、良いかな?〉

《え、喜ぶと思うよ》

《なんなら4人のグループとか作っちゃう?》

〈それはまだちょっと〉

《え、いつにする?》

《始業式の後で集まっちゃう?》

《涼夏、落ち着いて》

 既読の数字なんて気にしていなかったけど、いつの間にか増えていたその数と横槍を入れてきたメッセージで燈哉が見ていた事に気付く。いつもと逆のパターンかもしれない。

《だって、嬉しくない?》

《名前呼んでくれて、一緒に遊びたいって言われたんだよ?》

《遊びたいとは一言も言ってない》

《何、自分が誘われないからヤキモチ?》

〈あ、浬君や忍君が良ければ燈哉も一緒だと嬉しいかも〉

《え、でも浬も忍も知ってるでしょ?》

〈そうなんだけど〉

《じゃあ、俺は近くにいるから》

《過保護》

《そんな急いで変わろうとしなくていいから》

《燈哉君、言ってた事とやってる事、違くない?》

 何度も似たようなやり取りを繰り返しているけれど、その度に彼との距離は近くなっているような気がする。



「「おはよう」」

 そして重なる声。
 慌てて声のした方を見れば浬と忍が立っていて、反射的に返した「おはよう」に笑顔を見せる。

「羽琉君と話すのなんて、いつぶり?」

「初等部の頃?
 中等部の頃は同じクラスにならなかったしね」

「羽琉君、燈哉君にベッタリだったしね~」

 揶揄うような言葉に笑顔を見せた燈哉は「その顔、キモっ」と涼夏から呆れられているけれど、周囲からのその認識は嬉しいようだ。
 【番候補】ではなくなって自分の立場が確約されなくなったせいか、「必死過ぎて引くよね」と周囲から呆れられるようになるのは遠くない未来。

「校内は安全って言ったの自分だからね。
 燈哉君は燈哉君で【お友達】作りなよ」

 今までのように昼休みを一緒に過ごそうとした燈哉を牽制したのは涼夏で、「羽琉君はこっち」と連れられて行った先には浬と忍が待ってくれていた。



 少しずつ広がる交友関係と、少しずつ知っていく対等な友人との付き合い。

 燈哉は元々知り合いは多かったし、ひとりで過ごすことに苦痛を感じるタイプではないらしく声をかけられれば誰かと一緒に過ごすこともあるけれど、僕の様子を気にしながらマイペースに過ごしている。ただ、【番候補】ではなくなったと知り声をかけてくるΩの子に対しては「【番候補】って形ではなくなったけど、それでも大切なのは羽琉だから」と丁寧に断ってくれているのを僕は知っている。
 そして、それは僕も同じことで「【番候補】として考えて欲しい」と声をかけられる事もあるけれど、その度に「ごめんなさい」とお断りしている。

 結局は元の形に収まるのだろうけれど、こうやってお互いの存在を気にしながらも別々に過ごすのはとても新鮮で、この時間だけは無くしたくないと燈哉が訴えた車までの送迎の時間だけが2人だけで過ごす大切な時間になっている。
 同じクラスなのだから教室でも一緒なのだけれども、涼夏との交流のせいでクラスメイトから声をかけられる事も増え、同じ教室にいるのに一緒に過ごさない時間が新鮮だった。

 伊織は燈哉が【番候補】から外れたと知った時に自分が僕を守る立場になりたいと言ってくれた。

「ずっと、羽琉のこと見てたんだ。
 今まで羽琉のことは大切に思ってたけど、俺だけに大切にさせて欲しい」

 その言葉は嬉しかったけど、伊織の隣に立つ相手は政文しか想像できないと言ってしまい、伊織を落ち込ませてしまった。伊織と政文の関係が本当の関係ではないと僕に告げた事は、夏休みが終わる頃に政文から教えられていたらしい。

「あ、でも燈哉が改めて頑張るなら俺だって」

 そう言い出した伊織の後ろで「じゃあ俺ももっと頑張らないとな」と呟いた政文の本気に翻弄されるようになるのは、また別の話。
 伊織の僕に対する執着よりも、政文の伊織に対する執着の方が遥かに強い事に気付かされた時には逃げられなくなってるなんて伊織にしてみれば予想外だったはずだけど、政文にしてみれば想定内だったらしい。

「何年かけて一緒にいるのが当たり前の事にしたと思ってるんだ?」

 1番怖いのはこんなふうに知らないうちにがっちり囲い込んでしまう政文みたいなタイプなのかもしれない。




※本日、22時に【epilogue】【あとがきのようなもの】を予約投稿済み。本日で完結となります。
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