Ωだから仕方ない。

佳乃

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羽琉  対話。

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「羽琉、久しぶり」

 隆臣に連れられ指定された部屋に入ってきた燈哉は柔らかい声でそう言う。昨日までは今までのように事務的なメッセージを送ってきたくせに、今朝になって《会えるの、楽しみにしてる》なんて言葉を送ってきた意図が分からず戸惑うけれど、「久しぶり」と同じように返しておく。それ以外に返せる言葉もないのだから仕方ないのだと自分に言い聞かせるけれど、それでもそんな言葉しか返せない自分がもどかしい。

「羽琉君も燈哉君も抑制剤飲んでるから、とりあえずは話しなさい。
 隆臣君と一緒に隣の部屋にいるから、何かあればすぐ呼んで」

 先生はそう言うと何か言いたそうな隆臣を連れて部屋から出て行ってしまう。薬を飲んだと言うことは、この部屋に来る前に僕を除いて3人で話したのかもしれない。主治医としては僕に危害を加えないことを確認する必要もあるし、来るかもしれない僕のヒートについて何か話す必要もあったのだろう。
 その上で許されたこの時間を無駄にするわけにはいかない。

「とりあえず座ったら?」

 先生が用意してくれた部屋は応接室で、テーブルを挟んで2人掛けのソファが1台、1人掛けのソファが2台並べてある。僕が座っているのは1人掛けのソファだったせいで自然と向き合って座ることになる。1人掛けのソファに2人並んで座る姿を想像して笑いそうになるけれど、そんな場合じゃないと自分に言い聞かせる。

「羽琉、少し太った?」

 ここ最近、こんなふうに話したことがあったかと思うほど穏やかな口調で話す燈哉に違和感を感じるけれど、これも彼の影響なのかと思ってしまう。
 僕と離れ、彼と過ごすことで余裕が生まれたのかもしれない。

「隆臣が毎日色々持ってくるから。
 食べなくても持ってくるから勿体無いし、」

 体調を崩して入院しているはずなのに太ったと言われたことが恥ずかしくて言い訳じみたことを言ってしまう。
 口調は柔らかいけれど咎められている気になるのは被害妄想なのだろう、きっと。

「隆臣さん、マメそうだし羽琉のこと可愛くて仕方ないって感じだもんな」

「………そう見える?」

「見えるよ。
 昔からずっと、羽琉のことを守ってたのは隆臣さんだよね」

 その言葉がどんな意味かは分からないけれど、隆臣の言葉を思い出すと過剰に守られていたことは否定できない。

「そうみたいだね、僕は当たり前だと思ってたけど、大切にされてたんだよね」

「何で過去形なの?
 今だって、羽琉のこと大切で大切で仕方ないんだよ、隆臣さんは」

 そう言って苦笑いをした燈哉は「隆臣さん、βなのに羽琉を守るためなら平気なんだよ」と呟く。

「俺さ、毎朝羽琉にマーキングしてただろ?」

 その言葉に僕が頷くとそのまま言葉を続ける。

「あれ、βの隆臣さんには相当プレッシャーだったと思うんだ。あんな密室で、あんなにしっかりマーキングしてたんだから逃げ出したかったと思うよ。

 逃げ出したくなるようなマーキングしてたのに平気なフリして耐えてて、正直邪魔だと思ったし。
 何かあったら身体張ってでも自分が守るつもりだったんじゃないかな」

「何言って、」

「強硬手段、話聞いてくれないなら話を聞くしかない状態にするのもいいかなって」

「どういうこと?」

「………無理矢理俺のものにして、離れられなくすれば話を聞くしかないし」

「でも、そんなことしたら今居君が、」

「だから、涼夏とは何もないんだって」

 燈哉は困った顔でそう言うけれど、彼の匂いを纏ったくせに、僕の匂いを纏ったこともないくせに勝手なことを平気で言うことが腹立たしい。
 今までの自分の行いを悔いて、今までの自分の行いを謝罪し、彼とのことを許して祝福するつもりで臨んだ話し合いなのに、冷静さを保つことができない。

「………名前呼んでるくせに」

「それは、羽琉だって伊織や政文のことを名前で呼んでるんだから同じことだと思うけど」

「でも、僕のことを【あの子】って、名前ですら呼んでくれなかったくせに」

 思わず言ってしまった言葉で2人の会話を聞いていたと知られてしまうと気付いたけれど、それでも言葉を止めることができなかった。

「話がしたいだなんて、時間の無駄なんじゃないの?
 僕と会う時間があったら今居君と遊びに行けばいいのに。それとももう遊びに行った?この後約束してるとか?」

 刺々しい言葉になっていることは自覚しているけれど、それでも感情を抑えることができない。
 話を聞いて、今までのことを謝罪して最後くらいは笑顔で別れたかったのに、消えることのない燈哉への想いがそれを許してくれない。

「あ、そうだ、僕きっと学校辞めるから。
 これからは僕に遠慮しなくて大丈夫だよ。今は玄関までしか一緒にいられないみたいだけど、僕がいなくなれば校内で一緒に過ごしても誰も何も言わないだろうし」

「なにそれ、誰に聞いたの?
 伊織?」

 僕が何かを知っていることが伝わったのだろう。さっきまで柔らかかった声が棘を含む。

「違う、政文」

 僕の口から出た名前に意外そうな顔をした燈哉は「他にも政文から何か聞いてない?」と問いかけてくる。
 政文と話している時に何か含みを持った話し方をしていると思ったけれど、燈哉と政文は【何か】を話していたのだろう。
 棘を含んだ口調が元に戻ったのは信頼の表れなのか、伊織に対する態度と政文に対する態度の違いを不思議に思ってしまう。ふたりが付き合っていないことを僕に打ち明けたように、燈哉にも打ち明けたのかと考えるけれど、もしそうなら政文と話したことにもっと嫌悪感を示していいはずだ。

「何かって、燈哉のこと庇うみたいなことは言ってたけど、具体的なことは何も教えてくれなかったよ。

 何か知ってるのか聞いても燈哉と話して、ちゃんと決着付けるように言われただけ」

「そっか、」

 この様子に政文はやはり【何か】を知っていたのだと確信したせいで、その【何か】を知りたくなってしまう。
 それを聞いて僕たちの関係が終わってしまうのか、それとも元に戻るのかは分からないけれど、避けては通れないことなのだろう。

「政文は何を知ってるの?」

 僕の言葉に燈哉の表情が曇る。
 その表情から何かを読み取ろうとするけれど、気遣ってもらうばかりだった僕には燈哉の機微を読み取ることができない。

「政文は、多分全部知ってる。
 俺が話したことも、俺が話してないことも、全部」

「それは、僕が聞いた方がいいこと?
 聞いちゃ駄目なこと?」

 聞いてはいけないことならば、僕と燈哉の関係はこのまま終わりを告げることになるだろう。だって、政文がちゃんと聞くべきだと言ったことを共有できないのなら、燈哉にとって僕は話すに値しない存在になってしまったということだから。

「駄目なんかじゃない。
 ずっと話さないといけないと思ってたことだし。
 ただ、怖いんだ、」

「怖いって、何が?」

 燈哉の口から出るとは思わなかった言葉に戸惑い、怖いのは僕の方だと思ってしまう。何を言われるのか怯え、逃げ続けたのは僕の方なのに、話すつもりだったことを口にすることが怖いだなんて理解できない。

「………嫌われたくない。
 これ以上、羽琉に避けられたくない」

 絞り出すような言葉に驚き、リアクションに困ってしまう。嫌われたのは僕だし、避けてはいたけれど始めに距離感を変えてきたのは燈哉の方だ。

「避けたのはだって、今居君と仲良くしてたみたいだし」

「だから涼夏とは何もないんだって。
 だけどそれを説明したくても聞いてくれなかったのは羽琉だ」

「でも、僕のこと【あの子】って呼んだのは燈哉だよ」

 そう、決定的だったのは【あの子】と呼ばれたことだったのだと、口に出すと改めて自覚する。【羽琉】と呼んでくれていたはずの口が【あの子】と呼んだその事実が僕を大きく傷つけたんだ。
 入院することを喜ぶような言葉よりも、ふたりで夏の約束をしていたことよりも、あの呼び方が僕と燈哉の今の関係だと思ってしまったから。

「それにも理由があって、」

「それだって、今居君が関係してるんでしょ?
 凄いよね、入学してすぐに燈哉と仲良くなって、鍵貸してくれるような友達もいて、政文だって今居君のこと悪く言わなかったし。
 僕と違ってすぐに友達もできたみたいだしね」

 燈哉は僕の嫌味に気付くだろうか。僕を傷付けた言葉を思い出すだろうか。
 こんなことを言うつもりではなかったのに、それなのに言葉を止めることができず、自分の発した言葉で勝手に傷つく僕が滑稽過ぎて嫌になる。

「だから、俺は何回も話を聞いて欲しいと言ったし、涼夏とも話す時間を作ろうとした」

「涼夏、涼夏って!」

 燈哉の口から何度も聞かされる名前にとうとう声を荒げてしまった。

「そんな名前聞きたくないし、話すことなんてないし。
 何、僕と話をして僕公認にして、校内でも一緒に過ごすつもりだったの?
 あ、それとも【番候補】を解消したいって話だったりして。
 いいよ、ふたりでお願いしますって言ってくれたら解消するよ」

「羽琉、落ち着いて」

 僕の様子に驚いたのか、ソファから離れ僕の前に跪いた燈哉は、膝に置いていた僕の手にそっと自分の手を重ねる。

 その手を振り払いたいのに振り払うことができないのはきっと、燈哉に対する僕の未練なのだろう。

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