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【side:羽琉】僕の誤算と後悔。
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「ねえ、伊織と政文は付き合ってるの?」
『幼稚舎から一緒だと幼馴染って言ってもいいんじゃない?』と言った伊織の言葉に便乗して呼び方を変えたのはもっと燈哉の関心を僕に向けたかったから。
些細なことかもしれないけれど、今まで燈哉と隆臣のことだけにしかしなかった呼び方でふたりのことを呼び始めた僕の変化に気付いて欲しかったから。
いつからか燈哉も友人のことは下の名前で呼び捨てにしていたから僕が呼び方を変えたところで何も感じなかったみたいだけど、周囲からは燈哉だけでなく、伊織と政文も僕の特別なのだと認識されていく。
中には逆ハーレムなんて見当違いな声を耳にすることもあったけど、そんな言葉は気にならなかったし、気にする必要も感じなかった。
そして、付き合っていると本人から聞いていたのに敢えてそう聞いたのは隣に燈哉が居る時。伊織と政文たちが付き合っていると聞いたことで、僕たちの関係に変化が出ればと思って口にした言葉。
「ん?
そうだね、少し前から」
知っているのにわざわざそう聞いたことに不思議そうな顔を見せた伊織は、それでもそう答えてくれる。優しい伊織は『前に言ったよね?』なんて言わないのは想定済み。
燈哉は「そうなのか?」と驚きを隠せない様子だ。
「何で?
伊織もαだよね?」
伊織が話を合わせてくれるのをいいことに、聞きたかったことを聞いてみる。もしも伊織が気分を害したとしても隣に燈哉がいるのだからなんとかなるだろう。デリケートな話題だからか燈哉は僕を諌めるけれど、それを無視したのは聞きたいことがあったから。
「そうだよ。
僕も政文もαだけど…αでもΩでも、βであっても好きになったら仕方ないよね」
自分から話題を振ったのに、惚気るようなその言葉に苛立ちを感じる。
「αはΩと付き合うのが幸せじゃないの?」
「羽琉、」
苛立ち紛れに口にした言葉をもう一度燈哉が諌めるけれど、止めることができない。
「伊織も政文も、好きって言ってるΩの子多いよ?
だったら、」
「う~ん、Ωの子だったら誰でもいいわけじゃないし、僕は政文を選んだから」
選んだという言葉に更に苛つく。
僕だって燈哉を選んだのに、燈哉だって僕のそばにいてくれるのに燈哉に選ばれたと思えないのは何でなのか。
αはΩと一緒にいるのが自然だと思っていたのに嬉しそうな伊織を見ると羨ましいとすら思ってしまい、それを否定する何かを探してしまう。
「何かあった、とか?」
政文と付き合っているというけれど、それならば僕に向けていたのはどんな感情だったのか、Ωを選ばない理由が何かあるのかと思って聞いた言葉に返ってきたのは僕をますます不安にさせるものだった。
「………ヒートアタック?」
困ったようにそう言った伊織は今までのことを嫌そうに教えてくれる。
αとΩの関係を否定するわけじゃないけれど、αだと言って過度の期待をするΩに辟易していると言って「政文と付き合ってるからって言っても『自分の方が相応しい』とか『αなんだからΩと付き合うのが普通だ』とか言って来るんだよ?」と苦笑いを見せ「余計なお世話だよね」と今度は可笑そうに笑う。
そして、好きでもない相手に言い寄られて、万が一にもヒートを起こされてしまったらそれこそ笑えない事になるだろうと抑制剤は常に携帯していると教えられる。
伊織の言葉に息苦しさを感じたのは少しだけ身に覚えがあったから。燈哉に相応しいのは僕だと思っているし、燈哉はα何だからΩである僕と付き合えるのは幸せだとも思っている。だけどそれは燈哉にとって余計なお世話なのだろうかと不安になる。
「それは…」
その言葉に燈哉が同情するような表情を見せたのは気のせいじゃない。燈哉にも何か思うところがあるのだろう。
苦い顔をしているのはそれを僕に悟られたくないからなのかもしれない。
「この学校の子はネックガードしてるし、校内だったら誘われても人目の無いところに行かなければ大丈夫だと思うけど、気をつけないといけないのは登下校だよね」
そう言った伊織の言葉に動揺しそうになる。
登下校の時間に僕以外と仲良くしていた燈哉を思い出してしまい、あの時の気持ちを思い出してしまう。
「燈哉も気を付けなよ。
登下校の時ひとりになることも多いんだし」
その言葉に燈哉が「そうだな」と困った顔をして終えられた会話。
燈哉の人間関係も少しずつ変化していて、あれから登下校の時には燈哉がひとりでいることを僕は知ってる。知った顔に話しかけられて並んで歩くことはあるけれど、それ以上でもそれ以下でもない関係。
そのことに安心していた僕は、伊織の話を聞くまでその可能性を考えたこともなかった。
「燈哉も気を付けてね」
自分で孤立させておいたくせにその環境を心配するなんて間抜けすぎると思いながらも、僕にはそう言う事しかできなかった。
「伊織、政文とは仲良くしてる?」
伊織と政文が付き合うようになったせいで燈哉が以前ほど伊織に対して嫉妬してくれなくなったのは誤算だっただけでなく、生徒会に加わり教室を離れることの多くなった燈哉が伊織に僕をお願いするようになったのも大きな誤算だった。
伊織が話しかけるたびに苛つく燈哉を見てまだ大丈夫だと安心してきたのに、最近はそんな燈哉を見ることがなくなり僕への気持ちを疑いたくなってしまう。
「仲良くって言われても…。
でも、仲は良いと思うよ」
ふたりが別れることになったらまた燈哉が嫉妬してくれるようになるのかと思いながら聞いたのに、少し考え込んでから微笑んだ伊織は凄く綺麗に見えて羨ましくなる。その微笑みには艶やかなと言う言葉が良く似合うように思う。
きっと、政文と一緒にいる時のことを思い出しているのだろう。
僕にはできない表情を見るとふたりの関係が羨ましくもあり、疎ましくもある。僕は人の幸せを素直に喜ぶことができないのかもしれない。
「ふたりでいる時って何してるの?
どこで遊ぶの?」
「遊ぶって言っても帰りにどっちかの家に寄って課題やったりするくらいだよ。
課題終わったらそのまま部屋でダラダラしたりとか?」
「ダラダラ何するの?」
「え、別に話したりそれぞれスマホ触ったり。まあ、色々だよね」
そう言いながらも嬉しそうな顔をすると「一緒にいるだけで良いんだよ、僕も政文も」と微笑んだ。
狡い。
伊織の幸せそうな顔を見て感じたのは嫉妬だった。
α同士なのに。
番になんてなれないくせに。
何も生み出さない不毛な関係なのに、それなのに幸せそうな伊織が許せなかった。
「そうなんだ、家に行けるのとか羨ましいな」
これは本音。
僕と燈哉の関係は【番候補】ということになってはいるものの、とても曖昧なものだ。候補ではあるけれど【番】ではないため一緒にいることは許されているけれどそれ以上でも、それ以下でも無い。僕は燈哉といられることが嬉しいけれど、燈哉からしてみれば煩わしいことの方が多いのかもしれない。
僕に自由を奪われ、僕の側にいることを強要される一方的な関係。
そんな関係だから校外で会ったのは随分前の食事会でだけだし、燈哉の家に行ったことも燈哉が家に来たこともない。父親は自分以外のαが家に入ることを嫌うし、燈哉以外のαがいる家に僕が行くことを許されることもないだろう。
「まあ、そうだよね。
でも学校来てから帰るまではずっと一緒だし。起きてる時間のほとんどは燈哉と一緒だよね」
「そんなの、学校にいる時間だから伊織だって一緒だよ?」
「それ、一緒にしたら燈哉が可哀想だよ」
呆れたような言葉に周りからの認識を確認させられた気持ちになる。
僕と一緒にいることを強制された燈哉は周りから可哀想だと思われているのだと。
「そう、かな?」
「そうだよ。
羽琉と燈哉こそ仲よくて羨ましいって僕は思うけどね」
「でも燈哉のこと可哀想って、」
「だって、ふたりでいても何もできないんだよね?」
「何もって」
「付き合ってたらねえ、色々あるし」
「色々?」
「そう、色々。
一緒にいたら相手ともっと近づきたくなるでしょ?
手を繋いだり、キスしたり」
「え、伊織と政文も?」
「だって付き合ってるし。
部屋にふたりでいたら、ね?」
その言葉に胸が痛くなる。
僕が邪魔をした燈哉と彼のこと。
もしも僕が邪魔をしなければ、燈哉も彼と付き合っていたかもしれないと思ってしまう。
彼も燈哉も【友人】として付き合っていただけかもしれないけれど、僕に隠して会っていたのだからその気持ちにやましさがあったのかもしれない。
「だから燈哉は可哀想って言ったの。
こんな可愛い羽琉と一緒にいるのに何もできないんだもんね」
言葉に込められた意地悪な響きから少しの悪意を感じてしまうのは僕の被害妄想なのだろうか。
自分たちの方が仲がいいと言いたいただの惚気なのかもしれないけれど、その悪意が僕を追い詰めていく。
燈哉のことを可哀想だなんて言われたく無い。
燈哉を我慢させたくない。
燈哉に触れてほしい。
当たり前のことだけど、車を降りてから車に乗り込むまではふたりで過ごしているけれど、校内にいるのだから常に人目が有る。人の目があっても手を繋ぐくらいはできるかもしれないけれど、キスをするなんて無理だろう。それ以上の関係に進むなんて有り得ない。
例外があるとすれば急なヒートの時だろうけど、Ωだと正式に診断の出てない僕にヒートが来るのはまだまだ先のはずだ。
「何もできないと駄目なのかな?」
「駄目じゃないよ。
ただ、一緒にいるのに何もしない燈哉は凄いけど、でもちょっと可哀想だなって思っただけ。
政文さ、優しいんだよ。
寒いと上着貸してくれるし、荷物とか大丈夫って言っても持ってくれようとするし」
惚気のついでなのだろうけど、『可哀想』という言葉は僕を焦らせる。
「今日、伊織に惚気られた」
そう言って燈哉の気持ちを確認しようとしたのは伊織の言った『可哀想』と言う言葉が僕の心に重くのしかかっていたから。
「政文と伊織、付き合ってるんだって」
「それは前に聞いたけど、本当に付き合ってるのか?」
本人から直接聞いたのにまだ疑っているのか、怪訝な顔をする燈哉を咎めるように「だから言ったのに」と言って得意げに言葉を続けてみる。
「伊織は僕のこと、友達だとしか思ってないって」
燈哉の牽制に怯むことなく僕に関わろうとした伊織の気持ちは友達以上だと思っていたけれど、そうじゃなかったのならそれでいい。そんな気持ちを込めて言ってみたけれど、伊織を警戒していた燈哉はその言葉を信じてはいないようだった。
「そうかもしれないけど伊織だってαだし」
「でも政文と付き合ってるって言ってたよ」
「………」
伊織の名前を出すと不機嫌になる燈哉に「あのふたり、お似合いだよね」と何も気付いてないふりで笑顔を見せる。そして、伊織が聞いた話を少し誇張して伝える。
登下校はふたりで一緒にしていること。
放課後にどちらかの家に行ってふたりで過ごすこと。
特別何かするわけじゃないけど、同じ部屋ふたりで過ごすだけで満たされること。
そして、ふたりで過ごしていれば触れ合うこともあること。
昼食はふたりで学食を利用するとか、どちらかが忘れ物をすればどちらかが自分の持ち物を貸すとか、本当に取り留めのない事柄も並べてみる。
「羽琉もしたい?」
「でも車まで送ってくれてるし、お弁当はふたりで食べてるし」
僕が並べ立てた言葉に燈哉が応えたことで僕のことをまだ想ってくれているのだと安心する。恥じらって見せたのは燈哉の気持ちをもっと知りたかったから。
「僕のうち、人呼ぶの嫌がるし、αの燈哉の部屋に遊びに行くのは無理だよね」
できないことを並び立てたのは何でもいいから燈哉が僕にできることを考えて欲しかったから。
結局、自分のして欲しいことを言って叶わなかった時のことを考えて逃げ道を探してしまっているのだろう。
「クラス同じだから忘れ物貸すとかも無いし。貸せるとしたらジャージくらいか?」
「僕、体育はほとんど見学だけどね」
「見学中に風邪ひかないようにジャージ貸そうか?」
思った以上の言葉が出てきてしまい「でも、燈哉が風邪ひいちゃう」と言ってしまったのは恥ずかしかったから。燈哉のジャージを着る自分の姿を想像してしまったせいか、顔が熱くなる。
「なんで燈哉、ニヤニヤしてるの?」
普段、あまり表情を変えることのない燈哉の今まで見たことのない顔に澄ましたふりでそう言ってみるけれど、「想像した」と言われてしまいますます顔が熱くなってしまう。
「燈哉のバカっ」
いつもと違う燈哉に途惑いそんな風に言ってしまったけれど、「体育の時に寒かったらジャケット貸して?」と言ったのは伊織のことが羨ましかったから。
僕だって燈哉と手を繋ぎたいし、もっとふたりで過ごす時間が欲しかった。
ふたりで過ごす時間が増えればきっと触れ合うことだってあるだろう。
燈哉よりも遅れて正式にΩと診断の出た僕にヒートの兆候はまだ無いけれど、このまま2人の関係が続けば【その時】に僕を満たしてくれるのは燈哉なのだから。
そう信じていたのに…。
僕は燈哉のことを信じきれず、燈哉が僕から離れていくのを恐れ、自分の想いの歪みに気付かず一方的に押し付け過ぎたのかもしれない。
この時の気持ちを信じて、この時の燈哉の言葉と想いを信じていればうまくいっていたはずなのに…。
自分は誰よりも優位に立っていると思っていた僕は、自分は周りをうまくコントロールしていると思っていた僕は、燈哉を試すことばかりしていたらどうなるかが想像できていなかったんだ。
『幼稚舎から一緒だと幼馴染って言ってもいいんじゃない?』と言った伊織の言葉に便乗して呼び方を変えたのはもっと燈哉の関心を僕に向けたかったから。
些細なことかもしれないけれど、今まで燈哉と隆臣のことだけにしかしなかった呼び方でふたりのことを呼び始めた僕の変化に気付いて欲しかったから。
いつからか燈哉も友人のことは下の名前で呼び捨てにしていたから僕が呼び方を変えたところで何も感じなかったみたいだけど、周囲からは燈哉だけでなく、伊織と政文も僕の特別なのだと認識されていく。
中には逆ハーレムなんて見当違いな声を耳にすることもあったけど、そんな言葉は気にならなかったし、気にする必要も感じなかった。
そして、付き合っていると本人から聞いていたのに敢えてそう聞いたのは隣に燈哉が居る時。伊織と政文たちが付き合っていると聞いたことで、僕たちの関係に変化が出ればと思って口にした言葉。
「ん?
そうだね、少し前から」
知っているのにわざわざそう聞いたことに不思議そうな顔を見せた伊織は、それでもそう答えてくれる。優しい伊織は『前に言ったよね?』なんて言わないのは想定済み。
燈哉は「そうなのか?」と驚きを隠せない様子だ。
「何で?
伊織もαだよね?」
伊織が話を合わせてくれるのをいいことに、聞きたかったことを聞いてみる。もしも伊織が気分を害したとしても隣に燈哉がいるのだからなんとかなるだろう。デリケートな話題だからか燈哉は僕を諌めるけれど、それを無視したのは聞きたいことがあったから。
「そうだよ。
僕も政文もαだけど…αでもΩでも、βであっても好きになったら仕方ないよね」
自分から話題を振ったのに、惚気るようなその言葉に苛立ちを感じる。
「αはΩと付き合うのが幸せじゃないの?」
「羽琉、」
苛立ち紛れに口にした言葉をもう一度燈哉が諌めるけれど、止めることができない。
「伊織も政文も、好きって言ってるΩの子多いよ?
だったら、」
「う~ん、Ωの子だったら誰でもいいわけじゃないし、僕は政文を選んだから」
選んだという言葉に更に苛つく。
僕だって燈哉を選んだのに、燈哉だって僕のそばにいてくれるのに燈哉に選ばれたと思えないのは何でなのか。
αはΩと一緒にいるのが自然だと思っていたのに嬉しそうな伊織を見ると羨ましいとすら思ってしまい、それを否定する何かを探してしまう。
「何かあった、とか?」
政文と付き合っているというけれど、それならば僕に向けていたのはどんな感情だったのか、Ωを選ばない理由が何かあるのかと思って聞いた言葉に返ってきたのは僕をますます不安にさせるものだった。
「………ヒートアタック?」
困ったようにそう言った伊織は今までのことを嫌そうに教えてくれる。
αとΩの関係を否定するわけじゃないけれど、αだと言って過度の期待をするΩに辟易していると言って「政文と付き合ってるからって言っても『自分の方が相応しい』とか『αなんだからΩと付き合うのが普通だ』とか言って来るんだよ?」と苦笑いを見せ「余計なお世話だよね」と今度は可笑そうに笑う。
そして、好きでもない相手に言い寄られて、万が一にもヒートを起こされてしまったらそれこそ笑えない事になるだろうと抑制剤は常に携帯していると教えられる。
伊織の言葉に息苦しさを感じたのは少しだけ身に覚えがあったから。燈哉に相応しいのは僕だと思っているし、燈哉はα何だからΩである僕と付き合えるのは幸せだとも思っている。だけどそれは燈哉にとって余計なお世話なのだろうかと不安になる。
「それは…」
その言葉に燈哉が同情するような表情を見せたのは気のせいじゃない。燈哉にも何か思うところがあるのだろう。
苦い顔をしているのはそれを僕に悟られたくないからなのかもしれない。
「この学校の子はネックガードしてるし、校内だったら誘われても人目の無いところに行かなければ大丈夫だと思うけど、気をつけないといけないのは登下校だよね」
そう言った伊織の言葉に動揺しそうになる。
登下校の時間に僕以外と仲良くしていた燈哉を思い出してしまい、あの時の気持ちを思い出してしまう。
「燈哉も気を付けなよ。
登下校の時ひとりになることも多いんだし」
その言葉に燈哉が「そうだな」と困った顔をして終えられた会話。
燈哉の人間関係も少しずつ変化していて、あれから登下校の時には燈哉がひとりでいることを僕は知ってる。知った顔に話しかけられて並んで歩くことはあるけれど、それ以上でもそれ以下でもない関係。
そのことに安心していた僕は、伊織の話を聞くまでその可能性を考えたこともなかった。
「燈哉も気を付けてね」
自分で孤立させておいたくせにその環境を心配するなんて間抜けすぎると思いながらも、僕にはそう言う事しかできなかった。
「伊織、政文とは仲良くしてる?」
伊織と政文が付き合うようになったせいで燈哉が以前ほど伊織に対して嫉妬してくれなくなったのは誤算だっただけでなく、生徒会に加わり教室を離れることの多くなった燈哉が伊織に僕をお願いするようになったのも大きな誤算だった。
伊織が話しかけるたびに苛つく燈哉を見てまだ大丈夫だと安心してきたのに、最近はそんな燈哉を見ることがなくなり僕への気持ちを疑いたくなってしまう。
「仲良くって言われても…。
でも、仲は良いと思うよ」
ふたりが別れることになったらまた燈哉が嫉妬してくれるようになるのかと思いながら聞いたのに、少し考え込んでから微笑んだ伊織は凄く綺麗に見えて羨ましくなる。その微笑みには艶やかなと言う言葉が良く似合うように思う。
きっと、政文と一緒にいる時のことを思い出しているのだろう。
僕にはできない表情を見るとふたりの関係が羨ましくもあり、疎ましくもある。僕は人の幸せを素直に喜ぶことができないのかもしれない。
「ふたりでいる時って何してるの?
どこで遊ぶの?」
「遊ぶって言っても帰りにどっちかの家に寄って課題やったりするくらいだよ。
課題終わったらそのまま部屋でダラダラしたりとか?」
「ダラダラ何するの?」
「え、別に話したりそれぞれスマホ触ったり。まあ、色々だよね」
そう言いながらも嬉しそうな顔をすると「一緒にいるだけで良いんだよ、僕も政文も」と微笑んだ。
狡い。
伊織の幸せそうな顔を見て感じたのは嫉妬だった。
α同士なのに。
番になんてなれないくせに。
何も生み出さない不毛な関係なのに、それなのに幸せそうな伊織が許せなかった。
「そうなんだ、家に行けるのとか羨ましいな」
これは本音。
僕と燈哉の関係は【番候補】ということになってはいるものの、とても曖昧なものだ。候補ではあるけれど【番】ではないため一緒にいることは許されているけれどそれ以上でも、それ以下でも無い。僕は燈哉といられることが嬉しいけれど、燈哉からしてみれば煩わしいことの方が多いのかもしれない。
僕に自由を奪われ、僕の側にいることを強要される一方的な関係。
そんな関係だから校外で会ったのは随分前の食事会でだけだし、燈哉の家に行ったことも燈哉が家に来たこともない。父親は自分以外のαが家に入ることを嫌うし、燈哉以外のαがいる家に僕が行くことを許されることもないだろう。
「まあ、そうだよね。
でも学校来てから帰るまではずっと一緒だし。起きてる時間のほとんどは燈哉と一緒だよね」
「そんなの、学校にいる時間だから伊織だって一緒だよ?」
「それ、一緒にしたら燈哉が可哀想だよ」
呆れたような言葉に周りからの認識を確認させられた気持ちになる。
僕と一緒にいることを強制された燈哉は周りから可哀想だと思われているのだと。
「そう、かな?」
「そうだよ。
羽琉と燈哉こそ仲よくて羨ましいって僕は思うけどね」
「でも燈哉のこと可哀想って、」
「だって、ふたりでいても何もできないんだよね?」
「何もって」
「付き合ってたらねえ、色々あるし」
「色々?」
「そう、色々。
一緒にいたら相手ともっと近づきたくなるでしょ?
手を繋いだり、キスしたり」
「え、伊織と政文も?」
「だって付き合ってるし。
部屋にふたりでいたら、ね?」
その言葉に胸が痛くなる。
僕が邪魔をした燈哉と彼のこと。
もしも僕が邪魔をしなければ、燈哉も彼と付き合っていたかもしれないと思ってしまう。
彼も燈哉も【友人】として付き合っていただけかもしれないけれど、僕に隠して会っていたのだからその気持ちにやましさがあったのかもしれない。
「だから燈哉は可哀想って言ったの。
こんな可愛い羽琉と一緒にいるのに何もできないんだもんね」
言葉に込められた意地悪な響きから少しの悪意を感じてしまうのは僕の被害妄想なのだろうか。
自分たちの方が仲がいいと言いたいただの惚気なのかもしれないけれど、その悪意が僕を追い詰めていく。
燈哉のことを可哀想だなんて言われたく無い。
燈哉を我慢させたくない。
燈哉に触れてほしい。
当たり前のことだけど、車を降りてから車に乗り込むまではふたりで過ごしているけれど、校内にいるのだから常に人目が有る。人の目があっても手を繋ぐくらいはできるかもしれないけれど、キスをするなんて無理だろう。それ以上の関係に進むなんて有り得ない。
例外があるとすれば急なヒートの時だろうけど、Ωだと正式に診断の出てない僕にヒートが来るのはまだまだ先のはずだ。
「何もできないと駄目なのかな?」
「駄目じゃないよ。
ただ、一緒にいるのに何もしない燈哉は凄いけど、でもちょっと可哀想だなって思っただけ。
政文さ、優しいんだよ。
寒いと上着貸してくれるし、荷物とか大丈夫って言っても持ってくれようとするし」
惚気のついでなのだろうけど、『可哀想』という言葉は僕を焦らせる。
「今日、伊織に惚気られた」
そう言って燈哉の気持ちを確認しようとしたのは伊織の言った『可哀想』と言う言葉が僕の心に重くのしかかっていたから。
「政文と伊織、付き合ってるんだって」
「それは前に聞いたけど、本当に付き合ってるのか?」
本人から直接聞いたのにまだ疑っているのか、怪訝な顔をする燈哉を咎めるように「だから言ったのに」と言って得意げに言葉を続けてみる。
「伊織は僕のこと、友達だとしか思ってないって」
燈哉の牽制に怯むことなく僕に関わろうとした伊織の気持ちは友達以上だと思っていたけれど、そうじゃなかったのならそれでいい。そんな気持ちを込めて言ってみたけれど、伊織を警戒していた燈哉はその言葉を信じてはいないようだった。
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「………」
伊織の名前を出すと不機嫌になる燈哉に「あのふたり、お似合いだよね」と何も気付いてないふりで笑顔を見せる。そして、伊織が聞いた話を少し誇張して伝える。
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僕が並べ立てた言葉に燈哉が応えたことで僕のことをまだ想ってくれているのだと安心する。恥じらって見せたのは燈哉の気持ちをもっと知りたかったから。
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できないことを並び立てたのは何でもいいから燈哉が僕にできることを考えて欲しかったから。
結局、自分のして欲しいことを言って叶わなかった時のことを考えて逃げ道を探してしまっているのだろう。
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「僕、体育はほとんど見学だけどね」
「見学中に風邪ひかないようにジャージ貸そうか?」
思った以上の言葉が出てきてしまい「でも、燈哉が風邪ひいちゃう」と言ってしまったのは恥ずかしかったから。燈哉のジャージを着る自分の姿を想像してしまったせいか、顔が熱くなる。
「なんで燈哉、ニヤニヤしてるの?」
普段、あまり表情を変えることのない燈哉の今まで見たことのない顔に澄ましたふりでそう言ってみるけれど、「想像した」と言われてしまいますます顔が熱くなってしまう。
「燈哉のバカっ」
いつもと違う燈哉に途惑いそんな風に言ってしまったけれど、「体育の時に寒かったらジャケット貸して?」と言ったのは伊織のことが羨ましかったから。
僕だって燈哉と手を繋ぎたいし、もっとふたりで過ごす時間が欲しかった。
ふたりで過ごす時間が増えればきっと触れ合うことだってあるだろう。
燈哉よりも遅れて正式にΩと診断の出た僕にヒートの兆候はまだ無いけれど、このまま2人の関係が続けば【その時】に僕を満たしてくれるのは燈哉なのだから。
そう信じていたのに…。
僕は燈哉のことを信じきれず、燈哉が僕から離れていくのを恐れ、自分の想いの歪みに気付かず一方的に押し付け過ぎたのかもしれない。
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