Ωだから仕方ない。

佳乃

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【side:羽琉】僕を悩ませる事柄。

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 その日、駐車場で待っていたのは政文と伊織だった。

 いつもなら燈哉が来るまで車内で待っているけれど、ふたりがいることに気付いているのに車から降りないわけにはいかず、仕方なく車のドアを開ける。

「「羽琉、おはよう」」

「おはよう」

 そう挨拶を交わせば政文は僕の鞄を持ち、伊織は僕を視診する。これではまるで保護者だ。
 そんな当たり前のようなふたりの様子に燈哉から僕のことを頼まれたのかと疑うけれど、僕にも家にも連絡は無かったから僕の登校時間を予想して待ってくれていただけだろう。

「顔色は悪くないね」

「ストレスのせいだからストレス溜めるなって言われた」

 伊織の言葉にそう返せば「溜めるなって言われてどうかできるもんでもないのにね」と笑う。ストレスの原因が燈哉の行動だと気付いてはいるけれど、あえてそれを指摘することもない。

「今日から授業ってだけでストレスだし」

 そう言った政文の言葉に笑い合い教室に向かう。
 そんな僕たちに不躾な視線が向けられるし、僕の事を嗤う言葉だって聞こえてくるような気がする。
 昨日の今日だから周りの反応は予想していたけれど、直接僕に話しかける相手がいないのはαであるふたりが付き添ってくれているからだろう。

「政文、伊織、昨日はありがとう。
 隆臣呼んでくれて助かった」

 本当はあの後で何があったのかを聞きたかったけれど、自分から口にする勇気はない。ふたりが自分から話すこともないだろう。仕方なく聞きたい気持ちを抑え、謝意だけを伝える。

「うん。
 あ、でも隆臣さんに言っておいて。
 友達が調子悪いって連絡しただけで菓子折り持ってこなくていいって」

「うちも。
 友達保健室に連れて行っただけでお礼とかいらない」

「それ、きっと高等部でもよろしくお願いしますってご挨拶だよ」

 空気が重くなるのを避けて交わし合う言葉は軽薄で、何の意味もない言葉ばかりだ。核心に触れることなくお互いを探り合う言葉。

「そっか」

「じゃあ、ありがたく」

 そう言ってふたりが笑う。
 今までにも何度か繰り返したやりとりだった。
 燈哉は【番候補】として毎日過ごしているけれど、家同士の決め事扱いでもあるため日々の付け届けはない。だけど季節ごとの挨拶はしているはずだ。それに比べ、僕が勝手に決めた伊織と政文との関係は、何か世話になった場合には付け届けが必要な関係だと思っているのだろう。
 良く言えば燈哉は家族扱いで、伊織と政文はただの同級生であるためけじめをつけるという意味だろう。
 だけど、悪く言えば燈哉を下に見ていて、伊織や政文のことは対等以上に見ているのかもしれない。

 それにしてもいつ手配したのかと驚かされる。昨日は診察の時以外は僕の側にいたため診察中に何かしていたのかもしれない。

「今日って昼、どうする?」

 そして、何気ない会話だったはずなのに突然核心に触れられる。

 燈哉からは何も連絡が無いのに僕を待っていたふたりと、いつもなら燈哉と過ごす時間をどうするのかと問う言葉。
 それは、僕が帰った後で確信的な何かがあったという事でしかない。

「今日、弁当持ってきてるんだ」

「慣れるまで学食、混みそうじゃない?」

「中等部とメニュー違うから普段食堂行かない奴まで行きそうだし」

 そんなふうに言っているけれど、燈哉が昨日の彼と昼を過ごすとなれば僕はひとり取り残されることになるだろう。そうならないために気遣ってくれるような出来事が何かを考えたくなくて「隆臣に持たされたから弁当だよ」と答える。

 質問の意味も、質問の意図も聞きたくないし考えたくもない。

「じゃあ、一緒に」

 当たり前のように返ってくる言葉。

「でも僕、邪魔じゃない?」

「じゃないよ。
 僕は羽琉と一緒だと嬉しい」

「オレは伊織と離れるつもりないから当然だけど、それが無くても羽琉のことは放っとけない」

「それ、僕の前で言うこと?」

 勘違いしそうな政文の言葉に伊織が頬を膨らませる。
 政文にしてみれば伊織と仲の良い僕を気遣ってくれているだけで、口ではこんなふうに言っていても伊織が関わっていなければ僕に声をかけることなんてないのだろう、きっと。

 昨日の今日で仲の良いふたりのやり取りを見るのは少し辛いけど、ここで拒否してしまうと僕は独りになってしまうのだから我慢するしかない。

「だって、伊織だって同じだろ?」

 要するに、伊織だって政文と離れるつもりはないだろうと確認しただけのことで、昨日あんなことがあったというのに僕の前で惚気るふたりに苛つくけれど、ふたりから離れることは得策ではないからと自分に言い聞かせて耐えるしかなかった。

「相変わらず仲良いよね」

 少しの嫌味を込めて言った言葉だったけど、額面通りに受け取り「それは否定しないよ」と政文が答える。

「でもパートナーは別で考えると1番仲良いのは羽琉だと思うよ。
 僕も政文も」

「………ありがとう」

 悪気のない言葉と心遣いに言葉を選ぶけれど、結局はそんな無難なことしか言うことはできなかった。

 Ωを番にする気はないと公言している2人は僕に対して友達というスタンスを崩すことはないし、彼らにとってαだとかΩだとかそんなことは関係なくて、僕のことはただただ幼稚舎から知っている身体の弱い友達というスタンスなのだろう。

 彼らにとって僕は【庇護するべきΩ】でもあるけれど、それ以上に【庇護すべき友人】というカテゴリーなだけのこと。

 善良な彼らは僕のように困っている相手がいればΩじゃなくても、αであってもβであっても手を貸すのだろう。

 Ωに対するマナーは当然守ってくれるけれど、Ωだからと過保護にするわけではなくて、僕が弱い者だから大切に扱ってくれるだけのこと。鞄を持ってくれるのはただでさえ歩くのが遅い僕に歩調を合わせたくないだけらしい。
 時には必要以上に過保護にしたがる燈哉を戒めてくれたりする大切な存在。

 だけど本当はそんなふうに見せているだけで、結局はΩだからこんなふうに手を差し伸べているのだということを、ふたりが自覚していないだけ。

 Ωだからと過保護にしないのはΩだからと差別をしないように気を付けた結果だし、鞄を持ってもらったくらいで歩く速度が変わるはずもないのにそんなふうに無意識にΩは劣っていると差別しているのだ。
 燈哉はただ僕に甘いわけではなくて、その時々で間違っていれば口にしてくれる。それを僕が受け入れるかどうかは別の問題なのだけど…。
 それに比べ、伊織と政文はただ優しい言葉で僕を受け入れるだけで、明らかに僕が間違っていてもそれを指摘することはない。

 結局、Ωという存在なんてふたりにとって取るに足りないものだと思っているのだろう。

 Ωという立場を利用して燈哉から離れなかったのは単純に燈哉が【強いα】だったからじゃない。僕のことを遠巻きにせず話しかけてくれたのが嬉しかったことがきっかけだけど、僕の話を聞き、ただ可哀想と同情するのではなくてそれならばどうすればいいのかを一緒に考えてくれたから。

 みんなと一緒に過ごせるようになりたいと言えばたくさん食べれば元気になると提案し、たくさんは食べることができないと言えばどうすればいいのかを幼い頭で考えてくれた。
 燈哉から人を離そうと無理を押し付ければそれに付き合ってくれるけれど、本当は不満があると伝えようとはしてくれていた。全て無視して燈哉が諦めるまで同じことを繰り返したけれど…。

 食事だって、食べたくないと調子の悪いふりをしても、それでも少しだけでも頑張って食べようと根気良く付き合ってくれたのも燈哉だけだったし、僕な好きなものなら食べられるだろうと自分の分まで分けてくれたのだって、そんなふうに好みを把握してくれていたのだって燈哉だけだった。

 隣にいなくなってはじめて気付く燈哉の存在意義。
 
 隣にいなくなってはじめて気付く燈哉が大切だと想う気持ち。

 全てがもう手遅れのなのかもしれないけれど…。

 伊織と政文は僕の知らない話を始めたため会話に混ざることなく燈哉のことを考える。
 昨日、僕が逃げ出してから何かがあったのは確実だろう。ふたりが僕を待っていたのがそれを物語っている。それならば何があったのか、僕は今、周囲からどんなふうに見られているのか。

 今までは【番候補】である【強いα】に保護されたΩだったけれど、燈哉の庇護がなくなれば僕の立場は微妙なものとなるだろう。
 伊織と政文、ふたりのαが側にいるけれど【番候補】ではないし、Ωと番う気はないと公言しているふたりが【番候補】になることもない。そうなってしまえば僕と番いたいと思うαがいたとしたら【番候補】となることは可能だし、そのαが僕と過ごしたいと言えば断ることはできないだろう。
 結局、今の僕は【番】も【番候補】もいない野良Ωなのだから。

 もしも今、ヒートが来てしまったらどうなるのかと考えると今すぐ逃げ帰りたくなる。今までは燈哉が守ってくれると安心していたけれど、燈哉があのΩを選んだのなら僕を守ってくれることはないし、守る必要もない。
 もっと言ってしまえば僕に【番】ができれば子守する必要が無くなるし、あのΩと一緒にいても誰からも咎められることもない。

 結局、Ωが安心して過ごすことができるのは隣に立つαがいてからこそなのだと痛感する。

『Ωだから仕方ない』

 燈哉の隣にいられることでΩで良かったと思えたのに、これからのことを考えると憂鬱になってしまう。燈哉が僕じゃないΩを選ぶなら、僕を守ってくれるαを探すしかないし、結局のところαの庇護がなければ安心して過ごすことなんでできないのだろう。

『Ωだから仕方ない』

 自分に言い聞かせるように何度も唱えるけれど、仕方ないと思えないのは燈哉を諦めきれないからなのだろう、きっと。



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