Ωだから仕方ない。

佳乃

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【side:燈哉】隠された思惑。

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 羽琉と向き合おうと、ちゃんと話をしないとと思うものの、実際に羽琉を見てしまうと自分に押さえが効かなくなってしまう。
 逃げないように囲わなければ、強いマーキングを施してαを遠ざけなければ、伊織が近付けないようにしなければ。

 羽琉に対する執着と、伊織に対する牽制は日に日に羽琉も俺自身も消耗させていく。

 もともと身体の強くない羽琉だから強いマーキングが体調にも影響してしまうことは容易に想像できた。それなのに止めることができないのは羽琉が休めば伊織が近付くことができなくなると思ったから。
 だけど、羽琉が肉体的に消耗していくのに比例して、俺も精神的に消耗していく。

 羽琉と話をして自分と涼夏の関係を改めて説明し、伊織との関係を、伊織の羽琉に対する執着を恐れていると告げたいのに、中等部の時に俺の提案を拒否したことを思い出すと動けなくなってしまう。
 説明をして、理解を求めて、その上で拒否されるということは俺のことが必要ないのだと突きつけられるのと同じだと過剰に自分を追い詰めていく。



 あの日、いつものように涼夏と別れて駐車場に向かった俺は、ふたりでいるところを羽琉に見られていた事に全く気付いていなかった。
 それこそ、車越しでもいいから自分がいることをアピールしてくれれば改めて涼夏のことを話すことだってできたし、何処かでそれを望んでいた。だけど羽琉は俺たちの姿を受け入れることを拒否し、俺ではなく伊織と政文を選んだ。

 いつもなら駐車場にあるはずの仲真の車を見つけることができず、しばらく様子を見ていたけれど何の連絡もないため休みなのかと勝手に判断する。
 羽琉からも隆臣からも連絡がないのは今朝になって突発的に何かが起こり、連絡のできる状態ではないのかもしれない。
 前日までの緩やかに体調を崩していく羽琉を思い浮かべ、勝手にそう解釈する。

 羽琉がいないのなら涼夏と過ごしてもいいじゃないか。

 そう思ったのは中等部の頃に俺が休みだからと伊織や政文と過ごしていた羽琉を思い出したから。羽琉が許されたのだから、俺だって羽琉の休みの時くらい好きに過ごしてもいいじゃないか。そんなふうに思ったのは今まで抑圧されてきたという気持ちが強かったからかもしれない。

 先に昇降口に向かった涼夏を追いかければ靴を履き替えているところで、間に合ったと声をかける。

「涼夏」

 俺の声に驚いた顔を見せた涼夏だったけど、羽琉の姿が無いことに気付くと「休み?」と不思議そうな顔をする。

「そうみたい。
 連絡は無かったけど、いつもの場所に車無いし」

「珍しいね」

 その珍しいが車が無いことに対してなのか、連絡が無いことに対してなのか、それとも両方の意味を持つのかは分からないけれど、「俺も靴変えるから、一緒に」と声を掛けておく。
 クラスが違うからと一旦離れ、下駄箱の先で合流して1年生のフロアに向かう。この時、伊織と政文が昇降口にいたことになんて全く気付いていなかった。

「最近、体調良くなさそうだったから病院かもな」

「連絡くらいくれてもいいのにね」

 そんなどうでもいいことを話し、1年生のフロアに着いてからも他の生徒に邪魔にならない場所に向かい話を続ける。

「そう言えばテスト、返ってきた?」

「大体揃ったかな」

「どうだった、って聞くまでもないよね」

 仲真のΩの番候補として成績を落とすことができないことを知っている涼夏はそう言って苦笑いを見せる。傾向や対策を教え、一緒にテスト勉強をしているのだからお互いの学力だって大体分かってくるし、テスト後に出来具合を話したりしているせいでおおよその成績も予測できてしまう。俺の見立てでは涼夏の成績も悪く無いはずだ。

「でも、テスト助けてもらえて良かったよ。今までと同じことしてたらちょっと困ってたかも」

 テストを助けたと言われ、以前、羽琉に一緒にテスト勉強をしないかと誘った時のことを思い出す。あれは中等部の時のこと。
 友人たちが集まってテスト勉強をすると聞き、自分も一緒にと思ったものの、それをしてしてしまえばまた羽琉が機嫌を損ねると思い、友人と過ごすことを諦めて羽琉を誘ったんだ。
 俺が他の友人と過ごすと機嫌を損ね、他の友人と何かをすると言えば嫌な顔をする。だから誘ったのに返ってきた答えは「自分でやるから大丈夫」だった。
 曰く、家に俺を呼ぶことはできないし、俺の家に行くこともできない。図書館は不特定多数の人がいて不安だし、そもそも家に帰ってもやることがないから勉強する時間はたくさん有ると。
 そういうことじゃないと言いたかったけれど、そこまで言われてしまうと何も反論ができず、「燈哉も誰かと一緒だと自分の勉強に集中できないよ?」と言われてしまえば友人とテスト勉強をすることに躊躇いが生まれる。

 そう言えば「燈哉くん」と呼んでいた俺のことを「燈哉」と呼び捨てにするようになったのはいつからだっただろう?
 涼夏との会話の間にそんなことを思い出し、涼夏の成績に言及する。

「でも前の学校でもそこそこだっただろ?ここ、成績悪いと推薦もらえないはずだし」

 涼夏のためにテストの傾向と対策を練っていることは報告した。
 羽琉には自分が涼夏に興味を持ってしまったせいでその身を危うくしてしまったこと。そのため、駅から学校までは一緒に過ごすこと。校内は心配ないため今までのように羽琉と過ごすことは告げてあったし、テスト対策のことを打診した時も「外部から来た子だから仕方ないよね」と了承されている。
 ただ、「そのせいで成績落とすとかは無いよね?」と釘は刺されていた。

「まあね。
 だけどテストの時に持ち込み可なんて元の学校では無かったから無駄に丸暗記するところだった」

「丸暗記だってやらないよりはしておいた方が良いぞ」

「暗記する必要のないもの暗記するのは脳の無駄遣いです」

 そう言って嫌そうな顔をした涼夏だったけど、「そろそろ教室行った方がいいね」と時計を見る。予鈴までにはまだ時間が有るけれど、いつもならとっくに教室にいる時間だ。

「あ、お昼どうする?
 あんまり目立ちたくないなら鍵、借りれるよ?どうせ弁当でしょ」

「鍵?」

「Ωの友達が美術準備室の鍵、持ってるんだ。人目が気になる時には貸してくれるって言ってくれてるんだよね」

 先ほどは嫌そうな顔を見せたくせに今度は嬉しそうな顔を見せる。登下校は相変わらずエスコートしているけれど、校内にいる間に少しずつ友人を増やしているようだ。

「じゃあお願いできるか?」

「了解」

 そんなふうに終わった会話。
 そして、涼夏と別れ教室に入るといるはずのない羽琉を見付けて足が止まる。

「羽琉、何でいるんだ?」

 言いながら羽琉に近付くと怯えたような目をするけれど、隣に立つ伊織や政文が守ってくれることが前提の態度だろう。自分は守られる存在だと熟知したその態度。

「今日は隆臣が道間違えたから。
 燈哉は忙しそうだったし、隆臣が伊織と政文を呼んでくれたから」

 目を伏せてそう言うけれど、その状況でなら連絡だってできたはずだ。

「どう言うことだ?」

 不審に思い羽琉に詰め寄ると「これ、」と言って伊織当てのメッセージを見せられる。

 《いつもと違う駐車場で羽琉さんを降ろしました。
 お時間がありましたら様子を見ていただけますか?》

 〈燈哉は?〉

 《羽琉さんが辛そうなので》

「何だ、これ?」

「昇降口で誰と何話してた?」

 訳がわからないままの俺に政文が言った言葉で涼夏と歩いていたことを指摘されたのだと理解するけれど、羽琉にだって告げてあることで咎められる事に納得がいかない。

「隆臣、今日は父と約束があるせいで焦ってたみたい。
 ひとりで大丈夫だと思ったんだけど、伊織と政文に連絡してくれてたんだ」

 やられたと思った。
 身体的に弱ってきた羽琉と、精神的に弱っている俺。そんな中で自分をリセットできる存在を見つけた俺のことが気に入らないのだろう。

 容認しているふりをして、こんなふうに反撃するチャンスを狙っていたのかも知れない。

「連絡しなくてごめんね」

 顔を伏せて言うけれど、下を向いたその顔はどんな表情なのだろう。

「連絡くれればそっちまで迎えに行ったのに」

「でも、廊下でも楽しそうに話してたし」

 ふたりでいる時にそんなことを口にしたことがないくせに、伊織と政文の同情を誘うかのようにそう言った事を腹立たしく思う。
 何を言うべきか、どう動くべきか考える。
 羽琉ばかりが優位に立つ会話が気に入らない。

「あ、俺そろそろ教室に戻らないと。
 羽琉、昼は伊織と一緒に来るならあの教室で。鍵、借りれるから」

 どう動くか考えている俺を無視してそう言った政文は何かを告げるように俺の肩に触れ、教室を後にする。
 責めているわけではないけれど、何かを伝えるわけでもないその態度。

「羽琉、どうする?
 鍵、借りてもらう?」

 羽琉は自分が守るとでも言いたげな伊織はその返事を促す。自分を選ぶべきだと言うかのように軽い威嚇を出していることに気づいているのだろうか。

「羽琉」

 その態度が気に入らなくて、伊織よりも少し強い威嚇を出して羽琉に返事を促す。

 羽琉だって誰が強いかをちゃんと理解している。
 これを言ったのが政文なら従ったかも知れないけれど、伊織では弱い。

「伊織、ありがとう。
 でも、お昼は燈哉と一緒がいいかな」

「分かった。
 政文にもそう言っておくけど気が変わったら教えて」

 強かな羽琉は自分を確実に守ることのできる相手でなければ認めないのだから当然の結果。

「朝から悪かったな」

 そう言った俺に苦い顔を見せた伊織は何か言いたげに羽琉を見たけれど、羽琉が伊織に視線を向けることは無かった。


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