Ωだから仕方ない。

佳乃

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【side:羽琉】すれ違いと束縛と歪み。

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 僕が夏休みに入院したと言ったせいで、燈哉はますます僕のそばにいてくれるようになった。

 だけど、成長と共に体調を崩すことがなくなってくると燈哉が安心して僕から離れてしまうのではないかと不安になってしまう。
 体育は基本的に見学することが多かったけど、幼稚舎の頃のように燈哉が隣に座ってくれることはない。授業中なんだから当たり前のことだけど、そのことが僕を不安にさせる。
 そして、僕のそばにいるよりも楽しいことはたくさんあるのだから放っておかれるのも仕方がないと卑屈になる。

 燈哉と離れたくない。

 燈哉を盗られたくない。

 燈哉にずっと見ていて欲しい。

 無理な願いだと分かってはいても、それでも一緒にいたいと願ってしまう。
 だから、燈哉の口から僕以外を心配する言葉が許せなかった。

 車で送迎される僕と違い、電車で通学していた燈哉は同じように電車を利用する同級生と共に通学しているようで、何人かで集まって歩く姿をよく目にしていた。笑顔で話す燈哉の視線の先にいるのが僕じゃないことが苦しくて、そんな光景を目にした日は1日気分が悪かった。
 教室に入ってきた燈哉が僕のところに来てくれても、「おはよう」と声をかけられても、小さな声で返事をすることしかできず「調子悪い?」と心配されてしまう。
 登校中に見せたのとは違う優しい笑顔。
 僕だけに見せる笑顔は嬉しいけれど、僕以外に見せた笑顔を思い出して苛立つ。

 僕のモノなのに。

 僕だけのモノなのに。

 僕だけを見ていて欲しいのに。

 好きだから一緒にいたい、好きだから僕だけを見ていて欲しい。その想いが僕を苦しめる。そして、僕だけを見ていて欲しいのにと自分の想いが空回りする。
 鬱々とした気持ちが爆発したのは僕たちの後輩に当たる1年生が入学した時。

「今日ね、1年生のお世話したんだよ」

 そう言った燈哉に「何のこと?」と聞いたのはショックだったから。燈哉が僕以外のお世話をしたことに衝撃を受けたから。

「1年生の子が駅に着いたのに電車から降りようとしなかったから連れて行ってあげたの」

「そうなの?」

「そう。
 それでね、学校まで一緒に来たんだよ」

「そうなんだ、」

 誇らしげにそう言った燈哉は『凄いね』とか『格好良い』という言葉を待っていたのかもしれない。だけど僕にはそんな言葉を言う余裕なんて無かった。

 同級生の中でも小さくて弱い存在の僕は庇護される立場で、その立ち位置が変わることを想像したことなんて無かったから衝撃だったんだ。これからも僕だけが庇護される立場だと思っていたのにこれから先、どんどん僕よりも庇護すべき存在が増えていく。僕たちの学年が上がるたびに増えていく下級生。それは庇護すべき存在が年々増えていくという事実。
 それは僕にとって恐怖だった。

「帰りは終わる時間が違うから無理だけど、朝は様子を見てあげようって話してたんだ」

 そう言って、一緒に電車で通学している友人の名前を出す。
 今思えば自分たちがしてもらったことを年下の子にしてあげたいという優しさと、自分たちに後輩ができたことによる嬉しさから背伸びしただけだし、1年生が慣れればそんなこともなくなるのだろうと分かるのだけど、その時はそんなことを考える余裕も無かった。
 毎日告げられる電車での出来事、燈哉を兄のように慕う下級生。

 もしもあの中の誰かが燈哉のことを好きになってしまったら。

 もしもあの中の誰かを燈哉が好きになってしまったら。

 もしもあの中の誰かがΩだったら。

 僕は燈哉のことを【番】だと思っているけれど、燈哉自身がどう思っているのかを聞いたことはなかったせいで、不安に押しつぶされそうになる。

「僕も、」

「何?」

「僕も一緒がいい」

 思わず口から出た言葉だったけど、その言葉に対して「教室来たら帰るまでずっと一緒だよ」と笑われてしまう。
 確かに校内で一緒に過ごす時間に比べれば朝の時間なんて短いものだったのだけど、だからといって仕方ないとは思えなかった。

 1年生のお世話をしたと誇らしげに言う燈哉は頼もしく見えたけれど、僕の気持ちをわかってくれないことが淋しかった。僕も一緒がいいと伝えたのに叶えてくれないことが悲しかった。

「羽琉、最近なんか元気無い?」

 父にそう言われた時に「燈哉君が、」と話したのは少しだけ狡い気持ちがあったから。燈哉が【番候補】だと思われるようになった時のように、僕の気持ちを伝えて欲しいと思ったから。

「1年生の子にね、燈哉君盗られたくないの」

 前に父が『盗られちゃうよ?』と言ったのを思い出し、そう言ってみる。

「でも燈哉君、学校では側にいてくれるんでしょ?」

「でも車から教室まではひとりだよ?」

「だって、羽琉もう2年生でしょ?」

「そうだけど…」

 僕の言葉に困ったような顔をした父だったけど、「何とかならない?」と父親に声をかける。

「羽琉はどうしたいんだ?」

「朝も帰りも燈哉君と一緒がいい。
 燈哉君のこともお迎えに行けないの?」

「それはちょっと難しいかな」

「燈哉君のこと、盗られちゃう」

 話しているうちに不安が大きくなってしまい泣き出した僕に、「じゃあ、お父さんからお願いしてみるよ」と言った父親は燈哉の電車の時間に合わせるから登下校、というか駐車場から教室までの道程を一緒に過ごすことができないかと打診してくれた。

「羽琉が不安がっているからもう少し羽琉を気にかけてくれると嬉しい」

 打診ついでにそんなふうに言われてしまったら断ることなんてできないと分かっていても告げてしまったのは、僕を思ってのことだろう。
 夏休みに両親だけでなく、燈哉に会いたいと言って不安定になった僕を心配しての言葉。

 燈哉の両親の了承をもらい、電車の時間を聞いて僕の登校の時間を調節し、燈哉が僕を迎えにきてくれるようお願いしたと言われて僕は喜んだ。そして、やっぱり燈哉は僕を選んでくれたのだと安心した。

「羽琉、おはよう」

 だけど嬉しかったのはほんの短い間だけ。車から降りた僕のことを笑顔で迎えてくれると思った燈哉が困った顔をしていることに気付いてしまい、嬉しい気持ちは掻き消されてしまう。

「おはよう」

 燈哉に笑顔がなかったせいで僕も笑顔を見せることができなかった。
 僕を選んでくれたはずなのに、それなのに困った顔を見せる理由がわからなかった。
 僕よりも1年生と一緒にいたかったのかと悲しくなった。

「教室、行くよ」

 そう言って僕の手を取った燈哉だったけど、話しかけてくれることもなく、話しかけることもできなくて無言のまま教室に向かう。

『ごめんね』

 声に出さずに謝ってみるけれど、何に対しての『ごめんね』なのかが分からないまま燈哉の後に続く。
 いつもより早い歩調のせいで息が切れる。

「燈哉君、早い」

 そう言えばやっと僕の様子に気付き「ごめん」と言って歩調を緩めた燈哉は「羽琉は淋しかったの?」と僕に問いかける。

 謝らないといけないのは僕なのに、燈哉が「ごめん」と言ったせいで謝ることができなかった。
 我儘を言ってしまったことを謝り淋しかったと言えば、それから先、僕はもっと素直に気持ちを伝えることができたのかもしれない。
 だけど、この時の困った顔を忘れることができなかった僕はどんどん狡くなっていく。

 歪んでいく。

 歪んでいく。

 歪んでいく。

 自分の言葉を歪めて周りを巻き込んでいくことで望みを叶えようとする僕と、僕の気持ちを尊重して自分の気持ちを押し殺す燈哉。

 素直に気持ちを伝えることができない僕たちは、それでも離れることができなくて歪んでいく。

 離れたくないのは僕だけ。

 離れられないのは燈哉。

 僕は、そうやって燈哉を縛り付けたんだ。

 
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