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【side:隆臣】あるβの罪。
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「隆臣君、あの話はとりあえず保留で」
検査の翌日、羽琉の部屋に顔を出す前に話があると言われて主治医に会いに行くと開口一番そう言われて困惑する。もしも羽琉が望むのなら何とかしなくてはと思っていただけに拍子抜けだ。
「あの話と言うのはヒートの相手のことですが?」
「そう。
まさかもう打診したとか言わないよね?」
主治医の言葉に「まだですけど」と答えるけれど、羽琉から聞かされた言葉を伝えてみる。
「退院したら療養先におふたりが遊びにきてくれることになったと言っていましたけど」
「あ、それなら今年はずっとここで過ごしてもらうから羽琉君から断るんじゃないかな」
「羽琉さん、どこか異常が、」
「身体は栄養失調だけだよ。
異常があるとしたら心というか、気持ちの問題だね」
「気持ち、ですか?」
「羽琉君はね、甘え過ぎ、甘やかされ過ぎなんだよ。
隆臣君も含めて誰も羽琉君のこと叱らないでしょ?」
主治医の言葉に「でも、羽琉さんは」と反論しようとするけれど、続きを言うことを許さず言葉を続ける。
「羽琉君が悪いわけじゃないし、周りだって羽琉君のことを大切に思ってたから甘やかしてしまったんだと思うし。
だけどね、そろそろ羽琉君も自分の気持ちを伝える努力をしないといけないんじゃないかな。
今までは側にいた子、番が羽琉君の願いを全て叶えてあげていたから、それが永遠に続くと思ってたんだろうね。永遠じゃないと気付いて焦ってるんだと思うよ。
何を言っても、何をやっても自分だけを見てくれるはずなのにって。
だから番が自分から離れていくのが怖くて、何とかしようとして自分を追い詰めたんだ。自分を追い詰めれば追い詰めるほど彼が追いかけてくれると思ったんだろうね。それが失敗したせいで食べれない、寝れない。食べたくない、寝たくないなら問題ないんだけど、もうその段階を超えちゃったのかな。
羽琉君は一種の自己中毒だよ。」
その言葉を「まだ番じゃないです」と否定してみるけれど、「羽琉君はそうは思ってないよ」と静かに反論されてしまう。
「自分の番だと思うからこそ自分から離れていくことを恐れて苦しんでるんだよ。
離れたくないからこそマーキングを受け入れるし、番を離さないために自分の身体を変えようとしてるんだ」
「羽琉さんは諦めたんじゃないんですか?」
「何を諦めるの?」
「逃げられないなら従うしかないと諦めたんじゃあ、」
羽琉が主張していることを信じている程で答えてはいるけれど、毎朝のマーキングを嫌がっている様子は無いことは自分が1番理解している。毎朝あの様子を見せ付けられているのだから当然のことだろう。
「そもそもね、本当に嫌なら逃げる方法なんて沢山あるよ?
それこそ学校休めばいいだけのことだし」
「でも休むなら学校を変わることになるって、」
そんなことは有り得ないと知っているけれど、羽琉が主張している事柄を信じている振りをして伝える。だから返ってきた答えには納得するしかなかった。
「そんなことあり得ないよ。
あの親が羽琉君を自分の目の届かない場所に行かせるわけないでしょ?」
「でも、羽琉さんは燈哉さんが自分から離れたと知ったらあの学校に通う理由がなくなるって」
「それ、誰が言ったの?」
そんなこと、言わなくても分かってはいるのだろう。そして自分が羽琉に従うふりをしているのも、その上で羽琉の願いを叶えたいと思っていることも。
「大体、隆臣君は羽琉君と何年一緒にいるの?羽琉君の両親よりも近くにいるのに、羽琉君の何を見てきたの?」
そして告げられる羽琉の狡さと弱さ。
「羽琉君のΩのお父さんも羽琉君と一緒だったんだよ。羽琉君と一緒でそれこそ幼稚舎の頃は身体弱かったけど、成長と共に強くなっていくし、本人もそれを自覚していたけど身体が弱いと周りが気遣ってくれるって子どもなりに分かるんだよね。だから人を試すんだよ。
ここまでは大丈夫ってギリギリのところで相手を試して、相手が疲れて離れていくってことの繰り返し。
相手の気を引くためにわざと食べない、わざと寝ない、それで本当に調子を崩すとか、ある意味自傷だよね。
それに向き合ったのがαのお父さん」
そんなことは羽琉には関係ないと思いながらも、自分の見てきた羽琉と重なることには気付いていた。面接をした時に聞かされた羽琉の父の素行と、今の羽琉の行動は全く質の違うものだと羽琉の行動を肯定する。羽琉が燈哉の気を引きたくて同じようなことをしていることを黙認していたけれど、不特定多数の相手を相手にする羽琉の父と、燈哉を一途に想う羽琉は似て非なるものなのだから。
両親が寄り添ってくれない淋しさを燈哉と深く関わることで紛らわしているのだと、仕方のないことなのだと見て見ぬ振りをしていた部分があることは否定はしないけれど。
「Ωのお父さん、隆臣君は知ってるだろうけど羽琉君と同じで綺麗な顔してるでしょ?正直、今の羽琉君よりもっと綺麗だったんだよ。だからもう、好き放題。
誰か離れても誰かが寄り添うから何言っても聞かないし。
体調崩して青白い顔してるとまた庇護欲そそるんだよ。悪循環だね。
それ矯正したのがαのお父さん。
羽琉君も同じ事してるだけだから学校休みがちだからなんて理由で転校なんてあり得ないよ。ただ、羽琉君のした事で番候補の子があまりにも苦しむようならふたりを離すかもしれないけどね」
羽琉が望むのなら燈哉の意思を無視してでも縛り付けなければと思ってしまう。それに入院を決めたのは羽琉ではなくて目の前の主治医だ。
「羽琉さんを入院させるのは、」
「だって、番の気を引きたくて自家中毒起こすとか、離すしかないでしょ。
そもそも羽琉君、身体が弱いってイメージあるかもしれないけど本気でそう思ってる?」
「だって、夏になると」
「あれも元は羽琉君が淋しくないように決められたことなんだけどね」
薄々は気付いていたけれど、改めて告げられて全てを理解する。
そして出した結論は羽琉は何も悪くないということ。
αとΩの関係はβの自分では理解しきれない部分があるけれど、親子の関係はαでもΩでもβでも変わらないはずだ。そう思えば羽琉の行動は羽琉が咎められるべきではなくて両親が咎められるべきことだ。
「夏の間療養って言うけど、毎年途中で戻ってきてるでしょ?」
確かにそこは勘違いさせられていただけのような気もするけれど、暑いと体調を崩しがちなのだからあながち間違いじゃない。【番候補】である燈哉が連絡してくることもないし、こちらから連絡することもないためそういうモノだと勘違いしていたことを否定する気はない。
『夏休みでも僕はどこにも行けない』
この言葉だって意図して言っていたのだろう。
「そもそも隆臣君が自分の役割勘違いしてるのも良くないと思うんだよね。
今更だけど、隆臣君はもっと羽琉君のこと叱っていいと思うよ?」
「叱るって、羽琉さんは叱られるようなことしませんから」
自分に向けられた叱責に思わず反論してしまう。羽琉は何も悪いことをしていないのに叱る必要なんてない。
「番候補の子、燈哉君?彼のこと振り回してるのに?
大切な番で、しかも逆らえないような家の子で、燈哉君が我慢してでもそばにいるしかない環境って理解してるかな。あれ、燈哉君がαの本能で番である羽琉君を守ろうと必死になってるのと、羽琉君より大人びてるから成立してるけど、普通ならとっくに破綻してて不思議じゃないと思うよ。
まあ、βの隆臣君に理解しろって言うのも難しいかもしれないけど、もう少し燈哉君の気持ちも尊重してあげないと駄目だと思うよ。
αだから万能みたいに思われるけど、αだってストレス溜まるし、息抜きだってしたいし。
αだから壊れないなんてあり得ないからね。
だから今回、燈哉君が羽琉君から離れたいならそれもいいかなと思ったんだけど、羽琉君はそれ望んでないみたいだし。夏休みの間にどうすればいいのか、どうしたいかしっかり考えればいいんだよ」
羽琉を幼い頃から見ているからこその言葉なのだろうけれど、羽琉をずっと見守っているからこその言葉だって有る。
「気持ちを尊重って、羽琉さんにあんな事しておいて他のΩと過ごしてるなんて、気持ちを尊重してないのは燈哉さんじゃないですか」
だけど、自分の反論は冷たい声で諭されてしまう。
「本当にそう思う?
今回のことも、何がきっかけだったのかちゃんと理解してる?」
「それは、入学式に燈哉さんが【唯一】を見つけたせいで」
「本当にその子は【唯一】なの?
僕なら【唯一】を見つけてしまったらいくら羽琉君が身体弱くても、いくら羽琉君との今までがあったとしても【唯一】を放っておいてあんなマーキングしないよ?
そもそも、入学式の出来事はキッカケでしかないって羽琉君も気付いてないみたいだけど、それより前からふたりの関係は歪んでなかった?」
歪んでいなかったとは言えないけれど、歪んでいたとはっきり言うほど悪い関係ではなかったはずだ。自分の目には羽琉の我儘に寄り添う燈哉の献身は微笑ましく思えていた。
「僕なら自分以外のαが番に寄り添うなんて、許さないよ。
そう言えば、隆臣君の前に羽琉君のお世話してた人が辞めさせられた理由、知ってる?」
突然の言葉に更に困惑をすれば「言ってないよね、やっぱり」と呟きその理由を教えられる。
「羽琉君は調子が悪くても機嫌が悪くても調子が良くないって言ってるんだよって、そう燈哉君に言ったんだって。
燈哉君に察しろと言いたかったんじゃないかな?
だけどそれ、小学生の彼に言うことじゃないよね。そもそもそんな小賢しい手を使う羽琉君に注意すべきところだと思うんだけど、羽琉君のご機嫌を取るために燈哉君に受け入れることを強要させた。だから辞めさせられたんだよ。
その後に羽琉君のお世話することになったのは隆臣君、君だよね。
さて、君は何を望まれてたんだろうね」
羽琉の父の主治医でもあるせいで、仲真家の内情もある程度は知らされているだろう医師は「期待しすぎたかな」と意味の分からない呟きを漏らす。
「まあ、本当は親の役目なんだから隆臣君にそこまで求めるのは酷かもしれないけどね。
燈哉君も燈哉君で無駄に聞き分けがいいから。
そこで怒って喧嘩でもしてれば違ったのに、全て受け入れて羽琉君に寄り添って。彼なりに自分の不用意な一言が原因で羽琉君のお世話をしていた人が辞めさせられたって気付いたんじゃないかな。
だからそれからも羽琉君に寄り添って、羽琉君の願いを叶えて。
でもそれって、本当に燈哉君の役目だったのかな?」
今までの言葉で思い出したのは、学校を休みたくないからと伊織と政文を連れてきたあの日のこと。
燈哉以外に親しくしているαの存在を知らされ驚き、燈哉が休む時はふたりと過ごすと言われたことにも、それを燈哉が許したことにも驚かされた。αは独占欲が強いはずなのにと思ったものの、羽琉に対しても、伊織と政文に対しても信頼関係があるのだと思い込み羽琉の言葉を鵜呑みにした。
あの時の燈哉はどんな表情をしていたのだろう。
「燈哉君が全て受け止めて、燈哉君が全て寄り添って。話聞いてると年相応以上のことをさせられてるよね。
その役割、本当に燈哉君がするべきことだったのかな?」
医師の問いかけに何も答えることができない。
自分の仕事は羽琉に寄り添うことだと思っていたけれど、それだけで良かったのかと自問自答する。
「燈哉君に甘えていたのは羽琉君だけじゃないと思うよ。
まあ、彼だってそれだけ羽琉君が大切だから成り立っていたんだろうけど、それを歪めたのは………羽琉君自身だよ。
燈哉君を試すようなことをして、燈哉君の危機感を煽ったせいで今、こうなってるって羽琉君もやっと気付いたんじゃないかな?
だから、燈哉君が望まないなら彼のことは解放してあげたいと思って誰か心当たりないかって聞いたんだけど、羽琉君にその話したらすごい拒絶反応示してたよ」
信頼関係があるからふたりと過ごすことを許したのではなくて、羽琉からの信頼を失いたくなくて許していたのだとしたら。
ふたりと過ごすことを禁じて羽琉のことを信頼していないと誤解されることを恐れ、そのせいで自分の本心を伝えられなかったのだとしたら。
それならば今、燈哉のしていることはあのことに対しての意趣返しなのだろうか。
今更ながらに羽琉のしてしまったことに、自分の役割を間違えてしまったことに気付く。
燈哉の気持ちを試すためにαを側に置いた羽琉と、【唯一】かもしれない彼を側に置いたまま羽琉にマーキングを施す燈哉。弱いΩの羽琉がしたことは許されるのに強いαの燈哉がしたことは許されないだなんて、それはただの偏見でしかない。
それならば自分はあの時、【番候補】がいる羽琉に、別のαと過ごすことは間違っていると咎めるべきだったのだと気付く。それならば今の状況は自分のせいなのかもしれない。
自分はβだから、そんな言い訳は逃げでしかない。
「羽琉君はどんな答えを出すんだろうね」
何も言わない自分にそう言った主治医は「燈哉君はその時どうするんだろうね」と小さく呟きそれ以上は何も言わなかった。
検査の翌日、羽琉の部屋に顔を出す前に話があると言われて主治医に会いに行くと開口一番そう言われて困惑する。もしも羽琉が望むのなら何とかしなくてはと思っていただけに拍子抜けだ。
「あの話と言うのはヒートの相手のことですが?」
「そう。
まさかもう打診したとか言わないよね?」
主治医の言葉に「まだですけど」と答えるけれど、羽琉から聞かされた言葉を伝えてみる。
「退院したら療養先におふたりが遊びにきてくれることになったと言っていましたけど」
「あ、それなら今年はずっとここで過ごしてもらうから羽琉君から断るんじゃないかな」
「羽琉さん、どこか異常が、」
「身体は栄養失調だけだよ。
異常があるとしたら心というか、気持ちの問題だね」
「気持ち、ですか?」
「羽琉君はね、甘え過ぎ、甘やかされ過ぎなんだよ。
隆臣君も含めて誰も羽琉君のこと叱らないでしょ?」
主治医の言葉に「でも、羽琉さんは」と反論しようとするけれど、続きを言うことを許さず言葉を続ける。
「羽琉君が悪いわけじゃないし、周りだって羽琉君のことを大切に思ってたから甘やかしてしまったんだと思うし。
だけどね、そろそろ羽琉君も自分の気持ちを伝える努力をしないといけないんじゃないかな。
今までは側にいた子、番が羽琉君の願いを全て叶えてあげていたから、それが永遠に続くと思ってたんだろうね。永遠じゃないと気付いて焦ってるんだと思うよ。
何を言っても、何をやっても自分だけを見てくれるはずなのにって。
だから番が自分から離れていくのが怖くて、何とかしようとして自分を追い詰めたんだ。自分を追い詰めれば追い詰めるほど彼が追いかけてくれると思ったんだろうね。それが失敗したせいで食べれない、寝れない。食べたくない、寝たくないなら問題ないんだけど、もうその段階を超えちゃったのかな。
羽琉君は一種の自己中毒だよ。」
その言葉を「まだ番じゃないです」と否定してみるけれど、「羽琉君はそうは思ってないよ」と静かに反論されてしまう。
「自分の番だと思うからこそ自分から離れていくことを恐れて苦しんでるんだよ。
離れたくないからこそマーキングを受け入れるし、番を離さないために自分の身体を変えようとしてるんだ」
「羽琉さんは諦めたんじゃないんですか?」
「何を諦めるの?」
「逃げられないなら従うしかないと諦めたんじゃあ、」
羽琉が主張していることを信じている程で答えてはいるけれど、毎朝のマーキングを嫌がっている様子は無いことは自分が1番理解している。毎朝あの様子を見せ付けられているのだから当然のことだろう。
「そもそもね、本当に嫌なら逃げる方法なんて沢山あるよ?
それこそ学校休めばいいだけのことだし」
「でも休むなら学校を変わることになるって、」
そんなことは有り得ないと知っているけれど、羽琉が主張している事柄を信じている振りをして伝える。だから返ってきた答えには納得するしかなかった。
「そんなことあり得ないよ。
あの親が羽琉君を自分の目の届かない場所に行かせるわけないでしょ?」
「でも、羽琉さんは燈哉さんが自分から離れたと知ったらあの学校に通う理由がなくなるって」
「それ、誰が言ったの?」
そんなこと、言わなくても分かってはいるのだろう。そして自分が羽琉に従うふりをしているのも、その上で羽琉の願いを叶えたいと思っていることも。
「大体、隆臣君は羽琉君と何年一緒にいるの?羽琉君の両親よりも近くにいるのに、羽琉君の何を見てきたの?」
そして告げられる羽琉の狡さと弱さ。
「羽琉君のΩのお父さんも羽琉君と一緒だったんだよ。羽琉君と一緒でそれこそ幼稚舎の頃は身体弱かったけど、成長と共に強くなっていくし、本人もそれを自覚していたけど身体が弱いと周りが気遣ってくれるって子どもなりに分かるんだよね。だから人を試すんだよ。
ここまでは大丈夫ってギリギリのところで相手を試して、相手が疲れて離れていくってことの繰り返し。
相手の気を引くためにわざと食べない、わざと寝ない、それで本当に調子を崩すとか、ある意味自傷だよね。
それに向き合ったのがαのお父さん」
そんなことは羽琉には関係ないと思いながらも、自分の見てきた羽琉と重なることには気付いていた。面接をした時に聞かされた羽琉の父の素行と、今の羽琉の行動は全く質の違うものだと羽琉の行動を肯定する。羽琉が燈哉の気を引きたくて同じようなことをしていることを黙認していたけれど、不特定多数の相手を相手にする羽琉の父と、燈哉を一途に想う羽琉は似て非なるものなのだから。
両親が寄り添ってくれない淋しさを燈哉と深く関わることで紛らわしているのだと、仕方のないことなのだと見て見ぬ振りをしていた部分があることは否定はしないけれど。
「Ωのお父さん、隆臣君は知ってるだろうけど羽琉君と同じで綺麗な顔してるでしょ?正直、今の羽琉君よりもっと綺麗だったんだよ。だからもう、好き放題。
誰か離れても誰かが寄り添うから何言っても聞かないし。
体調崩して青白い顔してるとまた庇護欲そそるんだよ。悪循環だね。
それ矯正したのがαのお父さん。
羽琉君も同じ事してるだけだから学校休みがちだからなんて理由で転校なんてあり得ないよ。ただ、羽琉君のした事で番候補の子があまりにも苦しむようならふたりを離すかもしれないけどね」
羽琉が望むのなら燈哉の意思を無視してでも縛り付けなければと思ってしまう。それに入院を決めたのは羽琉ではなくて目の前の主治医だ。
「羽琉さんを入院させるのは、」
「だって、番の気を引きたくて自家中毒起こすとか、離すしかないでしょ。
そもそも羽琉君、身体が弱いってイメージあるかもしれないけど本気でそう思ってる?」
「だって、夏になると」
「あれも元は羽琉君が淋しくないように決められたことなんだけどね」
薄々は気付いていたけれど、改めて告げられて全てを理解する。
そして出した結論は羽琉は何も悪くないということ。
αとΩの関係はβの自分では理解しきれない部分があるけれど、親子の関係はαでもΩでもβでも変わらないはずだ。そう思えば羽琉の行動は羽琉が咎められるべきではなくて両親が咎められるべきことだ。
「夏の間療養って言うけど、毎年途中で戻ってきてるでしょ?」
確かにそこは勘違いさせられていただけのような気もするけれど、暑いと体調を崩しがちなのだからあながち間違いじゃない。【番候補】である燈哉が連絡してくることもないし、こちらから連絡することもないためそういうモノだと勘違いしていたことを否定する気はない。
『夏休みでも僕はどこにも行けない』
この言葉だって意図して言っていたのだろう。
「そもそも隆臣君が自分の役割勘違いしてるのも良くないと思うんだよね。
今更だけど、隆臣君はもっと羽琉君のこと叱っていいと思うよ?」
「叱るって、羽琉さんは叱られるようなことしませんから」
自分に向けられた叱責に思わず反論してしまう。羽琉は何も悪いことをしていないのに叱る必要なんてない。
「番候補の子、燈哉君?彼のこと振り回してるのに?
大切な番で、しかも逆らえないような家の子で、燈哉君が我慢してでもそばにいるしかない環境って理解してるかな。あれ、燈哉君がαの本能で番である羽琉君を守ろうと必死になってるのと、羽琉君より大人びてるから成立してるけど、普通ならとっくに破綻してて不思議じゃないと思うよ。
まあ、βの隆臣君に理解しろって言うのも難しいかもしれないけど、もう少し燈哉君の気持ちも尊重してあげないと駄目だと思うよ。
αだから万能みたいに思われるけど、αだってストレス溜まるし、息抜きだってしたいし。
αだから壊れないなんてあり得ないからね。
だから今回、燈哉君が羽琉君から離れたいならそれもいいかなと思ったんだけど、羽琉君はそれ望んでないみたいだし。夏休みの間にどうすればいいのか、どうしたいかしっかり考えればいいんだよ」
羽琉を幼い頃から見ているからこその言葉なのだろうけれど、羽琉をずっと見守っているからこその言葉だって有る。
「気持ちを尊重って、羽琉さんにあんな事しておいて他のΩと過ごしてるなんて、気持ちを尊重してないのは燈哉さんじゃないですか」
だけど、自分の反論は冷たい声で諭されてしまう。
「本当にそう思う?
今回のことも、何がきっかけだったのかちゃんと理解してる?」
「それは、入学式に燈哉さんが【唯一】を見つけたせいで」
「本当にその子は【唯一】なの?
僕なら【唯一】を見つけてしまったらいくら羽琉君が身体弱くても、いくら羽琉君との今までがあったとしても【唯一】を放っておいてあんなマーキングしないよ?
そもそも、入学式の出来事はキッカケでしかないって羽琉君も気付いてないみたいだけど、それより前からふたりの関係は歪んでなかった?」
歪んでいなかったとは言えないけれど、歪んでいたとはっきり言うほど悪い関係ではなかったはずだ。自分の目には羽琉の我儘に寄り添う燈哉の献身は微笑ましく思えていた。
「僕なら自分以外のαが番に寄り添うなんて、許さないよ。
そう言えば、隆臣君の前に羽琉君のお世話してた人が辞めさせられた理由、知ってる?」
突然の言葉に更に困惑をすれば「言ってないよね、やっぱり」と呟きその理由を教えられる。
「羽琉君は調子が悪くても機嫌が悪くても調子が良くないって言ってるんだよって、そう燈哉君に言ったんだって。
燈哉君に察しろと言いたかったんじゃないかな?
だけどそれ、小学生の彼に言うことじゃないよね。そもそもそんな小賢しい手を使う羽琉君に注意すべきところだと思うんだけど、羽琉君のご機嫌を取るために燈哉君に受け入れることを強要させた。だから辞めさせられたんだよ。
その後に羽琉君のお世話することになったのは隆臣君、君だよね。
さて、君は何を望まれてたんだろうね」
羽琉の父の主治医でもあるせいで、仲真家の内情もある程度は知らされているだろう医師は「期待しすぎたかな」と意味の分からない呟きを漏らす。
「まあ、本当は親の役目なんだから隆臣君にそこまで求めるのは酷かもしれないけどね。
燈哉君も燈哉君で無駄に聞き分けがいいから。
そこで怒って喧嘩でもしてれば違ったのに、全て受け入れて羽琉君に寄り添って。彼なりに自分の不用意な一言が原因で羽琉君のお世話をしていた人が辞めさせられたって気付いたんじゃないかな。
だからそれからも羽琉君に寄り添って、羽琉君の願いを叶えて。
でもそれって、本当に燈哉君の役目だったのかな?」
今までの言葉で思い出したのは、学校を休みたくないからと伊織と政文を連れてきたあの日のこと。
燈哉以外に親しくしているαの存在を知らされ驚き、燈哉が休む時はふたりと過ごすと言われたことにも、それを燈哉が許したことにも驚かされた。αは独占欲が強いはずなのにと思ったものの、羽琉に対しても、伊織と政文に対しても信頼関係があるのだと思い込み羽琉の言葉を鵜呑みにした。
あの時の燈哉はどんな表情をしていたのだろう。
「燈哉君が全て受け止めて、燈哉君が全て寄り添って。話聞いてると年相応以上のことをさせられてるよね。
その役割、本当に燈哉君がするべきことだったのかな?」
医師の問いかけに何も答えることができない。
自分の仕事は羽琉に寄り添うことだと思っていたけれど、それだけで良かったのかと自問自答する。
「燈哉君に甘えていたのは羽琉君だけじゃないと思うよ。
まあ、彼だってそれだけ羽琉君が大切だから成り立っていたんだろうけど、それを歪めたのは………羽琉君自身だよ。
燈哉君を試すようなことをして、燈哉君の危機感を煽ったせいで今、こうなってるって羽琉君もやっと気付いたんじゃないかな?
だから、燈哉君が望まないなら彼のことは解放してあげたいと思って誰か心当たりないかって聞いたんだけど、羽琉君にその話したらすごい拒絶反応示してたよ」
信頼関係があるからふたりと過ごすことを許したのではなくて、羽琉からの信頼を失いたくなくて許していたのだとしたら。
ふたりと過ごすことを禁じて羽琉のことを信頼していないと誤解されることを恐れ、そのせいで自分の本心を伝えられなかったのだとしたら。
それならば今、燈哉のしていることはあのことに対しての意趣返しなのだろうか。
今更ながらに羽琉のしてしまったことに、自分の役割を間違えてしまったことに気付く。
燈哉の気持ちを試すためにαを側に置いた羽琉と、【唯一】かもしれない彼を側に置いたまま羽琉にマーキングを施す燈哉。弱いΩの羽琉がしたことは許されるのに強いαの燈哉がしたことは許されないだなんて、それはただの偏見でしかない。
それならば自分はあの時、【番候補】がいる羽琉に、別のαと過ごすことは間違っていると咎めるべきだったのだと気付く。それならば今の状況は自分のせいなのかもしれない。
自分はβだから、そんな言い訳は逃げでしかない。
「羽琉君はどんな答えを出すんだろうね」
何も言わない自分にそう言った主治医は「燈哉君はその時どうするんだろうね」と小さく呟きそれ以上は何も言わなかった。
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