Ωだから仕方ない。

佳乃

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【side:涼夏】それぞれの視点とそれぞれの真実。

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「もう駄目かもしれない」

 燈哉がそんなふうに弱音を吐いたのは1学期の期末テストの前。いつものようにテスト勉強と称してオレの家で過ごしていた時。
 中間テストの時は土曜、日曜を使って傾向と対策を練ったけど、日曜日にオレの部屋で過ごすとどうしても匂い移りしてしまうようで「ごめん、これからはなるべく日曜日は、」と言われてしまった。
 少し考えれば分かりそうなものなのに、そんなことに気付かなかった自分を嫌悪する。αだった頃の気分が抜けず、Ωとしての自覚が足りないせいで羽琉君に要らぬ心配をさせているのだろう。
 期末テストの今回は前回しっかりレクチャーしてもらったおかげで土曜日に手伝ってもらえればなんとかなりそうだ。
 

 燈哉と羽琉君、ふたりの関係は相変わらずで、毎日の強いマーキングを施されるせいで日に日に弱っていく羽琉君が期末テストを受けることができるのか、夏まで保つのかと心配になってくる。
 今までの話を聞いていると休んだところで特別措置がありそうだけど、それに甘えるタイプには見えない。

「駄目って?」

「これ以上強いマーキング続けたらあの子のこと、滅茶苦茶にしてしまうかもしれない」

「滅茶苦茶って、」

「マーキングだけじゃ我慢できない」

「ちょ、それ危なくない?」

 呆れてしまう程に赤裸々な告白。毎日の強いマーキングで何も起こらないことの方がおかしいんだ、きっと。
 保護者代わりの兄のような人が送迎をしていると言っていたけれど、彼が抑止力となっているせいで保たれるギリギリの均衡。

「でもそれさあ、Ωのオレに言う?」

「涼夏のことはΩだと思ってないから」

「………それはそれでムカつく。
 オレの匂いとあの子の匂い、似てたんじゃないの?」

「それな、はじめは似てると思ったけど全然違うんだよ、改めて比べると。
 何で似てるって思ったんだろう?」

 そう言って何がどう違うか説明しようとするけれど、全く興味がないためその言葉を遮る。

「自分の大切な人の匂い、無闇に口にするべきじゃないよ。
 本当に、入学式の日もだけどデリカシー無さ過ぎだよね」

「ごめん…」

 落ち込んだ顔を見せるけど、少しは反省するべきだと思いながらも「そんなことで大丈夫なの?」と言ってしまう。

「あの子がテスト受けられないなんてことにならないようにね。
 遠くから見るだけでも調子悪そうなの分かるよ?あれ、本当に体調良くないよね」

「だな」

「何とかしないと」

「夏休みになれば入院するはずだからそうしたら何とかなる」

「それ、他力本願過ぎない?」

「自分でどうにもできないんだから他人に頼るしかないんだって、」

 そんな情けないことまで言い出す始末だ。

「伊織君や政文君は?」

「伊織はいつも何か言いたそうな顔してるよ。視線も常に感じるし」

「あ、それ分かるかも」

 入学式の愚行のせいで伊織に嫌われているのだろう。移動教室の時や校門に向かっている時に視線を感じる時にはその先に伊織の姿を見つける時が多い。登下校の時は隣に政文がいるせいで一段と居心地の悪い思いもするけれど、政文が何か言いたげな視線をオレに向けることはない。

「あのふたりも不思議だよね。
 何も言って来ない?」

「伊織は政文いないと強いことは言わないから。自分ひとりだと敵わないって自覚はあるんだろうな」

「政文君はあの子のことは?」

「どうなんだろうな。
 政文もあの子のこと気にはしてるけど、伊織みたいに執着はしてないかな。
 単純にΩの同級生を気遣う感じ。
 それこそ浬とか忍とかにするのと同じ接し方かな。過剰に何かする訳じゃないけど困ってれば助ける、みたいな。
 あの子に対して何かしてるように見えるのは伊織が一緒だからで、そうじゃなければ特別何かするような事はないよ」

 浬も忍も幼稚舎から一緒だからそれぞれに面識があるのは2人からも聞いたことがある。ずっと一緒だと仲間意識のようなものも生まれてくるのだろう。

「そうなの?」

「俺に対してはいい加減にしろとか言われるけどな」

「それ言われてなんて答えるの?」

「…何も言えない。
 何とかしたい気持ちはあるって言ってもだったら具体的に動けって言い返されるだけだし。
 お前には関係無いなんて言ったら、俺とあの子の関係が悪いせいで伊織が落ち着かないって嫌な顔されたし」

「それ、いつ?」

「いつって、たまたま会った時に言われたから覚えてない。
 呼び出された時に会う事多いんだよ、伊織は見張るみたいにクラスにいることが多いけど、政文はちょいちょい見かけるよ。
 アイツ、真面目だから教科担任とかに何か頼まれると断れないんだよ」

 そう言って、職員室に呼び出される時によく会い、その度に文句を言われると言うか、苦言を呈させると困ったように告げられる。

「元々の原因はアイツらが付き合い始めたせいなのに、って言ったらどんな顔するんだろうって思うけど、そんなの勝手な思い込みって冷たい顔で言われるだけなんだろうな」

 その様子を想像してしまい、自分なら政文の姿を見つけた途端に背を向けたくなってしまうと思わず言ってしまった。

「政文もな、よく分かんないんだよ。
 基本、あの子の肩持つけど伊織みたいに威嚇してくるとかはないし」

「そこはほら、伊織君のためっていうか、伊織君のせいなんじゃないの?
 燈哉と羽琉君が上手くいけば伊織君がふたりを気にする必要なくなるし」

「やっぱりそれが理由だと思うか?」

「逆にそれ以外はないと思うけどね」

 ふたりが付き合っているのはカムフラージュだなんて話もあると言ったけれど、それはそれで可能性がないとも言えないけれど、少なくとも政文からはあの子に対する執着を感じる事はない。

 当事者のようで当事者ではないのに何かと気になるという事は、こちらも相手を気にしているという事だ。
 そう思うとオレに対しても冷たい視線を向ける伊織と違い、政文はオレ自身には全く興味を示さない。
 実際、政文がオレに対して何か感情を向ける事はない。ひとりでいる姿を目にしてもオレに視線を向けることすらしない。オレに対して何の興味もないのだろう。

「で、どうするの、結局」

「………リセットしたい。
 毎年のことだけど夏休みはあの子いないから、その間に自分の気持ちをリセットする」

「何それ、諦めるってこと?」

「諦められたら楽なんだろうな…」

 言っていることの意味がわからず戸惑う。リセットするという言葉の意味するところはゼロに戻すと言うことではないのだろうか。

「だって、リセットって」

「純粋にあの子のことを守りたいって、そう思ってた頃に戻りたい」

「できるの?」

「…無理だと思うか?」

「結局はさ、オレ思うんだけど、燈哉君とあの子の壮大な痴話喧嘩に巻き込まれてるだけだと思うんだよね」

「そんな単純なものじゃ、」

「単純だよ。
 あの子は燈哉君の気を引きたくて拗れてるだけだし、燈哉君は燈哉君であの子に自分だけ見て欲しくて、自分以外に見せたくなくて暴走しただけなんじゃないの?
 オレなんて完全に巻き込まれだよな」

 そんなふうに文句のひとつも言いたくなる。
 入学式のあの日、燈哉から声をかけられなければオレの毎日はもっと平穏だったはずだ。

「で、どうするの?
 マーキング止めるの?」

「それは無理。
 伊織がいなければマーキングも必要ないけどアイツを近づけたくない」

「もうさあ、みんな集まって話せばいいんだって、面倒臭い。
 でもさ、リセットしてやり直したいなら夏休み中に遊びに行かない?」

「何でそうなるんだ?」

「燈哉君は遊ばなさすぎだって、夏休みだって夏期講習と人脈作りだっけ?
 だから追い詰められるんじゃないの?
 ストレス発散だって。
 肩の力抜く練習。
 あの子のこと大切で、気持ちのリセットしたいなら夏休みにあの子に言えないようなストレスの発散の仕方、しちゃダメだから。
 それに、オレもΩになったからって夏の間家で大人しくしてるの嫌だし。
 来年の夏のために遊ぶ練習?」

「自分が遊びたいだけだろ、それ」

 オレの言葉に呆れた燈哉だったけど「Ωがしないといけない我慢とか、Ωだからこその制約を知る必要もあると思うよ。燈哉君もオレも」と言えば納得したような顔をする。

「その前にテストだけどね」

 こんなふうにふたりで過ごしている時は穏やかな顔を見せる燈哉だけど、校内では、特にあの子とふたりで過ごしている時は表情が硬い。硬いというか、表情がなくなってしまう。
 そしてそれは羽琉君も一緒。

 表情がないまま顔色を無くしていく羽琉君はまるで人形のようで、心配ではあるものの見惚れてしまうと言ったのは浬だったのか、忍だったのか。

「羽琉君って燈哉君以外に友達いないの?幼稚舎から一緒なら仲の良い子のひとりやふたりいるはずだよね」

 そう聞いた時に微妙な顔を見せたふたりは「知り合いはいるけど友達はね、」と顔を曇らせる。

「幼稚舎の頃の話、前にしたよね。
 先生に羽琉君は体が弱いからって言われてたけど、Ωやβだとそこまでは厳しく言われなかったんだよね。
 結局、口煩く言われたのは明らかにαだったり、保護者から要請のあった子に対する牽制だったんだろうね。
 Ωってさ、割と体調崩しやすいんだよね。だから室内で遊んでる子って割と同じ顔ぶれで、羽琉君に一緒に遊ぼうって誘うこともあったんだけど遊んだ覚え無いんだよね」

「たまに来ても戸外遊びの時間は部屋にいなかったよね」

「いなかった、いなかった。
 誘うの諦めて遊び始めると、いつの間にかいなくなってたよね」

「その時なんじゃないかな、燈哉君と会ったの」

「それ以外に他のクラスの子と何かするタイミングって無いもんね」

 自分の知っている事実は燈哉から聞かされていたことだけど、浬や忍から話を聞くとだいぶニュアンスが違ってくるのが面白くもあり、怖くもある。

 その事柄を見る人によって、視点によって自分が事実だと思っていた事柄は歪んでいく。

「羽琉君はきっと燈哉君のことしか見てないんだろうね」

「悪い意味じゃなくて、燈哉君のことしか見えてないんだよ、きっと」

 浬と忍の事実は羽琉君の事実なんだろうか…。
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