Ωだから仕方ない。

佳乃

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羽琉  密談。

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《伊織から聞きました》

 それは政文からのメッセージだった。

 燈哉からは当たり障りのないメッセージが続き、話をする時間を作って欲しいとは直接言われることの無いままの日々。本当に燈哉が話したいと言ったのかと疑いたくなるほどの淡々としたメッセージだけど、それでもまだ繋がっていることに安堵する。
 
 そんな毎日。

 そろそろ日程を決めなければと思いながらも隆臣の優しさに甘えてばかりいるけれど、「そろそろ覚悟は決まりましたか?」と数日置きに言うのは催促されているからかもしれない。

〈ごめん、今年は病院で過ごすことになったから〉

《みたいだな》

 責めることもなく、勘繰ることもないただただ事実を確認するだけの言葉。

〈ごめんね、せっかく来てくれるって言ったのに〉

《別にいいよ》

《羽琉だって、少し困ってただろう?》

 困っていたと言うか、打算が働いたことには気付かれているのだろうか。伊織や政文と遊びたかったわけではなくて、この情報が燈哉に伝わった時のリアクションが知りたかっただけだと。

〈ごめん〉

《俺こそ、伊織が嬉しそうだったから悪ノリした》

 言葉の端々から伝わってくる伊織への想いが羨ましい。

〈仲良しだよね、ふたり〉

 そんなふうに送ると、それまで直ぐに返ってきたメッセージが止まってしまう。何か他の用事でもあったのだろうと特に気にすることなく、隆臣が持ってきてくれた宿題を手に取る。沢山あり過ぎる時間を消費するためにコツコツ進めているせいで、この調子なら家に戻る前には終わってしまうだろう。

《羽琉、今って忙しい?》

 そして、問題を解いている時に届いたメッセージ。

〈宿題やってるだけだから暇だよ〉

 暇というのも語弊があるかもしれないけれど、忙しくはないのだから間違いではないはずだ。

《少し話せる?》

〈え、珍しいね〉

〈大丈夫だけど〉

 メッセージを送ると直ぐにかかってきた電話。

「もしもし?」

『急に悪いな』

「別に大丈夫だけど、珍しいね」

 想定していなかった事態に同じ言葉を繰り返してしまう。

『声、元気そうで安心した』

「うん、心配させた?」

『そうでもないかな。
 療養に行かないのは体調不良だけじゃないんだろうなとは思ってるけど』

「伊織がそう言った?」

『伊織は本気で羽琉の体調心配してるよ』

 その名前が出ただけで柔らかくなる声。それが政文の想いなのだろう。

『伊織は羽琉のこと、本当に大切に思ってるから』

 含みを持った言葉は少しだけ冷たい響きで、伊織が僕に想いを向けることが気に入らないのだと気付かされる。伊織がヤキモチを妬くのは嬉しいと言っていたけれど、自分がヤキモチを妬くようなシュチュエーションは面白くないのだろう。

「ごめん、伊織に甘えすぎだったね」

『それはでも、伊織が望んだことだから。
 それはそうと、2学期から羽琉はどうするの?』

 いきなり核心をついた言葉を投げかけられて返事に窮してしまう。燈哉の庇護が無くなった場合、今までのようにふたりに頼ることはできるだろうかと考え、いくらなんでもそれは図々し過ぎるだろうと自分を戒める。
 実際問題、燈哉との【番候補】と言う関係を解消されてしまったら、大きな顔をして学校に通い続けることができるほど強いメンタルは持ち合わせていない。だから燈哉との関係が無かったことになるのなら学校は辞めた方がいいと思っている。辞めて新しい学校を探すのかもしれないし、家で過ごしてお見合いをするのも良いかもしれない。
 燈哉と番えないのなら燈哉から逃げ、自分を大切にしてくれそうな相手を探すしかないのだ。

「どうなんだろうね。
 このままだと辞めることになるかな」

『辞める?』

「そうだね。
 燈哉が【番候補】じゃなくなったら何言われるか分からなくない?
 散々今まで好き勝手してきたし。

 だったら新しい環境を探すか、お見合いして自分を大切にしてくれるαと番うのも一つの手だよね」

 そう言った僕の言葉に戸惑っているのだろう。少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。

『燈哉はそれで良いって言ってるのか?』

「知らない。
 でも夏休みは彼と沢山遊ぶって言ってたし」

『そんなこと、』

「あの日、聞いちゃったんだ。
 ふたりで仲良さそうに夏休みの計画、立ててたよ」

 思い出すだけで泣きたくなるけれど、これが現実なのだから仕方ない。燈哉は僕ではなくて彼を選んだのだから。

「僕が早めに休みに入ったから、もっと仲良くなってる?
 校内でも仲良くしてるとか?」

 先に知っておけば傷も浅く済むかもしれない。そんなことを思いながら僕がいない間の燈哉の様子を探る。何も情報がないまま対峙するよりも、少しでも予備知識があった方が傷は浅いはずだ。

『燈哉と今居は羽琉がいなくなっても変わらなかったよ。駅までの道は一緒に歩いてるけど、校内では特別接触はしてない。
 ただ、羽琉を送迎しないから玄関で別れて、玄関で待ち合わせてたけどな。
 でもそれだけだ』

 政文に告げられた事実に首を傾げてしまう。邪魔な僕がいなくなった今、あの空き教室で過ごしていたように毎日を過ごしていると思っていたから。

『羽琉は今居について何も聞いてないのか?あのふたり、羽琉が思ってるような関係じゃないと思うけど?』

「どうなんだろうね。
 燈哉からは彼も含めて話をさせて欲しいって何回か言われてたけど、そんな話、聞きたくないじゃない?
 だから拒否してた。

 一緒に過ごしたいって、彼を守りたいって言われてそれを許したのに、それ以上僕に何を言うつもりなんだろうって。
 許してくれてありがとうとか?
 僕が会ったことで【公認】だと周りに知らせたいとか?」

『嫌だったんだ、』

「嫌に決まってる。
 だけど、僕との関係は変わらないけど、自分のせいで危ない目に遭うかもしれない彼を守りたいって。僕との時間は今まで通り過ごすから、空いた時間で彼を守らせて欲しいって言われたら駄目って言えなくない?
 それでもし彼に何かあったら…僕のせいになるんだよ?」

 そう、彼のことを心配して許したわけじゃない。彼に何かあった時に自分のせいだと思いたくないし、彼を守れなかったことで燈哉が思い悩む姿を見たくなかったから。燈哉のことだからそんな事があれば、彼を守るために僕との関係を諦めると言い出しかねないからそれを恐れて許可しただけのこと。
 燈哉を繋ぎ止めたいだけの僕のエゴでしかなかったんだ。

『燈哉とは連絡は取ってないのか?』

「メッセージは毎日届くよ。
 当たり障りのない挨拶や事務報告みたいな一言とか」

『それだけ?』

「それだけ。
 隆臣に顔を見て話をしたいって打診があったから夏休み中には会って話をするつもりだけどね」

 そう言った僕に、『仮定の話だけど』と前置きをして政文が話した内容は、僕を驚かせるものだった。

『燈哉との関係を解消した時に、伊織を選ぶという選択肢はあるか?』

「え?」

 言われた内容を理解できず、返事に困ってしまう。伊織なら側にいても安心できると事あるごとに一緒に過ごしていたけれど、それは伊織を利用して燈哉の気を引きたかったからであって伊織に対して特別な感情があったわけじゃない。
 よくよく考えれば失礼な話だ。
 伊織と政文が付き合っているという前提で成り立っていた僕たちの関係だから燈哉との関係を解消したとしても、伊織のことを選ぶという選択肢は無い。

「だって、伊織は政文と付き合ってるんでしょ?
 それなのに僕が伊織選ぶわけないよね、」

『付き合ってないよ』

「だって、いつもふたりで一緒にいるし、付き合うことになったって伊織から聞いてたし」

『仕方なかったんだ、』

 焦る僕に政文が告げた事実は僕を動揺させる。

『本当は自分の口で言いたいだろうけど、中途半端に期待させたくないから』

 そう言って、伊織がずっと僕のことを想っていたという事実から始まった話は正直受け入れることのできるものではなかった。

 幼稚舎の頃から僕のことを気にしていたけれど僕に近付くことを禁止され、それなのに抜け駆けした燈哉のことを目の敵にしていたこと。
 だけど僕が嬉しそうに燈哉の話をするため自分の感情を隠し、それでも側にいることを選んだこと。
 側にいられるのなら気持ちを押し殺し、友人としてのスタンスでいいから寄り添いたいと願っていたこと。
 それでもその距離感を危惧し始めた燈哉を安心させるために政文と付き合うふりをして、Ωと番う気はないと言ったこと。

「何でそんなこと、」

 伊織がそこまでする理由が理解できず、怖いとすら思ってしまう。自分の気持ちを押し殺し、好きなわけじゃない政文と付き合うふりをしてまで僕の側にいる意味が分からない。それに伊織だけでなく、そんな茶番に付き合う政文のことも理解することができなかった。

『そんなの簡単だよ。
 伊織の側で、伊織の願いを叶えたかったから。

 別に伊織は羽琉を奪おうとは思ってなかったんだよ、燈哉に敵うわけないし。
 だけど羽琉のことを守りたいって、羽琉と一緒に過ごしたいって、それだけの理由で俺の提案を受け入れたんだ』

「提案?」

『そう、俺と付き合ってるふりをすれば燈哉は警戒を解くし、羽琉と一緒に過ごすことができるって』

「何それ、」

 政文の言っていることが理解できなくてしっかりと話を聞くべきだと分かっているのにその内容が入ってこない。

「そんな、伊織はそれでいいかもしれないけど政文は?
 そもそも、何でそんな付き合ってるふりなんてしたの?」

 裏切られた気分だった。
 利用しておいてそんな気持ちになるのもどうかと思うけれど、それでもショックだった。

『そんなの伊織が好きだからだよ。
 自分の好きな人の隣にいられるのならどんな待遇でも良かったんだ。
 たぶん、燈哉も同じだと思うよ。

 尽くしていれば自分の気持ちに気付いてくれるかもしれない、尽くしていれば自分を好きになってくれるかもしれない。報われなくても、それでも側にいて欲しいって』

「燈哉と同じって、僕はずっと燈哉のことが好きだったよ」

『そう?
 好きっていうか、優越感じゃなかったのか?みんなから好かれる燈哉が自分の隣にいることで得意になって、自分にだけ向けられる気持ちを逆手にとって優越感に浸って。
 少なくとも、羽琉の好きと燈哉の好きは違ってたと思うよ。
 燈哉のは純粋な好きで、羽琉のは打算的な好き』

 言われた言葉に反論したかったけれど、身に覚えがないわけじゃないせいで強い言葉で反論することができない。

 求めるばかりで見返りのない関係、それが僕と燈哉の関係だったのだと自覚してしまったばかりだったのに、政文は僕よりも先にその関係に気付いていたのかもしれない。

『まあ、俺も人のこと言えないんだけど』

 そして告げられた更なる告白は、僕をさらに混乱させた。
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