Ωだから仕方ない。

佳乃

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【side:羽琉】すれ違う思惑と想い。

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「政文、伊織、ちょっと良いか?」

 今日も生徒会の集まりがあると言って僕の鞄だけを持った燈哉が声をかけたせいでふたりが足を止める。本当は僕が自分でお願いすると言ったのに、自分が直接お願いすると言った燈哉はどんな気持ちだったのだろう。

 仲良さそうに笑い合うふたりが羨ましい。校内は人の目があるせいか手を繋ぐことすらしてはいないけど、それでもふたりの親密さが伝わってくる。

 羨ましいと思うのに、素直に想いを伝えることのできない僕のせいで訪れることのない穏やかな時間。

「どうした?」

 燈哉から声をかけたことに驚いた政文が伊織と顔を見合わせる。
 自分が多忙だからと僕のことを任せたくせに、必要以上に親しい素振りを見せると嫌な顔をするのだからこの反応も仕方がないことだろうと思ってしまう。よくよく考えれば、かなり失礼な態度の燈哉の要望を叶えているのだからαとしては燈哉の方が強いのかもしれないけれど、人間的には政文の方が優れているのかもしれない。

「頼みたいことがあるんだ」

 燈哉がそう口を開いたけれど、苦々しい顔をしてお願いすることじゃないと思い被せるようにその言葉を奪ってしまった。

「あのね、燈哉が明日、家の用事で休まないといけないんだけど、明日1日一緒に過ごしてもらうことってできないかな?」

「「え?」」

 驚いた顔をしたふたりの声が重なる。
 こんな時のリアクションまで重なるなんて、仲の良さを見せつけられた気になってしまう。
 今までは言われるがままに休んでいたし、それが当たり前だと口にしていたのを知っているからこそのリアクションだろう。

「初等部の頃は燈哉が休む時は僕も休んでたけど、中等部ではなるべく休みたくないんだ」

「明日は休むように言ったら嫌だって言うし、だからってひとりにしておくのは…」

 僕の言葉を補足した燈哉に伊織は困った顔を見せ、政文は明らかに呆れた顔を見せる。

「少し過保護じゃないか?」

「ほら、やっぱりそう言われるんだってば」

 ひとりで過ごすのは不安ではないのかと言われたせいで伊織と一緒に過ごすことを提案したけれど、燈哉の気を引くために言った言葉だと悟られたくなくて恥じらうふりをする。
 伊織も政文も僕の歪んだ想いに気づくことはないだろう。

「過保護でも何でも羽琉をひとりにしておいたらαが寄ってくるぞ?」

「そんな事ないって、」

「ああ、そっち、」

 僕と燈哉が言い合うのを聞いて政文が「α避けのために俺たちを使おうって事か」と苦笑いを漏らす。

「どういう事?」

 僕と燈哉のやり取りを面白くなさそうに見ていた伊織は燈哉に聞くのは嫌なようで政文に困ったような顔を見せる。

「過保護な燈哉くんは羽琉に余計な虫が近付くのが許せなくて、仕方ないから俺たちで虫除けしたいんだって」

「でも僕たちもαだよ?」

「だからだって」

 政文の言葉よりも燈哉の今までの行いのせいか、自分のいない時間まで僕を任せることに違和感を捨てることができないようで、そんな伊織に言い聞かせるように燈哉が口を開く。

「政文と伊織は付き合っているんだろう?お前らふたりが近くにいれば羽琉に近付こうとするαは殆どいないはずだ」

 溜め息混じりにそう言った燈哉は苦々しい顔を見せて言葉を続ける。

「もともと羽琉と伊織は仲が良いし、政文も一緒にいてくれれば尚安心だ」

 安心と口にしながらもその顔には不本意と書いてあるようで、だったらもっと強く僕を説得してくれればいいのにと思うのに僕の真意は伝わらない。

 本当は嫉妬されるよりも、縛り付けて、閉じ込めて欲しいのに。

 本当は僕だけを見て、僕のことだけを考えて欲しいのに。

 だけど、学生である僕たちには許されない事だから、それなら僕が燈哉以外のαと過ごす事で気持ちだけでも僕に縛り付けられてしまえばいいと思ってしまう。

 だって、僕の気持ちは常に燈哉に縛り付けられているのだから。

「羽琉はそれで良いの?」

 気遣うように、それでも嬉しそうに言う伊織は僕のことが邪魔ではないのだろうか。昼の時間を何度も僕に邪魔された挙句、今度は1日中僕の子守りを押し付けられると言うのにお人好しすぎるのではないのかと思いながらも、断ってくれたら渋々休むのにと自分の身勝手さを棚に上げてそんなことを考えてしまう。

「伊織と政文が一緒にいてくれるなら僕は嬉しいよ。逆に僕、お邪魔虫じゃない?」

「何で?」

「ふたりの時間の邪魔にならない?」

「そんな、いつもふたりでイチャイチャしてるわけじゃないし」

 もしかしたらふたりの仲の良さを見せつけたいだけなのかと思いながら、その言葉で僕の知らないふたりの関係を想像してしまう。前に『ふたりでいたら、ね』と思わせぶりなことを言ったのを思い出してしまったせいで頬が熱い。

「もし受けてくれるならこのまま駐車場まで一緒に来てもらって良いか?
 羽琉の家の人を紹介したいし」

 そう言って燈哉が会話を打ち切ると、それを了承したふたりを伴い駐車場に足を向ける。
 隆臣はとっくに駐車場に着いているだろう。

 これで良かったのか?

 これで良かったんだ。

 相反する気持ちを感じながらも燈哉の気を引きたくて、今更やめるなんて選択肢はない。

 生徒会の一員として前に立つ燈哉のことを僕はいつも見ているけれど、そのための準備に奔走する燈哉を僕は知らない。

 校内での僕のことは燈哉が1番知っているけれど、伊織や政文と過ごす僕の姿を燈哉は知らない。

 家の用事で校外で過ごす燈哉は、きっと多くの人と知り合うだろう。
 その中にもしも燈哉の【唯一】がいたら、万が一【運命】に出会ってしまったら。僕の知らないところで僕の知らない関係が始まってしまったら。

 燈哉の願いを聞いて休んでしまったら、そんなことを一日中考えてしまうだろう。そして、その度に食欲を無くし、眠れなくなるのだろう。

 燈哉に対して僕は脆弱だ。



 僕が提案したことだったけど、結局は燈哉主導で進む話。
 前を歩く燈哉と政文は何かを確認しているようで、僕と並んで歩く伊織は「明日、心配しなくて良いから」と微笑み「じゃあ、明日は弁当にしないと」と嬉しそうにしている。
 僕が燈哉に嫉妬させるためにふたりを利用しているように、僕の存在はふたりのためのスパイスだと思っているのがしれない。

「隆臣さん、少し良いですか?」

 僕の姿を見つけて車から降りた隆臣に話しかけたのは燈哉だった。
 普段、必要最低限の会話しかしない燈哉の言葉と、その後ろの伊織と政文に気付き訝しげな顔を見せた隆臣だったけど、そこはやはり大人の振る舞いですぐさま表情を取り繕う。

「羽琉さん、お帰りなさい。
 そちらの方々は?」

 その言葉に頭を下げたふたりを燈哉が紹介し、それぞれ隆臣に挨拶をする。
 燈哉から事情を聞いた隆臣は驚いた顔を見せたものの、それならば何かあった時のためにとふたりと連絡先を交換して「お手数をおかけしますがよろしくお願いします」と深く頭を下げる。

「友達と一緒に過ごすだけですから」

 そんな風に政文が恐縮すれば「羽琉さんにこんなに頼もしいご友人がいたとは知りませんでした」と笑ったことが面白くなくて「隆臣、それ酷い」と思わず言ってしまう。

 燈哉は隆臣の反対を期待していたのか少し面白くなさそうな顔をしているけれど、隆臣が僕の決めたことに意を唱えることなんてないのだから仕方ない。

「それでは、明日はよろしくお願いします」

「お願いします」

 翌日の時間を確認して隆臣と一緒に頭を下げ車に乗り込む。

「燈哉、明日は僕、頑張るから」

 わざとそう声をかけて微笑んで見せれば無理をして笑顔を向ける燈哉が愛おしい。わざわざ窓を開けて手を振れば政文は少し笑い、伊織は手を振り返してくれた。



「良かったんですか?」

「何が?」

 3人の姿が見えなくなり大きく息をついた僕に向けられた言葉は何に対してなのかが曖昧で、思わず聞き返してしまう。

「燈哉さん、何か言いたそうな顔してませんでしたか?」

「伊織と政文のこと?」

 僕の言葉に返事は無いけれど、その言葉の真意に気付いていないふりをしてもっともらしい言葉を並べてみせる。

「だって、なるべく休みたくないし。中等部は出席日数足りてれば高等部に行けるけど、高等部になると出席日数足りてても単位取れないと困るでしょ?
 だから今から慣れておかないと」

「それはそうですけど…。
 でも正直、燈哉さん以外に頼れる人がいることに安心しました」

「何、それ」

「燈哉さん以外にも頼み事のできるご友人がいたんですね」

「………、その言い方だと僕がすごく可哀想な子みたいじゃない?」

「何でそうなるんですか?」

 運転しているせいで表情は見えないけれど、柔らかい声は僕の交友関係を喜んでいるように聞こえる。

「だって、僕に友達がいないみたいな言い方」

 そんなふうに拗ねて見せれば「友人だからって頼めることと、頼めないことがありますし」と言われてしまう。

「でも伊織さんも政文さんもαですよね。
 燈哉さんが不安にならないように節度は守ってくださいね」

 この言葉を素直に聞くことができれば何も起こらなかったはずなのに、僕の浅はかさが燈哉を追い詰め、僕を追い詰めていく。



『こんなはずじゃなかったのに』

 この先、僕は何度この言葉を言うのだろう…。
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