Ωだから仕方ない。

佳乃

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羽琉  Ωの本音、βの本音。

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「羽琉さん、燈哉さんと話をしてみませんか?先生の許可も出てますし、羽琉さんが望むなら部屋を用意してくれるそうです。
 ヒートの事もありますし、先生も自分も近くで待機しますから」


 
 隆臣から聞かされた言葉は僕を動揺させた。

 いつものように差し入れを入れ替えながら軽い調子で告げられた言葉。
 何がどうなればそんな話になるのか理解ができず、「何、それ」と疑問の言葉が口から溢れる。

「燈哉さんから連絡をいただいたんです。
 羽琉さんと話したいと言うので先生にどうしたらいいのかと相談してきました」

 平然とそう言い退ける隆臣は表情を変えることなくその時のことを話し出す。

 燈哉から連絡があったこと。

 一度は断り、話なら電話でもできると言ったものの、顔を見て話したいと言われたこと。

 話をすること事態は必要なことだと思い、それでも自分の独断では返答できないため先ずは先生に相談したこと。

 その時点でツッコミどころが多過ぎて呆れてしまう。
 毎日のメッセージではヨソヨソしい言葉ばかりなのに、話がしたいと自分に言わずに隆臣に打診したことが気に入らない。隆臣が僕に話す前に先生に相談した事も気に入らない。

「そんなの、毎日どうでもいいようなメッセージ送るくらいなら話がしたいって言えばいいだけなのに」

「でも羽琉さん、燈哉さんの電話に出なかったんですよね」

 まるで僕が悪いような隆臣の物言い。電話に出なかったと言われても、あれは出なかったわけじゃなくて出れなかっただけだ。

「それ、出なかったんじゃなくて、出れなかったんだけど」

 その言葉に「でも折り返しもしなかったんですよね?」と呆れた顔をされてしまう。

「だって先生と話してる時と、お風呂に入ってる時だったし。
 お風呂出た時にはもう消灯時間近かったし」

「別に、その日に電話をできなければ次の日にしてもいいと思いますけど」

「………燈哉だって、それ以上はメッセージしかしてこなかったし」

 冷蔵庫の中身を入れ替えた隆臣は、「羽琉さん、よく聞いてくださいね」と困った顔で話を続ける。

「燈哉さん、言ってましたよ。
 電話をしても出てもらえないことが続くと次もどうせ出てくれないと思って電話をすることができなくなったって。
 話をしたいと言ってもはぐらかされてばかりで、自分とは話をしたくないんだろうとも言っていました。
 羽琉さんは話したくないんですか?」

 何があったのか、どうしたいのか。
 そんなこと抜きでストレートに燈哉の要望を伝えた隆臣は、今までなら燈哉が何か言っても僕に寄り添った言葉をくれていたのに、いつもと違うその様子に不安を覚える。そもそも、燈哉と隆臣は毎日顔を合わせてはいるけれど、僕の情報を交換する以外の会話をすることは無かったから燈哉が隆臣を頼ったことにも違和感を感じてしまう。

「燈哉に何か言われたの?
 もしかして燈哉、番ができたとか、」

 口から出たのは最悪の結末。
 彼、今居涼夏との関係が確定したためその報告をしたいのかと勘繰ってしまう。

「どうなんですかね。
 最近仲良くしているΩの方とはそんな関係ではないと言ってましたけど」

「燈哉がそう言っただけだよね。
 電話で話しただけだし、もし燈哉と会っても隆臣はβだから匂いの変化にだって気付かないし、」

 燈哉の味方をするような言葉についついキツイ言葉を返してしまう。八つ当たりなのは分かってる。何を言っても隆臣が何かできるわけでもない事だって理解している。
 その言葉が、その提案が正しいことにだって気付いているし、このまま逃げ続けることができないことだって分かってる。

「私は羽琉さんと話がしたいと言われただけですよ。確かにβだから匂いの変化は気付きませんが、それでも羽琉さんや燈哉さんの気持ちは少しは理解できると思いますけどね」

「気持ちが理解できるって、βのくせに」

 駄目だとは思っても言葉を止めることができない。今まで僕に寄り添ってくれていたのに急に燈哉寄りの言葉を繰り返す隆臣に裏切られたような気になってしまい、思っていないことまで言ってしまう。αとかΩとか、βである隆臣には理解できないことの方が多いはずなのに、それでも僕に寄り添ってくれていた隆臣に対してこんなことを言いたいわけじゃないのに責めるようなことを言ってしまうのは、きっと甘えなのだろう。

「そうですね、私も先生に言われるまではαやΩの性質というんですか?
 αやΩ特有の考え方というか、気持ちというか、何となく知っていても理解はしてなかったんですよね」

 僕のキツイ言葉に怒ることなく淡々と、それでも僕の様子を見ながら告げられる言葉。

「自分はただ羽琉さんに寄り添って、羽琉さんが過ごしやすいようにするのが仕事、というか、それが自分のやるべきことだと思っていたんですよね。
 別に仕事といっても、義務的にしてたわけじゃないですよ?」

 常に寄り添い、僕のことを一番見てくれていただろう隆臣だから、僕が引っ掛かりを感じる言葉にも敏感なのだろう。仕事、という言葉に反応した僕の気持ちに気付いたのか言葉を足す。

「仕事というか、役割ですね。
 私の役割は羽琉さんに寄り添い、サポートして毎日を過ごしやすくすることだと思っていたんです。
 そのために羽琉さんのお父様から選ばれたのだと思っていましたし。

 だけど先生に言われたんです。
 自分はもっと羽琉さんを叱るべきだったって」

「叱るって、」

 予想していなかった言葉に衝撃を受け零れ落ちた言葉に隆臣が「驚きますよね、」と苦笑いを見せる。

「先生からは寄り添うだけじゃ駄目だと言われました。何でも肯定して、羽琉さんが過ごしやすい環境を作るのではなくて、駄目なことは駄目と言うべきだったと」

 そう言うと「長くなるけど大丈夫ですか?」と確認して僕が頷くとそのまま話そうとするためソファーに座るように促す。隣り合わせで座るのは気恥ずかしいため僕はベッドに腰掛けて次の言葉を待つ。

「自分は羽琉さんの狡さを知っています」

 いきなりの言葉に驚くけれど、いちいち反論していては話が進まないため黙って耳を傾ける。上手くやっているつもりだったけれど、分かっていて見逃されていたことが沢山あることに気付かされ、気まずい思いや気恥ずかしい思いをする。だけどそんな僕を気にする事なく、隆臣は喜怒哀楽を隠すかのように淡々と言葉を続けた。

「私も思い違いをしていたんです。
 αやΩが家格を大切にするというのは知っていたのでそういう事なのだと勝手に解釈して、燈哉さんが【番候補】である理由を勝手に決めつけていた。
 仲真の家との繋がりを大切にしたいのは相模の家なのだから、燈哉さんは羽琉さんに寄り添うのが当たり前だと思ってたんです」

 その言葉を、僕の想いを否定するのを聞いている意味があるのかと虚しくなってくる。寄り添うのが当たり前だと思っていたと過去形なのは、燈哉が僕から離れていくことを肯定しているのだと受け止め、隆臣だけは僕の気持ちを否定しないと思っていたのに違っていたのだと思い知らされる。
 今まで【良い子】の僕を見せ、絶対的に僕の味方をしてくれると思っていたのに、隆臣も燈哉のように離れていくのだと確信してしまう。

「隆臣は燈哉の味方なんだね」

「味方ですか?
 味方が敵かと言えば羽琉さんの味方のつもりですが」

 僕の言葉に答えた隆臣が笑みを浮かべたせいで僕の中で何かが壊れてしまった。

「もういいよ、何、話なんて必要ないんじゃないかな。
 燈哉が好きにすればいいと思うよ。
 あのΩと番いたいなら番えばいいし、【番候補】だなんてただの名目なんだから解消すればいいんじゃない?
 あ、ヒートが来るんだっけ、僕。
 隆臣がαなら隆臣で良かったけど…伊織や政文は嫌だから先生に相談しないといけないね」

 言葉がスラスラと流れ出る。

「相模の家に連絡するのは早い方がいいのかな。【番候補】のまま別のΩと番ったら外聞悪いだろうし、こっちから関係を解消するって言えば気を遣われる事もないだろうし」

「羽琉さん」

 僕の言葉を止めたいのか、隆臣が僕の前に立つ。

「でも2学期からふたりを見るの、嫌だから転校できるかな。でも、αとか番とかに振り回されたくないし。
 Ωしか行けない学校とかも、面倒だよね、何となく」

「羽琉さんっ、」

「学校、行かなくていいかな。
 どうせ誰かの番にならないと生きていけないなら燈哉が良かったのにな」

「羽琉さん、泣くくらいなら話を聞いてください」

 僕の言葉を止めようとはするものの、僕の言葉を遮ることはしなかった隆臣はそう言ってタオルを渡してくれる。これは、今日の着替えと共に持ってきたものだろう。
 ここで自分のハンカチを渡さないところが何となく隆臣らしくて「聞かないといけない話なんてないし」と強がってしまう。

 受け取ったタオルで顔を覆い、「本当は分かってるんだよ」と遮られないことを逆手に取り自分の想いを吐き出しつずける。

「燈哉の事を縛り付けてた事も、燈哉から僕以外のΩを引き離したのもただの我儘だって。
 僕以外と仲良くするのが面白くなくて、僕だけのために何かをして欲しくて、燈哉の気持ちよりも僕の気持ちを優先して。
 燈哉が逆らえないことを知ってて嫌がらせみたいな事もしたし」

「そうですね」

 そこは『そんな事ないです』と言って欲しかったのに、僕の欲しい言葉を言ってもらえないほど我儘だと思われていたのだと改めて思い知る。

「羽琉さんはそうやって自分で気付けたんだから良いんじゃないですか?」

「何が?」

「それは違うと誰かが羽琉さんに指摘していれば燈哉さんに対してもっと素直になれてたかもしれないのに、私は先生に言われるまで気付いていませんでした。
 私に求められていたのはそういう事だったと、指摘されなければ今もまだ気付けていませんでしたし」

 隆臣の言葉の意味も、この話の行き着く先も分からず戸惑ってしまう。

 【番候補】という関係にしがみつきたいのに、その関係を解消して楽になりたいとも思ってしまう。実際にその関係を解消してしまえば正常でいられる自信はないけれど、それでもこんなにも思い悩むくらいならそれでも良いかと思ってしまうのも本心。

「隆臣、苦しいんだ」

 そう、この苦しみから解放されたいだけ。
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