Ωだから仕方ない。

佳乃

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羽琉  諦める者、諦められない者。

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 少しだけ期待したのに届くことのない燈哉からのメッセージ。

 伊織から夏の予定は伝わらなかったのだろうか。それとも僕の予定なんて、燈哉にとって僕は、もうどうでもいい存在なのだろうか。

 〈ごめん、充電忘れてた〉

 〈予定より早いけどこのまま入院〉

 〈退院したらそのまま療養〉

 〈また連絡する〉

 自分の送ったメッセージを読み返して溜め息を吐く。我ながら可愛げも何もないと呆れてしまう。
 僕が事後報告のようなメッセージしか送らなかったせいでメッセージだけでなく着信もあったけれど、全て無視して一方的に送ったメッセージ。
 僕が送ったメッセージに対して必要最低限の返信しかないのはいつものことだけど、こんな時くらい後ろめたさを感じて何か送ってきてもいいのにと思ってしまう。僕が体調を崩したのは燈哉のせいなのだから。
 
 一方的に燈哉を責め、彼の存在が無ければ、彼が入学して来なければこんなことにならなかったはずなのにと、行き場のない気持ちが僕の中で渦巻く。

 だけど本当は気付いていた。

 今回のことだって燈哉から連絡がないと憤ってはいるけれど、ふたりの会話を聞いていたことに気付いていたのかどうかの確認すらしていない。もしもふたりの会話を聞いてしまったことに気付いていなければ、体調が悪いと帰った僕のことを煩わせないようにしているだけのことだろう。今までだって、体調が悪いと言った僕に必要以上に連絡をしてくることは無かったから。

 結局、燈哉にとって僕に対する庇護は義務的なものだったのかもしれない。
 【番候補】であるから僕を庇護し、【番候補】であるからマーキングを施す。
 義務的な対応なのだから、必要最低限の連絡さえすればいいと思っているのだろう。
 【番候補】である僕が他のαに盗られでもしたら、燈哉のαとしての矜持を傷付けることになるだろう。だから伊織と政文と過ごすことを看過することはできなかった、ただそれだけのこと。ふたりと過ごす僕に対して特別な感情を抱いていたわけではなくて、【番候補】を他のαに盗られたくなかっただけなのだと今になってやっと気付かされる。
 僕のしてきたことはただの悪足掻きだったのかもしれない。

 先生はこの時間を利用してしっかり考えなさいと言ったけれど、僕がどれだけ考えても燈哉が結論を出してしまっていたら意味の無いものになってしまうと捻くれたことまで考えてしまう。
 それに、先生が言った通り彼のヒートの時期が夏休みと重なったら…。

 高等部に入ってから燈哉が休むことはなかったから安心していたけれど、この夏休み中に約束をしているのかもしれない。

 今はまだ僕に対してマーキングを施してくれてはいたけれど、彼と番になってしまったら僕は燈哉に近付くこともできなくなるのかもしれない。

 だって僕なら、自分の番の隣に自分以外のΩが立つことを許せないから。そもそも、ふたりが番になってしまったら互いのフェロモンしか感じられなくなるのだから僕にマーキングを施すこともできなくなるだろう。

 【かもしれない】ばかりの不確定な要素が僕を苦しめる。

 聞いてしまった燈哉の本音から逃げるために、入院を決めたことに後悔は無い。現実問題として終業式まで通い続けることも難しかっただろう。
 仲睦まじいふたりを見ただけならまだ頑張れたかもしれない。だけど、燈哉の本音を聞いてしまい、楽しそうに話す夏休みの予定を知ってしまったら僕は邪魔者なのだと自覚するしかなかった。
 ふたりの邪魔をするためだけに自分の身を削ってまで学校に通い続ける意味を見出すことができなかった。

 燈哉からマーキングを施されている間はまだ大丈夫だと思っていたのに、校内では僕の側にいてくれるのだから大丈夫だと思っていたのに。
 僕の知らないところでふたりは仲を深め、僕にマーキングを施しながらも僕の存在を疎ましく思っていたのだろう。

 素直になることができれば、そんなふうに思ったことが無いわけじゃない。遡れば初等部の頃から素直になれなかった僕は、本音を告げることなく燈哉の自由を奪ってばかりだった。

 新入生のお世話をすることが面白くなくて僕の送迎を強要したことも、自分も本当は燈哉と一緒に登校したいのだと素直に告げれば良かっただけのこと。無理だとは分かっているけれど、燈哉に守られながら同じ電車に乗り、一緒に駅からの道のりを歩きたかったと素直に告げていたら仕方ないと笑ってくれたのだろうか。

 放課後の予定だって、本当は僕だって燈哉と遊びたかったと告げたら一緒に過ごすことのできる方法を話し合うこともできたかもしれない。それなのに僕は仮病を使って燈哉の自由を奪うことで友人と過ごす時間を邪魔をして、結果ふたりを引き離してしまったのだ。

 考えれば考えるほど自分の身勝手さに呆れてしまう。

 勉強会の時だって、生徒会のことだって、素直な気持ちを伝えることなく勝手に嫉妬して、勝手に焦燥感に苛まれて酷い態度を取って、そして僕の気持ちは伝わらないと嘆いていただけ。

「幼稚舎の頃は素直になれたのに…」
 
 あの頃は燈哉の隣にいられるだけで嬉しかったし、隣にいてくれれば素直になれた。戸外遊びの時にしか会うことのできなかったあの頃は、僕と燈哉だけで世界が成り立っていた。
 だけど成長と共に関わる相手が増え、ふたりだけでは世界が成り立たないと気付かされてしまった。

 ふたりだけの世界が欲しかった。

 ふたりだけの世界しか欲しくなかった。

 父のように父親に囲われてふたりだけで過ごしたいと思ってしまった。

 実際のところ父が家で過ごしていても父親は仕事で家を空けるし、父は父で父親の言いなりになって家にいたわけでもない。満たされていたから家で過ごしていただけで、父親から与えられるものが足りないと思えば外に出ていたのだろう。
 幼すぎた僕はそれに気付かず、幼い燈哉に父親と同じものを求めてしまったせいで言葉が足りず、ただただ燈哉を縛り付けてしまったのだ。
 燈哉にとって【番候補】という肩書きは義務と重荷でしかなかったのに。

 考えても考えても答えが出てくるわけがなくて、ただただ自分の幼さと自分の過ちを実感する。拗れてしまったこの関係は、僕が燈哉を諦めることでしか関係を解消することはできないのだろう。

「ずっと側にいたかったのにな…」

 そう呟いてはみたけれど、彼と過ごしている時の燈哉を思い出し、あんな笑顔の燈哉を久しく見ていなかったと溜め息を吐く。なんとか繋ぎ止めておきたいと思っていたけれど、燈哉の気持ちはとっくに僕から離れてしまっていたのかもしれない。

〈また連絡する〉

 最後に送ったメッセージが虚しい。
 こんなふうに送ってしまったら燈哉からメッセージが来るはずもないのに、それでも燈哉からのメッセージを期待してしまうのは悪い癖だ。
 何があっても、何をしても燈哉が折れてくれるのが当たり前だった関係を解消するいい機会なのかもしれない。



⌘   燈哉 ⌘

「夏休み、羽琉と遊ぶ約束したから」

 教室に入るなり言われた言葉が理解できず、その言葉の主を睨め付ける。夏休みに入る前に入院した事は羽琉から聞いているけれど、退院した後の話を俺は聞いていない。例年なら療養と称して過ごしやすい場所で過ごし、療養が終われば自宅で過ごすのが羽琉の夏の過ごし方だ。
 療養といっても旅行のようなもので、隆臣とふたり、それなりに夏を楽しんでいることも羽琉から聞いていた。それが面白くなくてストレス解消のために馬鹿なことをしていた自覚はある。涼夏とのことだけであれだけ嫌悪感を見せた羽琉だ。そのことがバレたら【番候補】であり続ける事はできないだろう。

「燈哉、聞いてる?」

 思ったリアクションを返さないことが気に入らないのか鋭い口調で伊織が詰め寄るけれど、状況がわかっていないこの段階で下手なことを言うことはできない。

「羽琉から連絡があったのか?」

「少し話したよ」

 その言葉に軽くショックを受ける。
 あれから、羽琉が帰宅してしまった事に驚きメッセージを送ったり、電話をかけてみたりしたのにそれに対して返ってきたのは一方的なメッセージと《また連絡する》という俺からの連絡を拒むような言葉だった。

「そうか、」

「それだけ?」

 俺の反応がよほど不服だったのだろう、電話で話した内容を伝えようとするけれど、伊織の口から羽琉の名前を聞きたくなくて「ああ、」と短く答えて自分の席に向かう。俺がひとりで教室に入った時点で羽琉の不在に気付いていたクラスメイトはそのやり取りを遠巻きに見ていたけれど、俺が席に向かえば自然と目を逸らす。羽琉と一緒に過ごしていたけれど、羽琉に執拗なマーキングを施してはいたけれど、ここ最近の俺たちの関係を危うく思っていたのだろう。伊織の言葉を聞いて驚いて顔を見せていたのは少なくない人数だった。

 伊織を無視して席に着きスマホを取り出す。当たり前だけど昨日の事務的な連絡の後にメッセージも着信もない。

『夏休み、羽琉と遊ぶ約束したから』

 気にしていないふりをしたけれど、気にしないわけがない。昨日今日と涼夏と話し、今までのように受動的になるのではなく能動的に振る舞ってみようと決めたのに、涼夏に言われたように帰宅後に連絡をするつもりだったのに手遅れだったのだと思わざるを得ない。

 気になる相手、好きな相手からの連絡は体調が悪い時でも嬉しいと言っていたけれど、体調が悪い時に連絡をしてしまえば羽琉は無理をしてでも連絡を返すだろう。そして、俺だって羽琉からの連絡を待ちたくなってしまう。羽琉を煩わせたくないと思ってしていた行動は間違いだったのだろうか。

「なんか、暗くない?」

 いつも通り涼夏の待つ校門に向かうなり俺の顔を見てそう言うと「何かあった?」と苦笑いを見せる。俺が表情を変える相手なんて羽琉しかいないのを知って敢えての質問だろう。

「羽琉と遊ぶ約束したって」

「誰が?」

「伊織」

「え、でもαだよね?
 良いの?」

「良くない」

 良いわけがないけれど、羽琉がそれを望むなら仕方ないと思ってしまう。今までだってそう、自分の中で消化しきれない想いがあっても羽琉が望むのなら叶えるしかないのだ。

「で、どうするの?」

「どうするって、仕方ないだろ」

 この夏に羽琉との関係をなんとかしたいと思っていたけれど、なんとかしようと思っていたけれど、羽琉がそれを望むならば仕方ない。

「………馬鹿じゃないの?」

「馬鹿って、」

「あのさあ、昨日の話もう忘れた?
 相手のことを考えるのも大切だけど、自分の気持ちを伝えるのも大切って言わなかったっけ。
 今朝、電話してみるって言ったばかりじゃないの?」

 涼夏の言葉は理解できても行動に移すことができるかどうかは別だ。特に普段と違う行動をしようと思っていたのに出鼻をくじかれてしまえば踏み出すつもりだった足は簡単に止まってしまう。

「もう必要無い」

「無いわけないし」

「でも伊織と約束したなら邪魔するだけだし」

「本当、燈哉ってヘタレだよね。
 言ったよね、話をしないまま後悔するくらいなら話をして嫌われる方がマシだって。邪魔すれば良いじゃん。
 邪魔して嫌われたら諦めもつくかもよ」

 他人事だと思って言いたい放題だと思うけれど、他人事だから好きに言えるのだろう。

「とりあえず、帰ったら電話してみなよ。メッセージだと伝わらないから電話だよ」

 本当に好き放題だ。

 その日は結局電話をしてみたものの羽琉が出ることはなかった。やっぱり俺からの連絡は必要無いのだと思いながらもう一度電話をしようかどうしようかと迷っていた時に入ったメッセージ。

《ごめん、お風呂入ってた》

《おやすみ》

 これをどう読み解くべきかと悩み、悩んで悩んでいつもならそのままにしてしまうメッセージに返信してみる。

〈おやすみ〉

〈また連絡する〉

 羽琉から貰ったメッセージと同じ文面だったのは意図したことじゃない。これで連絡がいらないと返されたら諦める覚悟をしたから。
 祈るような気持ちで送ったメッセージに既読はついたけれど、その言葉を拒否するような返信はない。受け入れられたかどうかはわからないけれど、拒否されたわけではないと自分に言い聞かせる。

 まだ諦めるのは早いのかもしれない。



「電話した?」

「出なかった」

「マジで⁈」

「でもメッセージが返ってきた」

「………良かったね」

 もっと否定的なことを言われるかと思ったけれど、呆れたような言葉に「ああ、」と短く答える。涼夏から見れば呆れるようなやり取りでも俺にとっては大きな一歩だ。









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