Ωだから仕方ない。

佳乃

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【side:燈哉】あるαの本音。

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「話をしていただけだし、特別変わったことを話してたわけじゃない」

 そう言いながらも目を逸らしてしまったのは涼夏と夏休みの約束をした事に後ろめたさを感じていたから。やましいことはないけれど、堂々と夏休みの約束をしたと言えるほどの図々しさは無い。

「羽琉から何か連絡は無かったのか?」

「予定が入ったから帰るとしか。
 だから伊織が一緒かと、」

「何でそこで僕が出てくるのか理解できないんだけど。
 今まで自分が何やって、何言ったのか、覚えてる?」

 いちいち突っかかってくる伊織が鬱陶しい。

「僕たちが羽琉と仲良くするのは気に入らないくせに、自分は何やってるの?」

「それはお前たちには関係無いことだ」

「関係無いって言いながら僕の名前を出したのは燈哉だ」

 俺と羽琉の関係を、隠された羽琉の思惑を知らない伊織はその怒りをストレートに見せるけれど、羽琉が何を狙って声をかけられているか知った時に同じ感情を持つことができるのだろうか。

「気に入らないかもしれないけど、選んだのは羽琉だ」

「政文はそればっかだよね」

 時折俺を庇うようなことを言う政文は、伊織に向かって何か囁く。

「授業始まるし、続きは放課後に聞いてやるから。
 悪かったな、巻き込んで」

 そう言った政文は、自分のせいだと落ち込むクラスメイトに微笑みかける。

「せっかく教えてくれたのに、ごめんな」

 その言葉に頬を染めた彼を見て、政文を見たその目で彼の気持ちに気付く。まだ駆け引きなんて知らず、純粋に俺のことを慕っていた頃の羽琉と同じ目。

 彼と涼夏にどんな接点があるのか、どんな話をしているのか知らないけれど、彼には彼の思惑があるのだろう。

 俺と涼夏の仲が恋愛関係となれば、傷心の羽琉は伊織を頼るだろう。政文と付き合っていると言いながらも羽琉に執着を見せる伊織は、そうなった時にはきっと羽琉の手を取るはずだ。

 αの本能と羽琉に対する執着。
 それまでの恋愛経験とαとしての本能のどちらが勝つかは相手との関係性もあるのだろうけれど、羽琉に頼られた時にその手を振り払う伊織を想像する事はできない。

 そうなった時に政文がどうするのかはわからないけれど、普段の政文を見ていれば簡単に伊織の手を離すとは思えない。

 それぞれの思惑の中で動いてはいるけれど、結局は1番強い者の思惑に踊らされるだけなのだろう。

「僕こそ、余計なことをしてしまったみたいで」

 政文の言葉に落ち込んだ顔を見せた彼は、どこまで本心で話しているのだろう。余計なことをと思うのならば、そもそも涼夏に鍵を貸すことを持ち掛けたりしないのではないかと冷めた目で見てしまう。それに乗ってノコノコと行ってしまった自分にも嫌気がさす。
 だけど、涼夏と過ごすことを容認しておいて、ジワジワと追い詰めるような言動をする羽琉には辟易してしまう。

 羽琉が自分の気持ちを素直に伝えることがなくなったのは何時からだったのだろう。

「その辺は俺たちには分からないけど、燈哉、彼のことを責めるなよ」

「分かってる。
 悪かったな」

 政文の言葉に仕方なくそう答える。余計なことをしたとは思うけれど、自分の行動が誉められたものではないことは自覚しているから彼を責めるつもりは毛頭無い。悪いのはそんなふうに思わせるような隙を作った自分だから。

 落ち込んだ顔を見せるΩの彼は俺に頭を下げて自分の席に戻っていく。伊織は何か言いたそうな顔をしていたけれど、それを無視して一度廊下に出る。
 予想はしていたけれど、呼び出した羽琉が電話に出ることはない。

 教室に戻れば俺たちの様子を伺っていたクラスメイトも何事もなかったフリをして午後の授業に備え始める。

 羽琉がいないだけの日常。

〈電源、切ってる?〉

〈もう病院?〉

〈大丈夫?〉

〈しばらく休むの?〉

〈落ち着いたら連絡して〉

 席に戻り、授業が始まる前にいくつかメッセージを送る。
 いつもなら羽琉自身の口から告げられるせいで敢えてこちらから聞くことはないけれど、こんな時の羽琉は放っておいてはいけないというのは今までの積み重ねが教えてくれる。

 これをしなければ羽琉から俺に連絡してくることはないだろう。

「あの子から何か連絡あった?」

 教室に迎えに行った涼夏は開口一番そんなことを言う。その軽口に周りが驚いた顔を見せる。
 なんの甘さも無いフランクな会話。

「電話したけど電源切ってたし、メッセージに既読も付かない」

「病院とか?」

「病院でも使わなければいいだけで電源切る必要無いけどな」

「まあ、そうだけどね」

 普段から駅から学校の道のりでの会話はフランクなものだけど、それを知らないのだから意外に思われるのかもしれない。入学式のあの失態のせいで、俺が涼夏の事も囲おうとしているなんて噂がある事だって知っている。
 知っていたけれど、その噂が涼夏を守ることに役立つならと思い放っておいただけのこと。

「それにしてもさあ、あの子が登校してたならちゃんと教えるべきだと思うよ?」

「すまん、」

「鍵、お願いした時にいるって教えてもらえれば借りなかったのにね」

「すまん、」

「そこは謝るところじゃないし」

 テンポのいい会話が心地良い。
 いつもなら駐車場に程近い場所で待ち合わせているのに校内をふたりで歩いている姿が物珍しいのか周りの視線を感じるけれど、やましいことはないのだと普段通り話す。
 αとΩであっても友人関係を築くことはできるのだ、と思いながらも涼夏がΩであるからこそ駅までの道程を一緒に過ごすことになったのだけど、と自嘲する。
 矛盾があることには気付いているけれど、性差の関係ない友人関係であっても男性であれば女性を気遣うのはおかしなことではないと自分に言い聞かせた。



《ごめん、充電忘れてた》

《予定より早いけどこのまま入院》

《退院したらそのまま療養》

《また連絡する》

 そんなメッセージが入ったのは帰宅してしばらくしてから。
 何か返そうかとも思ったけれど、こちらのメッセージに対して最小限の言葉でしか返されていないことに気付き既読だけつけてそのままにしておく。

 涼夏との時間が快適であればあるだけ羽琉と過ごすことにストレスを感じてしまう。羽琉の思い通りに動きさえすれば軋轢は生まれないのだけれど、俺にだって感情はあるのだから全てを飲み込んで受け止めることなんてできない。
 羽琉が駆け引きなんてせずに素直に言葉に出せば解決することはたくさんあるけれど、羽琉は羽琉で素直に甘えるということができない性質だからややこしくなってしまう。

 そこで優しく手を差し伸べ、優しい言葉をかければ羽琉は満たされるのだろうと思いはするけれど、この先、もっと長い時間を羽琉と過ごすことになるのならば、今それをしてしまえば自分で自分を追い詰めることになるだけだと自分に言い聞かせる。

 甘やかされて、囲われて、羽琉の父のように父親の思うがままに過ごすことしかできないΩにはしたくない。
 Ωであっても自分の意思を持ち、並んで歩んでいきたいと思ってしまう。

 羽琉はΩだから仕方ないと言うけれど、Ωという性に甘えることなく努力して成績をキープしている自分が一部であれαよりも優れたものを持っているのだと自覚すれば何か変わるのだろうかと思ったこともあったけれど、いくら誉めても「時間があるだけだから」と目を伏せる羽琉は自己肯定感が低すぎるのだろう。

 それは、俺が幼い頃に手を差し伸べてしまったせいなのかと思ったりもするけれど、あの頃の俺を責める気はない。
 ただ、羽琉が自分のことを頼ることが嬉しくて、必要以上に大切にしすぎてしまったことを反省していたりはする。

 だから羽琉の思惑に気付いても、羽琉と過ごすことに息苦しさを感じていても、それでも羽琉のことを大切に思う気持ちが残っている以上は離れることも、手放すこともできないのだと結論を出すことしかできない自分は愚かだ。



「羽琉、このまま入院するそうだ」

 翌朝、そう涼夏に告げれば「そんな落ち込んだ顔、似合わないよ?」と笑われる。

「夏休み、一緒に遊ぶの楽しみにしてたのにな」

 そう呟いた涼夏は敏感に何か感じ取っていたのかもしれない。
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