Ωだから仕方ない。

佳乃

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【side:燈哉】苦悩と救い。

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 それまで俺のことだけを頼っていた羽琉が他を、特に他のαを頼ることが面白くなかった。
 それまでだって授業で伊織と組んだりすることはあったけど、休み時間や登下校の時に羽琉を守るのは俺の役割だった。授業中に意味もなく他人に笑顔を見せたりすることはないから羽琉の笑顔は俺だけのものだった。

 俺のいない時に誰とどう過ごしたのか、誰に微笑みかけ、誰と言葉を交わしたのか。
 自分の視界に入る範囲で行われるソレは、面白くないと思いながらも許容することはできた。だけど、自分の見ていないところで羽琉が交友関係を広げていくことに対して焦りと恐怖を覚えるようになっていく。

 もしも羽琉が俺以外の誰かを選んだら、そう思うと落ち着かない。
 解放されることで自由になれることに憧れはするけれど、自由になった時に自分の手元に何も残らないのではないのかと不安になる。

 そんな気持ちを引きずりながら高等部に上がり涼夏と知り合ったのは、ただのきっかけに過ぎない。

 俺が嫌だと言ったのに伊織や政文を頼り、交友関係を少しだけ広げた羽琉と、羽琉の許可を得て涼夏を守るための時間を作った俺と、より罪深いのはどちらなのだろう。

 もともと人との交流を嫌がり俺に依存したのは羽琉の方だった。はじめから羽琉を囲っていたわけじゃない。
 俺の性格や性質上、幼稚舎の頃から友人は多かった。羽琉を見付けて声を掛け、一緒に過ごす時間なんて、トータルで見たらほんの一瞬。
 だけど、羽琉にとっては幼稚舎で生活する中で俺との時間が全てだった、とまでは言わないけれど俺と過ごす時間が大部分を占めていたんだ。

 電車で通学するようになると交友関係は増えていく。駅で同じクラスの友人を見つければ声をかけるし、声を掛けられもする。そして、そこからまた人との繋がりが広がっていく。
 同級生だけでなく、先輩や後輩との交流が増えるのが楽しかった。
 だけど、そうやって交友関係が広がる事を羽琉が面白く思ってなかったと気付いた時には遅かった。

「羽琉のことをもっと気にかけてやってほしい」

 そんなふうに羽琉の父親から言われたと告げたのは俺の父だった。

「何、それ?」

 それは高学年と言われるようになった頃だった。低学年の内は知らぬうちに周りから気をかけてもらい、それに気付いた頃になると自分より年下の者を気にかけるようになる。低学年が同じ車両に乗っていればさり気なく側に行き、声を掛けずともその様子を見守る。
 知らず知らず自分がしてもらっていた事を気付かれないようにするのは少し大人になった気がして気分のいいものだった。

 きっと、そんな話を羽琉にしたのだろう。

 自分ができないことに対する憧れを拗らせたのか、それとも自分以外に気持ちを向けたことが面白くなかったのか。

「車で送迎してるけど駐車場まで迎えにきて欲しいと言ってるって」

「羽琉が?」

「そう。
 毎朝駐車場に迎えに行って、帰りは車まで送って欲しいって」

「それ、やらないと駄目?」

「そうだな」

 嫌だと言いたかったけど、父の顔を見てしまえば断ることができないと悟る。父としても自分の息子を部下のように扱われるのは面白くないものの、この先のことを考えれば断るという選択肢は無いのだろう。
 登下校は友人との楽しい時間なのに羽琉のエスコートをするようになれば友人達と時間がずれてしまうだろう。本当は断りたいけれど、それができない事を悟り頷くことしかできなかった。

「燈哉の電車の時間に合わせて登校するようにするって言ってるから、明日から駐車場に寄るようにな」

 そう言って小さな声で「すまん」と言われてしまえば頷くことしかできなかった。

「燈哉くんっ‼︎」

 翌朝、俺の姿を見て車から降りてきた羽琉は満面の笑みで俺に駆け寄る。

「これから朝も帰りも燈哉くんと一緒なの、嬉しいっ‼︎」

 羽琉に悪気なんてないのだろう。
 ただただ周りと同じようにしたいだけで、自分が1番親しくしている俺と一緒にいたいというだけの幼い独占欲。

「うん」

 同じように自分も嬉しいと告げることができなくて曖昧に頷く。
 羽琉のことを守りたいと思っているけれど、こんなふうに強制的に守らされるのは違うと違和感を感じる。だけどそれが自分の役目なのだと早々に諦め気持ちを入れ替える。
 役目がある限り羽琉から離れることはできないけれど、役目があれば羽琉だって俺から離れることはない。

 少しずつ少しずつ変わっていく気持ち。

 羽琉のことが好きなのか、羽琉は本当に俺のことが好きなのか。

 羽琉が先に俺から離れたのに、それなのに羽琉を引き止めようとした行動を咎められ、それならば距離を置こうとすれば悪者扱いされる。

 少しずつ少しずつ想いは歪になっていく。

 羽琉に対する執着は増すのに気持ちは少しずつ離れていく。
 庇護したいという想いは薄れるのに羽琉を手放した時に起こることを考えてしまい強いマーキングを施し雁字搦めにしてしまう。

 俺だけが悪いんじゃない。

 羽琉だって、羽琉だって…。

 お互いに消耗していく関係、そんな中で涼夏と過ごす時間は余計な気を使う必要がない分快適なものだった。
 自分はαだと信じ、αとしての振る舞いをしてきた涼夏には俺の行動は分かりやすかったのだろう。

「毎日毎日、大変だね」

 いつしか登下校は息抜きの時間となっていく。校内では羽琉の側にいるのが当たり前で、伊織や政文からは監視をするような視線を常に向けられている気がする。家に帰れば羽琉とは上手くやっているのかと聞かれ、決して良好ではない関係を告げることができず取り繕う。

 そんな毎日を繰り返すうちに涼夏と話す時に羽琉の名を呼ぶことに違和感を感じ、その名を呼べなくなっていることに気付く。涼夏以外と接する時は普通に呼べる名前なのに、涼夏に対してだけは告げることのできない名前。

「自分が思ってるよりもストレス感じてるんじゃないの?
 あの子が燈哉君を離せないのか、燈哉君があの子から離れられないのか、どっちなのかよくわからないね」

 俺に気を遣った【あの子】という呼び方はふたりの間では隠語のようなものとなり、【あの子】と呼ぶことで羽琉のことを聞いてもらうようになっていく。

「あの子のこと、嫌いじゃないんだ。
 でも、好きなのかも分からない」

「出会うのが早過ぎたのかな?」

「でも守りたいと思うんだ、今でも」

「そうなんだ」

 溜め込まないようにと口にするだけで楽になるなんて知らなかった。羽琉に対する想いはそれがプラスなものであれ、マイナスなものであれ、人に話せるようなものではなかったから。
 答えが欲しいわけじゃない、ただ聞いて欲しいだけ。
 聞いてもらえば明日からまた羽琉と向き合うことができるから。



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