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【side:羽琉】僕の本能と本心。
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「好きか嫌いかなら好きです、多分。
ヒートを一緒に過ごしたいと思うのは燈哉だけだし」
思ったことを、思っていることを素直に口にしてみる。こんなふうに本音を晒すことのできる相手は先生しかいないけれど、こんなふうに本音を晒させられるのは本意じゃない。
「それなら何で、逃げたの?
燈哉君に何してるんだって問い詰めていいのは羽琉君だけだと思うんだけど」
「だって、もしもΩの彼が燈哉の【運命】や【唯一】なら僕に勝ち目はないし」
「何で?」
「だって、抗えないんじゃないですか?
だから、それを知らないふりしておけば戻ってきてくれるかもしれないし」
「どういうこと?」
僕の理屈が理解できないのか、先生は困った顔をする。
「僕は何も見なかったし、何も知らなかった。体調が悪くなって友人に運ばれただけで【番候補】の燈哉は挨拶のために席を外していただけ。そう思ってたら、明日からはまた中等部の頃みたいな毎日が待ってるかもしれない」
「羽琉君、それは逃避だよ」
思いつくままに話した内容は、先生に速攻で否定された。分かっているけれど夢くらい見てもいいじゃないかと反論したくなるけれど、それが無駄なことだってちゃんと知っている。
「羽琉君はストレスに弱いから、今回も大きな原因はストレスだよね」
大きく溜め息を吐いた先生はそう言うと、ひとつずつ僕の逃げ道を塞いでいく。
「今回の気持ちのすり替えは自分の気持ちをちゃんと理解したくないからかな。
先ずは好きの気持ちを自覚しないとね。彼以外のαが触れたことで感じた嫌悪感は彼以外に身体を許したくないからなんじゃないの?
自分以外のΩを抱きしめた彼の前で、他のαに触れられているのを見られたら彼が戻ってこないと思ったのかもしれないね。誰でもいいなら自分じゃなくてもいいはずだって」
「誰でもなんて、」
「そう、良くないよね。
だから身体が拒否反応を示したんだと思うよ。そうなるその時に拒否して燈哉君のとこに行けたらよかったのにね」
「………あんなの見せられたら燈哉のところになんて行けません」
「でもそこで拒否されてたら、こんなに悩むことなく諦められたかもしれないよ」
優しい声で厳しいことを言われてしまい、何も反論できなくなってしまう。
僕が燈哉を諦めることが前提なのも面白くない。
「そんなふうに拒否反応が出るって事は、羽琉君は【番候補】の彼のことが好きなんだよね。
全てのΩがそうなわけじゃないけど、番関係を結ぶと番以外に触れられた時に拒否反応を示すことがあるんだ。だから当然だけど番以外とヒートを過ごすこともできない。
羽琉君の今日の症状がそれと良く似てるのは、気持ちの上ではもう【番候補】じゃなくて【番】だったからなのかな」
その言葉に気持ちが沈んでいく。
燈哉のことを【番候補】ではなくて【番】だと認識してしまった僕の心と身体はこの先どうなるのか。
燈哉が彼を選んでも番関係を結ぶ事はできるだろう。だけど、僕よりも先に彼と番いになってしまえば互いのフェロモンしか感じられなくなるはずだから、燈哉が僕の匂いに気付く事はないし、僕が燈哉の匂いを感じることもできない。
それでも燈哉を選ぶのなら仕方ないと諦めるしかないのだろう。
「きっとね、羽琉君は自分で思っているよりもストレスを感じてるんだよ。
彼の威嚇がいつもみたいに自分を守るためのものだって思えなかったんだね。気に入らない事象に対して向けられた威嚇であって、羽琉君を守るためだと思えなかったのかもしれない。
目の前で意に沿わない行動をとる事に対して向けられた悪意だと思って、そうじゃないって全身全霊で否定していたのかもしれない」
「………よく分からないです」
言われてみればそうなのかもしれないと思うけれど、それを素直に認められるほど僕は素直じゃない。
「まあ、簡単に言えばやっぱりストレスだね。
こればっかりは薬が無いから威嚇浴びないように気をつけるしかないかな」
そんなふうに言われてしまうけれど、僕だって好きで威嚇を浴びたわけじゃないのに不条理だ。
「とりあえずいつもの薬は出しておくから。ストレス、あんまり溜めないようにね」
そう言ってカルテに何か書き込む。
結局、薬といっても身体が弱いだけでどこかが悪いわけではない。だから栄養補給のための錠剤を処方されるだけで、食事をちゃんと摂れば飲んでも飲まなくても問題のないようなもの。事あるごとに食事の量が減る僕のために用意される逃げ道で、それを飲むだけで食事を摂らなくてもいいわけではないけれど、それを飲めば周りが、隆臣が少しだけ安心するからというだけの気休めの処方薬。
「それが無理な時はどうすれば良いですか?」
「そんな時は逃げても良いんじゃないかな。隆臣君は駄目って言うだろうけど、無理な時は隆臣君にちゃんと伝えなさいね」
Ωの専門医だからこそ理解していること。そして、自身がαだからこそ理解できることもあるのだろう。
『威嚇を浴びせられるような行動を取らないように』
そう言うことは簡単だけど、それは自我を押し殺し、αに従うことを強要することになってしまうから言えない言葉。
先生がβやΩだったら言ったかもしれないけれど、αであるが故に言えない言葉なのだろう。
「隆臣に言っても分かんないし」
「でも言わないともっと分かってもらえないよ?」
βである隆臣にはαとΩの関係なんて理解できないだろうし、理解してもらおうとも思っていない。ただ、側にいて寄り添っていて欲しいだけ。
αとΩの関係を理解できないからこそ僕に寄り添い、僕の味方になってくれることがどれだけ僕の救いになっているのかなんて、彼は知らないだろうし、彼に伝えるつもりもない。
だから隆臣には僕が理想とする僕の姿しか見せるつもりはない。どんな事にでも健気に耐える僕の味方でいて欲しいから。
「隆臣はちゃんと見てくれてるから大丈夫です」
先生はそう言った僕に「ちゃんと見てくれてる、ねえ」と懐疑的だったけど、僕と先生では見ているものが違うのだから仕方ない。
「とりあえずちゃんと食べて、ちゃんと寝て、ちゃんと学校に行けばなるようになるから」
そんなふうに言われても、曖昧に頷くことしかできなかった。
そして始まる我慢と忍耐の日々。
「狡休みは駄目ですよ」
朝食をダラダラ食べていたらそう言って車に押し込まれてしまった。「あまり食べれてないみたいですけど飲みますか?」そう言いながらゼリー飲料を見せられる。
「昨日、倒れたのに…」
「原因が分かれば対処のしようもあると思いますよ?」
受け取りながらそう言ってみるけれど、何となく言いくるめられてしまう。昨日あったことは何となく分かっているくせに、休んでしまえば明日はもっと行きたくなるなるはずだからと思ってのことなのだろう、きっと。
このまま欠席を続ければ両親も僕の異変に気付くだろう。両親が燈哉との関係が上手くいっていないと知れば転校する事になるかもしれない。転校といってもどこでもいいわけじゃないから厄介だ。
もしかしたらΩしか通えない高校を勧められるかもしれないし、燈哉じゃないαを紹介されるかもしれない。
燈哉以外のαと過ごす自分を想像することはできないし、想像すらしたくないけれど、現実問題Ωの僕がこの先ひとりで生きていくことは難しい。
隆臣だって学生のうちは僕の保護者代わりでいてくれるだろうけど、成人してしまえばいつまでも一緒にいることはできないはずだ。
ヒートが来て薬が合わなければパートナーを探す必要が出てくるけれど、隆臣ではその役割を果たすことはできない。
そうなれば嫌でも燈哉以外のαの庇護に入るしかなくなるだろう。
「Ωだから仕方ない」
後部座席で呟いた言葉は隆臣の耳に届いたのか届かなかったのか、その言葉に対するリアクションは何も無かった。
ヒートを一緒に過ごしたいと思うのは燈哉だけだし」
思ったことを、思っていることを素直に口にしてみる。こんなふうに本音を晒すことのできる相手は先生しかいないけれど、こんなふうに本音を晒させられるのは本意じゃない。
「それなら何で、逃げたの?
燈哉君に何してるんだって問い詰めていいのは羽琉君だけだと思うんだけど」
「だって、もしもΩの彼が燈哉の【運命】や【唯一】なら僕に勝ち目はないし」
「何で?」
「だって、抗えないんじゃないですか?
だから、それを知らないふりしておけば戻ってきてくれるかもしれないし」
「どういうこと?」
僕の理屈が理解できないのか、先生は困った顔をする。
「僕は何も見なかったし、何も知らなかった。体調が悪くなって友人に運ばれただけで【番候補】の燈哉は挨拶のために席を外していただけ。そう思ってたら、明日からはまた中等部の頃みたいな毎日が待ってるかもしれない」
「羽琉君、それは逃避だよ」
思いつくままに話した内容は、先生に速攻で否定された。分かっているけれど夢くらい見てもいいじゃないかと反論したくなるけれど、それが無駄なことだってちゃんと知っている。
「羽琉君はストレスに弱いから、今回も大きな原因はストレスだよね」
大きく溜め息を吐いた先生はそう言うと、ひとつずつ僕の逃げ道を塞いでいく。
「今回の気持ちのすり替えは自分の気持ちをちゃんと理解したくないからかな。
先ずは好きの気持ちを自覚しないとね。彼以外のαが触れたことで感じた嫌悪感は彼以外に身体を許したくないからなんじゃないの?
自分以外のΩを抱きしめた彼の前で、他のαに触れられているのを見られたら彼が戻ってこないと思ったのかもしれないね。誰でもいいなら自分じゃなくてもいいはずだって」
「誰でもなんて、」
「そう、良くないよね。
だから身体が拒否反応を示したんだと思うよ。そうなるその時に拒否して燈哉君のとこに行けたらよかったのにね」
「………あんなの見せられたら燈哉のところになんて行けません」
「でもそこで拒否されてたら、こんなに悩むことなく諦められたかもしれないよ」
優しい声で厳しいことを言われてしまい、何も反論できなくなってしまう。
僕が燈哉を諦めることが前提なのも面白くない。
「そんなふうに拒否反応が出るって事は、羽琉君は【番候補】の彼のことが好きなんだよね。
全てのΩがそうなわけじゃないけど、番関係を結ぶと番以外に触れられた時に拒否反応を示すことがあるんだ。だから当然だけど番以外とヒートを過ごすこともできない。
羽琉君の今日の症状がそれと良く似てるのは、気持ちの上ではもう【番候補】じゃなくて【番】だったからなのかな」
その言葉に気持ちが沈んでいく。
燈哉のことを【番候補】ではなくて【番】だと認識してしまった僕の心と身体はこの先どうなるのか。
燈哉が彼を選んでも番関係を結ぶ事はできるだろう。だけど、僕よりも先に彼と番いになってしまえば互いのフェロモンしか感じられなくなるはずだから、燈哉が僕の匂いに気付く事はないし、僕が燈哉の匂いを感じることもできない。
それでも燈哉を選ぶのなら仕方ないと諦めるしかないのだろう。
「きっとね、羽琉君は自分で思っているよりもストレスを感じてるんだよ。
彼の威嚇がいつもみたいに自分を守るためのものだって思えなかったんだね。気に入らない事象に対して向けられた威嚇であって、羽琉君を守るためだと思えなかったのかもしれない。
目の前で意に沿わない行動をとる事に対して向けられた悪意だと思って、そうじゃないって全身全霊で否定していたのかもしれない」
「………よく分からないです」
言われてみればそうなのかもしれないと思うけれど、それを素直に認められるほど僕は素直じゃない。
「まあ、簡単に言えばやっぱりストレスだね。
こればっかりは薬が無いから威嚇浴びないように気をつけるしかないかな」
そんなふうに言われてしまうけれど、僕だって好きで威嚇を浴びたわけじゃないのに不条理だ。
「とりあえずいつもの薬は出しておくから。ストレス、あんまり溜めないようにね」
そう言ってカルテに何か書き込む。
結局、薬といっても身体が弱いだけでどこかが悪いわけではない。だから栄養補給のための錠剤を処方されるだけで、食事をちゃんと摂れば飲んでも飲まなくても問題のないようなもの。事あるごとに食事の量が減る僕のために用意される逃げ道で、それを飲むだけで食事を摂らなくてもいいわけではないけれど、それを飲めば周りが、隆臣が少しだけ安心するからというだけの気休めの処方薬。
「それが無理な時はどうすれば良いですか?」
「そんな時は逃げても良いんじゃないかな。隆臣君は駄目って言うだろうけど、無理な時は隆臣君にちゃんと伝えなさいね」
Ωの専門医だからこそ理解していること。そして、自身がαだからこそ理解できることもあるのだろう。
『威嚇を浴びせられるような行動を取らないように』
そう言うことは簡単だけど、それは自我を押し殺し、αに従うことを強要することになってしまうから言えない言葉。
先生がβやΩだったら言ったかもしれないけれど、αであるが故に言えない言葉なのだろう。
「隆臣に言っても分かんないし」
「でも言わないともっと分かってもらえないよ?」
βである隆臣にはαとΩの関係なんて理解できないだろうし、理解してもらおうとも思っていない。ただ、側にいて寄り添っていて欲しいだけ。
αとΩの関係を理解できないからこそ僕に寄り添い、僕の味方になってくれることがどれだけ僕の救いになっているのかなんて、彼は知らないだろうし、彼に伝えるつもりもない。
だから隆臣には僕が理想とする僕の姿しか見せるつもりはない。どんな事にでも健気に耐える僕の味方でいて欲しいから。
「隆臣はちゃんと見てくれてるから大丈夫です」
先生はそう言った僕に「ちゃんと見てくれてる、ねえ」と懐疑的だったけど、僕と先生では見ているものが違うのだから仕方ない。
「とりあえずちゃんと食べて、ちゃんと寝て、ちゃんと学校に行けばなるようになるから」
そんなふうに言われても、曖昧に頷くことしかできなかった。
そして始まる我慢と忍耐の日々。
「狡休みは駄目ですよ」
朝食をダラダラ食べていたらそう言って車に押し込まれてしまった。「あまり食べれてないみたいですけど飲みますか?」そう言いながらゼリー飲料を見せられる。
「昨日、倒れたのに…」
「原因が分かれば対処のしようもあると思いますよ?」
受け取りながらそう言ってみるけれど、何となく言いくるめられてしまう。昨日あったことは何となく分かっているくせに、休んでしまえば明日はもっと行きたくなるなるはずだからと思ってのことなのだろう、きっと。
このまま欠席を続ければ両親も僕の異変に気付くだろう。両親が燈哉との関係が上手くいっていないと知れば転校する事になるかもしれない。転校といってもどこでもいいわけじゃないから厄介だ。
もしかしたらΩしか通えない高校を勧められるかもしれないし、燈哉じゃないαを紹介されるかもしれない。
燈哉以外のαと過ごす自分を想像することはできないし、想像すらしたくないけれど、現実問題Ωの僕がこの先ひとりで生きていくことは難しい。
隆臣だって学生のうちは僕の保護者代わりでいてくれるだろうけど、成人してしまえばいつまでも一緒にいることはできないはずだ。
ヒートが来て薬が合わなければパートナーを探す必要が出てくるけれど、隆臣ではその役割を果たすことはできない。
そうなれば嫌でも燈哉以外のαの庇護に入るしかなくなるだろう。
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後部座席で呟いた言葉は隆臣の耳に届いたのか届かなかったのか、その言葉に対するリアクションは何も無かった。
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